マルカントアーヌ・シャルパンティエ
Marc-Antoine Charpentier
(1643〜1704)




 マルカントアーヌ・シャルパンティエ(1643-1704)は、ルイ14世もとで音楽監督として権勢を振るったリュリ(1632-87)とドラランド(1657-1726)の、ちょうど中間の時代に位置する音楽家です。ヴェルサイユのシャペルシャンブルなどの、国王のための音楽組織に参加することはありませんでしたが、彼の力量は広く世に知られ、多くの同時代人がリュリに勝るとも劣らない評価を与えたと言います。

 シャルパンティエは宗教曲を中心に、オペラや器楽曲などあらゆるジャンルに膨大な数の作品を残していますが、公的な職歴以外の、彼の私的な側面はほとんどが不明のようです。生年が1643年だと確定されたのもごく最近のことで、ニュー・グローヴ音楽事典の第1版では、1645年頃から50年頃の間のパリ生まれとされていました。歿年も1704年2月24日だったとの記録が残ってはいるものの、死の原因や状況などは全く伝えられていないようです。


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 シャルパンティエがどのような音楽教育を受けたのかは定かではありませんが、オラトリオで有名なローマのジャコモ・カリッシミ(1605-1674)のもとで、1662年から67年の間に、3年ほど音楽を学んだと考えられています。この留学によって17世紀中葉のイタリアの音楽様式を身につけたシャルパンティエは、帰国後は師のカリッシミのオラトリオなど、イタリアの音楽をフランスに紹介する役割を果たしました。

 シャルパンティエのパリでの最初の就職先が、どこであったかは確定していません。けれど、1670年にはイタリア音楽の擁護派でもあった、ギーズ女公マリ・ド・ロレーヌのもとで、オート=コントル(カウンターテナー)の専属歌手となり、女公が1688年に他界するまで、歌手兼作曲家として仕えた事がわかっています。

 マリ・ド・ロレーヌのもとで働くかたわら、シャルパンティエはモリエールの劇団との結びつきも深めていきました。彼らのつきあいの始まりは、ギーズ女公に仕えるよりも早い時期だったという説もありますが、とにかく、リュリと決裂した後のモリエールの座付き音楽家として、コメディ・バレエ《エスカルバニャース伯爵夫人 La Comtesse d'Escarbagnas》(1672)や《病は気から(気で病む男)Le malade imaginaire》(1673)の幕間音楽を書き、モリエールが急死した後も、1685年まで一座(コメディ・フランセーズの前身)との関係を続けました。

 1679年から、シャルパンティエは王太子ルイの音楽教師を務めはじめます。そして、この頃からパリでいくつかの教会の要職を占めるようになり、1683年には新設の王室礼拝堂副楽長の職に出願しますが、病のために最終コンクールを欠席し、その職を得ることはかないませんでした。けれど、翌年の1684年には、フランス音楽界でも最も輝かしいポストの1つといわれた、パリのイエズス会の教会楽長(イエスズ会主要教会の作曲家兼音楽教師)に就任しています。

 1692年にルイ14世の甥に当たる、オルレアン公フィリップの作曲教師となったシャルパンティエは、公のために作曲法と通奏低音の手引き書を書いています。また、1693年末には悲劇作家コルネイユの台本に基づく、シャルパンティエ唯一の本格的なオペラ《メデ Medee》が作曲・上演されますが、この作品はオルレアン公フィリップとの緊密な関係から生み出されたものだとも言われています。
 その後、シャルパンティエは1698年にヴェルサイユ宮殿の王立礼拝堂に次ぐ要職と目されていた、サント・シャペルの音楽監督に就任し、死の年(1704年)まで留まることとなったこの教会のために、多くの優れた宗教音楽を作曲したのでした。


