真夜中の訪問者(前編)香坂幸緒窓の外には、鮮烈な稲光が何度も走っていた。 今夜は季節はずれの台風が、都内を襲っていた。 一歩会社を出れば、其処は豪雨が激しく降り注いでいる事だろう。 こんな日に一人残って…仕事をしていると嫌でも不安になる。 佐伯克哉は今夜何度目になるか判らない、盛大な溜息を漏らしていた。 (仕方ないよな…俺が使っている路線が、今日は復旧は見込めない訳だし…) ついでに言うと、同じ八課に所属している女の子達の使っている電車も いつ止まるか判らない状況だった。 そんな日にMGNから送られた、大量の書類。 これを今日中に半分は入力して整理しなければ明日の正午に開かれる 会議に間に合わないだろう。 (…しかし、本当にこういう日は…MGNの方も考慮して欲しいよな。残業するしかない 量の打ち込みをこっちに回すよりも…会議の日程を数日ズラしてくれれば良いのに…) しかし溜息を幾ら突いていても、現状が変わる訳ではない。 これだけ山積みになっている書類の打ち込みはキクチ内だろうが、MGN内だろうが 誰かがやり遂げなければ仕事は回っていかないのだ。 それに…台風の日に女性を会社に泊まり込みさせる訳にはいかない。 克哉はそう考えて、彼女たちを先に帰して…自分は泊り込みをする覚悟を決めた。 片桐、本多の二人もそれに付き合ってくれて…23時を回るまでは三人で必死に 打ち込み作業を続けていた。 結果…23時からは交代で打ち込み作業をしていこう…という結論になって、 トップバッターの克哉が今は一人で起きている形になった。 中間の時間帯に起きるのが、一番体力がある本多。 片桐は朝早くに起きるのは苦にならないから…との事だったので一番最後に起きて、 始業時間まで作業を続けて貰うという形にした。 (本当はもう少し早く打ち込んでいかないと…片桐さんと本多に負担が掛かってしまう んだよな…) 就業時間から六時間が経過した時点で…三人で必死にやって六割が完成した。 しかしこれから朝までの時間帯…一人しか起きない状態で三時間ずつ打ち込んでいくのだ。 それで残り四割を片付けるのはかなり厳しい状況だ。 始業時間までには打ち込みを追えて、会議開始までの時間は見直しに費やしたい処 だった。 「…こんな時、あいつがいたらな…」 と、呟いて…はっとなる。 以前にもこんな事があった事を思い出し、ついでに顔も赤く染まっていく。 「な、何を考えているんだ…俺は。あんな奴に手伝って貰ったらどんな事になるか 前回で 散々思い知ったっていうのに…!」 かつて…こんな風に山積みの仕事の処理に追われたいた時…何故か、 其処にあった果実を齧ったらもう一人の自分に遭遇したのだ。 その日…有能極まりないもう一人の自分のおかげで、確かに入力は間に合った。 …それに関しては感謝しているが、払わされた対価の形が問題だったのだ。 問答無用でオフィス机の上に押さえつけられて背後から無理やり犯される。 …無体過ぎる振る舞いをされた挙句、自分は途中から追い上げられて…結果、 大変な醜態を晒す羽目になったのだ。 「こ、今回は…本多とか、片桐さんだって仮眠室で寝ているんだぞ…。 あんな事態になったらシャレにならないし…忘れよう、うん…」 頭を振って、必死になって…忌まわしい記憶を隅に追いやろうとした。 「…と、これに関しては…裏づけ、というか資料を見て確認が必要だな。…資料室まで 行って取って来ないと…」 これから克哉が入力するページは…MGNから販売を任された商品の、過去の売り上げ の数値と…現在任されている新商品のプロトファイバーとの数値を比較する為のグラフを 作成しなければならなかった。 こういう物を打ち込む場合、比較する過去の数字が正確でなければ意味をなさない。 「比較する商品はサンライズオレンジと…それより前の商品をもう一つって処だな。 