まるで出口のない迷路に迷い込んだみたい
どうすればここから抜け出せるんだろう
初恋
「お前エージ先輩に告白の返事待たせてるってほんとかよ!」
次の日、教室に入るなり桃に問いただされた。
「なんであんたがそんなこと知ってんのよ。」
「朝練のときにエージ先輩に聞いたんだよ!
それよりなんでOKしねーんだよ。
お前、あんなにエージ先輩のこと好きだっつってたじゃねーか。」
そうなんだ。
あれから家に帰って色々考えてみたけど、どうしても結論は出なかった。
英二先輩のことが好きなのも事実。
だけどどうしても私は自分の中から忍足さんを消すことができなくて。
昨日はこなかったメールがなぜか気になって。
こんなのおかしいってわかってる。
だけど私にはどうしようもないんだ。
しつこく迫ってくる桃を一日中かわし続けた放課後、
いつものように練習を観に行っていた私の耳に驚くべき情報が届いた。
「氷帝が全国出場決定!?」
「開催地枠ではあるが、氷帝の実力を考えると当然の結果だろう。」
「都大会での波乱がなければ関東代表六校の中に入っていたのは間違いないからね。」
乾先輩と不二先輩の真剣なまなざしに、みんなはうなづく。
♪胸をつく想いは絶えず絶えず絶えず
あたしはこれからもきっとあなたに焦がれる♪
突然鳴り出した私の携帯に、張り詰めていた緊張が一気に解ける。
その着歌の選曲に、英二先輩だけが違う意味で緊張した空気をまとったのがわかった。
「すいません!」
私は慌ててコートを離れ、電話に出た。
「もしも―『ちゃん!?俺や!忍足や!!』
言い終わる前に電話口で叫んだのは間違いなく忍足さん。
だけど私が知っている彼とは何もかもが違った。
『俺らな、全国出られることになってん!』
「はい、ついさっき聞きました。おめでとうございます。」
『おおきに!
いや〜、あのプライドの高い跡部が“開催地枠”なんてのに乗るか心配やってんけど…
やっぱなんだかんだ言うてアイツも全国出たかったんやろな〜!』
異常にテンションが高いのは全国出場を喜ぶ素直な気持ちの表れなんだと思う。
普段のアダルトな忍足さんとは違う、中学生らしい一面を見られた気がしてなんだか嬉しい。
「ほんとうにおめでとうございます。
忍足さんの声聞いてたらなんだか私まで嬉しくなってきましたよ。」
『ほんまか?なんかちゃんにまで喜んでもらえたらますます嬉しいわ。』
少し落ち着いてきたのか、いつもどおりの口調に戻ってきた。
『そういえば俺、勢いで電話してしもたんやけど…電話で話すんは初めてやな。』
「そう言われればそうですね。」
『いきなりやったけど…大丈夫やったか?』
「ちょっとだけみんなに注目浴びちゃいました。」
さっきの光景を思い出して苦笑交じりに答える。
『みんなて…青学のテニス部のやつらか?』
「はい。みんな、氷帝が全国に出るって聞いて、すごく気合の入った顔してましたよ。」
『うちのやつら―特に宍戸やら岳人やらも“青学に借りを返す”て息ごんどったわ。
まあ俺もそのうちの1人なんやけど。』
その言葉を聞いて、私ははっと思い出す。
氷帝は―忍足さんは青学の敵であることに。
『まあ全国であたるかどうかはわからんけど、もしあたったときはよろしくな。』
「はい、こちらこそ。」
『ん?岳人が呼んどるわ。ほなまた。いきなりすまんかったな。』
「いえ、練習頑張ってください。」
『おおきに。』
電話を切っても、私はじっと携帯を見つめていた。
もしも全国で氷帝と対戦したら―私は心から青学の勝利を祈れるのだろうか…
英二先輩への返事も、自分が感じた疑問の答えも出ないまま、全国大会が始まった。
開催地が東京でよかったと心から思う。
部員でもマネージャーでもない私が他県に出向くなんて、そう簡単にはできないだろう。
それにそのおかげで氷帝は―忍足さんは全国大会に出られるんだから。
「六角の借りを返すぞ!」
掛け声と共にコートに入っていく青学メンバー。
氷帝の―忍足さんの結果を気にしながらも、私はコートを見つめていた。
「英二先輩が―シングルス!?」
手塚先輩が帰ってきたとき、自ら望んでと言っても過言ではない状況でレギュラーの座を離れた大石先輩。
相方の英二先輩がどんな思いをしたか、私には痛いほどわかった。
それくらい2人を―英二先輩を見てきたから。
『今の英二先輩を支えてやれんのはお前だけだと思うぜ。』
桃の言葉の意味も十分にわかってた。
それでも私は答えを出せなくて―私まで英二先輩を苦しめてたと思うと胸が痛い。
