ジャン=フィリップ・ラモー
Jean-Philippe Rameau
(1683〜1764)




 ジャン=フィリップ・ラモーは、J.S.バッハ(1685-1750)やヘンデル(1685-1759)と同世代の、18世紀フランスにおける最大の作曲家及び音楽理論家です。その作品も音楽理論も、後世に多大な影響を与えました。

 ルイ15世(1715-74在位)時代ののロココ趣味を反映したラモーのクラヴサン曲は、ベルリオーズやドビュッシー、ラヴェルなどのロマン派〜後期ロマン派のフランスの作曲家に高く評価され、18世紀後半から現在まで、研究や演奏が頻繁に行われて来ました。

 けれど、ラモーが最も力を注いだオペラの多くは、リュリやシャルパンティエと同様に、20世紀も後半になってようやく再演されるようになり、やっと、録音でも気軽に聴ける状態になりつつあります。

 従って、専門家以外の人間が、ラモーの音楽家としての全体像をつかめるようになったのは、ごく最近の事だと言えるでしょう。実際、ラモーがなぜ偉大なのかを具体的に説明しろと問われた場合、私自身、説明に困る場合が多々あったからです。


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 ジャン=フィリップ・ラモーは、教会のオルガン奏者をジャン・ラモーを父に、1683年にブルゴーニュ地方のディジョンで生まれました。1701年にイタリアに留学しますが、どうやら短期間でフランスに戻ったらしく、その後はフランス各地で教会オルガン奏者を務めます。

 1707年にパリのイエスズ教会のオルガニストになり、《クラブサン曲集第1巻》を出版します。1709年にはディジョンに戻り、父の後を継いでディジョンのノートル・ダム教会のオルガニストに就任しました。クレルモンフェランのオルガニストであった1715〜22年に《和声論 Traite de I'harmomie》を執筆、1722年に出版します。

 《和声論》が注目を浴び、ラモーはクラブサンと音楽理論を教えながら、パリに定住して活動するようになります。1724年に《クラヴサン曲集》(第2巻)を出版、1732年にはサント・クロア・ド・ラ・ブルトヌリ教会の、1736年にはイエズス会の学校のオルガン奏者に任命されました。

 1731年に裕福な音楽愛好家ラ・ププリニエールの私設楽団の音楽監督に就任し、邸宅における音楽の一切をまかされます。ラ・ププリニエールの庇護のおかげで、ラモーは本格的にオペラの作曲に取り組めるようになり、彼が50歳になった1733年に、最初の本格的なオペラ(音楽悲劇)《イポリトとアリシー》が上演されました。

 以後、オペラ・バレエ《優雅なインドの国々》(1735)、悲劇《カストールとポリュックス》(1737)、悲劇《ダルダニュス》(1739)など、傑作をつぎつぎと発表し、オペラ作曲家としての名声を確立します。そして、1745年にはルイ15世の宮廷作曲家に任命され、フランス音楽の第一人者としての地位を固めたのでした。

 しかしながら、1752年にフランスとイタリアの音楽の優劣をめぐって争われた、いわゆる『ブフォン論争』において、ラモーはJ.J.ルソーら啓蒙主義者によって、伝統的なフランス・オペラの代表者として、攻撃の矢面に立てられます。そして、この論争の前後から、フランス・オペラの中でも、悲劇は次第に上演されなくなっていきます。ラモーでさえも、晩年の13年間にオペラ座で上演された新作悲劇は、《遍歴騎士》(1760)だけという状況でした。

 けれど、すでに年金などで収入に困らなくなっていたラモーは、この時期には自ら創作活動から離れて、音楽理論書の執筆の方に力を注いだとも言えるかも知れません。なぜなら、この13年間で、ラモーは23冊もの理論書を発表しているからです。

 その後、ラモーは1764年に貴族に列せられたのち、最後のオペラ《アバリス、または最後の北風の神々》の練習中、81歳で世を去りました。そして、彼の葬儀は国葬として執り行われ、その偉業がたたえられたのです。


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 ラモーの音楽作品としては、クラヴサン(チェンバロ)曲が真っ先に思い浮かぶのではないでしょうか。彼のクラブサンを使用した楽曲には、《クラヴサン曲集第1巻》(1706)、《クラヴサン曲集》(1724)、《新クラヴサン曲集》(1728年頃)、《コンセールによるクラヴサン曲集》第1番〜第5番(1741)などがあります。