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 シャルパンティエの膨大な作品群の中でも、まず真っ先に取り上げられなくてはならないのは宗教曲でしょう。宗教音楽の作曲家としてのシャルパンティエは、17世紀末のフランスで最も重要な作曲家のひとりです。現存する550曲の中で、実に400曲余りが宗教曲で占められている事からも、当時、彼が第一級の宗教音楽の作曲家であった事が伺われます。バロック期のフランスの作曲家としては例外的にミサ曲を12曲も書き、フランスで唯一のオラトリオの作曲家でもありました。

 彼の12曲のミサ曲の中では、《真夜中のミサ Messe de Minuit》が最もよく知られた作品でしょう。《真夜中のミサ》とは、クリスマスの真夜中に執り行われるミサのことです。フランスでは《真夜中のミサ》の礼拝で、フランスの伝統的なクリスマス歌曲(ノエル Noel)を歌うことが認められていましたが、シャルパンティエはミサ曲全体をノエルの旋律に基づいて作曲しました。
 『ヨゼフはよい妻をめとり』や『若き乙女は』などといった、全部で10曲のノエルの旋律が取り入れられていますが、ルネサンス期のミサ曲のように、それらを定旋律としてポリフォニー的に取り扱うのではなく、むしろ、ノエルの旋律をそのままホモフォニー的に使用することで、いかにも牧歌的で親しみやすい曲作りを行っています。

 《真夜中のミサ》以外のシャルパンティエのミサ曲は、演奏や録音が行われる機会は少なくですが、彼のミサ曲の中で最も長い《モロワ氏のミサ Messe de Monsieur de Mauroy》をはじめとして、《聖母被昇天のミサ》や《死者のためのミサ》など、洗練された美しさを持った曲が数多く存在しています。


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 シャルパンティエの宗教曲に対する真摯な対応は、ミサ曲のみならず、《ルソン・ド・テネブレ》でも同じでした。
 キリストの受難を追想する聖週間の期間は、カトリックの諸国では世俗音楽の演奏が禁止されたため、バロック時代の劇場の歌手達は、この期間に宗教曲の演奏会を行っていました。世俗音楽的に作曲される事が多かった《ルソン・ド・テネブレ》ですが、シャルパンティエのそれは、あくまでも宗教曲として作曲されています。。

 シャルパンティエは、全部で32曲の《ルソン・ド・テネブレ》を作曲していますが、その演奏形態は、通奏低音のみの伴奏のものや、通奏低音に管楽器や弦楽器が加わったもの、また歌唱も男声用、女性用、独唱曲、2重唱、3重唱等々、非常に多種多様です。そして、そられの様々な形態の曲が次々に連なりあって、俘囚となったユダヤの嘆きの歌が、格調高く、静かに歌い上げられてて行きます。

 シャルパンティエの《ルソン・ド・テネブレ》は、祖国ユダヤが占領される中で、背信の民への熱烈な悔い改めと神の愛と真実による救いの希望を説く、旧約聖書の『エレミア書』の内容を適切に踏まえながら、静かすぎるほどの流れの中に、深くしみ通るような哀しみを感じさせる音楽です。


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 シャルパンティエは、ラテン語によるオラトリオを、バロック期のフランスで作曲した唯一の音楽家でした。作品の成立年はあきらかではありませんが、パリのイエスズ会修道院のために書かれたと思われるそれらの作品は、録音されたり演奏会で取り上げられる機会はあまり多くありませが、聴けば印象的な作品が多く存在しています。
 それらの中でも、比較的規模の大きな《サウルとヨナタンの死 Mors Saulis et jonathae》や《クリスマス・オラトリオ Un oratorio de Noel》などが代表的な作品と言えるでしょう。

 《サウルとヨナタンの死》は旧約聖書のサムエル記1-28、1-31、2-1をもとにして、イスラエル王国の最初の王(在位前1012-前1004)サウルが不吉な予言に戦慄するところからはじまり、ギルボア山でのサウルとその息子ヨナタンの死、そしてヨナタンの親友だったダヴィデに死の知らせがもたらされるまでが描かれています。
 音楽全体の印象としては、師であるカリッシミの作品と並べても遜色のない、格調の高さと抒情性が感じられるのと同時に、物語の内容を音楽によって分かりやすく伝えようとする、音楽劇としての親しみやすさがあります。

