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星のように。 世の中の喧騒など無関係といった風情の趣きで佇む、静かな学び舎。 私立星銀学園。 小中高一貫教育が行われているので、所謂受験戦争というものもなく、長期に渡って穏やかな学園生活を 送ることが出来る。 校訓は、“星のように清くあれ、銀のように正しくあれ、月のように美しくあれ”を示す『清、正、美』。 自主性を育て、強い精神を保てるように、比較的校則は緩い。 しかしながら、さすがは有名名門私立。 誰一人として風紀を乱そうとする者はいなかった。 制服は、さる有名なデザイナーが手掛けたとかいうブレザーで、小・中・高で少しずつデザインが違う。 名門という言葉に縛られることなく、古い格式にとらわれることなく、常に新しいものを取り入れる柔軟性を 持っている学園なのだった。 学園の高等部。 男子女子共通のリボンタイは、一年生が赤、二年生が青、三年生が緑である。 高等部ともなれば、どこを見ても知った顔ばかりなので、新しい学年になり、クラス替えをしたところで あまり意味がない。 騒ぐのはほんの短い間で、すぐに落ち着いた雰囲気を取り戻す。 学年が新しくなり、今日から青のリボンタイをつけるようになったプラチナは、教室の一番後ろの席で 頬杖をついていた。 (……眠い……) 自分より後ろは誰もいないのをいいことに、早くも本格的に居眠りを始めそうな気配である。 新しい担任となる人物が、ホームルームをするためにやって来るのを待つ時間は退屈なのだ。 だが、勉強をするために登校しているというのに、出来ればこのまま来ない方がいいと思ってしまうのは 学生ならではのこと。 とはいえ、今日は初日だから自己紹介程度に短いホームルームをするだけ。 早く来て、早く終わってくれたらいいとプラチナは思っていた。 周りの生徒――特に女子が普段より騒がしいような気がするが、プラチナは、初日だからということで あまり気にしてなかった。 時折、誰かの名前や自分の名前が聞こえたりするのは、あまり良い気分はしないけれど、さすがにこの学年に までなると慣れてくるものである。 第一、プラチナはそういうことよりも眠気の方が断然勝っていた。 (中々来ないな……本当に寝てしまいそうだ) 重たくなってきた瞼をプラチナは頬杖をついたまま、とうとう閉じてしまった。 担任が来たら起きればいいんだ、と考えて。 しかし、そうした途端に待ち人がやって来るということもお約束のことで。 プラチナが目を閉じて五秒後くらいに、教室の扉がガラリと開いた。 きゃああ、と女生徒から歓声が上がる。 担任が来ただけで歓声が上がるなど、何事だ? と不思議に思い、まだ重い瞼をゆっくりと持ち上げた。 途端、プラチナは眠気が一気に吹き飛んだ。 「はい、注目!」 その教師は教壇に立って、そんな第一声を発した。 見覚えのない教師だった。 けれど、見覚えのある顔だったのだ。 「始業式の日に新任の教師として自己紹介させていただきましたが、改めてもう一度しておきましょうか」 翡翠色の髪。あの顔立ち。あの喋り方。 右目のモノクル以外は、どこを取っても見覚えるのある人物は背を向け、チョークを手に取ると、黒板にサラサラと 流れるような文字を書いていった。 パンパンと手を払いながら、こちらに向き直る。 そして、にこやかな微笑を浮かべて言った。 「私の名前は、ジェイド=デイヴィスです。皆さんの担任になります」 「ジェ……!」 プラチナは驚きのあまり、腰を浮かせて思わず立ち上がろうとしてしまったのをどうにか堪える。 自分の倒れることが多いのを知っていて心配してくれているのだろう、隣席の女子が、どうかしたの? と 尋ねてきたが、プラチナはそれどころじゃなかった。 首を横に振って何でもないんだという素振りを見せ、教壇に立つ人物にまだ信じられない思いで視線を注いでいた。 そのことに気付いているのかいないのか、ジェイドは笑いを堪えたような表情で、ちらりとプラチナの方を見る。 (……あいつ……) きっと、気付いているのだろう。 今までずっと、とある大学に通っていて(とても頭の良い所だった)教員免許を取ったことや、その他基本的な 自己紹介をした後、明日以降の授業について話をしている最中も、時折プラチナと目を合わせた。 それは勿論、プラチナがジェイドを注視しているから、向こうが偶々こちらを見た時に、目が合っているだけ なのかもしれないけれど。 でも、忘れているはずはない、忘れていて欲しくはない、とプラチナは思った。 