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Diary
―――2000年7〜12月の雑感―――



2000/7/5(木)

Y2K騒動の時、年末近くに飛び込んできて応急処置で対応した仕事のメンテナンスが終わったと思ったら、今度はIT革命とやらで仕事が入って来るようになりました。不況もなんのそので仕事だけは途切れずに入って来ますが、給料はちっとも高くならないのが不思議です。いったい誰が儲けているのでしょうか。

それでも、一時期から見ると仕事にゆとりが出てきたので、日曜は休みにすることが出来るようになってきて、散歩の時間がとれるようになってきました。平日のコンサートに行くにはその前後の日が残業になりますが、行ける時間がとれるようになって来たのでホッとしてます。HPの制作も、コンスタントとは言いませんがボチボチと出来るようになってきたので、あとは、読書の時間が捻出できるようになればと思ってます。

読書と言えば、昨日、北村薫の短編集「水に眠る」(文春文庫)を1週間かけて読み終わりました。236ページの短編集に1週間もかかったのは、通勤の帰りの地下鉄の中で、毎日20分ずつだけ読んでいたからです。

実のところ、北村薫の本を読んだのは、「水に眠る」がはじめてです。「ターン」や「スキップ」が話題になった頃に作家の名前を知りましたが、作品を読むには至りませんでした。今回は、たまたま本屋で見た表紙の絵と題名に心ひかれて買ったしだいです。膝を抱えて丸くなって眠っているらしい、多分女性と思われる簡略なペン画、それと水色の「水に眠る」の字が、すうっと眼に飛び込んで来ました。
思うに、この本を買ったときはとても疲れて眠たかったんじゃないかと思います。それとも、白っぽい表紙が、なんとなく涼しげに感じられたのかもしれません。

さて、読んだ感想ですが、多分、この本の最後に載せられた短編の題名がそのまま当てはまります――『かすかに痛い』。
中には、『恋愛小説』や『はるか』といった、胸がほんのりと暖かくなるような、ちょっと明かりが灯るような雰囲気を持った話もあるのですが、それでさえ、どこかに棘を隠し持っているような印象があります。痛みは作品によってヒリヒリからズキズキまで色々取りそろえられていますが、致命傷には至らない、でも爪を立てられているのがはっきりと分かる、そんな感じがしました。

一番印象に残ったのは、表題作の『水に眠る』です。中に出てくる“生のままの水”が飲んで見たいと思いました。皮をはがれた水は、切ない味がするのだそうです。皮だけを集めると、もっときつい味になるとも。それでも、分からない人には普通の水と変わらない「そのままではつらい」水。
実際にそんな水を味わうことはないけれど、きっと自分にはその味が分かるに違いない。そんなことを思いながら、話に引き込まれていきました。そして、その水の中に包まれて眼を閉じる主人公の、チリチリとした痛みが確かに感じられるような気がしました。

「水に眠る」は、読むほどに切ないのに、それでも手放せないと思わせられる、そんな短編が詰まっている本でした。もしかすると、10年前の自分なら、この本は鬱陶しいの一言で片づけたかもしませんけれど……。



2000/8/1(火)

とにかく暑いです。例年今頃は確かに暑いんですが、35℃を超えるとなると尋常ではありません。考えたら、お湯の中に浸かっているようなものですものね。加えて夏風邪なんかをひいておりますので、鬱とうしさはいや増すばかりです。
今のところは夜になれば涼しくなるので耐えられますが、熱帯夜にだけはならないで欲しい、とひたすら祈っております。年に10日前後の事とは言え、今時分は一番気が重くなる季節です。

7月20〜23日まで、北海道の北の花見たさに3泊4日のサロベツ原野への旅行を敢行しましたが、そのときはずっと雨だったのを思うと、気候の変わるスピードというのは恐ろしいものがあります。結局、この旅行が夏風邪の遠因になってしまったわけですが、とても疲れたけれど楽しい4日間でもありました。ただし、1日目と4日目は移動日だったので実質は2日というところですが。なにせ、札幌から私が泊まった幌延まではJR特急で4時間から4時間半かかります。札幌から乗り換え無しでいけるとは言え、ついたその日は散歩に行く気力もありませんでしたから。

