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1999/7/14(水) 先週、木・金と釧路に出張になったついでに、土曜日には浜中町にある霧多布湿原に行きました。霧多布湿原は、花の多い湿原としても有名で、エソカンゾウやワタスゲの大群落など、花の時期には本当にきれいなところです。
昼食付きで、車での移動も含めた丸1日のガイド料としては、2万円という金額は一般的に高いのか安いのかわかりませんが、金額以上に親身になってあちらこちらと連れていって頂いて、本当に充実した1日でした。だいたい、36枚取りのフィルムを1日で6本も使い切るなんて、本当に久しぶりでした。いろいろ初めての植物たちに出会えて、雨に濡れるのもまったく気にならなったくらいです。
ところで、今回案内していただいたところは、どうやら一般の観光客はほとんど入らない所だったらしく、ほとんどゴミなどの無いきれいなところがほとんどでしたが、国道沿いなどの木道に沿った場所や岬など観光客の多く出入りするところには、ちらほらとゴミが散見されました。地域の小学生やボランティアの方々がゴミ拾いをこまめになさっているようなのですが、それでもゴミが無くならないのは、ひとえに不心得な旅行者などが多いせいでしょう。 釧路湿原も霧多布湿原も国立公園であり、ラムサール条約で保護された場所でもあります。自然には回復力がありますが、それも限界があります。一人一人がもっと自然に対して慎重に振る舞う事を覚えないと、この湿原や花々も無くなってしまうのだろうと、撮ってきた写真を見ながらつくづくと考えてしまいました。 1999/7/19(月) 先週、NHK総合の深夜の再放送で、ねじめ正一さんと谷川俊太郎さんという2大詩人による「詩のボクシング」を見ました。 「詩のボクシング」というのはいったい何かと思ったら、3分間ずつ交互に自作の詩を朗読しあって、その優劣を3人のジャッジ(審査員)がラウンド毎に10点満点で採点し、その合計で詩や詩人の優劣を決めようと言うパフォーマンスでした。
ちゃんとお客さんも入っていて、その人たちにどうアピールしたか、というのもジャッジが点数をつける時の参考になります。私もテレビ桟敷で観客の1人になって、かなり楽しく見せて(聴かせて)もらいました。
60分間の死闘(?)を見て、『見る詩』『聞く詩』間には大きな違いがあることがわかりました。特に、ねじめさんの詩は、そのたたみかけるようなテンポがすさまじいばかりの快感と興奮を感じさせて、本で“見た”時よりずっと感動的でした。実のところ、“見る詩”としてのねじめさんの詩は、1ページの中に活字がぎっしり詰まった状態や引用できないような言葉の羅列などがインパクトがありすぎで、じっくり読む事ができなかったのです。けれど、ねじめさんの朗読を聞いているうちに、もう一度読み直してみたいと思わされました。あのすさまじいばかりの言葉の羅列は、同じほどのすさまじさのスピードで音読されることで真価を発揮するように思います。言葉って、使いようによってはものすごく肉感的になるものなのですね。 詩に関して、本当に色々なことを考えさせてくれた番組でした。もし第3回があるのなら、それもぜひテレビ中継して欲しいです。そして、願わくは、谷川さんを負かすような、若い詩人の出現を心待ちにしたいと思います。 1999/7/23(金) 学生時代、国語の時間が嫌いでした。いろいろな文学作品を細切れにして「主題」を明らかにすることに、どうしてあんなに時間をかけなくてはいけないのか、いつもいつも疑問でした。 どんなに素晴らしい随筆も小説も詩も古典も、最後にはバラバラな言葉の羅列にして飲み込まされてしまうことが、どうしても納得いかなかったものです。良い作品を目にしたとき、胸の中にポッと明かりが灯されたように感じたり、嬉しくなったり、悲しくなったり、憤ったり、そんな風に感じるだけではなぜ駄目なんだろう、といつも思っていました。 今でも覚えていますが、太宰治の『走れメロス』を読まされた時(確か中学校だったはず)、最後に読書感想文を書くという課題が出されたのですが、「メロスの感情の動きを考えながら書きなさい」というように、書き方が限定されてしまったことがあります。