探してすぐに見つかれば良いんだけど…」 机から立ち上がった瞬間、軽い眩暈と頭痛を覚えた。 7時間以上に及ぶデスクワークで身体が極限までガチガチに強張っていたのだ。 「いたた…肩と腰が鉛のように重くて、痛いや…。やっぱり日中だけじゃなく…これだけ遅くまで パソコンの前にいると身体が悲鳴を上げるな…。まだ休めそうにないけど…」 そういって、一旦パソコンでデーター保存をした後に…ややぎこちない足取りで 克哉は資料室の方まで向かっていく。 廊下を歩いている最中…何度も雷が鳴り響いていた。 すでに秋も深まってきているのに…これだけ雷が鳴り響くというのも珍しかった。 ピカッ!! ゴロゴロゴロ…!!どうやら、この付近で落ちたらしい。 光ってから音がなる間隔が酷く近く…轟音が社内を駆け抜けていく。 「わぁっ!!」 思わず驚いて声を挙げてしまう。 「早く…資料室に向かった方が良いな…もし雷が落ちて停電になったら、それ以上の 作業は望めない訳だし…」 そうして克哉は資料室へと急いでいった。 ドアを性急に開いて中に入っていくと、それと同時に…轟音が周辺に響き渡っていた。 ドッガーン!!!!今度は間近で落ちたようだった。 その音に驚いて、足をもつれさせて克哉はすっ転んでいく。 「うわぁ!!」 勢い良くその身体は転倒し、リノリウムの床の上に身を躍らせていく。 幸いだったのは、シャツの生地の滑りが良かったせいか余計な摩擦が 生じなかった事だ。 打ち付けた部分は痛んだが、うっすらとした傷をいくつかと軽くあちこちを打ち付けて アザになった程度で済んだのは僥倖だろう。 「いてて…あれ? これは…?」 転びながら資料室に飛び込んだせいで、室内は真っ暗で…目が慣れてない状態 でははっきりと物の輪郭が据えられない。 しかし克哉の転んだ周辺には一つの果実が転がっているようだった。 その甘酸っぱい芳香は、記憶がある。 (これはまさか…) 何度も経験した、不可思議な体験。 それらの引き金はいつも…この果実を齧ったことから始まっていた。 手を離さねば、と思った。 しかし同時にこれを口にすれば…あの日のように、もう一人の自分に会えるかもとも 考えていた。 (このままじゃ…間に合わないよな。俺一人がどう頑張っても…残り四割の内の 一割だって終わらせられるかどうかも怪しい…) しかしその分量も、自分が三時間以上は掛かる分量を…きっちり一時間で 終わらせる事が出来ると言い張っていた彼ならば…どうだろうか。 終わらせる事は出来なくても、これから目覚めるであろう…本多や片桐の負担を 減らす事は出来る。そう考えた瞬間…克哉は覚悟を決めていた。 「出て来てくれ…もう一人の、俺…」 意を決して、赤く熟れた柘榴の実を一口…齧っていく。 その瞬間…室内に眩いばかりの閃光が走り抜けていった―。 強烈な酸味が口いっぱいに広がるのと同時に、軽い眩暈を覚えた。 電灯さえ点けられていない真っ黒な企画室の中で…眩い雷光が走り抜けていく。 「っ!!」 雷鳴が鳴り響いた瞬間に、闇の中に鮮やかに浮かび上がる長身の男のシルエット。 何者かがいつの間にか…扉を開けて、入り口の方に佇んでいた。 (…あれは、やっぱり…もう一人の、俺か…? それとも本多が少し早く起きて俺を探しに 来てくれたのか…?) コツ…コツ…コツ…コツ…。 固い床の上に、革靴の音が反響している。 一歩一歩、近づいて来る度に心臓がバクバクと荒い脈動を刻んでいた。 (…誰、なんだ…) 振り返る事も出来ずに、克哉はその場に硬直していた。 そうして…ふいに背中に暖かい温もりを感じた。 「…久しぶりだな。もう一人の…『俺』…」 「…やっぱり…お前、か…」 脇の下から腕を通されて、しっかりと背後から抱きすくめられていく。 その声を聞いて、確信する。 今…自分を腕の中に閉じ込めているのは…眼鏡を掛けて、人格が変わっている もう一人の自分自身だという事を。 