20日に幌延(ほろのべ)に着いたときは晴れていたのですが、その日の晩から雨が降り始めて、次の日に起きてみたら大雨でした。それでも、次の日には豊富(とよとみ)に行く予定でしたので、午後からは雨が止むという予報もあり、10時に幌延ビジターセンターに行くことにしました。
ところで、このビジターセンターに行くのがまた一苦労でした。ここに行くための公共交通機関がなにも無い所だったんです。一番近いJR駅(そこから歩いて1時間以上かかる)も、1日に3本くらいしか列車が止まらない所で、それも午後からだということでした。自家用車で来た人か、ツアー客しか気軽には行けない所だなあと思いつつ、タクシーで3,000円かけて行きました。

幌延ビジターセンターについたら、宿泊所を出たときよりも大雨でしたが、30分くらいたったらビジターセンター内で様子を見ていたら、多少雨足が弱くなったので、思い切って木道に出てみました。エゾカンゾウはすでに終わっていましたが、アヤメ類が残っていたのと、タチギボウシが咲き始めで湿原は紫色の花が主流になりつつありました。ホロムイイチゴの赤い実が綺麗で、思わず摘んで食べて見たかったです。長沼と沼まで木道が伸びていて、黄色のコウホネが咲き始めていました。雨にもめげず、普通なら30分で回れそうな木道を1時間半くらいかけて回っていましたら、もう終わっているはずのピンク色をした可愛いトキソウや黄緑がかったエゾチドリなどのラン科の花も咲いていました。

ビジターセンターに戻った所でちょうどお昼だったので、持ってきたお弁当を母と2人で食べながら、宿に帰るか、パンケ沼という所まで農道を2時間歩こうか、と相談したところ、雨も小降りなので歩いてみようという事で相談がまとまって、ビジターセンターを後にしました。実のところ、ビジターセンターの湿原部分も面白かったですけれど、この農道歩きがかなり面白かったんです。農道の両脇の用水路にそって、クガイソウの群落があったり、ヤナギランが生えていたり、クサフジを見つけたり、用水路にコウホネが咲いていたりで、写真を撮りながら歩いていたら、あっという間に2時間たってしまいましたが、まだパンケ沼に到着できませんでした。

そうこうしている間に雨足が強くなり、あと1kmでパンケ沼、という所でさすがの私も母もギブアップをしました。レインコートなどで雨対策はしていたのですが、4時間近く雨に打たれて寒さで我慢出来なくなったんです。携帯電話でタクシーを呼んで、農道で待つこと10分(その間に、そばの草むらで母がオトギリソウを発見、写真撮影に成功)後、やってきた天塩ハイヤー(運転手さんは朝と同じ人でした)に乗って宿に戻りました。宿に戻った時に3時頃でしたが、その時は雨が止んでおりまして、非常に悔しい思いを致しました。

でも、長時間雨の中を歩いてすでに寒さを感じていましたから、宿に帰ってお風呂に入ってやっと人心地がついたのは確かです。パンケ沼に行けなかったのはかなり悔しかったですが、雨の中でも思ったよりたくさんの植物の写真が撮れたので、次に日に備えて残りの時間は宿でのんびりと過ごしました。夜になって雨が降り出したので、果たして豊富の原生花園は無事に見学出来るか多少の心配しつつ、その日は9時に就寝しました。さすがに疲れていたようです。豊富については次回に書きますので、少々お待ち下さいませ。



2000/8/3(木)

さて、2日目の豊富(とよとみ)について。この日は朝起きたときは雨が止んでいましたが、午後からまた雨になるとの予報だったので、早めに宿を出てJRで豊富に行きました。幌延から鈍行で3つ目の駅が豊富です。ここには豊富温泉という温泉が山の方にあって、人口もそこそこ多いし観光客も多いので、バスを利用して原生花園や海岸部に行くことができました。

