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1999/10/14(木) それまでものすごく好きだった音楽が、いつの間にか聴けなくなる、という経験をしたことがおありでしょうか?私は、古楽を発見する直前がそういう状態でした。 クラシック音楽は、物心ついた時にはすでに身近にあるもので、種類こそ限定されていましたが、父や母が代わるがわるかけるベートーヴェンやドボルザーク、チェイコフスキーにJ.S.バッハなど、メロディーが暗記できるくらいによく聴きました。交響曲も協奏曲もソナタも大好きで、FMラジオでクラシック番組をエア・チェックすることを覚えたのも、中学に入学する前の事だったと記憶しています。 ところが、高校生になった頃から、突然オーケストラの入った音楽が、ものすごく重く感じられる、交響曲や協奏曲やオペラを聴いていると、頭が痛くなるようになりました。 とりあえず弦楽4重奏や八重奏曲などは聴けたのでそのときは良かったのですが、しだいにそれも重くなり、そのうちにソナタもダメ、バッハの無伴奏も重い、かろうじて歌曲は聴ける、という風になってしまったのは、いったい何が原因だったのでしょうか。いまだによくわかりません。 そうこうするうちに、ペーター・シュライヤーやフィッシャー=ディースカウのシューベルトのリートさえ重く感じ始めるようにり、いよいよ聴く音楽が無くなるのか、と思った頃にたまたま巡り会ったのが、ジョスカン・ディプレを初めとする無伴奏の男性による合唱曲でした。
そうこうしている内に、伴奏のついた合唱曲も聴けるようになり、中世の歌曲が面白くなり、バロックのコンチェルトの聴いてみて……という順番で、交響曲までなんとか復活するまでに、3年くらいかかったでしょうか。今はだいたい何でも聴けるようになりましたが、それでも交響曲はモダン楽器の演奏だと、生では聴くのはいまだに抵抗がありますし、オリジナル楽器でも少々辛いときがあります。 来年の3月に、札幌にも聖トーマス教会合唱団とゲバント・ハウス室内管弦楽団がバッハの《マタイ受難曲》を演奏しにやって来ます。昨日、かない悩んだ末に一応チケットは押さえましたが(売り出しは9月25日でした)、はたしてちゃんと聴けるだろうか、とちょっと不安になっています。家で聴く場合は、ヴォリューム調節という強い味方があるのですが、演奏会場にはありませんしね……。 1999/10/15(金) 遅まきながら、東海村の臨界事故の話です。 実は、この事件が最初に報道された次の日の職場で、あくまでも冗談ですが「手作業でウランを入れたんじゃないのか」ということで話が盛り上がりました。あくまで冗談だったもので、それが事実だったとわかったときには、本当に開いた口がふさがらない、というのが全員の正直な感想でした。。 事件については、安全マニュアルを効率化の名のもとに勝手に端折ったJCOという会社の経営の仕方が元凶でしょうでしょう。けれど、私的に一番腹が立ったのは、科学技術庁の原子力に対する考え方や対応の仕方だったりします。 科学技術庁に限りませんが、原発推進派の人たちの論調の根底に「事故は起こらない」または「起こり得ない」というのがありますよね。充分な予防対策や最新の技術による機械的制御を行っているから事故は起こらない、という考え方です。どうしてこれはど楽観的になれるのか、本当に不思議でなりません。 本当なら絶対に起こり得ないことが、天変地異や人為的ミスや機械の故障などによって起こってしまうのが《事故》のはずです。あり得ないことが起こるからこそ《事故》と呼ばれるのです。人間はミスをする。機械は壊れる。天変地異は起こる。そして、そういう風に考えて、すべてのことを想定して予防工作を立てておくことが、災害対策なのではないでしょうか? 例えは違うかもしれませんが、第2次大戦末期に、負けているのに勝ったという報告を流し続け、最後には自分たちの流した嘘を信じ切って、それをもとにして作戦を立ててしまった日本陸軍、というのが頭に浮かんで来てしまいました。 科学技術庁は、本来行わなければならない検査をやっていませんでした。休みに日にしか工場を見に行かない。原発以外でウラニウムを扱っている場所を把握していない。ないないづくしの行政は、いったい何をするために給料をもらっているのでしょう。 