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2002/08/15(木) 「文車」関係で、著作権に関しての書き込みが掲示板にありました。後日、「文車」にも一文を起こそうと思いますが、一応、「文車」掲載作品に関して、著作権をどのように考えて処理しているかを、とりあえず、此処に書いておきます。 「文車」を作るに当たって、色々著作権関係は調べてみた結果として、以下の3点を基本に置きました。
そこで、「文車」で『梁塵秘抄』と『閑吟集』をテキスト化するに当たって、著作権を侵害しない、青地の部分を適用して処理したつもりだったんですが、どこか違っているのでしょうか?
2002/07/28(日) お久しぶりです。なんと、4ヶ月ぶりですね。長らく留守にしていて申し訳ありませんでした。実は、5月から今度は内臓疾患で入院してしまいました。6月初旬には退院したのですが、肉体的にも精神的にもかなり落ち込みまして、サイトの方を止めようかどうしようかと悩みつつ、一時は、本当にこのまま無更新の幽霊サイトにしてしまおうかとも思ったのですが、音楽史が中途半端なままなのもどうかと思い直し、完成するまでの間、もう少し頑張ってみることにしました。でも、頑張りついでに、復帰する時はきちんと更新をしようなどと思ったのが間違いのもとでしたね。今回更新した「シャルパンティエ」や「竹久夢二」は、入院前に8割方は出来ていたのですが、完成させるまでに1ヶ月半もかかってしまうとは思いませんでした。 管理人の不在期間が余りにも長くて、来て頂いた方々には、色々と不都合な事もあったかと思います。本当にごめんなさい。ただ、3月末にお約束した引越もなんとかなりそうですし、今後は月1回くらいでコンスタントに更新出来ると思いますので、どうかご了承下さいませ。掲示板やメールへのお返事も義理を欠きまくっていますが、できるだけすみやかに対応したいと思っています。 それにしても、昨年は背中で今年はお腹と、2ヶ所にぱっくりと大きな切り傷が出来てしまいました。年も年なので、もうビキニタイプの水着は着ませんけれど、なんとなく寂しい気分がするのは、なぜでしょうねえ……。 2002/03/31(日) 3月も今日で終わりですね。いつの間にか、平成13年度も終わってしまいました。明日からは14年度……また、忙しい1年の始まりになりそうです。今年の良いところは、異常気象ながら、春の来るのが早いところでしょうか。 ところで、以下はCafe1をお騒がせした、geo の規約違反に関する私の言い訳です。単なる言い訳ですから、興味のない方は読まないでください。また、読んでご意見をもたれた方は、掲示板にも書きましたが、この件に関しては、今後一切掲示板を使用する気はありませんので、直接私にメールかメールフォームで送って下さい。掲示板を使用しない理由は、この件に関して攻められるべきはサイト管理者であって、わざわざ来て下さった方の気分を悪くする必要は無いと思うからです。 まず、このサイトに古くから来ていらっしゃる方はご存じだと思いますが、私も最初から geoガイドを外していたわけではありません。デザイン的には確かに気に食わないものの、きちんと規定通りにつけていました。外したりポップアップにしてしまった理由は、そもそも、私のページの作り方に問題があったのですが、geoガイドをつける事で文字化けが頻発するというメールを複数の方から頂いた事にあります。その時点で geo から引越をしようと思ったのですが、急には適当な引越先が見つけられなかったため、緊急避難的な対策としてガイドを外し、ポップ化を試みました。 その後、掲示板にも書いた通り、予定では昨年の、遅くとも5月頃迄には引越をするはずだったのですが、4月に入って早々に椎間板ヘルニアになって緊急入院をしてしまい、夏頃までは椅子に座る事すら不可能に近い状態で、どうにかしなければと思いつつ、そのままになってしまいました。 私の椎間板ヘルニアは、腰そのものよりも、つぶれた軟骨が押しつぶしてしまった、右足の主神経に後遺症があります。