 3巻からなる《クラヴサン曲集》に収められた約50曲の小品は、フランソワ・クープランのクラヴサン曲が旋律を重視した、洗練された装飾音のつながりであるのに比べると、旋律よりもハーモニー(和声)を重視した、厚みのある力強い表現を特徴としています。また、鍵盤を駆けめぐるようなダイナミックな音型が好んで用いられ、クープランを「静」とするなら、ラモーは「動」のおもむきがあります。

 また、後半の作品になるほど、標題音楽的なものが多くなっていきます。例えば、《新クラヴサン曲集》の第2組曲に収められた『めんどり La Poule』は、ニワトリの鳴き声を描写的に扱った小品です。けれど、それが単なる物まねに終わらず、フランス的な詩情やエスプリを感じさせる、ドビュッシーやラヴェルなどのピアノ曲の先駆けとも言えるものになっています。

 《コンセールによるクラヴサン曲集》は、「ヴァイオリンもしくはフルート、ヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)もしくは第2ヴァイオリンとの合奏によるクラヴサン曲集」として1743年に出版されました。けれど、クープランのコンセール集などとは違い、クラヴサンのパートを伴奏(通奏低音)としてではなく、独立した声部としてあつかった、両手とも記譜された最初期の作品のひとつです。

 繊細で華やかなロココ芸術らしい楽曲ですが、あくまでも主体はクラヴサンにあって、クラヴサンだけで演奏されても充分に完成された音楽になっています。


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 1731年にパリの裕福な徴税請負人であったラ・ププリエール家の音楽監督を務めるようになったことは、ラモーの生涯でも重要な出来事でした。ラ・ププリエールの館は、宮廷人や文化人が様々に集まるサロンとして活気があり、優れた音楽家や演奏家が招かれ、音楽会や余興劇が催されていました。従って、ラモーは、優秀な演奏家や新しい楽器を利用してオペラを書くことができたのです。

 ラモーはその生涯に30曲ほどのオペラを作曲しましたが、その中でも音楽悲劇《イポリトとアリシー》(1733)、《カストルとポルクス》(1737)、《ダルダニュス》(1739、44改訂)、《ゾロアストル》(1749)、オペラ・バレエ《優雅なインドの国々》(1735)、フランス最初のオペラ・コミックとも言える、喜劇《プラテ》(1745)、1幕物では《ピグマリオン》(1748)などが代表的な作品だと思われます。

 ラモーのオペラは、最初作品であるの音楽悲劇《イポリトとアリシー》から、当時規範とされていたリュリの様式を踏まえつつ、イタリア的な斬新な用法を取り入れた、力強いオーケストレーションと劇的な効果の高いハーモニー(和声)を重視した、豊かな表現力に富んでいました。

 《イポリトとアリシー》をはじめとして、ラモーのオペラは上演のたびには話題を呼び、ついには、リュリのオペラが上か、ラモーのが上かという、「リュリ派」と「ラモー派」の優劣論争へと発展してゆくことになりました。


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 ところで、ラモーの晩年におこった『ブフォン論争』のきっかけは、1752年にパリのオペラ座で行われた、イタリアの巡演劇団(ブフォン座)によるペルゴレージのオペラ・ブッファ《奥様になった召使い》の上演でした。

 イタリア産のオペラ・ブッファとフランス特有のトラジェディ・リリックの優劣論議は、イタリア音楽擁護派とフランス音楽擁護派の党派論争に発展します。その中で、ラモーは百科全書派を中心としたイタリア音楽擁護派らによって、フランス音楽の象徴として攻撃の矢面に立たされたため、音楽理論家としても受けて立たざるを得ない立場にありました。

 2年にわたって行われたこの論争は、簡単にまとめると「イタリア音楽擁護=革新派=旋律至上主義」v.s.「フランス音楽擁護=保守派=和音至上主義」という所に落ち着くように思われます。つまり、当事者達がどのような意図で論争を行っていたにしろ、「旋律(メロディー)」と「和音(ハーモニー)」に優劣をつけようという、かなり無茶な論議を行っていたと言えるでしょう。

 ブフォン論争が行われていた間に、ラモーやルソーも含め、様々な知識人によって書かれた、61冊にも及ぶ小冊子がパリ中を飛び交いましたが、当然と言うべきか、明快な答は出ないままに終息していきました。

 けれど、保守的だと断じられたフランス・オペラ、中でもトラジェディ・リリックは、啓蒙思想の広がりに伴って昔日の勢いを失い、以後のフランスでは、貴族よりも民衆を対象としたオペラ・バレエオペラ・コミックが発展していくことになったのでした。


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 ところで、音楽理論家としてのラモーは、近代和声理論の確立に重要な役割を果たしました。1722年に出版された《和声論》では、18世紀の音響学の発展に基づいて、和声の基本理論を合理的に解明しようとする姿勢が見いだされます。

