ここのところ、夕食はお茶漬け(正確に言うと「湯漬け」)が定番化しています。ゴールデン・ウィークに鎌倉に行ったとき、鎌倉駅の近くの漬物屋さんで大根と胡瓜のみそ漬けをかったのですが、これが妙に美味しいのです。
札幌で買えるみそ漬けというと、妙な甘さがあって化学調味料が入っているのがしっかりとわかる代物がほとんどです。大体において、化学調味料とニンニクが苦手な我が家では、塩漬けやぬか漬けでも食べられる物はほとんど無いのですが、今回買ったみそ漬けは、本当に美味しいと思いました。漬け物が美味しいなんて思ったのは本当に久しぶりです。
来週あたり、その美味しいみそ漬けも無くなってしまうので、どうしようかと頭を抱えています。クール宅急便で札幌まで送ってもらえるかどうか、明日あたり問い合わせてみようかしら。
1999/5/30(日)
時々、読書傾向がものすごく偏って、他に目が行かなくなることがあります。3年前もそんな具合で、そのときは翻訳物に耽溺していていました。今でもそのときの名残で、本棚にはエド・マクベインやアーサー・ヘイリー、ジェフリー・アチャー、スティーブ・カッスラー、スティーブン・キングなどなどの文庫本が100冊ばかり並んでいます。
おかげで、当時は翻訳物以外にはどんな本が出版されていたのか、ほとんど、というか、まったくわからない状態になってしまいました。
どうしてこんな事を書いているかというと、昨日、赤瀬川原平さんの『「新解さん」の謎』を読んだからです。こんな面白い本が出版されていたことを知らなかった自分にあきれ返ってしまったのですが、奥付を見たら、初出がちょうど3年前だったんです。自分の読書傾向の偏りがつくづく悔やまれてしまいます。
もしかしたらまだ読んでいない人がいらっしゃるかもしれないので一応説明しておきますと、『「新解さん」の謎』というのは旺文社の新明解辞典についての本で、用例や訳を引きながら、この辞書がいかに“攻め”の辞書かというのを解説してあります。ですから、一種の解説書ということも出来ます。けれど、そこは赤瀬川さんのこと、一種独特の軽妙な語り口で「辞書」ではなくて「新解さん」を読み解いていく過程が書かれています。
うまく説明できませんが、とにかく、なんとも言えない爽快な読後感で、新明解辞典を使ったことのない私でも、思わず「新解さん」にお近づきになりたいという気にさせられました。
多分、読んだ方は同じような感想を持たれたと思いますが、「読書」に足る辞書という物が存在するということを教えてもらっただけでも、充分におつりの来る本だと感じました。
一緒に掲載されている「紙がみの消息」も、なかなか面白いエッセイ集です。普段見慣れている物や、何か引っかかるんだけれど、何が引っかかっているのかわからないような事柄を、ひと味変わった切り口で改めて考えさせてくれる手際は、赤瀬川さんならではのものだと思います。
とにかく、読んで楽しい本であることは間違いないでしょう。久しぶりに一気読みをしましたが、なかなか爽快な気分にさせてもらいました。
1999/6/5(土)
TOPと目次と2ヶ所にカウンターをつけてしまったために少々煩わしいところもあるのですが、TOPのカウンターがもうすぐ5000になりそうなので、5000をgetされた方にCDプレゼントしようと思いつきました。本当に、こんな地味サイトにこまめに訪問して下さる方が1日に何十人もいるなんていうことは、立ち上げたときには考えもしませんでしたので、なんとも不思議な気分です。
プレゼントのCDですが、ダブって購入してしまって封も切っていないCDが何枚かありますので、その中から1枚を贈ろうと思っています。掲示板にも書きましたが、私の心づもりとしてはプロ・カンティオーネ・アンティカ演奏の「ラッスス/5声のレクイエム」かサヴァール指揮エスペリオンXX演奏の「ビクトリア/モテット集」または「ゲレーロ/サクレ・カンティオーネ集」のいずれかが良いのではないかと思っています。どれも大好きで自信を持ってお薦めできる録音ですので。
ところで、CDのをダブって買ってしまうのは以下のような理由によります。
- 再発されたCDだったが、以前のレーベルとは違うところから出ていた。
- ジャケットデザインや録音のカップリングが極端に違っていた。
- 通信販売で申し込んでいたのを忘れて、店頭でも買ってしまった。(当然、忘れた頃にCDが届く……)
- BOXで格安に発売されたものの中に何枚かすでに入手済みのものがあるが、それを考えてもBOXで買った方が安上がりなので購入してしまった。
