ワームホールの封鎖

2373


2373年、宇宙艦隊のベンジャミン・シスコ大佐はガンマ宇宙域からのドミニオンのこれ以上の流入をふせぐためにワームホールの出口に自己複製機能付き遮蔽機雷を設置した。遮蔽されているため探知しにくく、また自己複製によりどんなけ大軍団が増援にきても機雷がなくならないのである。これによりドミニオンはガンマ宇宙域からの増援と補給を受けることができなくなった。特に彼らの戦闘部隊であるジェムハダーに必要なテトラセル・ホワイトの補給が途絶えたことはドミニオンにとって重大なことである。テトラセル・ホワイトがなくなればジェムハダーの統制が取れなくなり、戦線が一挙に崩壊してしまうのだ。ジェムハダーの艦隊が無くなればクリンゴンとの戦争で打撃をこうむったカーデシアの戦力のみでは惑星連邦とクリンゴンの同盟に対抗するのは不可能である。ドミニオンは今までと一転して長期戦を考えざるを得なくなった。

機雷や地雷という兵器が主に心理的効果による敵の戦力の足止めなどを目的としている以上、この兵器によってそれほど激しい戦闘が起こったことはあまりない。だが戦略的な効果は非常に高い兵器である。1853年ロシアとトルコの領土争いにイギリス・フランスがトルコの味方になりクリミア戦争が起こった。ロシアには黒海艦隊の母港である南のクリミア半島にあるセバストポリ、極東艦隊の母港であるシベリアのウラジオストック、そしてバルト艦隊(日露戦争で日本艦隊に撃滅されたあのバルチック艦隊)の母港であるバルト海のフィンランド湾に浮かぶ島にあるクロンシュタットという3大軍港があった。このうちクロンシュタット軍港に連合軍が押し寄せてきたとき、ロシア側は多数の機雷をフィンランド湾に仕掛けて防御した。ところがロシア側の船が誤って機雷に触れ、沈没してしまったのである。これを目撃した連合軍は機雷の威力に驚き、クロンシュタットを攻めるのをあきらめた。ちなみにこの機雷をつくったのはのちにダイナマイトを開発することになるアルフレッド・ノーベルの父親、イマヌエルである。

またこれらの兵器でなくてもワームホールのような敵の要衝を抑えることは戦略的優位を得ることになる。その影響は単に物資の不足による戦力の低下のみにとどまらず、精神的な負担を相手にかけることになる。太平洋戦争時、米軍は太平洋に存在する要衝を占領していくことにより島々に点在していた日本軍を枯死させることができ無用な損失をさけることができ、またマリアナ諸島を押さえることにより日本本土にいつでも大規模な空襲をかけることが可能になったのである。

日本軍もまた米軍の要衝に対して攻撃をかけようとしたことがある。そのひとつは有名な真珠湾攻撃である。日本軍は米軍太平洋艦隊の主力艦のほとんどを沈没することに成功し戦力比は圧倒的に有利となった。ただこの攻撃はあくまで敵の艦隊が目標であったため太平洋最大の要衝を押さえたわけではなく、アメリカ側の戦意を極端に上昇させてしまうことになった。その他には計画で終わってしまったがアメリカ軍にとってまさしく要衝(チョーク・ポイント)といえる場所をねらったものもあった。その場所とはパナマ運河である。アメリカ海軍の軍艦は大西洋側にある造船所から太平洋に来るのにかならずここを通らなければならなかった。そうしなければ南アメリカをぐるっと回ってこなけらばならないからである。このためアメリカ軍の戦艦の幅が最大33mに制限されていたくらいである。(ちなみに日本軍の大和は全幅38.9mである)この要衝を攻撃、破壊するのを目的としてつくられたのが伊400型潜水艦である。この史上最大の通常動力の潜水艦は3機の攻撃機を搭載し目標を遠方より破壊する能力をもっていた。もしパナマ運河が破壊されれば米国艦隊は艦隊の補充や補給に困難をきたし、少なくとも沖縄を多数の機動部隊で取り囲むことはできなかったであろう。ただこの恐るべき潜水艦は戦況の悪化により本来の目的には使われなかったがその考え方はのちの弾道ミサイル搭載の戦略原潜へと受け継がれていった。

ディープスペース・ナインは機雷の敷設後すぐに彼らに占領されてしまった。惑星連邦は戦意の向上と敵の要衝であるワームホールを押さえるため3つの艦隊とクリンゴン艦隊による大規模な奪還作戦を立てた。しかし予想以上に早い機雷除去の動きを知った連邦側はすべての艦隊の集結をまたず2つの艦隊およそ600隻で奪回に向かった。惑星連邦のオブライエンとベシアが

Cannon to right of them,(右に大砲)
Cannon to left of them,(左に大砲)
Cannon in front of them(前に大砲)
Volley'd and thunder'd;(轟く一斉射撃)

Storm'd at with shot and shell,(弾と薬莢で立ち向かい)
Boldly they rode and well,(彼らは突進した)
Into the jaws of Death,(死のあごの中へと)
Into the mouth of hell(地獄の口の中へと)
Rode the six hundred.(駆け抜けた)

と1855年のクリミア戦争におけるバラクラヴァの戦いについてアルフレッド・テニスンが作った「軽騎兵旅団突撃の詩」を引用した大規模な戦闘においてかろうじて間に合ったクリンゴンの増援に助けられながら連邦側はドミニオンの1254隻からなる艦隊を突き崩すことに成功し、ディファイアントはディープスペース・ナインへと辿り着いた。ドミニオンは機雷の除去に成功しガンマ宇宙域にいた2800隻の増援部隊を呼び寄せたが惑星連邦のベンジャミン・シスコの説得によりワームホールの預言者が増援部隊を消滅させてしまった。増援部隊を失ったドミニオン側はカーデシア領域へ引き返すはかなかった。

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