東海村が中央に意見を求めたとき、その返答をすために何時間もかかりました。官僚たちは、自分たちでは判断をするだけの知識がないから、と専門家の意見をもとめために生まれた時間的ロスだったといいます。 アメリカでの事故の時、事故地から半径300qに渡って、なんらかの影響があったとも言われています。それでも、日本の法律では半径10q以内について予防措置を取ればよいことになっているから、それ以外に地域については全く考えていないと言います。 かなり脈絡が怪しい文章でごめんなさい。だいぶ日にちが経ったので、もう少し冷静に書けるかと思ったのですが、書いているうちにだんだん頭に血がのぼって来ました。他にも、電力会社や政府や自治体に対しても色々ありますので、また、別項目で書くかもしれません。 1999/10/16(土) 今年の秋はは暖かいね、と言っていたら、あっと言う間に寒くなりました。昨日の朝出勤しようと家を出たら、息が白く見えてビックリです。一気に気温が下がって、予報によれば明日は「雨または雪」の天気だそうです。石狩地方も山間部は雪だそうで、もうすぐ秋も終わって冬が来るかと思うと、なんとなく寂しい気がしてきました。 よく見れば、あまり良い色でこそありませんが、森や林は紅葉を始めています。もうすぐ、広葉樹の葉も落ちてしまいます。転ぶ心配をせずに散歩が出来るのも、あり1ヶ月くらいのものでしょうか。スキー場など、冬が来ないと商売にならない人には申し訳ないですが、あまりはやく冬にならないで欲しいなあ、と思ってしまったりするのでした。 今日は、レオンハルトの演奏する、全曲バッハのチェンバロ・コンサートがあります。予報は「雨や雪が降ったり止んだり」だそうです。 1999/10/17(日) 我が家の方では雪は降りませんでしたが、札幌市の中央区では初雪が降ったそうです。明日の予報は午前中雪が降る確率が高いとのこと。一足飛びに冬になってしまいそうです。 昨日の夜中にBS2で放送されたNKK交響楽団のコンサートをビデオに撮ったものを、今日になって見ました。音だけは演奏会当日にFMラジオで聴いていたのですが、音声状況が悪かったので、今日やっとまともな音で聴きました。
チェロのシュタルケルは、どうしても全盛時代の録音と比較してしまうので、最初の方は違和感がありましたが、枯れつつもしなやかな音が「ドン・キホーテ」を感じさせて、本当によい演奏だったと思います。昔の鬼気迫るような感じはありませんけれど、あのしなやかでしたたかな感じはさすがだと思います。二日続きで名人の至芸をホールと家で堪能できて、この週末はとても得をした気分になりました。 1999/10/18(月) 前夜、ためまくっていた「演奏会雑記」を書いていてうっかり3時過ぎまで起きていたもので、今日はものすごく眠いです。お風呂の中で一瞬記憶が途切れました(^^;。溺れなかっただけめっけものですね。 今日はcpoから出た Georg Muffat (1635-1704) の「Suites and Concertos」[999 635-2]という協奏曲集を聴きました。内容的には、ムファットの「熱意と好意で集められた器楽曲集」と「音楽の花束」という二つの協奏曲集から7曲を選んで演奏しています。 ムファットは、フランスでリュリに、イタリアではアレッサンドロ・コレッリに学んで、ドイツの後期バロック音楽の発展に寄与した音楽家としてオルガン曲や器楽合奏曲などで音楽史に名前が出て来るんですが、あんまり録音には恵まれていないと言うか、少なくとも日本製品では現役盤がは数えるほど、という作曲家です。 ムファットの録音というと、Harmonua mundi FRANCE で出している、アンサンブル415の「調和の捧げもの」からの協奏曲集[HMF-KKCC356]がなかなかの名演ですが、今回聴いた ARMONICO TRIBUTO という団体も良い雰囲気を出してます。ドイツの団体ですが、イタリア的な感じの活気のある演奏をしています。ムファットの入門編にはぴったりな感じがしました。 1999/10/19(火) 佐藤賢一氏の「王妃の離婚」を読了しました。けっこう前から買ってあったのですが、なんとなく読みそびれていまして、それを今日、たまたま読んでみたのですが、これがめちゃくちゃに面白かったです。