豊富発8:25のバスに乗って、8:40にサロベツ原生花園に到着しました。ここの湿原は幌延よりもずっと乾燥化が進んでいるようで、湿原の半分以上が笹原になっていました。湿原の中でも栄養素が少ない高層湿原ということで、普通なら1mくらいになるはずのハイイヌツゲも高さ20〜30cmくらいにしかならないようでした。笹が入り込んでいない部分に少しタチギボウシが咲き始めていましたが、花の季節は6月から7月上旬までのようで、これといった植物は見られませんでした。それでも、普通だったら20分で1周出来る木道を、写真を撮りながら1時間かけて歩いたので、他のすれ違う人や追い越す人にずいぶんと奇異な目で見られていたようです(^^;。

風がものすごく強かったので、木道を1周し終わったときには、最強にしたクーラーの風に1時間以上当たった時のように頭痛がしていました。それでも、原生花園内のビジターセンターで30分休憩後、バスで稚咲内(わかさきない)漁港方面まで行きました。稚咲内についた当たりでそれまで晴れていたのがだんだん曇ってきて、雨になるのかなあと思いつつ海岸草原を目指して歩き始めました。

砂浜でハマヒルガオやハマエンドウ、コウボウシバ、ハマニガナなどを見つけながら歩いていたら、ついにポツポツと雨が降り出して来ました。前日かなり雨に当たって着替えの服も底をついていて、この日はできれば濡れずに宿に戻りたかったものですから、海岸草原にはまだついていませんでしたが、道を戻ることにしました。

雨も一気に降り出すようではなかったので、バスの窓から見えた沼まで歩くことにしました。車窓からだったので確実では無かったのですが、ヒツジグサ(睡蓮の一種)が生えているようだったのです。ここでも、前日の幌延同様、道路脇の用水路付近でかなり色々な植物を見ることが出来ました。まだちょっと季節には早かった真っ赤なカワラナデシコが1輪だけ咲いていたり、カワラマツバの黄色い花が草に埋もれるようにして頭を出していたり、その他にもチシマオドリコソウ、イケマ、クサフジ、キツリフネなどが咲いていました。野幌より1ヶ月以上も早くキツリフネが咲いているのには驚きました。それだけ、冬が早く来るということでしょう。

道路脇の植物に感心しつつ1時間ほど歩いたら、くだんの沼の所につきました。かなり小さな沼だったんですが、沼の半分にはヒツジグサがびっしりと生えていて、もう半分はコウホネの群落になっていました。下におりる道を見つけられなかったので道路の上から見下ろすだけでしたが、自然に生えているヒツジグサを見たのははじめてだったので、とても興奮してしまいました。

ヒツジグサを堪能した後、まだ雨は本格的に降り出していなかったので、もう少し歩いて見ることにしました。エゾニュウの大群落を後にするとあとは牧草地になっていて、道端も帰化植物が主流になっていました。

30分ほど歩いたら、ついに雨が本格的に降り出して来て、タクシーを呼ぼうかどうしようかと迷っていたら、海岸の方から路線バスがやって来るのが見えました。停留所ではなかったのですがダメもとで手を振ってみたら、これが留まってくれたんです。運転手さんに話を聞いたら、一応停留所はあるものの、路線バスは自由乗降で、どこで降りても乗っても良いことになっているそうです。しみじみと、田舎は良いなと思いました。

13時に豊富駅に着いたときには大雨になっていました。次の豊富行きの列車は2時間後ということで、時間つぶしをどうしたら良いかと思っていたら、豊富温泉経由で幌延に行くバスが1時間後にあるとのことで、それに乗って帰ることにしました。帰りの心配もしなくて良くなったので、豊富駅でお弁当を食べて一服した後、バスに乗って幌延の宿に戻りました。

この日も、海岸草原に行けなかったのが心残りでしたが、思ったよりは海岸付近の植物を見ることが出来たので面白かったです。そんなこんなで気分的にはかなり充実した2日間でしたが、宿に着いたときには足も腰も痛かったです。だんだん無理は出来なくなるなあと思いつつ、次の日には7:37の特急に乗って札幌に帰るため、夕食まで荷造りをして、夕食の後は私も母もバンテリンを体中に練ってから、すぐに寝てしまいました。