始業式の日、プラチナは体調が悪く、学校を欠席していた。 その日の内にクラス替えの発表をして、担任も発表されていたはず。 だから、休んでしまったプラチナが、今日までジェイドが担任になるなど知る由もなかったのだった。 対して向こうは、生徒名簿を見ただろうからプラチナがいることくらい知っていたはずなのに教えてくれないなんて。 憎い。憎い。憎すぎる。 早くホームルームが終わってくれたらいいのに、とプラチナは先ほど眠かった時とは全く違った気持ちで 同じことを考え、遅々として進まない時計の針を眺めていた。 そういえば、女子たちが騒いでいた話の中で『ジェイド』という単語も出ていたような気がする。 その時は、まさかこんなことになろうとは思ってなかったので、気にも留めなかったが。 あいつにまた会うことが出来たら、色々言ってやろうと思っていたのだ。 殴ってやろうとさえ思っていた。しかもグーで。 平手なんて、そんな生易しいことはしてやらない。 なのに――。 (あの時計……壊れてるんじゃないか?) いざ会ってみると、そんなことはすっかり、どこかへ行ってしまった。 十一年。この十一年どんなに長かったことか。 心のどこかで、もう会うことはないのかもしれないと諦めかけていた時に、ジェイドは流星の如く、突然目の前に 現れたのだった。 願わくば、そのまま消えてしまわないで。 「以上です。明日から授業が始まりますけど忘れ物しないで、遅刻もしちゃダメですよ〜」 はーい、と生徒たちが返事をして、こんなに長いと感じたことのなかったホームルームがようやく終わる。 帰ろうと準備をし始めたクラスメイトたちによって、ざわつき始めた教室をプラチナはジェイドの後を追って 飛び出した。 「ジェイド!」 大声で呼び止めると、廊下にいた、既にホームルームが終わっていた他のクラスの生徒たちが一斉に振り返る。 学園内でもプラチナは最も目立つ生徒だった。 成績も優秀で、この容姿。学園長とも友人らしいと噂の彼の両親は、誰でも知っている財閥のひと。 目立たないわけがない。 そして普段物静かなプラチナが大声を上げたのだから、他の生徒たちも驚くというものである。 教師を呼び捨てにした、ということに対しても。 ジェイドは焦れるくらいゆっくり振り返った。 「……プラチナ様……」 「ジェイド……ジェイドなんだろう? 俺を、覚えているか……?」 今、『プラチナ様』と呼んだ。 普通、教師は生徒を様付けでなんか呼ばない。 この人物が、あのジェイドで、覚えていてくれたのだとプラチナは確信はしたが、何故だか確かめたくなった。 祈るような思いで、そう尋ねる。 貧血で、倒れる寸前のような感覚に押し潰されそうになりながら、プラチナは必死に耐えた。 「ええ、勿論です」 そこにあったのは、十一年前と同じ微笑み。 変わらない。 何ひとつ。 こんなにも年月が経ち、背だって大分違っているのに、何ひとつ変っていない。 「やっぱりジェイド……お前だったのか……。どうして今まで――っ」 「プラチナ様」 スーツの袖を掴み、問いただそうとしたプラチナの名をジェイドは、やんわりと呼んだ。 そして周りの生徒たちに聞こえないくらいの小声で言う。 「皆、見てます。ここじゃまずい。古典の資料が収められている部屋……分かりますね?」 今まで意識していなかったが、ふと気付くと本当に周りの生徒たちは自分たちを好奇の目で見ていた。 プラチナは、こくりと頷く。 それに満足したようにジェイドも軽く頷くと、声をより一層小さくして言った。 「――そこで、待ってますから」 そしてジェイドはさり気ない様子で、では、とプラチナの返事も待たずに背を向けて、去っていってしまった。 どうせ答えなんて、分かっているだろうから、聞く必要もないのだろう。 プラチナは一度教室に戻り帰り支度を済ませると、ジェイドより一足遅れて資料室へと向かった。 古典関係の資料が収められている部屋は、学園の端の方にある。 プラチナは一度も行ったことがなかったが、そこにあるのは知っていた。 扉の向こう側に、あいつがいる。 そう思うとプラチナの脳裏には、十一年前の記憶が鮮明に蘇えり始める。 二度、ノックをした。 「はい、どうぞ」 返ってくるのは、紛れも無くジェイドの声。 向こうにいるのが教師なら『失礼します』というのが礼儀に違いない。 しかしプラチナは、無言で扉を開いた。 「お久しぶりですね、プラチナ様」 「…………ああ」 敬語なんかも使わない。 たくさんの資料。本の匂い。それらに囲まれて、ジェイドはいた。 