 ヨーロッパ音楽における和声の歴史は、単旋律聖歌に対声部を付け加える試みがなされた中世からはじまり、デュファイらのルネサンス期の音楽家たちは、耳に馴染みやすい3和音(ド-ミ-ソなど)を好んで使いました。けれど、これらに理論的な裏付けを与え、長調と短調の概念などを初めて理論的に論じたのが、ラモーの《和声論》だったのです。

 そして、ラモーの《和声論》は、16世紀から行われてきた和声の実践論を体系的に論じただけでなく、1900年頃までのヨーロッパ音楽における、和声の基盤となったのでした。





 ラモーは、J.S.バッハやへンデルと並ぶ後期バロックの巨匠でありながら、とりわけオペラに関しては、かなり長い間、不完全な楽譜でしか触れることが出来ないものでした。けれど、ラモー生誕300年記念の1983年から、積極的に復活上演がされるようになって来ています。

 特に、マルク・ミンコフスキやジャン=クラウディオ・マルゴワール、エルヴェ・ニケなど、フランス出身の指揮者によるオペラの上演や録音が増えたことは、非常に喜ばしい事だと思います。

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 ラモーの《クラヴサン曲集》は、3つの曲集すべてを録音した全曲盤でもCD2〜3枚程度なので、出来れば全集盤で聴いて欲しいと思います。ただ、標題音楽的な曲が多い分、へたな演奏だと退屈なだけの音楽になってしまいがちなので、個性がはっきりした演奏者のものを聴いた方が面白いと思います。

 代表的な録音をあげると、やはり『古楽CD100ガイド』(国書刊行会)にも書かれている、スコット・ロス盤、クリストフ・ルセ盤、ウィリアム・クリスティ盤の3種類になるでしょうか。

 ロス盤は入手しやすい録音ではありませんが、その集中力の高さとバランスが取れた響きの美しさは、他の追随を許しません。絶妙なリズム感による不思議なまでの快さは、酩酊感さえ引き起こします。機会があれば、ぜひ聴いてみて欲しい演奏です。
 ルセの演奏は、舞曲的なリズム感を保ちつつも、駆け抜けるようなスピード感に特徴があります。個人的には、もう少しゆったりしている方が、ロココの雰囲気に合っているような気もしますが、爽快感を味わえる面白い録音です。
 クリスティの録音は《クラヴサン組曲第1集》は収録されていませんが、1983年の録音とは思えないほどに音質も良く、微妙なテンポの搖れが印象的で、フランス的なエスプリを嫌みなく感じさせてくれます。ロココ的なラモー演奏の基礎となった録音でもあり、歴史的な意味合いからも、一度は聴いて欲しいと思います。

 上記3枚には及ばないまでも、1990年以降に録音された《クラヴサン曲集》の中では、個人的にギルバート・ローランド盤、フレデリック・ハース盤、ソフィ・イェーツ盤の3種類が気に入っています。

 NAXOS から出ているギルバート・ローランド Gilbert Rowland の演奏は、個性的ではないものの、非常に安定感のある端正な演奏で、誰もが安心して聴ける録音だと思います。
 CALLIOPE から出ている フレデリック・ハース Frederick Haas による録音は、装飾音の遊びの部分を良くとらえた、センスの良い演奏を聴くことが出来ます。
 CHANDOS から出ている ソフィ・イェーツ Sophie Yates の録音は、クラヴサンの音色を非常に良くとらえた録音です。個人的には、もう少し強さが欲しいような気もしますが、女性的な優しさと清潔感を感じさせる、柔らかで心地よい演奏です。

 蛇足ながら、今では滅多に聴かれなくなった録音かもしれませんが、最近古楽を聴き始めたという方は、クラヴサン演奏史をたどる意味からだけでも、一度はロベール・ベイロン=ラクロワのラモーを聴いて欲しい気がします。1955年録音のモノラル盤は無理としても、1970年代のステレオ盤からのCDなら、図書館などにもあるかもしれません。
 ラクロワの演奏は、クリスティ以降の現代的な演奏法とはまったく違ったものですが、独特の柔らかな雰囲気があって、充分にフランス・ロココ時代の雰囲気を感じさせてくれる、存在感に満ちた演奏が繰り広げられています。

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 《コンセールによるクラヴサン曲集》の録音としては、クラヴサンだけの演奏もありますが、やはり合奏形態になっている物の方が面白いと思います。