2000/8/6(日)

今年も広島の日がやってきました。普段、戦争のことなどほとんど考えませんが、せめて年に1度くらいは考える時間を持ちたいと思いますけれど、なかなか難しいですね。ついつい日常生活にどっぷりと浸かってしまいます。

日曜日は普段通りに週末になると雨が降る、というのが最近は多いようです。今日もしっかり雨が降って、野幌には行くことができませんでした。代わりと言ってはなんですが、今日はKitaraに行って、今月でKitaraの専属オルガニストを辞任するイヴ・ラフォルグのフェアウェル・オルガンリサイタルに行ってきました。

Kitaraのオルガンには、1年交代でフランスから専属オルガニストがやってきます。ラフォルグさんは2代目の専属オルガニストでした。レクチャーコンサートなどで何度か聴きましたが、派手さは無いものの、しっとりと暖かみのあるオルガン演奏をする人だと思いました。
Kitaraにオルガンがある関係で、年に何人ものオルガンを聴く機会を得るようになって、ピアノほどでは無いものの、オルガンも弾き手によってずいぶんと音の変わる楽器であることが最近わかるようになってきました。

クレランボーやベーム、バッハなどの後期バロックと、ボエリやリストなどの初期ロマン派のオルガン曲という、なかなか面白いプログラムでしたが、一番面白かったのはアンコールの曲でした。ラフォルグさんは自分で作曲もする方で、今回のアンコール曲は自作の変奏曲だったんですが、その主題がどう聴いても屋台のラーメン屋さんのチャルメラの音だったんです。

曲がはじまった途端、会場は一瞬笑いに包まれましたが、ラフォルグさんは真面目にオルガンを弾いていらっしゃいました。コンサートが終わってホールに出てみると、アンコール曲の題名が掲示されていて、これが「山鼻の思い出」というものでした。ラフォルグさんが1年間住んだ山鼻地区の思い出という事だったんですが、山鼻地区は、夜になるとそんなに毎晩チャルメラの音が聞こえるのかしらと、また笑いを誘われずにはいられませんでした。

ラフォルグさんの次のKitaraの専属オルガニストはもう決まっていて、10月の初めにはデビューリサイタルもあるそうです。今度はどんな演奏者が来るのかとても楽しみです。



2000/10/18(水)

うむむ、これを書くのは2ヶ月ぶりですね。こうなると、もう日記とは言い難いようですが……。仕事が佳境にはいると、どうしてもHPの更新がおろそかになるのは、結局、仕事が好きということなんでしょうねえ、きっと(-_-;。

ほけっとしているうちにいつの間にかオリンピックも終わって、パラリンピックの時期になりました。明日が開会式だそうです。でも、いつもだと始まったのも終わったのもいつだかわからない、という事が多かったのですが、今年は事前にHHKの朝や夜のスポーツ・ニュースの時間に選手の紹介があり、現地に到着した選手の様子なども写してくれるので、長野オリンピック以来、ちょっとは扱いが変わって来たような気がしてます。

オリンピック終了後、オリンピック競技場を使って(たまに、オリンピック競技場が使えない年もありますが)身障者のためのパラリンピックが行われているということを、長野オリンピックの前にはどれぐらいの人が知っていたのでしょうね。かくいう私も、パラリンピックに関心が向くようになったのはロサンゼルス大会の年からのことですが。

今回のオリンピックの女子マラソンで金メダルを取った高橋尚子に、国民栄誉賞とやらが贈られるようです(私の個人的意見だと、むしろ田村亮子にやってほしい気がしますが)。でもね、いつも思うんですが、健常者の方々が努力を重ねている姿はそれは素晴らしいですけれど、身障者の方々が頑張っている姿は、それよりも何倍も素晴らしいのではないでしょうか。

今回は無理かもしれませんが、次回のオリンピックの年には、出来ればパラリンピックの様子もテレビ中継とかしてくれるようにならいでしょうか。現地には行けないまでも茶の間で応援してみたいと、毎年この時期には強く思います。