「変わってないな。お前」 「プラチナ様も、お変わりなく」 ジェイドはプラチナに、椅子に座るよう促した。 プラチナは、部屋に入ってすぐの、ジェイドとはテーブルを挟んで丁度向かいの位置に座ろうとして 椅子を引こうとした。 「そんなとこじゃなくって、こっちへ来てくださいよ」 しかしそれを止められる。 顔を上げると、こっちこっち、とジェイドが手をひらひらしていた。 プラチナは思わず苦笑する。 「分かった」 素直にそれに応じて、プラチナはジェイドの隣に座ることにした。 資料室は、そう広くはない。 あくまで書物やプリントなどを収めておく場所であり、こうしてテーブルと椅子は一応あるが、ひとが長時間 いる場所ではないのだ。 よって、真向かいの位置でも十分近く、隣の椅子にともなれば、その距離は更にぐっと近くなる。 二人はテーブルを挟むことなく向かい合った。 「お変わりないとさっきは言いましたけど……」 「ん?」 「やっぱり貴方は少し変わりました」 ジェイドは懐かしむようにプラチナを見詰めた。 「……綺麗になった」 「ば、馬鹿か!」 「ははは! 本当ですよ〜。元々小さい頃から、可愛らしかったですけどね」 「…………それを置いていったのは、どこのどいつだ」 恨みがましい目でプラチナはジェイドを睨み上げる。 そう。自分は置いていかれたのだ。 十一年前。プラチナがこの星銀学園小等部に入学する直前のこと。 今までずっと家に来ていて、これからもずっと一緒にいるのだと思っていたジェイドは突然来なくなった。 その頃、ジェイドは星銀学園小等部の中学年だったはずである。 ジェイドの後を追うように、プラチナもこの学園に入学したいと思ったのだ。 だからいつも、ジェイドから勉強を教えてもらっていたのに。 「すみません。突然用事が出来てしまったので」 「何の」 「…………ん〜、それは言えません」 はぐらかすような軽い口調でジェイドは言う。 自分を置いていくだけの用事、そして自分には言えない用事。 プラチナは少し苛立った。 殴ろうと思っていた気持ちが、再び湧き上がってくる。 「ジェイド……殴っていいか?」 「うわっ、そんな物騒なこと言わないでくださいよ。それくらいのことをしたとは思っています。 本当に悪かったとも思っています。でも……痛いのは嫌です」 「……俺は、ずっと痛かったのに」 「……すみません」 「十一年間、ずっとだ」 「すみませんって」 ふわりとジェイドがプラチナの髪に触れる。 高く結い上げた銀糸を上の方から先の方まで、するりと指を通して梳いた。 「この髪型――俺が昔、結んでたのと同じですね」 もはやプラチナのトレードマークとなりつつある、この長い髪を纏め上げた髪型。 それは幼い日、長い髪が邪魔だと言ったプラチナに、ジェイドが結んでやっていたものだった。 ジェイドがいなくなった後も、プラチナはその髪型を続けていた。 もし再び会う日が来るのなら。 これがせめてもの目印になってくれたらいいと、幼かったプラチナは考えて。 「……お前は……」 「はい?」 「またすぐ、どこかへ行ってしまうのか? 俺の前から……いなくなってしまうのか?」 プラチナが尋ねる。 流星のように突然現れたのなら、流星のようにまた、いつの間にか消え去っていくかもしれない。 どうせそうなるのならば、今度はちゃんと言っておいて欲しい。 それで本当に諦めはつくかどうかは分からないけれど、少なくとも何も聞かされないまま、どこかへ行かれて しまうのよりかは、まだマシだと思う。 「――――――」 ジェイドは、何の前触れもなくプラチナの両腕を掴むようにして引いた。 「……っ、ジェイド……!?」 頭の後ろを片手で押さえつけられるようにして、ジェイドの肩口に顔を埋めるかたちになっているので プラチナからはジェイドの表情は見えない。 だが、その声色は、どんな表情をしているのか分かるみたいな真剣なものだった。 「いいえ。俺はもう、どこへも行きません。――ずっと、貴方と一緒だ」 「ジェイド……」 「お嫌ですか?」 「……いや、そんなことはない。俺だって、そっちの方がいい」 ジェイドの言葉を何度も何度も頭の中で反芻しながらプラチナが答える。 すると、ほっとしたようなジェイドの声。 「……良かった……」 ようやく解放される身体。 今のはジェイドの声だったが、プラチナも同じことを思っていた。 今度こそ、すぐに去っていく流星ではなく、ひとによっては永遠に輝き続けているかのように見える ただの星だったのだ。 to be continued... |