周りの視界が利かないからだろうか…相手の息遣いや、気配が前回よりも はっきりと感じ取れて…それが余計に、克哉の緊張を作り出していた。 「…つれないな。俺以外に…誰が来ると考えていたんだ…?」 「………っ!」 ふいに背後の男に、耳の奥に舌を差し込まれて…悪寒にも似た感覚が強烈に 駆け抜けていく。 背後から前面に回された腕はいつしか…克哉の胸板周辺を辿り、こちらの 胸の尖りを探り始めている。 明らかに性的な色合いを帯びた手つきに…克哉はぎゅっと目を閉じるしかなかった。 「…はぁ…や、め…」 と、言いかけて…抵抗しようとしたが、とっさに頭を振る。 前回…同じように会社内で襲われた時は、突然の事態に頭がついていかなかった。 しかし…今回は違う。承知の上で…彼を呼んだ筈だ。 身体を差し出して、彼の望む『対価』を払えば…この傲慢な男に手伝って貰えると。 そうする事で…一緒に泊り込みをやっている本多や片桐部長の負担が減るのならば 構わないと…そう覚悟したのではなかったのか。 …そう逡巡して、抵抗の手を止めると…眼鏡の方は不思議そうな顔になった。 「…ほう? 今夜は抵抗、しないのか…? やっと自分の欲望に忠実になる気に なったのか…?」 「…抵抗は、しないよ。その代わり…俺の身体を自由にする代わりに、今夜も 俺の今やっている仕事を…手伝って欲しい。その為の対価なら…支払うよ…」 その物言いに…眼鏡は一瞬瞠目し…すぐに面白そうに不敵に笑う。 「…ほう。イイ根性をしているな…俺を、お前ごときが利用しようとしているのか…?」 「利用、じゃない…協力を…求めて、いるだけだ…。悔しいけど、お前の能力は 確かに高いし…正直、今回はお前の手を借りないと期日までに間に合いそうにない。 …それに少しでも手を貸してもらえれば…本多や片桐部長の負担だって少しは減るし…」 「…ほう。それで己の身を差し出して…仲間とやらを助けようというのか。 …大した自己犠牲精神だな。…ヘドが出るくらいに…」 ふいに眼鏡が克哉の臀部の谷間に、スーツズボン越しに硬くなったモノを擦り付けていく。 その感覚にゾクン、と震えながら…男の手は克哉の首筋や胸元を執拗に撫ぜ上げ… やや乱暴にこちらのシャツのボタンを外しに掛かっていた。 「ん、んんっ…ひゃ!」 露になった胸肌の突起にふいに爪を立てられて…鋭い声を克哉が漏らしていく。 その後に両手で押しつぶすように刺激されては堪らない。 あっという間に胸の粒は育ちきって…硬い弾力を伴いながら男の指を弾き返していった。 「…お願い、だ…お前の、協力が…欲しい、んだ…」 「…そこまで望まれれば…まあ、相手がお前だろうと…悪い気がしないがな。 しかし…それじゃあ…ただお前を犯すだけでは…対価が足りないな…」 「なっ…! そんな…じゃあ、何をすれば…良い、んだよ!」 克哉が慌てふためいて問いかければ、眼鏡の方はその様子を愉しそうに眺めていた。 …二人の間に、沈黙が落ちていく。 眼鏡の方に痛いぐらい…胸の突起を摘まれて、こねくり回されて…臀部に欲望を 擦りつけられた状態で…やや生殺しになりながら、克哉は相手の言葉を待っていった。 「…そうだな。俺に…たっぷりと奉仕をして貰おう。まずは…衣類は全て脱げ… 話は、それからだ…」 「…奉仕って、何を…すれば、イイんだ…?」 見当がつかない、そんな様子で克哉が問いかければ…傲慢な男は、悠然と 微笑みながら…耳元で囁きかけた。 「俺の性器を…お前の口で…存分に、愛せ。それが奉仕だ…それも今回の対価に 入れさせてもらおう…」 「なっ…!」 反論の声を漏らした瞬間、今度は…服の中に手を忍び入れられて問答無用で 硬く張り詰めた状態のペニスを握り込まれていく。 先端を軽く爪先で抉られて…その強烈な感覚に、克哉は抗う事が出来ずに 身を大きく震わせて堪えるしかなかった―。 真夜中の訪問者(中編)へ |