フランソワ・クープラン
Francois Couperin
(1668〜1733)




 フランソワ・クープランは、フランス・バロック中期から後期を代表する音楽家のひとりです。彼はその生涯の中で、ヴェルサイユの音楽家として、フランス様式とイタリア様式の融合を試みた室内合奏曲や小規模な宗教曲でも傑作を残していますが、彼の代表作と言えば、やはり鍵盤音楽だと言うことができるでしょう。

 オペラやグラン・モテなどの、いわゆる大作の作曲を好まなかったフランソワ・クープランの作品は、どれもが優美で洗練された雰囲気を漂わせ、フランスならではの気品を感じさせてくれます。特に、彼の220曲からなる《クラヴサン曲集》と1716年に出版した『クラブサン奏法 L'art de toucher le clavecin』は、フランス・クラヴサン音楽を完成へと導くものでした。


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 クープラン家は、16世紀の終わり頃から19世紀中頃にかけて、パリとその周辺で活躍した優れた音楽家の家系でした。代々パリのサン・ジェルヴェ聖堂のオルガニストを務めたことでも知られています。そんなクープラン一族の中で、フランソワ・クープランは最も有名で、同姓同名の叔父と区別するため「大クープラン Couperin le grand」とも呼ばれています。

 父親のシャルルはクープランが11歳の時に他界したため、サン・ジェルヴェ聖堂のオルガニストの役割は、彼が18歳の誕生日を迎えるまではドラランドが代行していました。従って、クープラン自身がこの職についたのは1685年からで、その後、1723年にクコラ・クープラン(1680-1748)に譲るまで、サン・ジェルヴェのオルガン奏者として活動を行っています。

 1693年に、シャペルの常任オルガン奏者だったトムランが死亡したため、ヴェルサイユで後任のオルガニストを決めるためのコンクールが行われました。このコンクールで、当時25歳だったクープランはルイ14世に見出され、4人のオルガン奏者のひとりとしてヴェルサイユ宮廷に迎えられる事になります。

 ヴェルサイユでは、第2のリュリとも呼ばれたドラランドがシャペルシャンブルの要職を独占していたため、クープラン自身は宮廷での地位にはさほど恵まれませんでした。けれど、病気がちの晩年のルイ14世慰めるため、日曜ごとに宮廷内で行われるコンサートでは、自らの作品をクラヴサンで演奏したといいます。

 ルイ14世存命中から、鍵盤楽器奏者、教師、作曲家として宮廷で活躍したクープランですが、彼が正式にシャペルの常任クラヴサン奏者の地位を、ダングルベール(1661-1735)の死後に与えられることが決定したのは、実はルイ14世の死後、ルイ15世が王位に着いた2年後の1717年になってからの事でした。

 クープランは、権利の授与が決定した1717年から、シャペルのクラヴサン奏者としての仕事を実質的に開始しますが、健康を害したため、1730年に常任オルガニストの地位ともども、権利を娘のマルグリット・アントワネット・クープランに譲ります。そして、王宮を辞して3年後の1933年9月11日、その生涯をパリの自宅で閉じたのでした。


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 クープランが1685年から1723年までオルガン奏者を務めた、サン・ジェルヴェ聖堂のために書かれた《2つのミサからなるオルガン曲集 Pieces d'orgues concictantes en deux messes》(1690出版)は、クープラン初期の代表作と言えるでしょう。この曲集には《教区のためのミサ曲 Messe pour les paroisses》と《修道院のためのミサ曲 Messe pour les convents》の二つのオルガン・ミサ曲が収められています。

 2曲のうちでも特に《教区のためのミサ曲》は、17世紀フランスのオルガン・ミサ曲の代表曲として知られており、多彩で微妙な音色を追求していった、当時のフランスのオルガン作品の水準の高さを示しています。

 ところで、クープランは22歳で発表したこのオルガン曲集以外には、オルガンのための作品を残していません。シャペルのオルガン奏者であった彼は、演奏のみならず、少なからぬ数の作曲を行ったと思われるのですが、それらの作品は書き留められなかったのか、はたまた散逸してしまったのか、その真実は定かではありません。


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 クープランの作曲したプチ・モテも、彼の作品群の中でも重要な曲種のひとつでした。編成は小さく、合唱の大規模な響きもありませんが、その旋律と歌詞の密接さと描写性の精密さから、この時代のフランスで作曲されたモテットの中でも、特に優れた作品群となっています。