直木賞は伊達じゃありません。腰巻きには以下のようなあおりが書いてありました。 絶体絶命の王妃を救うため、そして自らの青春を取り戻すため、敏腕の弁護士フランソワが、絶大な権力者ルイ12世に敢然と立ち向かう! 歴史上の事実である、フランス王ルイ12世と王妃ジャンヌ・ドゥ・フランスの離婚裁判を扱った歴史小説ですが、本当に素晴らしかったです。なにより展開が洗練されているし、文章が平易でとても読みやすいのに気品があります。キャラクターも、主人公のフランソワをはじめ、魅力的な人物が次々に出現します。まあ、女性の目から見ると、ジャンヌも含めて女性の書き方がちょっと深みが足りないかな、とも思いますが、ほとんど問題にならない程度です。 15世紀フランスで起こった王家の離婚裁判が主軸となっているわけですが、どうしてカトリックなのに離婚ができるか、というと、その結婚が「白い結婚」つまり、夫婦の間で性的な営みがなかったと証明できた場合、その結婚は白紙に戻すことができるのことから、カトリックでも離婚裁判というのがあり得たわけです(有名なボルジア家のルクレツィアの最初の結婚も、「白い結婚」として解消された歴史的事実があります)。 つまり、ジャンヌはルイ12世からそのような性的な言いがかりをつけられて離婚を強要されるわけですが、そんなことを知らなくても、本当に面白く読める本です。見せ場は多いし、ユーモア感覚も抜群だし、何より読んでいて気分爽快になれること請け合いです。自分の弁護士も国王に寝返ってしまったために、すでに敗訴が決定しつつあるジャンヌの裁判に対して、色々な葛藤を持ちながら裁判をひっくり返そうと頑張る、主人公フランソワの反骨精神あふれる言動が本当に素敵で、読んでいて思わず惚れてしまいました。こんな人が実際にいたら、押し掛けても奥さんになりたい、とほとんどの女性は思うかもしれませんね。 ラストもとても鮮やかで、本当に完成度が高い作品だと思います。もし、まだ読んでいないとおっしゃるなら、ぜひ読んでみましょう。けっして損をしたとは感じないと思います。久々に良質のエンターテイメントを読ませてもらった実感があった1冊でした。 1999/10/20(水) 例年より2週間も早い初雪でかなり慌てたのが日曜日。その後はまた暖かい「秋」に戻って、明日も最高温度は17℃の予定です。3ヶ月予報も出て、今年の夏は気温も降雪量も例年なみだ、と言っていましたが、さすがにこのスパンの予報はめったに当たらないので話半分に聞きました。昔より天気予報が当たるようになったとは言え、3日以上の予報になると滅多に当たりませんからね。 その変わりか、短期予報は本当によく当たります。今日も、夕方から雨というのはしっかり当たりました。一雨ごとに木の葉が散って、少しずつ冬が近づいて来ています。街路樹に使われているナナカマドも、ずいぶんと葉が赤くなりました。真っ赤な葉に真っ赤な実は本当に綺麗です。ああ、やっぱり冬が近いです。 1999/10/21(木) 今日の夕方に雪虫が飛んでいたらしい。“らしい”というのは私は直接見ていないからです。母が夕方買い物に出たら飛んでいたとのこと。今年は雪虫が飛ぶ前に初雪が降ってしまったので、なんとなく変な感じがしないこともありません。虫の方もとまどったでしょうね。 「雪虫」というのは白い小さな虫で、雪が降る前にその予兆として飛ぶと言われています。アイヌ語でも『ウパシキキリ(雪の虫)』と言われていますが、地方によってずいぶん呼び方が変わるようです。井上清の「しろばんば」という小説の題名になった「しろばんば」も、伊豆地方での雪虫の呼び方だそうです。 なかなか風情がある虫ですが、実は樹木についた害虫のアブラムシ類が、冬の間につかの間に見せる姿なのだそうです。最近は、害虫が着く樹そのものが少なくなっているので、年によってはほとんど見ないこともあります。だんだん寂しくなってきますね。 1999/10/22(金) 最近ミルク・ティーに凝っています。紅茶はせいぜい砂糖を入れるくらいでストレートで飲むのが一番美味しい、と思っていますが、寒くなるとミルク・ティーの濃厚さが恋しくなります。イギリス風に紅茶にミルクを入れるのも良いですが、特に寒い日には多少作り方は面倒かもしれませんが、インド風のミルク・ティーがお薦めです。 カップ2杯分の作り方は