手術からもうすぐ1年がたちますが、いまだに右足は痺れて感覚が鈍いままですし、ちょっとしたはずみや、疲れが溜まったりすると激痛が走り、それが収まるまで30分から1時間くらいは身じろぐ事すら出来なくなります。 ケガや病気なら誰が見てもはっきりわかりますが、「痛み」はどれほど酷くても他人に正確に伝える事は出来ません。外見に異常が見られない以上、職場では同僚と同じか、それ以上に働かなければリストラの対象にもなりかねません。その分、当然ながら職場では無理をしますので、現在でも夕飯を椅子に座って食べる事はめったに出来ません。右側を下にして横になっている状態が一番痛みを感じないので(それでも、ジクジクとした痛みはあります)、横になったままで食事をしているありさまです。そんな状態ですから、パソコンに向かう時間もめっきり減ってしまいました。週に一度、30分から1時間というのが最近のネットライフです。 サイトの事も気になってはいたのですが、生活をする事がまず先になるので、2の次3の次以下になり、この度のような事を引き起こしてしまいました。ただ、私自身、規約違反をしている事に関しては、決して快く思ってはいなかったのだということを、ここに書かせて頂きたいと思います。 以上、最初に書きました通り、今回の件に関する言い訳です。現実に規約違反をしていたわけですから、それについては「ごめんなさい」としか言いようはありません。皆様には、大変ご迷惑をおかけしました。本当にごめんなさい。 と言いつつも、正直なところ、この程度の文章でさえも、ベッドに横向きに寝転がって、ノートパソコンに棒を使って一文字ずつ、4時間以上もかけて打ち込んでいる身としては、本当に4月中に引越が完了するものなのか、若干不安を感じております。けれど、私の事ですから、きちんと期限を切っておかないとズルズル延びてしまいそうなので、なんとか頑張りたいと思います。 2002/02/09(土) 先週の土曜日あたりから、ずうっと3月並みの気温でしたが、今日はやっと2月らしい雰囲気です。住んでいる者にとっては暖かい方がありがたいのですが、雪祭りを見に来ている観光客や祭りの主催者、及び雪像や氷像を作った方々は、ホッとしているのではないかと思います。 ただ、現地の人間として言わせてもらえば、期間が一週間もあるというのが、そもそも間違いのもとではないかという気がします。確か、昔(私が小学生とか中学生の頃)は、雪祭りは3日間しかなかったはずですし、そんな短期間でも、最終日には雪像の土台が見えてくる年もあったわけで、異常気象頻発している現代に、1週間も雪像も保たせようと言うのは、かなり無謀なことだと言えないでしょうか……。 まあ、それはそれとして、今年の雪祭りの目玉は、大雪像作りにボランティアが参加して、一基を作り上げたことだと思います。今後出来るだろう有事立法や組織の再編成を睨んで、自衛隊が雪祭りの参加を縮小したせいなのですが、ただ「見る」祭りから、「参加する」祭りになっていくことは良いことだと思います。大型化するに連れて、市民とは遊離した祭りになって来ていたのも確かな事でしたから。小雪像だけでなく、中雪像、大雪像も、出来れば設計段階から、もっと市民ボランティアや個人が参加できるようになれば、参加者も増えそうな気がします。 私が通っていた中学校では、1〜2月頃になると「雪上運動会」という学校行事がありました。その応援合戦のひとつとして、毎年、校庭に積もっている雪を使って、学級で1基ずつ雪像を作りましたが、これが本当に楽しかったんです。私も含めて、運動会その物よりも雪像作りの方に燃えていた人が多かったような気がします。 雪祭りでも、期間中に雪像まで行かなくても、雪だるま作りとか、雪像の補修用パーツ作りのコーナーなどがあると、もっと面白いのではないでしょうか。あとは、雪祭りとリンクさせて、競技雪合戦などの企画をやってみるのも良いかもしれませんね。 2002/01/29(火) ぼーっとしているうちに1月ももう終わりですね。毎年恒例の札幌雪祭りも、あと一週間になりました。1月は大雪が降るかと思えば大雨が降って、異常気象も極まって来ているような気がしますが、なんとなく、平均気温は例年並みのような気がしています。 去年、椎間板ヘルニアを患ってから、右足が太股から足先まで外側半分痺れた状態なので、外を歩くときには杖が必需品になっています。