この時、私はどうしても感想文を書く事が出来ませんでした。 何故かというと、『走れメロス』を何度も繰り返し読んでいるうちに、私の興味の対象は主人公のメロスではなくて、王様の方に写って行ってしまっていたからです。何度も何度も繰り返し読むうちに、きっと誰よりもメロスの帰りを待ち望んでいたのは過酷な課題を与えた王様だったのではないか、という思いがだんだん強くなって、授業の時間中も事件の間の王様の心情ばかりを想像していたのでした。 そんな状態の時に、どうやってメロスを中心に据えた感想を書けるというのでしょうか。今ならそれも可能でしょうが、当時の私には到底無理な注文でした。仕方なく王様を中心に据えた感想文を書きましたが、案の定、評価はものすごく悲惨でした。当時の国語の先生から課題に沿って書き直すようにも言われましたが、それが出来るくらいなら最初からそうします、と言いたくて言えなかったのが、結構辛い思い出として残っています。 現在の小・中学校の国語の授業では、いくらかあの頃とは違った教育をしているのでしょうか。それとも、20年くらいでは変わりようもないのでしょうか。昔、教科書で読んだいろいろな作品を今読みかえすと、あの当時わからなかったものがいろいろとわかってきます。国語の授業で「答え」とされたものが唯一の答えでは無い事もわかって来ます。少なくとも、私が文章を読み取る力らしきものを得たのは国語の授業からではなく、身近にあった沢山の本からだったことだけは確かなような気がします。 今日、たまたま本屋で見つけて購入した『教科書でおぼえた名詩』(ネスコ発行/文芸春秋発売)を見ていたら、そんなことを考えさせられてしまいました。 1999/7/27(月) 昨日、エーリッヒ・ケストナーの『人生処方詩集』(小松太郎訳/ちくま文庫)を買ってきました。美智子皇后様が国際児童図書評議会ニューデリー大会のい講演で、この詩集の中の「絶望第一号」にふれられたので、けっこう有名になったようですが、私がこの詩集の存在を知ったのは、昔あるマンガで引用されていた「従兄の隅窓」という詩を読んだ事によります(どのマンガかは、わかる人はわかるでしょう。もちろん(?)少女マンガです)。昨日は懐かしくて思わず手にとってぺらぺらとめくっているうちに、どうしても買わなくてはという気になってしまいました。 ケストナーと言えば『エミールと探偵』や『飛ぶ教室』『ふたりのロッテ』などの子供向きの本の作家として有名ですが、本職(?)はブレヒトなどと同じく“新即物主義”の尖鋭的な詩を書いた詩人です。そして、ナチス体制下において執筆を禁じられ、焚書の憂き目に遭い、2度もゲシュタポに逮捕され、それでもドイツに踏みとどまった作家でした。『人生処方詩集』は原題を『ドクトル・エーリッヒ・ケストナーの叙情的薬局』といい、1936年にそれまで出版した4冊の詩集から選んで、国外(スイスのチューリッヒ)で刊行された詩集でした。 年齢が悲しくなったら、孤独が耐えられなくなったら、怠け癖がついたら、ホームシックにかかったら、生活に疲れたら等々、人生の中で罹りやすい病気に対する薬(詩)が、用途別に処方されているのが『人生処方詩集』です。中には苦すぎる薬もありますが、最初から読んでみてもいいし、ウェットと警句に富んだ詩句をその処方に従って見て行くのも楽しいものです。作家自身や人間や社会を戯画化して嘲笑すると同時に、童心や素朴なものへのあこがれもほのかに感じられるでしょう。苦くて甘い、陽気に見えてどこか悲しい、そんな感じをおこさせる詩集です。 ちなみに、「絶望第一号」は“子供を見たら”に、「従兄の隅窓」は“年齢が悲しくなったら”“人生をながめたら”に処方されています。 1999/8/07(土) 札幌は今日が七夕です。札幌では仙台のような盛大な飾り付けはありませんが、小さな子供がいる家では柳の木の枝に短冊をつるして飾ります。 笹ではなくて柳を使うのは、北海道では函館周辺の極一部の地域でしか笹が自生しないためです。柳は開拓時代には其処此処に山ほど生えていたようで、せめてもの気分を味わうために笹代わりに柳の枝を使ったのが、今でも北海道の伝統として残っています。私の住んでいるマンションの玄関にも、昨日はマンション内町内会の児童部の人が柳の飾り付けをしていました。 伝統と言えば、私が小学校ぐらいまでは七夕の日の夜には、近所の子供たちが打ち揃ってロウソク集めをしたものですが、いつの間にかそういう風景も無くなってしまいました。