2000/11/10(金)

時々、無性に『男たち』の物語を読みたくなるときがあります。おかげで大学時代はエド・マクベインの「87分署シリーズ」を読みまくりました。6年前にはジェフリー・アーチャーをせっせと買いあさり、3年前に高村薫を見つけ、一昨年かわぐちかいじの「沈黙の艦隊」に再度はまり込んだのも、結局は登場してくる男たちの生き様に惹きつけられたからでした。どうやら今回は、北方謙三にはまりこむようです。

荒海を渡り、絶壁をよじ登って、男は女のもとへやってきた。
「私がいる。おまえには私がいる!」ただその一言を伝えるために――。

北方謙三の《ブラディ・ドール》シリーズの第4巻、「秋霜(しゅうそう)」[角川文庫]を読みました。主人公の『私』は58歳の初老の高名な風景画家。その、一生暴力とは縁がないと思っていた『私』が、本名もわからない、やくざのような男に追われている若い女のために、その女を護りたいがために、自分の命ひとつぶんの弾よけになろうとする。

女のためだ、なんて事は絶対言わない。きっかけは女かもしれないけれど、自分の信念のために、自分ためにそうするのだと、女が隠れた岬のビーチハウスに、ただ一言、言葉を伝えに行くだけのために命を懸ける『私』。

ここまでで半分なんですが、これでもう完全にノック・アウトされてしまいました(^^;。こんな男の人が本当にいたら(いないとは思いますが)、惚れない女は少ないと思います。どうしょうもなく気障だけれど、歯が浮くほどに甘ったるいけれど、馬鹿だとも思うけれど、いい年をしてと言ってしまうかもしれないけれど、信念を曲げまいとする男が本当に目の前にいたら、恋人にでも愛人にでも母親にでもなってあげたくなるのではないでしょうか。

とにかく後は本の中の『私』に頑張れと声援を送りつつ、一気に読んでしまいました。題名とカバーのデザインが気に入っただけの、たまたま買った本だったんですが、読んでいる間はひたすら幸せでした。主人公だけではなくて、主人公を助ける「ブラディ・ドール」という名前のバーに集う男たちも、みんなロマンチストで影があって格好良くて、痛いほどに潔いのです。

ハード・ボイルドのお約束で最後はほろ苦い結末です。決して甘い物語ではありません。むしろ、読後にはヒリヒリと乾いたような痛みがつきまといます。それでも、もっと読んでみたという思いがこみ上げて来る、ずしりとした手応えを感じる本でした。

シリーズは全部で10冊。他にどんな男たちがブラディ・ドールに集うのか、とても読んでみたくなりました。明日は、残りの9冊を買ってこようと思います。



2000/11/19(日)

大通りでホワイト・イルミネーションが始まったと思ったら、大雪が降ってすっかり冬景色になってしまいまいました。高速道路に通行止めが出たりしましたから、冬になったと言って良いのだろうと思います。今日は1日晴れでしたが、思ったほど溶けませんでした。ひょっとしたら、このまま根雪になるのかしら、と戦々恐々としています。

散歩するにも、道路の雪が凍ってツルツルか、ザラメのようになっていて歩きづらいものですから、転んでケガをしそうで断念しました。11月中旬から冬ごもりなんていうのは、正直言ってぞっとしません。でもまあ、見方を変えれば、外に出ない分だけ休日にHPの更新が出来るという事につながるかもしれませんね。

前回書いた北方謙三の《ブラディ・ドール》シリーズは、全巻読了しました。その他の北方謙三の文庫収録作品も読破。やはり面白かったです。単純と言えば単純な話ばかりなんですが、やはり格好の良い男が目白押しで、読みながら幸福感に浸ってしまいました。それにしても、北方謙三は登場人物の描写って、ほとんどしないんですね。どんな髪型だとか格好だとか、文中にはほとんど語られません。それでも、格好が良いと感じさせてしまうんですから、たいしたものです。