「もし」という言葉はのは、歴史を学ぶにあたっては禁句であると思いつつも、シャルパンティエのラテン語のオラトリオを聴くたびに、彼がフランス語によるオラトリオを書いていたとしたら、その死後もフランスでオラトリオが作曲され、他のヨーロッパ諸国と同じように、宗教音楽の1ジャンルとして大きな発展を遂げたのではないかと、ついつい考えてしまいます。


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 宗教音楽と言うよりは、祝祭音楽的な意味合いの濃い《テ・デウム Te Deum》は、シャルパンティエの作品としては4曲が存在していますが、一般的に演奏されたり録音されたりしているのは、その中でも最も規模が大きくて華やかな作品です。

 特に、トランペットによる冒頭の前奏曲は、「凱旋行進曲」として単独で演奏されることもあります。シャルパンティエの曲としては珍しいくらいに絢爛豪華な曲ですが、全体を通してよく聴いてみると、華やかな中にも宗教曲としての繊細さが内包されていることがわかります。
 トランペットの使用に関しては、リュリの《テ・デウム》を手本にしたことは間違いないと思われますが、その音色の豊かさと壮大な構成力は、リュリの作品を凌駕して余りあるように思われます。

 シャルパンティエの《テ・デウム》は、どのような祝祭のために作曲されたものであるかはわかっていません。けれど、パリにおけるイエスズ会の最も重要な教会のひとつであった、サン・ルイ教会のために書かれたものであろうと考えられています。いずれにしても、その演奏規模と楽曲の華やかさから考えてみて、その初演が一大イベントであったことは、まず間違いがない事でしょう。


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 コメディ・バレエやオペラの作曲家としてのシャルパンティエは、宗教音楽の作曲家の顔とはまったく違った側面を見せてくれます。特にコメディ・バレエの幕間音楽は、《テ・デウム》と並んで、シャルパンティエの「明」の部分を強くあらわしたものだと言えるでしょう。
 中でも傑作と名高い《病は気から(気で病む男)》(1673年)は、全編をつらぬく生き生きとした描写から、ユーモアに満ちた、明るく愉快なシャルパンティエが顔を覗かせています。

 《病は気から》は、医者の介抱をこわがる心気症(体の具合が少しでもわるいと、何か重い病気にかかっているのではないかと悩む状態)の患者の話で、16〜17世紀にはやった医者を風刺した作品です。皮肉なことに、この作品の上演4日目、主役を演じていたモリエールは舞台で発作をおこし、その数時間後に死亡したのでした。

 シャルパンティエは、カリッシミを通してイタリアの影響を強く受けた音楽家だけに、宗教音楽でも世俗音楽でも、フランスとイタリアの両方の特徴を兼ね備えた音楽を書いていますが、コメディ・バレエのような劇場用音楽では、特にそれが顕著なように思われます。


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 シャルパンティエは後援者のマリ・ド・ロレーヌのもとで《花咲ける芸術 Les Arts Florossants》や《アクテオン Acteon》といった牧歌劇の作曲は行っていましたが、王立音楽アカデミーのために作曲した本格的な音楽悲劇は、ギリシャ神話の魔女メディアの物語を題材にした《メデ Medee》(1693年初演)のみです。

 コルキス王アイエテスの娘メディア(メデ)は、金羊毛を探してアルゴ船を指揮してやってきたイアソンに恋をし、魔法で彼を助けます。その後ふたりは結婚し、しばらくの間、コリントスで幸せな生活を送りますが、イアソンはコリントス王の娘と結婚するためにメディアを捨て去り、メディアはイアソンへの復讐のためにコリントス王とその娘のみならず、イアソンとの間に出来た、自らの息子二人をも殺害し、翼のついた車でアテネへと逃れる、というのがメディアの物語の大まかな内容です。

