大切な気持ち



香坂幸緒





                 



太一と両思いになって、手を取り合って一緒に国外逃亡をしてから
一年の月日が経過しようとしていた。
 アメリカに渡ってから…二人三脚でバイトをしながら、地道に音楽活動を続けて
やっと最初のインディーズのアルバムが出る事が決定した。
 そんな時期に…太一は22歳の誕生日を迎えようとしていた。

 二人は現在はマンハッタンの隅の方にある…2LDK程度の広さの、赴任者用の
アパートで寝泊りしていた。
 依頼を受ければ、今はどこにでも駆けつける方式を取っている為…定まった住居を
作らない方が自由に動けるからだ。
 ここ数ヶ月はニューヨークを中心に活動している。
 短期の滞在者でも不自由がないように最低限の設備が整えられているこのアパートは
今の二人にとってはホテル暮らしよりも遥かに居心地の良いものだった。

「ねえねえ…克哉さん、今日は俺の為にラーメンを作ってくれるって本当?」

「うん…本当だよ。太一、ラーメンが大好物だって言っていたし…アメリカに渡ってから
随分と食べていないってこの間…不満たらたらだったからね」

 笑顔でキッチンに立ちながら、克哉はインターネットで購入した日本製の生麺タイプの
ラーメンの包装を破っていった。
 ニューヨークに限らず、アメリカには和食や寿司などを扱ったジャパニーズレストランの類は
多くあるが…何故かラーメン屋は滅多に遭遇しなかった。
 元々、太一は実家から出て東京に出て来てから…ラーメン屋巡りにハマりまくって
三年間で百件以上を回った大のラーメン好き…いや、ラーメン狂であった。

「だから…俺も久しぶりに作るから、イマイチかも知れないけど…今日は俺が作った
ラーメンを太一にご馳走するよ。誕生日プレゼントに、こんなのじゃ…安っぽいかな?」

「ううん! 全然そんな事ないよ! 俺、すっげー嬉しいし! その提案…克哉さんが俺の事を本気で
思ってくれているってすっごい実感出来るから!」

 椅子に座り…透明な机の上に肘を突きながら…太一はキッチンに立つ恋人の姿を
熱く見つめていく。

  「ん…そういってくれると、俺も嬉しい…な。それじゃ…作るよ」

「うん! 楽しみに待っているよ!」

 ウキウキした気持ちで、恋人の作業する姿を眺める。
 その視線を感じて…克哉の方は恥ずかしいような、くすぐったいような…そんな気持ちが
湧き上がって来た。

(…これじゃ、絶対に失敗なんて出来ないよな。何としても…太一に美味しいラーメンを
作って食べさせてあげなきゃ…)

 心の中でこっそり気合を込めながら、大きな鍋の方を眺めていく。
 先程から火に掛けて沸かしていたそれが…グラグラと煮立ち始めているのを見て、
アクを掬った。
 大鍋の中にはトリガラ…ようするに大きな鳥の骨を先に煮込んで、ダシを取っていた。
 今回購入したラーメンの銘柄は…日本でも有名な豚骨ラーメン屋の物だが、太一は
豚骨とトリガラがミックスされた物が特に好きだと言っていたので…こうしたのだ。
 丁寧にアクを掬い取って、最初は濁っていたスープがどんどん澄んでいく。
 その作業を終えると、今度は野菜の準備を始めていた。

「なんか、すっげ〜良い匂い…これを嗅いでいるだけで、本当に早く食べたくなって仕方なくなってくるよ…
克哉さん」

「こら…もうちょい待ってて。後…十分もしたら、太一の前に出せると思うから…」

「ん、待ってる。…すっごい楽しみ…」

 子供のような無邪気な笑顔を浮かべながら、そんな事を言われたらこちらも太一が可愛くて可愛くて
仕方がなくなってしまう。
 一応、ニューヨークに来てから暫くは貧乏暮らしが続いたので…今ではお互い、すっかり
自炊の腕前も上がっていた。
 手早く包丁でタマネギの頭と尻尾の部分を切り取っていくと…半分にカットした物を
水に晒していく。
 その状態で茶色い皮を剥いて…まな板の上で出来るだけ細めにスライスしていった。