そして先輩が選んだ答えがシングルスだった。
いつもとは全く違う表情で試合に臨む英二先輩。
大石先輩もとても心配そうな表情を浮べている。
少し前の私なら、ここで“英二先輩頑張って!”と声をかけていたところなんだろうけど…
どうしてもそれができない自分に、苛立ちすら覚えていた―
「ゲームセット ウォンバイ菊丸 7−6!」
「「「やったー!」」」
途中相手の裏手にかなり追い詰められた英二先輩も、ついにタイブレークの末勝利した。
「オレは青学ゴールデンペア・菊丸英二だよん。
だから全国終わるまでには怪我治して戻ってこいよ相棒!」
試合後、大石先輩に告げる英二先輩。
それに笑顔で答える大石先輩を見て、この2人はもう大丈夫だろうと思った。
「お疲れ様です。」
「ありがとちゃん♪」
私が返事を保留にしたままにしているにも関わらず、先輩の態度は前と少しも変わらなかった。
桃と不二先輩は私達のこの状態のことを知っている。
だからと言って私に無理矢理返事を急かすようなことはしない。
その優しさがますます申し訳なかった。
そのまま5−0で青学は準々決勝進出を決めた。
そして私が最も恐れていた展開が幕を開けた。
「関東大会初戦の再現だ…」
ネットをはさんで対峙する青学と氷帝。
今から全国大会準々決勝・青春学園vs氷帝学園の試合が行われる。
両校は二度目の対戦になるんだけど、お互い前の試合とは違う気持ちで挑んでいるに違いない。
特に氷帝は挑戦者の側に回ったわけだし、気合いの入り方も傍目に違って見える。
「これより青学(東京)vs氷帝(東京) 第1試合S3を始めます」
「しゃあーっ応援頼むぜ!」
いつも以上にテンションをあげてコートに入る桃。
この第1試合がどれほど大事なものか、多分誰よりもわかってるからだろう。
「桃!頑張って!」
「おうよ!」
勢いよく飛び出していく桃の背中に声をかけて―私は我が目を疑った。
「忍足さん…」
なんと、氷帝のシングルス3は忍足さんだったのだ。
彼はダブルス専門なんじゃ?とか
仮にシングルスとしても跡部さんの次くらいの実力なのにどうしてシングルス3なのかとか
そんなことが頭をよぎる。
一瞬だけ忍足さんと目が合ったけど―彼はいつものように微笑んではくれなかった。
序盤は完全に桃のペースで試合が進む。
完全な押せ押せムードに、青学サイドはあの氷帝応援団すら圧倒するほどのすごい盛り上がりだ。
今までの私ならその中の一人になっていることは間違いなかったのに、
桃の相手が忍足さんだと思うと何も言えなくなって…
ただひたすらコートの中のボールと2人を目で追うことしかできなかった。
「かなわんなぁ桃城……」
そう呟いた忍足さんは感情を隠すような表情をしていて。
それをきっかけに今度は逆に桃が押され始めた。
怖い。こんな忍足さん見たくない。
桃に負けてほしくない。
だけど忍足さんに勝ってほしいという気持ちが確実に私の中に芽生えていて。
葛藤を繰り返す私の目の前で、桃が倒れた。
「桃!」
こんな状態の私でも、さすがにそれを見て声を上げずにはいられなくて。
「桃!しっかりして!桃!!」
駆け寄って声をかける。
立ち上がらない桃に不安になったけど、桃はリョーマからラケットを受け取って試合に戻った。
そんな桃にひるむことなく全力で向かってくる忍足さん。
いくらなんでも完全に桃が不利だと思ったんだけど…
桃は忍足さんのラケットを弾き飛ばした。
それをきっかけに、また忍足さんのまとっている雰囲気が変わる。
「ええ加減お前を倒さへんと頂点(うえ)へ行かれへんわ桃城!!」
それからの試合はすごかった。
桃の傷は思ったより深く、忍足さんなら絶対に持久戦に持ってくるだろうと思ったんだけど…
彼は渾身の力を込めたボールを次々に打ち込んできた。
関東大会初戦で桃と英二先輩に破れ、それからずっと桃に対する思いを秘めてきたんだろう。
桃のパワーに打ち負けることなく戦う忍足さんがとても輝いて見えた。
「お前だけは俺が…」
渾身の桃のスマッシュに手を伸ばす忍足さん。
そのラケットは桃のボールの威力によって弾き飛ばされる。
でもラケットに当たったボールはコート上に舞い上がっていて…
『入って!』
私は無意識のうちに心の中で叫んでいた。
「ゲームセット ウォンバイ忍足 6−4!!」
審判のコールのあと、氷帝サイドから割れるような歓声が起こる。
大石先輩の肩を借りながらコートに戻ってくる桃の姿を目の端にとらえながら、
私は氷帝ベンチに迎えられる忍足さんの後姿を見ていた。