 シャルパンティエの《メデ》では、物語の後半のイアソンの心変わりから「子殺し」に至るまでの悲劇の物語を、フランス語の抑揚を生かした音楽悲劇の作法の中に、イタリア風の半音階や転調を大胆に取り入れて、登場人物の人間性や緊張感を余す所なく伝えています。

 しかしながら、シャルパンティエのオペラの作法は、フランス・バロック・オペラの主流にはなりませんでした。上演時に、ルイ14世が「リュリが亡くなった後の最も洗練されたオペラ」だと絶賛したにもかかわらず、興行的にはパッとしないものだったようで、作品そのものも歴史の中で忘れ去られていきました。

 登場人物の心理に深く根ざしたシャルパンティエのオペラは、少なくともその精神的な基盤において、リュリやその後の追随者達の感覚的な作品とは一線を画した作品です。たった一作でリュリとの優劣をはかることは難しい事ではありますが、少なくとも《メデ》は、言葉と音楽が一体となって人間の闇の部分を映し出した、フランス・バロック・オペラの傑作のひとつでしょう。


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 実のところ、シャルパンティエの膨大な作品群の中で、生前に出版されたものも極わずかしかありませんでした。幸いなことに、彼の自筆譜は1727年に王室図書室に買い上げられ、手つかずのまま保存されていたのですが、その28巻、550曲に及ぶ自筆譜の存在が明らかになったのは、20世紀に入ってからの事でした。
 そして、現在、パリ国立図書館に所蔵されているそれらの自筆符をもとにして、ジャンル別・年代順に編纂された作品目録が出版されたは、ほんの30年ほど前の1982年の事です。

 現在もまだ、シャルパンティエは「知る人ぞ知る」作曲家のひとりかもしれません。けれど、その膨大な作品に込められた情熱と、それらの作品の完成度は、フランスのみならず、バロックという時代の作曲家のあまたの作品の中でも、特筆されるべきものであるように思われます。





 最近はシャルパンティエの新譜が次々に発売されているので、私もすべての録音を聴いてはいません。ここでは、私の特に好きな録音だけについて触れまさせていただきますが、取り上げた以外にも良い録音は沢山あります。

 とりあえず、シャルパンティエの作品を安価で聴きたい方は、NAXOSから出ている5種類の録音がおすすめです。どれも標準以上ですが、特にケヴィン・マロン指揮、アレイディア・アンサンブル演奏の「ノエルとクリスマス・モテット」は、クリスマスCDとしても出色の、美しい演奏を聴くことが出来る一枚です。

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 まず、《真夜中のミサ》についてですが、この曲はミサ曲と言ってもノエルをもとにした素朴な印象の曲なので、クリスティーなどの有名な指揮者による隙のない流麗な演奏よりも、どちらかというと少しバランスを欠いたような、素人っぽさのある演奏の方が魅力的に感じられる場合が多いようです。
 例えば、この曲の代表盤としてよく取り上げられるマルティーニ盤も、合唱のまとまりがあまり良くはないのですが、どういうわけか、たどたどしさが絶妙な味付けになっていて、ほのぼのとしたクリスマスの雰囲気を醸し出しています。

 そんなわけで、かなり好きな曲ではあるのですが、ぜったいこれが良いという一枚を選び出すのは至難の技です。最近2,3年は、マルク・ミンコフスキ/ルーヴル宮音楽隊による録音をよく聴きます。実のところ、ミンコフスキ盤は、従来のゆったりした演奏を聴き慣れていた頃には、テンポの早さがかなり暴力的に感じられたのですが、何回も聴いているうちにその早さが爽快感に変わっていって、今ではかなり気に入っています。

 2002年に発売された、エルヴェ・ニケ指揮コンセール・スピリチュエル演奏による《モロワ氏のミサ曲》は、近年発売されたシャルパンティエの宗教曲の中でも、出色のできだと思います。冒頭のミシェル・シャピュイによる印象的なオルガンの音色はもちろん、楽器と歌がしっかりと絡み合いながら、自然な流れの中で変化の美しさを堪能させてくれる演奏で、本当に素晴らしいと思います。 