北方謙三をあらかた読んでしまたので、次に何を読むか現在思案中です。今のところ、佐々木譲と高村薫を読み返しています。高村薫の新作が早く出てくれれば一番良いんですか、この人は、連載作品でも単行本にする前に多量に書き直しをするので、まだしばらく出ないでしょうね。ファンとしては残念な限りです。サスペンスやハード・ボイルドなどで面白そうな作家がいたら、教えていただけると嬉しいです。

話は変わりますが、岩本隆雄という作家をご存じでしょうか。10年ほど前に新潮文庫で「星虫」「イーシャの船」という、どちらかというと少年少女向きの2冊の良質のSFを出しただけで、ほとんど絶筆状態だった作家なのですが、昨日本屋で朝日ソノラマ文庫で「星虫」が再刊されているのを見つけました。

ある日、宇宙から降ってきた“星虫”。額に星虫が張り付いた人々は感覚が増大し、神の贈り物とさえ呼ばれますが、巨大化し、不気味に成長するにつれ、人々から拒絶されるようになります。そんな中で、最後の星虫保有者となった友美と弘樹、二人の少年少女の冒険と成長の物語が「星虫」です。

多分「星虫」は、若いときにこそ読まれるべき本なのでしょう。夢を持ちにくい現代に、夢を持って欲しいと書かれています。それでも、いい加減くたびれてしまった大人が読んでも、充分に感動できる本だと思います。少なくとも、10年前の私は充分感動しましたし、今でも、気分がささくれ立った時の精神安定剤となってくれている、大切な本のひとつです。

朝日ソノラマ文庫は、表紙カバーの絵などが中高生向きですから、大人が買うにはちょっと恥ずかしい文庫かもしれません。SFなんてと思う方もいらっしゃるでしょう。それでも、夢や希望を見失いそうな時、心が渇いてカラカラになっていると感じた時に、読んでみて欲しい本だと思います。読んでいて、少し気恥ずかしさを感じるかもしれませんが、同時に、確かな“夢”の存在を感じ取ることが出来るはずです。




2000/11/26(日)

一ヶ月近くひき続けている風邪がどうしても直りません。珍しく熱も出なかったし、お腹も壊さなかったし、扁桃腺も腫らさなかったのですが、咳がなかなか止まってくれません。いい加減に直ってくれないかと念じていますが、一向に直る気配が無いのがなんとも辛いところです。

おかげで、食事なども凝ったものを作る気力が無くて、3週間にわたって夕食は蕎麦です。最初の一週間くらいは、具を色々と変えてみたりしていたのですが、最終的に“四目たぬき”に落ち着きました。鳴門かまぼこ、卵、ほうれん草または小松菜、揚げ玉です。足りない野菜は白菜の漬け物で補って……ないですね。でも、まあ、そこはそれなりにと言うことで(^^;。

蕎麦も、近所で購入できるものを色々試しましたが、挽きぐるみ(黒っぽい)蕎麦粉が50%のゆで麺が10日くらい続いています。程々に蕎麦の香りも残っていて、食べやすく、なおかつ、手間がかからないのが、私も母も気に入っています。それにしても、何か気に入った料理があると、飽きるまで一ヶ月でも二ヶ月でも食べ続ける所が我が家にはありますが、毎日、同じものが一ヶ月近くも続くというのは、はじめてではないかと思います。

一昨年の秋から冬にかけては、“冷凍うどん”にはまってしまって、二ヶ月くらい食べていましたが、それでも、週に4日くらいだったし、今年の夏には“トマトとザーサイと卵の中華風スープ”をよく作りましたが、土日は違うものを作っていたし……。それでも、今のところ“四目たぬき蕎麦”が美味しいと感じられているので、まだまだ続きそうです。こうなると、いつまで続けられるか頑張ってみようか、などと変な気も起こしてみたりしています。あと何日ぐらい、蕎麦を食べ続けられるでしょうね。



2000/12/3(日)

土曜、日曜と連続で出勤しましたので、今週は更新できませんでした。またちょっと忙しくなるので、今月中の更新は良くて2回くらいかな、と踏んでいます。あちこち、中途半端に書き散らしているものはあるんですが、じっくり推敲する時間がとれないので、仕事関係が忙しいときはどうしても更新が鈍りますね。