雪国用に、接地面にスパイクを付けたり外したり出来る金具が販売されているんですよ。おかげで、大雨の後でスケート・リンク状態になった歩道でも、なんとか転ばずに歩いています。 ところで、にわかに身障者もどきになってみて、「バリア・フリー」という言葉が身に浸みるようになりました。腰や足が少し悪いだけで、日常生活がものすごく不便になります。まず、エスカレーターやエレベーターが設置されていない地下鉄駅には、周囲のテンポと同じには動けない分、階段の上り下りがもの凄く怖くて、ラッシュ時には乗降しようという気が起きなくなりました。たとえ地上を1kmくらい歩くことになっても、エレベータ設置の駅で降りています。 それから、ホームに降りるための、エレベーターか下りのエスカレーターが設置されていない駅も使えません。足腰が悪いときは、階段は登りよりも下りの方が不安定だし体力を使います。札幌の地下鉄駅はエスカレータが設置されている駅が多いのですが、登りしかない場合が多いのです。でも、有るだけまだ良い方なのかもしれませんが……。 あ、それから、洋式トイレのない場所も困ります。これはかなり切実な問題で、出先が古い建物で、地下にしかトイレがなくて、それもエレベータもエスカレーターもなくて階段で降りるしかないと言われ、なんとかたどり着いてみると和式しかなかった、という笑い話のような事態に陥ることが時々あります。 まあ、世の中の大部分は健常者ですから、どうしても健常者が使いやすいように街は作られてしまうのですけれど、現在の作りだと、身障者だけでなく、高齢者にも厳しい作りになっているのではないかと思います。歩道橋とか地下歩道の階段なんて、はっきり言って、身障者もどきにとっても拷問以外の何ものでもありません。上に上がったり地下に潜ったりするのは、車輪が付いている乗り物の方にして欲しいと、歩道橋にぶつかるたびに切実に思ってしまいます。 2002/01/01(火) 新年、あけましておめでとうございます。昨年は、世界的にも日本に置いても、あまりおめでたい事が多くありませんでしたし、今年も多そうには思えない気分ではあるのですが、せめて、去年よりは良い年であって欲しいと思います。 さて、最近は私も母も、年中行事もほとんど関係の無い生活をしていて、正月と言ってもおせちを作るでもなく、せいぜい雑煮とお屠蘇で終わり、と言った感じですが、三が日の駅伝(1日に実業団駅伝、2〜3日の箱根駅伝)と1日のウィーン・フィルの「ニューイヤー・コンサート」だけは、欠かさず見るようにしています。特に、今年の「ニューイヤー・コンサート」は、小澤征爾が指揮をするというので、去年のアーノンクールに続いて、衛星放送で第一部からじっくりと見聴きさせてもらいました。 評論家の方々がどう評価するかはわかりませんが、最初の曲がはじまったとたんに、その響きの美しさに驚かされました。ウィンナーワルツは、シュトラウスに限らず、下手な演奏で聴くと肌にまとわりついて来るような感じがする事がありますが、小澤征爾が作り出したワルツは、美しい上に響きが軽やかで、そのまま踊れそうな感じがするワルツでした。去年のアーノンクールは「凄い」という印象でしたが、小澤は聴いて「楽しい」演奏の代表だと思いました。最後の「ラデツキー行進曲」では、手を叩きたくなったくらいです。 ただ、あまりに綺麗で楽しすぎた演奏だったので、時間が経ってしまうと、曲の印象はぼやけて来そうな感じがしないでもありません。とりあえず、今年の「ニューイヤー・コンサート」も録音がでるでしょうから、買ってじっくりと聴いてみようと思っています。 それにしても、アジア人が、ウィーンで「ニューイヤー・コンサート」の指揮をする時代がこんなに早く来るなんて、正直なところ考えてもいませんでした。今年からウィーン国立歌劇場の音楽監督になる小澤のお披露目の意味もあったのでしょうが、何となく不思議で嬉しい演奏会でした。 [目次に戻る] 2001年1〜12月 2000年7〜12月 2000年4〜6月 2000年1〜3月 1999年10〜12月 1999年7〜9月 1999年4〜6月 1999年1〜3月 1998年10〜12月 1998年7〜9月 1998年4〜6月 |