 オラトリオの《サウルとヨナタンの死》にはトン・コープマン/アムステルダム・バロックの録音もありますが、ジェラール・レーヌ指揮の イル・セミナリオ・ムジカーレによる演奏が私は好きです。緊密なアンサンブルによる研ぎ澄まされた美しさは、レーヌの録音に共通した個性だと思いますが、シャルパンティエらしいあでやかさや繊細さも感じさせ、非常にバランスの良い演奏だと思います。

 《ルソン・ド・テネブレ》については、「おすすめディスク」に詳しく書きましたので、そちらを参照して下さい。どれが一番好きかと言われるとかなり難しいですが、マルタン・ジェステル/パルルマン・ド・ミュジーク盤という事になるでしょうか。レーヌ盤やヤーコプス盤に比べると、精度という点では劣るのでしょうが、その分、ホッとするような大らかさと優しさがあります。

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 《テ・デウム》は、シャルパンティエの作品の中でも古くから演奏されている作品なので、新旧取り混ぜて、様々な演奏がありますが、祝祭的なきらびやかさが聴ける典型的な演奏としては、やはり、クリスティー/レザール・フロリサンの演奏が代表的なものでしょう。クリスティーのシャルパンティエは基本的に華やかさがあって、《テ・デウム》やオペラや牧歌劇などの劇的な雰囲気の作品では、一等抜きんでた演奏を聴かせてくれます。

 同じ祝祭的な華やかさが勝ったでも、マルク・ミンコフスキ/ルーヴル宮音楽隊になると、もっと速目のテンポで颯爽と演奏しています。盛大に鳴り響くティンパニもバランスが良く、より男性的な音づくりだと言えるでしょう。この録音は《真夜中のミサ》がカップリングされていて、アルヒーフから日本語解説付きの廉価盤も出ています。

 最近の録音だと、opus-111から発売されたジェステル/パルルマン・ド・ミュジークの《テ・デウム》も印象的な録音です。どちらかと言えば穏やかで優しげですが、それだけに飽きが来ない、何度でも繰り返して聴きたくなる演奏だと思います。《テ・デウム》といえば華やかな演奏にばかり目が行きがちですが、詩の持つ宗教的な意味を改めて考えさせてくれる、貴重な録音だと思います。

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 コメディ・バレエ《病は気から》は、クリスティー/レザール・フロリサンと、ミンコフスキ/ルーヴル宮音楽隊によるものがありますが、入手が比較的楽だという点を差し引いても、やはりクリスティ盤の典雅で洒脱な演奏を押すべきでしょう。ミンコフスキ盤も力の入った力演ですが、手慣れた遊び心を感じさせるクリスティ盤の方が、コメディ・バレエの雰囲気には合っているように感じられます。

 オペラ《メデ》は、クリスティー/レザール・フロリサンが2度録音をしています。1984年に録音された旧盤も良いのですが、その10年後に録音された ERATO から発売された再録盤の方が、演奏解釈もより劇的に感じられるような気がしています。
 また、シャルパンティエは聖書を材材にした宗教的オペラも数作書いていますが、その中の《サウルとヨナタン》には、クリスティー/レザール・フロリサンの素晴らしい演奏がありました。

 牧歌劇では《花咲ける芸術》や《愛はすべてもものに勝つ》《アクテオン》など、いずれもクリスティー/レザール・フロリサンの演奏によって、素晴らしい録音が出されています。中でも代表的な録音と言うと、やはり「花咲ける芸術」になるでしょうか。
 クリスティーが、自分の演奏団体にその名を付けたほどですので、演奏にも思い入れも深かったのか、1981年という古い録音ながら、シャルパンティエの劇音楽の入門編としては、現在も最高の録音だと思います。残念ながら、現在は国内盤が出ていませんが、輸入盤なら入手可能なはずです。




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