確か、私が大学生の頃までは、昔ほどではなかったものの毎年ロウソク集めの子供たちが来るので、一番小さなロウソクが入った大きな箱を買い求めるのが常でした。うっかり買い忘れてしまったときは、飴玉を上げたり10円をあげたり、色々大変だった記憶があります。 あの、騒がしくものどかな風習が札幌では見られなくなってしまったのは、いったい何時からだったのでしょうか。 1999/8/23(月) う〜ん、いくら不定期日記とは言え、少し間が開きすぎですね。これはいけない(^^;。 ひたすら暑さにかまけて、職場と家の往復だけをする日々、というのもなかなか情けないものはあります。今月に29日まで、北海道近代美術館で「ルノワール展」をやっているのですが、はたして行けるかどうかが心許ない今日この頃……。最終日でも、なんとか行きたいなあ、と思ってはいます。とにかく、もう少し活発に発動するために、早く気温が下がって欲しいです。 とにかく、今年の夏は暑すぎて、旅行も含めて予定していたことが全く出来なくて、ひたすら家でゴロゴロしている状態になってます。久しぶり(多分、4年ぶり)に押入から扇風機も取り出すことにもなりました。ちなみに、我が家にはストーブはありますがエアコンはありません。例年だと、30℃以上になる日は片手で数えられるくらいなので、扇風機さえめったに出しません。でも、来年の夏も今年と同じ状態なら、絶対にエアコンを購入しようと思います。 今月、突発的に「電気パン焼き機」を購入したのも暑さのせいです。6月からずっと、朝は自作のパンを食べていたんですが、今月は暑さで生地をこねるだけの気力がどうしても出てきませんでした。かといって、市販のパンを食べる気もしなくて、遂に材料を放り込んで置けばパンが焼ける機械を購入してしまいました。 使ってみた結果は、とっても具合がよろしいです。モチモチした食感の、トースト向きの角食が苦労なく出来るので、二日おきに使っております。母にもなかなか好評ですので、このまま使い続けることになりそうです。今年の夏の出来事の中では、これだけはよかったなあ、と思える出来事でした。 1999/9/13(月) 昨日、突発的にTOPの画像を差し替えました。去年の8月にTOPと目次を現在の形にしてから、ほぼ1年ぶりに変えたわけですが、最初は、16〜17世紀オランダの画家の楽器の静物画にしようと思っていたのですが、いろいろやっているうちにイタリアのロッソ・フィオレンティーノのリュートを弾く天使の絵に落ち着きました。 ロッソ・フィオレンティーノ Rosso Fiorentino は1500年代に活躍した画家で、分類としてはルネサンスとバロックの間のマニエリスムの画家になります。誇張された、どことなくいびつな緊張感を持った絵を描く人なので、TOPに使った絵はフィオレンティーノ の絵としてはかなり変わった画風だと言うことが出来るのではないかと思います。 多くの画家が色々な天使の絵を描いていますが、フィオレンティーノの『奏楽天使(Angelic Musician)』は、中でもとりわけ魅力的な絵だと思います。リュートを抱えているというよりは、抱えられているような、はたまた埋もれているような愛らしさ、くるくるの金髪の巻き毛、少し眠そうな、見ようによっては自分の奏でる音楽に浸りきって陶酔しているような表情など、はじめた見たときからとても惹かれてしまいました。いつか、イタリアのウフィッツィ美術館にある実物にもお目にかかってみたいと思います。 TOPの画像には、これからも古い楽器や演奏している絵をなど時々差し替えていこうかと思います。来年は何にしましょうか。フェルメールも好きなんですが、少し当たり前すぎるかしら。 |