(目が、痛いっ…! けど、後もう少しだ…)

 切断面から分泌される刺激物質のせいで、思いっきり目元に涙を浮かべながら克哉は
玉ねぎと格闘していく。
 それが終われば…今度はもやしのしっぽ取りだ。
 ラーメンの具には定番だが…先っぽのしっぽを取る事でもやしはグン、と味が良くなる。
 一本一本…小さなもやしを持って、細い糸のような部分を取り除いていくのはかなりの手間だが…
そのおかげでもやし本来のしゃっきりとした歯ざわりと味が活きてくるのだ。

 今回、ラーメンに使用する量は40〜50グラム程度。
 本数にすれば50〜60本程度だ。
 それでも細かい物をより分けて、しっぽを全部取り終えるには何分かの時間が掛かった。

「ねえ…克哉さん。それ、俺も手伝おうか…?」

「ううん、良い。太一は今日のゲストなんだから…座って待ってて欲しいんだ」

「ん、判った。けど…俺が手伝える事があったら、遠慮なく言ってね?」

 そういってくれる太一の気持ちはジン、と来るくらいに嬉しかったが…今はこういう
ささやかな苦労すらも、良いなと感じられた。
 大好きな自分の恋人の為に、何か出来る事がある。
 それがこんなに胸の内が幸福感で満たされるという事を…太一と出会って、結ばれるまでは
自分は知らなかったのだから。

 後はニンジンを1ミリくらいの短冊形に切っていき…仕上げ用のネギの白い部分を薄く
細かく刻んでいく。

 最後に、豚肉を一口大の大きさに切っていけば…具の下準備は完了だ。
 克哉はアメリカに来てから、愛用してきた中華なべに火を掛けていくと…
少し湯気が立ったぐらいの頃にごま油を少々投入した。

(よし、ここからが正念場だ…これ以降は気を抜けないぞ…)

 一人暮らし時代、良くインスタントラーメンを作って食べたりしたが…生麺タイプの物を
調理した経験は殆どなかった。
 その為…克哉はかなり緊張している。
 自分でも肩と顔が強張っているのが判るし…指先も少し竦んでいた。

「克哉さんっ! 頑張って! 克哉さんが作ってくれるものなら…俺、どんな物でも
嬉しいし…美味しいの作ってくれるって信じているから」

 そんな時、背後から太一に声を掛けられた。
 太一の言葉はオーバー気味で…今でも時々恥ずかしくなるが、基本的に…克哉を
肯定してくれる暖かいメッセージを投げかけてくれている。
 それに…初めて出会った頃から、凄く自分は励まされて、自信を持てるようになって
きたのだ。
 暖かな気持ちが、克哉の緊張を溶かしリラックスさせてくれた。
 すでに彼の表情に迷いはなくなっていた。

「ん、判った。楽しみに待ってて」

 柔らかく微笑みながら、中華なべの中に豚肉を投入していく。
 それを菜ばしで丁寧に転がしながら、火を通した。
 頃合を見計らって、玉ねぎ、ニンジン、もやしと火の通りにくい野菜の順に入れて
いって丁寧に掻き混ぜ続ける。

 火が満遍なく通って、良い匂いが漂ってくる。
 この段階になって…先程用意したトリガラスープを注いで…下地となるスープを
作り上げていった。
 これに隠し味に、オイスターソースを一振り入れておく。

 こうする事で…玉ねぎの甘みと、オイスターソースの独特のコクと甘みがスープの中に溶け込んで…
ただのお湯を使って作るよりも一味も二味も美味しくなるのだ。

 ここまで出来上がった時、もう一つのお湯を張った中ぐらいの鍋の方を眺めていく。
 この段階まで来れば、ラーメンどんぶりにスープの元を入れて…麺を適切な硬さに茹で上げて、
盛り付けていくだけだ。

「ふう…後、少しだよ。待ってて…って、太一!」

 克哉が野菜を炒めているのに熱中している間に、気づけば太一は間合いを詰めて
背後からいきなり彼の身体を抱きしめてきた。
 ふいに漂う、すでに馴染んだ太一の香りと体温に…克哉は顔を真っ赤にしていく。
太一に抱きしめられる事自体はすでに慣れてきたけれど、やっぱり不意打ちで
こういう事をやられると恥ずかしいのだ。

