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個別対応事項の説明

1、人間的な生活の限界(QOLの境界線)

これ以上は非人間的な状態、いわゆる「単なる生命維持だけの医療だ」という境界線をどこに引くかを示します。
終末期の判断は医療の専門家が個々の患者を診て総合的に判断する事柄です。
でも、QOLの限界は患者本人の生き方を示すものですから、自己決定権を主張する意味で明記が必要です。
QOLとは、Quality Of Life の略で直訳すれば「生活の質」という意味です。
最近は、患者の人生観や価値観を尊重し,その人が望むような生活をできるだけ配慮した医療をすべきだという意識が広がりつつあります。
救急医療、がん、脳血管疾患、認知症 高齢者の複合型、呼吸不全 に共通の表現はむづかしいです。救急医療とがんは予後の判断がつき易いでしょうけど、脳血管疾患の予後は予測がむずかしく、線引きの基準をどこに置くか迷いますね。
心の健康状態も重要な要素ですが、見た目で判断できませんので省きました。

2、AHN (人工的水分、栄養補給法)

AHN というのは管で栄養や水分を体内に流し込むことです。鼻から管を通して胃袋へ栄養剤を入れるとか、胃袋に穴を開けて栄養剤を入れる(胃ろう)などのことです。腸の上部に穴を開けるものやら食道にやらもあるそうです。太い静脈を使うものも含まれます。
さて、この中で昨今盛んに使われている胃ろうを考えてみました。
これが恐ろしいテクノロジーというか、善意で必死の救命措置だけに避けがたいというか、延命治療拒否遂行の最大の壁です
胃ろうが普及した背景には、開腹手術なしに、胃カメラで造設できる(PEG)手軽さや、誤嚥による肺炎の危険回避、介護者の負担の軽減があります。
誤嚥で肺炎を起こしたら、救急車で病院へ行きますよね。
胃ろうを勧められます。
何もしない選択肢は死ぬことだから、家族は承諾してしまいます。
経口摂取が困難になったら、餓死回避のためには胃ろうしかないとなっちゃいますよね 
自分の親が食べ物を一切口にしなくなり、衰弱していく姿を目の当たりにしていると、何もしないで見ていられないです。
少しでも長く生きて欲しいと願うし、少しでも栄養を取って安らかに最期を迎えてほしいと行動するでしょう。それで、胃ろうとなります
胃ろうは人工呼吸器、気管切開、はもちろん、意識レベルの低下、嚥下困難、認知症、全身状態の悪化などで行われるそうです。
そして、何年も何年も寝たままで、先が見えない介護生活が続きます。
生き延びます
胃ろう造設は急性期医師によることが多いのです。慢性期では介護保険施設で多いそうです
胃ろう造設後、経口摂取再開の可能性は10%だそうです。(PEGドクターズネットワークの調査では18.4%との事です)

自分で食べられないだけなら胃ろうでも生きていたいと思うか、死を覚悟するか、は各自の生き方です。
人生の捉え方によって決めるしかありません。
私は尊厳ある生活を選びたい。
つまり、命を縮めてでも、死期が早まったとしても、胃ろうを拒否したいと思います。
日本老年医学会の「高齢者の摂食嚥下障害に対する人工的な、、、」で詳しく考察されていますので、参考にして下さい。

口腔ケア

口腔ケアとは、摂食・嚥下のためのリハビリテーションを含む広範囲な器質的および機能的な口腔のケアで、専門としているのは歯科医師です。

具体的内容
①がんそう(うがい)
②食物残渣の洗浄、プラークの除去,舌苔の除去  :  歯みがき、舌みがき、義歯みがき
③舌、口唇の運動
④口の開閉運動・口を膨らます運動
⑤頸部、上肢の運動・下肢の運動
⑥口腔周囲筋・口腔内のマッサージ
⑦唾液腺への刺激
⑧発語を促すアプローチ、など

高齢者の直接の死因に肺炎があります。その多くは口腔内の不潔と摂食嚥下機能の低下による誤嚥が原因です。
予防するには、口腔ケアが必要ですが、医療関係者の中には、口腔清浄だけを意味すると思っている者も多く、認識不足の現状です

3、生命維持装置

終末期で人間的な生活の限界を超えている時、生命維持装置は当然使用しないでほしいですね、
人工呼吸器はもちろん、人工透析も希望しません。
では、突発的な事故のため救急医療で、装着されてしまった場合はどうでしょう
日本救急医学会のガイドラインでは、リビングウィルがある時はまず第1に確認し、本人の意思を尊重するとあります
でも、「人工呼吸器、ペースメーカー、人工心肺などを中止、または取り外す」について大いに賛成の医師は18,5%という調査結果2012年もあります。
家族にしっかり理解してもらうことが大事ですね

4、心肺蘇生、気管切開、昇圧薬投与

蘇生術とは、一般的に気道狭窄・閉塞に対する気道の確保、呼吸停止に対する用手・機械的人工呼吸及び心臓マッサージを指します。血圧を維持するための過度な輸液や強心剤の投与、形式的な心腔内への強心薬の注入も終末期の蘇生術に当ります
救急医療では必要ですが、終末期で(余命半年か、もしくは1年ぐらい)人間的な生活の限界を超えている時、心肺蘇生は必要ありません
何もしない事に罪悪感を感じるとか、焦燥感を感じる家族がいる限りは、お医者様もせざるを得ないでしょうから、記述しておきます。
気管切開も同様の理由で拒否します
救急医療の場合は断定できませんけど、あくまで末期の場合です。

5、すでに装着してしまった後の対応

急性の場合、緊急の場合、などに生命維持装置、気管切開、AHNの装着をすることがあるでしょう。
で、そのまま外す(抜去)機会を逸してしまう。
外したら死ぬかもしれない。死ぬだろう。もがき苦しみながら死を待つことにもなりかねない場合
医師は躊躇するでしょう。
中止のプロセス4要件がそろっていれば問題ないと理解して頂けると思うので、本人の意思表示として再度明記しておきます。

6、退院後の在宅、介護施設等での対応

もう死が迫っている場合でも、今までと変わりなく話ができていたり、食事ができていたりすることもあります。 なのに、急に意識がなくなったら、急に呼吸が苦しくなったら、誰もが何とかしなきゃいけないと考えるものです。
お医者様に診て頂くにしても急がなきゃいけない=救急車で病院へとなります。
受け入れた病院も何とか手当をして回復を図るのが医療の使命だと考えていますから、手当てします。
でも、どんな手当てをされるのでしょう
体中管だらけになるとか、生命維持装置とか、かもしれません
延命治療を拒否するということは、死を受け入れるということです。覚悟するということです
本人も、家族も、覚悟して待つことです
ですから、呼ばないで下さい

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