一応上記はひとり分の分量なので、2人分以上を作るときは水と牛乳は人数倍に、紅茶は人数分+1杯が基準です。好みでシナモンやクローブなどのスパイスを入れるとますますインドっぽくなります。ピーナッツやアーモンドをみじん切りにして紅茶と一緒に煮込んだ、ナッツ・ミルクティーも美味しいです。疲れているときは、砂糖をたっぷり入れてどうぞ。 あ、注意がもう一つ。間違ってもリンゴやオレンジなどの香料入りの紅茶は使わないこと。いちどフォーションのアップル・ティーでやって懲りました。とっても不味かったです。我が家では、ウバやアッサムで作ったミルク・ティーが一番美味しいのではないか、ということで母と私の意見が一致しています。 1999/10/23(土) 今日は雪が降るかもしれないとの予報でしたが、午前中は天気だったったので散歩に行きました。少し寒すぎるし、午後から天候が変わる怖れもあったので、近所のサイクリング・ロード沿いを2時間くらい歩くだけでしたが。予想通り、午後からは雨が降り出しました。 この時期から冬にかけて、木の葉の落ちてしまった木々の間を歩くのも楽しいものです。青空をバックにすっきり伸びた樹の幹や枝振りは、葉のある時期とはまた違った美しさを見せてくれます。来年のために準備された木の芽や木の実を一つ一つ見ていくだけでも飽きることがありません。地中の根の様子なども想像しながら、ゆっくり歩いてみるのはとても楽しい時間になります。 こんな言葉を聞いたことがあります。「森の中に、残して良いのは足跡だけ、持ち帰って良いのは思い出だけ」だと。秋のキノコ狩りも春山菜採りも楽しいでしょう。けれど、それだけを目的に野や山を歩くとしたら、本当に大事なことを感じる心を失ってしまうのではないでしょうか。 手ぶらで、または双眼鏡かカメラだけを持って野山を歩いてみませんか。きっと、新しい発見があるはずです。歩く事だけを目的に歩くのでなく、ゆっくりと回りの風景を見ながら空気を感じて歩くことも、時には必要なことのような気がします。 1999/10/24(日) 今日は1日ホーム・ページの更新をして過ごしました。完成したのは「散策の楽しみ」の写真のページだけでしたが、それ以外のページの原稿も、完成しないまでもせこせこと少しずつ書いていました。写真をUPしてから、何の気無しに身近な花々の花数を数えてみたら、97種にもなっていて、ちょっと驚いてしまいました。今年中に100種をこえそうで、われながらよく撮ったものだと思います。それでも、森林公園で見つけた植物の半分強くらいしかUPはしていません。 ピントが合っていなかったり、花の時期としては早すぎたり、または遅すぎたり、あまりに地味すぎて、見ても面白く無いだろうとカヤ類(エノコログサとか)は抜いてあったり、などなど。それに、これから新たに見つける植物もあるかもしれないので、もし植物を全部UPしていったら、200種以上になる可能性もあるんだなあ、と思うとめまいがしてきました。 今のところ、200種をこえるほどUPする気はありませんが、今年は写真の出来が悪くて保留したものがいくつかあるので、来年はそれらをもう少し見られる写真に撮れるように、頑張ってみようと思います。ただ、休日が必ずしも天気ではありませんから、まだ何年かは、カメラをぶら下げてレンズを何個か背中に背負って、森林公園を歩き回ることになりそうです。 1999/10/25(月) 最近は、バロック初期のイタリアの音楽史を書こうとしている関係で、モンテヴェルディやらA.スカルラッティの音楽ばかりを集中して聴いています。《オルフェオ》やら《聖母マリアの夕べの祈り》や《スターバト・マーテル》とかをずっと聴いていると、さすがに頭の中がチカチカしてくるような感じがします。どうも、バロック時代の音楽はイタリアよりフランスやドイツの方が好みに合っているらしいく、モンテヴェルディの項目が遅々として進まないのも、そのせいかもしれません。A.スカルラッティも、バロック的なカンタータより、パレストリーナ様式を踏襲したモテットの方が良いと思ってしまいますから。 でも、最初は嫌いでも、ずーっと聴いているとだんだん好きになる、というのはこれまでにも幾つか経験しているので、取りあえずアレッサンドリーニの指揮したペルゴレージの《スターバト・マーテル》でしばらく耳慣らしをしようと思います。