 それらのプチ・モテの集大成というべきものが、1715年に出版された《ルソン・ド・テネブレ》です。これは、クープランの宗教音楽の頂点を極めるものであり、その知的で抑制のきいた表現の豊かさと美しさは、シャルパンティエの作品に勝るとも劣りません。フランス・バロック期の宗教曲のなかでも、傑作と呼ばれるもののひとつでしょう。

 なお、クープランの現存する《ルソン・ド・テネブレ》は、聖水曜日・聖木曜日・聖金曜日のうちの、最初の聖水曜日のものだけです。《ルソン・ド・テネブレ》や《クラヴサン曲集第2巻》の序文の中で、他の二日分も作曲したことが言及されていますが、それらの楽譜は出版されず、直筆譜なども発見されていないため、どのような曲であったかはわかっていません。


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 クープランは、器楽合奏曲の分野では、フランス様式とイタリア様式の融合を試みた音楽家のひとりでした。その成果は、傑作として知られる《パルナッス山、またはコレッリ讃 Le Parnasse ou L'Apotheose de Corelli》(1725出版)と、その続編とも言うべき《リュリ讃 Apotheose de Lulli》(1725出版)の二つのトリオ・ソナタに結実しています。

 リュリの存命中は、例えばシャルパンティエのように、イタリアの音楽を取り入れたいと思う者がいたとしても、全盛期のルイ14世の権力によって、抑圧される方向にあったわけですが、リュリのあとを継いだドラランドの時代、すなわち17世紀末から18世紀初頭には、イタリアの音楽とフランスの音楽の長所を、意識的に融合しようとする試みが行われるようになりました。

 フランソワ・クープランはその先頭に立ち、、フランスにトリオ・ソナタの形式をはじめて導入したと言われています。1724年出版の《趣味の和、または新コンセール集 Les gouts reunis, ou nouveaux concerts》は、フランスで最初に出版されたトリオ・ソナタ集でした。

 ところで、各楽章の標題的説明によると、《コレッリ讃》ではコレッリがミューズに導かれてパルナッソス山のアポロの元へいくまでが描かれ、《リュリ讃》ではリュリがパルナッソス山に導かれ、コレッリと共にトリオ・ソナタを奏するという筋書きになっています。フランス趣味とイタリア趣味の結合によって音楽が完成するという考えが、ふんだんに盛り込まれた作品だと言えるでしょう。

 その他にも、最晩年の太陽王ルイ14世の沈みがちな気分を慰めるために、1714年から1714年頃に書かれた室内楽曲《王宮のコンセール集 Concerts royaux》(1722出版)や、「フランスの人々」「スペインの人々」「神聖ローマ帝国の人々」「ピエモンテの人々」などの標題が付けられている、組曲《諸国の人々 Les nations》(1726出版)など、注目すべき室内合奏曲があります。


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 鍵盤音楽家としてのクープランは、鍵盤音楽の詩人であり、音を使った細密画家でもあったように思われます。彼が残した音楽の中でも、全部で4巻からなる《クラブサン曲集》(1713-1730)は、鍵盤音楽史上に燦然と輝く多彩な作品で満ちています。

 ルイ14世が亡くなる2年前に出版された《クラヴサン曲集第1巻 Premier livre de clavecin》(1713年出版)では、シャンボニエーニやルイ・クープランなどの先達の影響が色濃く反映され、標題のない舞曲や分散和音に代表されるリュート風の奏法が目立ちますが、1716年に出版された《クラヴサン曲集第2巻 Livre de clavecin》からは、クープラン独自の風刺的な作風が、より明確になっていきます。

 各オルドル(組曲)は自然描写や肖像といった共通の性格でくくられたり、対比的な性格の曲を並べて全体の統一がはかられるなど、オルドルごとの性格が明確になり、多くは通して演奏することを想定した構成になっています。

 例えば、《第2巻》の最後に収められた第13オルドル《フランスのフォリア、またはドミノ Les Folies francoises ou Les Dominos》の各12曲につけられた標題とその音楽からは、仮面舞踏会の人間模様と、痛ましくも滑稽な『女の一生』とを重ね合わせ、辛辣で風刺的な細密画を描こうとした、クープランの意図が透けて見えるように思われます。