  「…俺の為に克哉さんが必死になって料理作ってくれているって、グッと来るよね。
思わずその背中を抱きしめたくなるくらいに…さ…」

「ちょ、と…馬鹿な事、言うなよ! 聞いているこっちが恥ずかしく…」

 耳まで朱に染めながら、太一の腕の中でもがいても…抱きしめる方はまったく腕の力を
緩める気はないようだ。
 そのまま克哉の耳朶や項に唇を滑らされて、ぎょっとなった。

「だ、から…今は、駄目だよ! せっかくのラーメンが…無駄、になる…から…」

「ん〜そうなんだよね。俺としては…このままさ、克哉さんをキッチンで押し倒して
先に頂きたいって気持ちあるんだけど…それだと、今までの克哉さんの努力と気持ち…
無駄になっちゃうからね。だから…これで勘弁してあげるよ…」

「あっ…!」

 ゾクン、と克哉の背中が大きく震えていく。
 首筋の付け根を強めに吸い上げられ…甘い痛みが走り抜けたからだ。

「…ちょっとだけ一足先に克哉さんをつまみ食いしちゃったね…?」

「も…本当に、火を扱っている時に…止めろってば。太一だって…危ない…だろ…?」

「…そ〜んなヘマはしないけどね。あ〜本当に克哉さんって殺人級に可愛らしいよね…
俺を選んでくれたの、感謝したくなる…」

「…ん、もう…太一ったら…」

 最後にコメカミの部分にキスを落としていきながら、太一はそっと離れていく。
 心臓の鼓動は未だに荒く…ドキドキと高鳴ったままだ。

(…これからは気を引き締めないとな…)

 麺を茹でる鍋の前に立てば、キッと顔を引き締めて…生麺を解し始めていく。
 空気を混ぜて、塊になっている部分を失くして均一に茹で上げる為には欠かせない作業だ。
 それをこの日の為に取り寄せた、麺茹で用の網を二つ鍋の端に掛けていくと…生麺を
ゆっくりと投入していく。
 生麺を茹でる最適の温度は90〜100度くらいのお湯で一分半から二分ぐらいが丁度良い、
とネットには書いてあった。
 麺を入れると同時に、携帯のストップウォッチ機能をオンにして…克哉はカウントダウンを
始めていった。

(目標は90秒から…100秒の間だ…)

 真剣な目をしながら、一秒一秒…時が刻まれていく様子を眺めていく。
 そして丁度一分を迎えた頃くらいで、ラーメンどんぶりの中に具が入ったスープを
入れて箸で掻き混ぜていく。
 その作業を終えた頃、丁度90秒は目前だった。

「今だ!」

 気合を込めて、克哉は麺が入った網を掬い上げて…それを振り上げて、余分な水を
丁寧に切っていく。
 この水切りも足りなければべしゃべしゃになるし、やりすぎると麺が痛んで台無しに
なるという大事な行程だ。
 派手な動作こそないが、大きく上から下に垂直に振り下ろす動作を7〜8回繰り返していく。
 これで麺は頃合の筈…だった。

(これで平気な筈だ…!)

 麺を茹で上げれば、時間との戦いだ。
 どれだけ的確な時間で茹で上げようとも…盛り付けと配膳でモタモタすれば…美味しい
時間を逃してしまう。
 克哉の顔から、うっすらと汗が滲み始めていく。
 今の彼は真剣そのものだ。
 美味しいラーメンを太一に食べて貰いたい。
 その一心で一切手を抜く事も止める事もせずに…麺を素早くどんぶりの中に入れて、
日本からわざわざ取り寄せた海苔、チャーシュー、ワカメ、メンマなどの具を綺麗に
盛り付けていく。
 これで…克哉が渾身の力を込めて作ったラーメンの完成だった。

「太一、出来たよ!」

「うん! 克哉さん! 俺の方も準備出来たよ!」

 克哉のラーメンが完成する頃を見計らって、太一は自ら動いてレンゲと割り箸、
そしてお冷やの、ラーメンを食べる時には欠かせない三点セットを二人分用意して透明な
机の上に並べて置いてくれていた。

