シャンソン 
chanson


 シャンソンとは、いうまでもなくフランス語の世俗的な歌詞にもとづく歌曲のことです。
 中世初期のトルヴェールやトルバドゥールの騎士歌曲は単旋律であったものが、中世の後期にはマショーらによってロンドーやヴェルレー、バラードといった、多声部による合唱となり、ルネサンス期の15世紀半ばからは全ヨーロッパで活躍したフランドル楽派の作曲家たちによって、ポリフォニーの書法による歌曲へと発展しました。さらに、16世紀に入ると、生粋のフランスの作曲家たちによって、生き生きとした旋律と、歯切れの良いリズムをもった舞曲風のシャンソンが生み出されました。
 中世時代のシャンソンとしては ギョーム・デュファイ(1400?-1474)の「さようなら、わが恋よ」やジル・バンショワ(1400?-1460)のものが有名であり、16世紀のシャンソンとしてはクロード・ド・セルミン(1490?-1562)の作品や、クレマン・ジャヌカン(1485?-1558)の「戦争」や「鳥の歌」などが有名です。


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 マドリガーレ 
madrigale


 16世紀半ば頃から17世紀の初頭にかけて多数作曲された、イタリア語による世俗歌曲をマドリガーレといいます。
 15世紀後半から16世紀にかけて北イタリアの宮廷で好まれた官能的ないしは卑猥なイタリア語の歌詞によるフロットーラよりも、もっと文学的な内容の高いイタリア語の詩を歌詞にして、ポリフォニックな書法で作曲された、より芸術的な世俗歌曲です。
 初期のマドリガーレは、フィリップ・ヴェルデロ(1470/80-1552?)、ヤコプ・アルカデルト(1505?-1568)、チプリアーノ・デ・ローレ(1515/6-1565)といった、フランドル楽派の音楽家によって作曲されました。
 イタリアの作曲家によるマドリガーレは、16世紀中頃にいたってようやく作り出されるようになり、イタリア語の歌詞と音楽の密接な結びつきが求められ、文学の香り高いマドリガーレが作り出されるようになりました。その代表がルカ・マレンツィオ(1553?-99)です。
 この時期のマドリガーレは、音符の並べ方で単語の意味などを表す方法、例えば、「早く」の語句は早い走句で、「天に昇り」は上昇音階で、「光」はゆっくりしたリズム(白い音符)で暗示する、というような、「音画法」と呼ばれる音楽技法や、半音階を多用した手法が発展しました。


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 リート 
lied


 リートという用語は、一般的には、18、19世紀のドイツ語による芸術歌曲を指しますが、実際にはリートの歴史はもっと古く、ルネサンス期のドイツにおいて、多声書法のドイツ語の世俗歌曲としてのリートが多数作曲されていました。
 ドイツは、音楽的には後進国でしたが、積極的に外国の音楽技法を吸収し、15世紀末から16世紀前半にかけてはフランドル楽派の、16世紀後半にはイタリア、特にヴェネツィア楽派の技法をもとに、独自のドイツ風のロマンチックな世俗歌曲を発達させました。
 この時期の代表的な作曲家としては、レオンハルト・レヒナー(1553?-1606)やハンス・レオ・ハスラー(1564-1612)などがあげられます。彼らの音楽は、イタリアの影響を受けつつも、最上部の旋律の明確な輪郭や著しい長音や短音への傾向、ホモフォニー的な構成などで、その後のドイツ・リートの方向性を指し示すものになっています。


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 フロットーラ 
frottola


 15世紀後半から16世紀にかけて北イタリアの宮廷で好まれた世俗歌曲です。単純で小規模な歌曲が多く、4声のホモフォニー的な楽曲で上声部の旋律の優位性が明確で、各声部が同一のリズムで進行する歯切れのよい曲が多く、民族的なリズムが取り入れられた曲も多く見うけられます。
 日本の小唄のように官能的ないしは卑猥なイタリア語の詩が歌詞に用いられました。
 後期ルネサンス時代のフランドル楽派やイタリアの作曲家は、フロットーラにポリフォニックな音の絡み合いを導入し、歌詞も文学的なものを用いて多声マドリガーレを作り出していきました。


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 バレット 
balletto


 16世紀の後半、イタリアにおいて芸術の香り高いマドリガーレに対して、もっと平明で簡潔な世俗曲として作られた、舞踏を伴う歌曲のことです。もともとイタリア語の balletto は“舞踏”という意味を持っています。
 その名前の示すとおり、バレットは歌ったり楽器で奏したり、また踊るためにも作曲されました。軽快な舞踏のリズムと、結びに使われるファ・ラ・ラ fa-la-la という反復句の囃子ことばを特徴としています。
 指導的な作曲家としてはジョヴァンニ・G・ガストルディ(1622没)があげられます。その後、この形式の歌曲はルネサンス後期のドイツやイギリスの作曲家たちによって多く模倣されました。


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 ヴィラネッラ 
villanella


 16世紀のイタリアの世俗音楽の一分野。「農民の歌」の意味で、イタリア語の villano(農民)に由来します。ヴィッラネスカ villanesca とも言い、1540年代にはじめてあらわれ、ナポリ地方を中心に栄えました。単純で方言も含む歌詞と、粗野で歯切れの良い曲想によるによる田園的な正確を特徴としています。
 生真面目なマドリガーレを作曲したのと同じイタリア人やフランドル楽派の作曲家が、これらの軽い歌を書いており、耳の肥えた教養ある聴衆の余興としたものと思われます。
この形式の歌曲は、後にルネサンス後期のイギリスの作曲家たちによって多く模倣され、イギリス・マドリガルの手本のひとつとなりました。


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 エア 
ayre


 ayre は英語の air(節、旋律)の古い綴りで、特に16世紀末から17世紀初頭にかけての、イギリスのリュート歌曲(リュート、またはヴィオラ・ダ・ガンバで伴奏される独唱歌曲)を指します。


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