 クープランのクラヴサン曲の中には、宮廷の人々、田園で獲物を追う人々、犬の鳴き声や鳥のさえずり、狩猟ラッパ、自然の花や昆虫、教会の鐘など様々なものが登場します。当時の宮廷生活や庶民の生活の雰囲気を、時には愛らしく、あるいやユーモラスに、さらには皮肉や批判を効かせて、クープランは様々に描写していきました。

 そして、リュート音楽から連綿と続くこれらの音楽の諸相は、クープランを経て近代フランスのピアノ音楽へと受け継がれ、ドビュッシーやラヴェルなどに影響を与えたのでした。


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 ところで、18世紀初頭まで、クラヴサンなどの鍵盤楽器を演奏するさいには、親指を使わないのが常識とされていました。クープランは、フランスの音楽家の中で、親指を使う事が有効であると説いた最初の人でした。同じ時期に、ドイツのJ.S.バッハも8本しか使わない事の不合理に気づいていたようです。なお、クープランとバッハとの間で文通などの交流があったとの説もありますが、それを裏付ける証拠は発見されていないようです。

 1716年にクープランが著した『クラブサン奏法 L'art de toucher le clavecin』には、上記の親指使用も含めて、運指法や姿勢、演奏者の心構えなどが具体的に著されており、当時の鍵盤楽器奏法の手本としてヨーロッパ全土に広まりました。したがって、クープランの「親指も使う」運指法は、当然ながら、J.S.バッハやヘンデルなど、後世の音楽家の鍵盤楽器のための作品に、多大な影響を与えることにもなったのです。





 はじめて購入したクープランの録音が、1981年に国内盤が発売された、グスタフ・レオンハルトが演奏している「クラヴサン名曲集」でしたから、比較的お付き合いは長いはずなのですが、クープランの良さや凄さが実感できるようになってきたのは、ごく最近の事だったりします。
 繊細でさりげなくて、うっかりすると淡々と聴き過ごしてしまうのですが、繰り返し聴くうちに、いつのまにか心が捕らえられて離れがたくなる。そんな魅力がクープランの音楽にはあるようです。

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 クープランのオルガン・ミサ曲の録音は、クラヴサン曲と比較すると本当に少ないのですが、やはり聖歌も付加してミサの雰囲気を再現したものの方が面白く聴けます。

 《教区のためのミサ曲》も《修道院のためのミサ曲》も、『古楽CD100ガイド』(国書刊行会)でも言及されていますが、Jean-Charles Ablitzer がオルガンを担当ている録音は非常に個性的で、特に「Francois Couperin: Messe a l'usage ordinaire des paroisses」は本当におすすめの一枚です。それだけに、現在のところ入手不可能なのが残念でたまりません。

 アブリゼル以外でミサを再現した録音というと、マリー・クレール・アランがオルガンを演奏する「教区のためのミサ曲」と「修道院のためのミサ曲」があります。特に、「修道院のためのミサ曲」は最録音されたので、比較的入手がしやすいでしょう。明晰で、細部に注意の行き届いた演奏です。

 聖歌は付されていませんが、ジョルジュ・ロベールのオルガン演奏による「小教区のオルガン・ミサ」と「修道院のためのオルガン・ミサ」もよく聴く録音です。手堅い職人芸的な演奏で、アブリゼルやアランのような華やかさこそありませんが、しっとりとした独特な味わいがあって、何かのおりにフッと聴きたくなるような、慕わしさを感じる録音です。

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 《聖水曜日のためのルソン・ド・テネブレ》は、やはりジェラール・レーヌ指揮のイル・セミナリヲ・ムジカーレスによる「OFFICE DES TENEBRES」が、とにかく圧倒的な美しさで他を引き離しています。テネブレの前後に配されたグレゴリオ聖歌もすばらしく、特にレーヌの歌唱による第1ルソンの艶やかさは、何とも言えない味わい深さがあります。

 レーヌ盤やヤーコプス盤は、独唱者がカウンター・テナーなのですが、クープランの《ルソン・ド・テネブレ》の演奏では、ソプラノ二人が独唱者というのが一般的なようで、現在入手可能な録音でも、伴奏にモダン楽器や古楽器の違いがあったとしても、独唱者がソプラノというものが大部分です。