原因が2重3重に重なって、同じ録音を3枚も購入した前歴があるんですよね(爆)。本に比べるとダブる率は少ないですが、それでもいつの間にかけっこうな量になっているのがなんとも言えません。経済的にゆとりが出来たからだとも言えますが、もうちょっと1枚1枚を慎重に選ぶことも必要かもしれませんね。
1999/6/25(金)
ウィンブルドンの放送がはじまったので、自然と宵っ張りになりつつあります。スポーツ観戦はもの凄く好きで、野球もサッカーもゴルフもマラソンも駅伝もカーレースも、テレビ放送があれば必ず見ます。オリンピックも世界選手権も、全試合ビデオにとって必ず見ます。テニスも例外ではないのですが、中でもウィンブルドンは、どういうわけか録画ではなくて必ず生中継を見てしまうスポーツのひとつです。
同じテニスでも、全米や全仏はそれほど一生懸命見ないのに、なぜか全英だけは1回戦から見てしまいます。今年はすでに日本人選手は全部負けてしまいましたが、多分、決勝まで眠い目をこすりつつ、必死になって見るんだろうと思います。
それにしても、どうして全英だけはこんなに必死になって見るのかな、と思うに、今年はヒンギスが1回戦で敗退したように、他のトーナメントよりも番狂わせが多いせいかもしれません。4大トーナメントの他はとれなくても、ウィンブルドンだけは死守する人とか、世界最強と言われながら、なぜかウィンブルドンだけはとれなかった人とか、考えてみれば色々ドラマが多いですから。
選手達も、他のトーナメントより必死でやっているように見えるのは、単なる欲目のせいでしょうけれど。
1999/6/27(日)
ここのところ、田中芳樹氏の中国物を立て続けに読んでいます。もともと田中氏の『銀河英雄伝説』を初めとしたSF及びファンタジーが大好きで、ずうっと追っかけているのですが、田中氏のもう一つの系譜である中国の歴史や人物を題材にした小説は、なんとなく読まないままで来ていました。ところが、最近は田中氏は『創竜伝』も『タイタニア』も『アルスラーン戦記』も『自転地球儀』もまったく続きを出して下さらないので、ついに中国物に手を出すことにあいなった次第です。
読んだのは『風よ、万里を翔けよ』(中央公論新社)と『紅塵』(祥伝社文庫)と短編集『長江落日賦』(祥伝社文庫)の3冊ですが、どれも面白かったです。最初に読んだ『風を万里を翔けよ』は、滅び行く隋を舞台に、男装の美少女である花木蘭(かもくらん)の活躍を描いた大活劇ですが、同時に、花木蘭の目を通して描いた隋滅亡の叙事詩でもあります。ひとつの国家の滅亡の物語の中で、歴史上の実在の人物達と、架空の人物である花木蘭が何の違和感もなく存在しているのは、SFやファンタジーを得意とする田中氏ならではのことだと思います。
『紅塵』は、12世紀の宋と金との戦いを舞台に描かれる歴史スペクタクルです。宋の国の英雄である韓成忠(かんせいちゅう)を父に、女将軍として名高い梁紅玉(りょうこうぎょく)を母に持つ韓子温(かんしおん)を中心に、2代にわたって様々な英雄や悪人が現れては消えて行きます。メインストーリーは韓子温の物語ですが、スーパーヒーローではない、普通の人間として描かれているのが好感が持てました。
最後の『長江落日賦』は、ちょっとSFがかったような怪異譚の「長安妖月記」や「黒竜の城」、重厚な歴史物の「長江落日賦」など、どれも面白かったのですが、中でも「天山の舞姫」が印象に残りました。唐の時代、サラセン帝国の進入を許した西域での物語ですが、漢人の商人李炎(りえん)と長安に憧れる舞姫ゼノビアとの悲恋の物語です。淡々とした筆致の中に深い寂寥感を感じさせ、ラストの悲しみを誘います。それでも、決して女々しくならないのが田中氏の田中氏たるところでしょうか。
ところで、田中氏の中国物の歴史的背景は、日本人にはあまりなじみの無い部分です。隋も唐も宋も、歴史の時間に習った国ではありますが、どんな国だったか覚えている人は少ないでしょう。かく言う私も全く覚えておりませんでした。三国志を書く作家はたくさんいますが、これだけ広い時代の様々な英雄達を書いてくれる日本人作家は、かなり貴重な存在ではなかろうか、という気がします。
中国の歴史の事象だけではなくて、その時代を作った人々のことをもっと知ってみたい、と田中芳樹氏の3冊の本を通して思わせられました。田中氏の本に限らず、三国志以外の中国の歴史を題材にした日本人作家の小説を捜して見ようと思います。
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