今のところ、家に何枚かある《スターバト・マーテル》の録音の中で、これが一番耳に馴染まない(苦笑)。半分以上オペラみたいな曲ですから、アレッサンドリーニの解釈は間違いではないと思うんですが、どうもうまくいきません。でも、これが違和感なく聴けるようになれば、どんな演奏もドンと来い、という気になれそうな気がします。さて、頑張らねば。 1999/10/26(火) 音楽は、その気になれば仕事をしながらでも聴けるんですが、本はそれを読むための時間を捻出しなければならないので、生活に余裕がないと読書の時間がだんだん少なくなっていきます。もっと顕著なのが美術館へ行くこと。 札幌にはなかなか良い展覧会が来ないこともありますが、そこに行く時間そのものが取れなかったり、時間がとれれば取れたで、観覧者の芋の子を洗うような状況が耐えきれないので、だんだんが足が遠のきます。今年は、ゴールデン・ウィークに東京で美術館巡りをした以外は、美術館の前を通ることさえありません。 取りあえず、正月休みにどこかの美術館へ行く算段を立てようかと思ってます。まずは、たまっている仕事を今年中に仕上げてしまって、正月休みを確保せねば。 1999/11/07(日) ここのところ、音楽会のある日は天気が悪い。10/28(木)も朝から雨が降っていました。でも、午後から少し回復してくれたのでホッとしKitaraにオルガンを聴きに行ったのですが、まさかパイプ・オルガンで偏頭痛を起こすとは思わなかったです。よほど体調が悪かったんでしょうね。少し風邪気味だったかもしれません。おかげで日記が途切れてしまいました。まともに文章を書こうという気になったのが、二日前のことですから(--;)。 ところで、今ではKitaraの大ホールの顔にもなっているパイプ・オルガンですが、あれはすんなりとが設置されたわけではありません。最初に札幌市が出した計画書の中には、オルガンの“オ”の字も無かったんです。でも、どうせ税金で作るならパイプ・オルガンのあるコンサート・ホールにして欲しい、という要望が市民から出されて、多少札幌市と擦った揉んだがあったのですが、結局、市民の要望が通って今のKitaraになっています。 パイプ・オルガンを設置することになったせいで設計のやり直しもあり、ホール自体の完成は予定より2年ぐらい遅れてしまいましたが、パイプ・オルガン付きの大ホールが完成したときは本当に感激しました。パイプ・オルガンのないKitaraなんて、今では考えるのも難しいくらいです。 1999/11/08(月) 10月いっぱいで大通公園のトウキビ売りも終了し、公園内の樹木にはゴザが撒かれて雪囲いは終了しています。今日気が付いたのですが、公園内のベンチも取り払われていました。すっかり冬支度は済んでいるのですが、かんじんの雪はいつ降るのでしょうか? 大通公園のベンチが取り払われるのは除雪のためです。中央区のど真ん中にある大通公園は、公園というよりは広い遊歩道と言った方が適切なところなので、歩きやすいように冬場は除雪車を入れます。ところが、通路にベンチがあると除雪車が入りにくい(ぶつかって双方ともに壊れたりとか、傷ついたりとか)ので11月の初旬に撤去され、5月のゴールデン・ウィーク前に戻ってくるようになっています 寒い日もあることはあるんですが、どう見ても平均気温より暖かい日の方が多いので、いつ頃積もり出すかはかいもく分かりません。まあ、以前にも12月後半からやっと雪が積もりだして、正月には雪がないのではないかしら、と思うような年もありましたから、それほど慌てなくても良いのかもしれませんが、その年でも、11月はもう少し寒かったと思うんですけどね。 1999/11/15(月) 晴れていても、外に出ると空気がひんやり感じられるようになりました。さすがに、もうすぐ雪が降るのかもしれません。職場では、自動車のタイヤをスタッドレスに変えた同僚が、早く雪になって欲しいとわめいておりました。スタッドレス・タイヤは柔らかいので、雪のない道を走ると減りが激しいそうです。そうなってしまうと、せっかくスタッドレスにしていても、雪が降ると交換しなければいけないそうです。 スタッドレス・タイヤになって良かったこと=スパイク・タイヤが道路をこすり取らなくなったので、粉塵が無くなって春先の空気が綺麗になったこと。