 代表的な録音としては、やはり、有田千代子(cemb)、若松夏美(vn)、有田正広(trv)、ヴィーラント・クイケン(gamb)による演奏をあげるべきでしょう。細部まで神経が行き届いたアンサンブルが美しい、繊細で趣味の良いディスクです。

 フランス・ブリュッヘン(fl)、シギスヴァルト・クイケン(vn)、ヴィーラント・クイケン(gamb)、グスタフ・レオンハルト(cemb)による1971年の録音も、いまだに生き生きとした精気を感じさせる、非常に魅力的な録音です。

 1986年に録音された、モニカ・ハジェット(vn)、サラ・カニンガム(gamb)、ミッチ・メイヤーソン(cemb)の3人によるトリオ・ソネリー演奏も、アンサンブルの呼吸が良く、安定感があって聴きやすい録音だと思います。

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 ラモーのオペラは、リュリなど比べるとかなり聴きやすいのですが、近世以降のオペラを聴き慣れた耳には、オペラのようには聴こえて来ないのも確かです。従って、初めてフランス・バロック・オペラを聴くという方は、1幕物の《ピグマリオン》から聴いてみるのが良いかも知れません。

 《ピグマリオン》の録音では、グスタフ・レオンハルト指揮によるラ・プティット・バンドによる演奏が、スタンダードとして良く取り上げられます。この録音は、レオンハルトの統率力によって細部にまでに神経が行き届き、優美で生命力に満ちています。
 ただし、、私の個人的な好みから言うと、Vergin から出ている、エルヴェ・ニケ指揮によるコンセール・スピリチュエル演奏の《ピグマリオン》の、清新なリズム感に満ちた演奏の方が、よりロココ的な雰囲気を伝えているような気がしてなりません。

 トラジェデ・リリックの録音では、マルク・ミンコフスキ指揮、ルーヴル宮音楽隊による《ダルダニュス》が、現在入手可能なラモーのオペラの中でも、最高の演奏と録音を誇っています。歌唱、管弦楽ともにすばらしく、ミンコフスキらしいきびきびとした演奏は、名前だけが有名だったこの作品を、最高の形で再現したものだと思います。CD2枚組で、国内版も出ています。

 その他のラモーの作品では、まず、ラシーヌの悲劇『フェードル』を下敷きにした、ラモーの最初のオペラ《イポリトとアリシー》に名盤が2枚あります。
 マルク・ミンコフスキ指揮、ルーヴル宮音楽隊による録音は、劇的迫力に躍動感に満ちた演奏です。これ対して、ウィリアム・クリステイ指揮、レザール・フロリサンの演奏は、繊細な装飾音の搖れが美しい、アンサンブルの妙を聴くことが出来ます。対照的な録音ですが、どちらも非常に優れた録音なので、あとは好みで選んで頂ければと思います。

 オペラ・バレエ《優雅なインドの国々》には、ウィリアム・クリスティ指揮、レザール・フロリサン演奏の全曲盤があります。バレエを見られない状態で、どれぐらいこの曲を理解できるのかは難しい所ですが、クリスティによる管弦楽は、トルコ、ペルー、ペルシャ、北米を舞台にして、エキゾチックな恋物語がくり広げられるこの曲に、とてもふさわしいものだと思います。

 その他にも、シギスヴァルト・クイケン指揮/ラ・プティット・バンドによる力強さを感じさせる《ゾロアストロ》、ウィリアム・クリスティー指揮/レザール・フロリサンによる繊細華麗な《カストールとポリュックス》など、魅力的な演奏が多々あります。

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 ラモーのオペラの管弦楽組曲盤というのも、いろいろな録音が出ています。ラモーという人は、和声を研究しただけあって、この時代の作曲家の中でも、特にオーケストレーションが巧みなようで、オペラの管弦楽部分だけを抜粋しても、充分に聴きごたえのある1枚物のCDが作れるようです。
 どの録音も明快で親しみやすく、オペラを知らなくても純粋に音楽として楽しめる作品に仕上がっていますから、オペラが嫌いだと言う方でも、充分に楽しめる録音だと思います。

 特に、フランス・ブリュッヘン指揮、18世紀オーケストラの演奏は、どれも素晴らしいものです。以前フィリップスから出ていた『優雅なインドの国々』や『カストルとポリュクス』の組曲は入手が難しいと思いますが、2002年に GLOOSA から発売された歌劇『ナイス』と『ゾロアストル』の組曲は、まだ入手が可能だと思います。

 『イポリトとアリシー』の組曲には、シギスヴァルト・クイケン指揮、ラ・プティット・バンドの名演奏がありました。現在は入手が出来るかどうか難しいところですが、機会があれば、ぜひ聴いてみてください。




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