今日は、仕事から帰って来てみたら、タリス・スコラーズの新譜が届いていました。モラーレスのミサ曲で「Missa Si bona suscepimus」[CDGIM 033]です。久々の新譜がモラーレスというのはちょっと驚きましたし、イベリアっぽい雰囲気というのは少ない演奏でしたが、相変わらず美しく完成されたハーモニーで、うっとり聴き惚れてしまいました。

CDのブックレットの表紙もなかなか素敵です。クリーニングをされたミケランジェロの「天地創造」の中の、アダムに命を与えるエホバの図なのですが、アダムの左手が見えるという造りになっていて、ちょっとしゃれた感じに出来ています。ついでに言うと、ミケランジェロの「天地創造」というのは、本来はかなり明るくて透明感のある絵だというのがよくわます。ついつい、昔の美術全集の暗い絵を思い出すので、空の明るさに違和感を感じたほどでした。
そう言えば、昔、フランスのシャルトル大聖堂のステンドグラスを洗浄したら、シャルトル・ブルーと言われていた藍色の独特な色が、実は埃がついてそうなっていただけで、本来は明るいブルーだったのでみんなガッカリした、という話がありましたっけ。

日本の美術品の評価にも、似たような所がありますよね。現存する古い仏像は彩色がほとんど剥げてしまって、真っ黒になっていますが、作ったときは金箔がびっしり張ってあったり(奈良の大仏とか)、赤や黄色の極彩色で彩色してあったはずなんです。本来の形に戻すことを復元いうならば、色なども彩色し直して見るべきなのではないのかしら、と時々思ってしまうことがあります。金箔を施した仏像や家具に違和感を感じるのは、多分、黒い仏像を見慣れているからなのではないでしょうか。

かと言って、今更金ぴかの仏像が綺麗だと感じる感性を持つのは、かなり難しいでしょうね。広隆寺の弥勒菩薩に彩色をした状態なんて、とてもじゃないけれど想像できませんから。



2000/12/10(日)

今日、買い物のついでに本屋へよってみましたら、4年前に新潮社で出版されたジュリー・サラモン著の『クリスマスの木』が『クリスマスツリー』と改題されて、文庫になって平積みされていました。

あの星が見えるだろう、アンナ、一番てっぺんに?
あれはね、みんながこの街の冷たさしか感じられなくて、つらくなったときでも、
美しいものがあることを思い出させてくれるために
ああしてあそこにいるんだよ

『クリスマスツリー』(原題:The Christmas Tree/訳:中野恵津子/新潮文庫)は、本当に極々薄い本で、多分、1時間もかからずに読み終えることが出来るでしょう。けれど、ほんのりと懐かしく、そこはかとなく寂しく、それでいてかすかに希望を感じさせる内容は、本当にクリスマスにぴったりだと思います。

毎年ニューヨークのロックフェラー・センターを飾る、完璧なクリスマス・ツリーを探し歩く“わたし”が見つけた一本の木には、シスター・アンソニーという修道女の友人がありした。5歳で修道院に引き取られて以来、彼女の孤独を慰め、忠実な友でもあった一本の木「トゥリー」を、都会から来た男はすぐにクリスマス・ツリーに出来たわけではありません。

1本の木と修道女の深い交流、そして、都会で慌ただしい生活を送る男と、修道院の敷地から1歩も外に出たことがない修道女との友情が、本当に暖かい語り口で書かれています。

大人の童話と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、お話の根底を流れる命へのいとおしみと、どんなに大切なものであったとしても、いつかは失ってしまうという寂寥感、そして、それでもどこかに希望はあるだと思わせられる優しさは、読んでいて、本当にかけがえのないものだと思いました。

お話につけられているジル・ウエーバーの挿し絵も、とても可愛らしくて綺麗です。できれば、ディケンズの『クリスマス・キャロル』同様に、クリスマスに読み継がれていって欲しい本だと思います。

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