1999/11/27(土) 「おすすめディスク」は現時点で入手可能な録音から選ぶことにしています。どの程度の入手可能かというと、国内盤が出ているとか、外国盤を扱っているお店で頼めば取り寄せ可能とか、CDnowやAmazonなどでインターネット通販が可能である、といった程度です。 地方に住んでいると(札幌は政令指定都市ですが、充分地方だと思う)、東京のように外国盤を輸入してくれる店が豊富にあるわけではありません。過去、入手可能かどうかわからない外国盤の注文を出して、半年待って結局、現在入手が出来ませんといわれたことが何度あったことか。そこで、インターネット通販は特に古楽系の録音を入手するときには強い見方になります。最近は外国盤はほとんどCDnowかAmazonで購入してます。 それでも、ヨーロッパの超マイナー・レーベルはCDnowやAmazonでは入手が出来ません。それに、最近は比較的メジャーなレーベルも在庫が無くなるのが早いので、CD選びは四苦八苦することになります。 現在頭を抱えているのはフレスコバルディの鍵盤音楽です。ASTREEとARCANAで出ていたアレッサンドリーニの録音も、EMIで出していたスコット・ロスの「トッカータ集」も検索に引っかからないし、ERATOで出していたトン・コープマン録音も廃盤だしで、いったい何を持ってくればいいのか本当にわからなくなってしまいました。 取りあえず、レオンハルトの「カプリッチョ集」は載せるとして、残りはどうしましょうかね。ヴァルトロの「トッカータ集」とあとは……再発を期待してアレッサンドリーニの「トッカータ集第1巻」を載せても良いものだろうか……。 1999/11/28(日) 現在「天気雪」です。もの凄く晴れていますが、雪が舞ってます。中央区は朝から雪らしいのですが、私の住んでいる厚別区は中央区から10kmばかり離れているので、半日くらい遅れそう。 仕事がもの凄く立て込んでいて、今日も持ち帰った分があるのですがやる気になりません。困ったものだと思いつつ、音楽と本に逃げてます。散歩に行くにはちょっと寒いので、突然思い立って種田山頭火の句集と大手拓次の詩集をHTML化し始めてしまいました。 先週買った岩波文庫版の『大手拓次詩集』は、『藍色の蟇(ひき)』などの詩集に入っていない詩が半分以上を占めていてとても面白かったです。全集を読んでいないので、「リラの香料」にはじまる香料の詩が15篇もあって驚いてしまいました。このあたりを中心に作業を進めようかな、などと考える私はかなりのマイナー好きの天の邪鬼でしょうね(^^;。 ところで、“大手拓次”という名を聴いてその詩が浮かぶ人は、どれくらいいるのでしょうか。そういう私も代表作は、といわれると悩みますが。 1887年に群馬県碓氷郡西上磯部村生まれ、北原白秋主宰「朱欒(ザンボア)」12月号に『藍色の蟇』『慰安』を吉川惣一郎の名で発表した大手拓次は、不思議な怪奇性や幻想性、ある種耽美な詩風で萩原朔太郎などに影響を与えました。フランス象徴詩(ボードレーヌなど)を指標に口語自由詩を書いた詩人は、生活のためサラリーマン生活を送りましたが、孤高を好み詩壇との交際もいたって薄く、詩作は孤独の中で行われます。そして1934年4月19日、結核で死亡し、その処女詩集『藍色の蟇』は死後3年後に出版されています。 北原白秋門下の詩人としては、萩原朔太郎や室尾犀星が有名ですが、私は大手拓次もとても好きです。 みづのほとりの姿 大手拓次 1999/12/26(日) 気がつけば1ヶ月ぶりの日記……。こういのは、もはや日記とは言わないでしょうね(苦笑)。まあ、それでも久々の休日で、二日遅れのクリスマスをお祝いしました。 老年と中年の女二人(母と私)だけですので、プレゼントの交換とか、ツリーの飾り付けなどは全くしませんが、ささやかにケーキだけは毎年作ることにしています。今年も、1年ぶりにケーキ作りを致しました。例年はフルーツ・タルト類を作るのですが、今年は久々にブッシュ・ド・ノエルに挑戦しました。作り方は極簡単です。
大学時代は何かかにか、毎週ケーキ類を作っていたのですが、就職してからは年に1〜2度しか作れないのが、なんとなく悲しいです。 |