ヴェネツィア楽派 
Venetian school


 地中海の玄関口として知られたヴェネツィアでは、ルネサンス後期の16世紀頃から次第に色彩豊かで壮麗な教会音楽が好まれるようになりました。市民の派手好みでお祭り好きな気風を反映して、祝祭的な音楽が作り出され、合唱団を二手に分割した複合唱形式の書法が試みられました。

 このような傾向は1527年にヴェネツィアの聖マルコ大寺院の楽長に就任したフランドル人のアドリアン・ヴィラールト(1490?-1562)にはじまり、その門弟で聖マルコ大聖堂のオルガン奏者であったアンドレア・ガブリエリ(1510?-1607)、さらにはアンドレアの甥のジョヴァンニ・ガブリエリ(1555?-1612)やクラウディオ・メルロ(1533-1604)らによって深められていきました。
 これらの聖マルコ大聖堂を中心に活躍した音楽家を、今日ではヴェネツィア楽派と呼んでいます。

 バロック音楽の先鞭ともなったヴェネツィア楽派の音楽は、16世紀後半から17世紀前半のヨーロッパの音楽に広範な影響を及ぼしました。北イタリア、ドイツ、オーストリアなど各国の音楽に多大な影響を与えています。ドイツのハインリッヒ・シュッツ(1585-1672)を初めとして、ヒエロニムス・プレトリウス(1560-1629)、ハンス・レオ・ハスラー(1564-1612)など、ドイツ・バロック音楽の開拓期に活躍した作曲家たちもヴェネツィアに留学し、アンドレ・ガブリエリやジョヴァンニ・ガブリエリらに師事しました。

 ルネサンスからバロックという音楽史の大きな変革の流れは、ヴェネツィアから始まったと言っても過言ではないかもしれません。



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