「太一、ありがとう…今、二人分持っていく」

「うん! うわ〜マジで楽しみ。ついに…克哉さん作のラーメンを初めて食べられるんだね!」

 克哉は大きな四角形のお盆の上にラーメンを二つ乗せて、慎重に机の方まで運び始める。
 どんぶりから溢れんばかりに湯気と良い匂いが立ち上っていた。

「ん〜良い匂い。それじゃ…克哉さん、頂きます!」

 胸いっぱいまで香りを嗅いでから、太一は割り箸をパキンと割って…ラーメンを一口
啜っていく。
 暫くの沈黙が、二人の間に落ちる。
 克哉は固唾を呑んでその様子を見守っていくと…ふいに、太一の顔に満面の笑みが
刻まれていった。

「うわぁ!! これ…すっげぇ美味しいよ! 俺が好きだった東京の名店ラーメンと
引けを取らないくらいだよ! マジで!」

「ちょ…太一、大げさ…だよ。確かにちょっとはインターネットとかで勉強して…
美味しくなる為のコツは学んでおいたけど。お店で食べるのと引けを取らないは…
ちょっと言いすぎだってば…?」

「そんな事ない! このラーメンから…俺、すっごい克哉さんの気持ちとか…愛情とかを
感じ取れるもん! あんなに真剣な顔してくれてさ! そのコツを忠実に守って、
これだけ美味しい物を作り上げてくれたんでしょ?  それって愛じゃん」

「…も、う…何でそういう恥ずかしい事を臆面もなく言えるのかな…太一って。
聞いているこっちが恥ずかしくなるって…何度言えば判ってくれるんだよ…」

「一生克哉さんが言い続けたって…俺は直す気なんてないよ? だって…俺は素直に
克哉さんに対しての熱い気持ちを口に上らせているだけだからね?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら…ニコニコとまったく悪びれる様子も見せずに
太一は言い切っていた。
 それに大層…克哉は照れまくっていたが…気を取り直して、顔を赤くしたまま…
咳払いを一つして…肝心の言葉を伝えていく。

「…ハッピーバースディー太一。本当に…俺は、お前がこの日に生まれてきてくれた事を
…感謝している、よ…」

 太一にとってはどんな豪勢な誕生日プレゼントよりも嬉しい言葉を、はにかむような
柔らかい微笑みを浮かべながら、口に上らせていく。

「ありがとう…俺も、克哉さんとこうして出会えて…今、一緒にいられる事を物凄い
感謝しているよ…」

 お互い、赤面したくなるような甘ったるい言葉を伝えて…二人は美味しそうに
ラーメンを啜っていく。
 11月のニューヨークはかなり寒かったけれど…こうして、お互いが一緒にいられる
だけで本当に幸せで、胸がポカポカするような気持ちで心が満たされていったのだった―。




後書き



とりあえず11月23日、夜というぎりぎりになってしまいましたが
こうして太一のバースディー記念小説を期日中にアップする事が出来ました。(ほっ)
 前日がたまたま会社を休んでいたので…久しぶりにゆっくりと鬼畜眼鏡本編をプレイ
していたんですよ。

 そうしたら…太一の好きな食べ物の欄を見返して、好物がラーメンと力説しているのを
久しぶりに見たら、頭の中にポン! と出来ましたとさ(笑)

 このラーメンの作り方は、うちの父さんに実際に幾つかコツを聞いて作成したものです。
 私もたま〜に自分でインスタントぐらいは作りますけどね。
 描写した通りに作ると、そこそこ美味しい物が出来ますよ。結構面倒な部分も多く
ありますけど…(^^)
 料理物の描写は自分も食いしん坊で、簡単で美味しい物を作りたいって色々と知識を
集めている奴なので好きだったりしますv

 連載物だと、眼鏡、御堂、N克哉をメインに扱った物ばかりですが…一応、
太一×克哉も好きなんですよ。
 初めてこの二人のCP物を書きましたが、楽しかったです。
 次は克哉の誕生日祝いを色々考えないとな。
 こっちは誰と組ませるか、現在考え中。むむ〜ん…。



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