 ソプラノ二人の録音では、エマ・カークビーが独唱者のひとりであるホグウッド盤をよく聴きます。とにかく響きの美しさが際だっていて、聴くたびに心が癒される感じがする録音です。ただ、私はカークビーの声は無条件で好きなので、正常(?)な判断をしているかどうかは定かではありません(笑)。
 最近の録音では、クリストフ・ルセが主宰するレ・タラン・リリクと、サンドリーヌ・ピオーとヴェロニク・ジャンスのソプラノ二人による「聖水曜日のための3つのルソン・ド・テネブル」がなかなか良いと思いました。特に第3ルソンの2重唱での、ピオーのやや陰りのある声とジャンスの澄んだ声の絡み合いが、非常に心地よく感じられたディスクです。
 クープランのその他のプチ・モテ集としては、クリストフ・ルセ/レ・タラン・リリクのよる「francois Couperin: Motets」の演奏が、私は一番好きです。

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 《リュリ讃》と《コレッリ讃》に関しては、ジョルディ・サヴァールとエスペリオンXXによる「Les Apotheoses」の、しっとりとした中に情熱と気品を感じさせる演奏が、とにかくすばらしいです。《諸国の人々》も、やはりサヴァール/エスペリオンXXの演奏がすばらしいです。

 クイケン兄弟による「リュリ賛〜クープラン:トリオ・ソナタ集」にも《リュリ讃》と《コレッリ讃》が含まれています。標題の朗読も入れるなどの遊び心を持った、輪郭のはっきりした演奏です。少しはっきりしすぎていて、堅さを感じなくもありませんが、面白い録音だと思います。

 《王宮のコンセール集》や《新コンセール集》は、クラヴサンのみで演奏された録音も多いのですが、やはり、合奏形式で演奏されたものの方が面白いように思います。
 実は、私が一番よく聴くコンセール集は、モダン楽器による抜粋盤です。オーレル・ニコレ(fl)、ハインツ・ホリガー(ob)、ヨゼフ・ウルザーマー(cemb)らが、いかにも合奏を愉しんでいるという感じが良く出ていて、オリジナル性がどうこうと言う余地が無くなってくるほど、圧倒的な存在感がある録音です。

 《新コンセール集》に関しては、最近、クリストフ・ルセ指揮のレ・タラン・リリクの、すばらしい2枚組の録音が出ました。柔らかな透明感は、さすがにフランスの演奏団体の強みかと思います。華やかさと繊細さと大胆さが融合した、生き生きとした音楽が全編を通じて流れています。

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 クープランの《クラヴサン曲集》に関しては、まず、全集で聴くのか選集で聴くのかという問題があります。出来ればクープランの音楽の変化を楽しむためにも、全集で聴いてみて欲しいところですが、クープランのエッセンスを抽出した選集盤もよいものです。

 全集盤の録音というと、古いところではケネス・ギルバート、最近ではクリストフ・ルセとオリビア・ボーモンの録音があります。なかでも、フランス出身のルセとボーモンの録音は、甲乙付けがたいほど優秀な録音だと思います。
 あえて言うなら、少しおしゃれで粋な演奏を好む向きにはルセ盤、多少ぼくとつながら、詩情あふれる演奏を好む向きにはボーモン盤でしょうか。ルセ盤には選集もあるので、全集の購入をためらう向きには、ぜひ聴いてみて頂きたいものです。

 選集盤では、ルセ盤を除くと、フィリップス社から出たグスタフ・レオンハルトの演奏と、ユゲット・ドレフュスの演奏を、私はよく聴きます。
 レオンハルトの演奏は、カッチリとした堅さもあって、必ずしもクープランのクラヴサン曲にむいているとは言い難いところもあるのですが、1995年録音のクープランは、巨匠の風格でもって幽玄の世界を作り出しているように感じられます。
 ユゲット・ドレフュスの演奏は、これはもう、貴婦人の気品そのもの、と言った印象があります。演奏方法としては、モダンとオリジナルの折衷と評すべきものなのでしょうが、いかにもフランス的な、暖かさとコケティッシュさが上品に混ざり合った、構成力にすぐれた録音だと思います。

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 音楽史の方では触れませんでしたが、クープランは最晩年の1728年に《ヴィオール組曲集 Pieces de violes》を出版しています。2台のヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)と通奏低音のための組曲で、第1番と第2番の2曲がありますが、どちらもフランス・バロック期のヴィオール音楽に、有終の美を飾ざるにふさわしい素晴らしいものです。
 録音では、ジョルディ・サヴァールとトン・コープマンの演奏による「Pieces de violes 1728」が、私は一番好きです。




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