ドメニコ・スカルラッティ
Domenico Scarlatti
(1685〜1757)




 バロック時代の音楽一族と言うと、ドイツのバッハ家やフランスのクープラン家などが有名ですが、イタリア、シチリア島のパレルモから出たスカルラッティ家もまた、2代にわたってバロック音楽の歴史を飾る、重要な音楽家を生み出しました。アレッサンドロ・スカルラッティ(1660-1725)はバロック・オペラの大成に大きな影響力を持ち、その息子のドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)は器楽音楽、とくに鍵盤楽器の分野で大きな貢献を果たし、《近代的鍵盤楽器奏法の父》とも呼ばれています。

 ただし、ほとんど独力で新しい鍵盤技法を作り出したと思われるドメニコ・スカルラッティは、カルロシュ・セイシェス(1704-1742)やアントニオ・ソレール(1729-1783)といった、何人かのイベリア半島の作曲家以外に後継者を持たず、作品自体もフランスやドイツなどにはほとんど伝わらなかった考えられています。従って、モーツァルトら18世紀の作曲家が、スカルラッティの作品から直接着想を得たという証拠はどこにもありません。


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 ドメニコ・スカルラッティは、奇しくもJ.S.バッハ、ヘンデルと同じ年である1685年に、ナポリ楽派の重鎮であったアレッサンドロ・スカルラッティの6男としてナポリに生まれました。初期の音楽教育がどのように行われたかは明らかではありませんが、少年時代には父親から教えを受けたと思われます。

 1701年、16歳の時には父が楽長を務めるナポリ王室礼拝堂のオルガン奏者兼作曲家となり、1703年にナポリで最初のオペラを発表しています。1705年から、スカルラッティは音楽の修行のためにフィレンツェとヴェネツィアへ赴き、ヴェネツィアでは1708年までの3年間にわたって、フランチェスコ・ガスパーリニ(1668-1727)の元で学んだとも言われますが、確実なことはわかっていません。

 この頃、芸術家のパトロンとして有名だったオットボーニ枢機卿の仲立ちで、ヘンデルと鍵盤楽器の技量を競い合ったという逸話が現在に伝わっています。結果は、オルガンの即興演奏ではヘンデルがまさり、チェンバロではスカルラッティの演奏スタイルが好評を得て、雌雄を決することは出来なかのですが、以後はお互いの実力を認め合い、長く友情を結んだと言われています。

 1709〜14年にかけて、スカルラッティはポーランド王妃マリア・カジミーラに仕え、ローマで王妃の私設劇場のために、毎年新しいオペラを発表しました。1714年に王妃がローマを去った後は、ローマ駐在のポルトガル大使の楽長となります。また、1715年には教皇庁のサン・ピエトロ大聖堂にあるジュリア礼拝堂の学長の地位を得て、宗教曲の分野でも優れた作品を残ました。

 サン・ピエトロ大聖堂のジュリア礼拝堂の楽長というポストは、当時のローマ・カトリックの音楽家にとって、宗教音楽の分野では最高の地位だったのですが、スカルラッティは1719年に突然この地位を辞任します。彼が何故そのような行動をとったのか、また辞任直後にどこに滞在していたのかについては現在も不明な点が多いのですが、1719年の終わり頃に、ポルトガルのジョアン5世に仕えるためにリスボンに赴いています。

 ポルトガルに到着したスカルラッティは、すぐにポルトガル王家の宮廷楽長として、教会音楽や祝典音楽を作曲するかたわら、王家の子女の音楽教育を行いました。特に王女マリア・バルバラはチェンバロを好み演奏も巧みであったため、スカルラッティはこの頃から王女のためにチェンバロの練習曲を作曲を始めたのではないかと考えられています。

 父アレッサンドロが亡くなる前年の1724年に、また、妻を迎えるために1728年に一時イタリアに帰国しますが、1729年にマリア・バルバラがスペイン王子フェルナンド(後のフェルナンド6世)のもとに嫁ぐと、スカルラッティはそれに随伴してマドリードに赴きました。そして、以後1757年に亡くなるまで、王家のチェンバロ教師として終生をスペインで過ごしたのでした。


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 ドメニコ・スカルラッティの音楽活動は、大きく2つの時期に分けて考えることができます。第1の時期は父アレッサンドロ・スカルラッティが亡くなる1725年、あるいは彼が妻を迎えるために帰国した1728年までとされます。
 この時期の彼の作品は、教会音楽やオペラ、室内カンタータが中心で、様式的には父アレッサンドロら当時のナポリ楽派の影響を強く留めており、オペラと宗教音楽の作曲家として活躍しています。

 第2の時期は1729年、ドメニコ・スカルラッティがスペインに移り住んだ年に始まるとされています。彼が残した550曲余りのチェンバロ・ソナタは、その大部分がこの時期に書かれたものと推定されています。ただし、それらのソナタは、イタリアで一般的であったトリオ・ソナタでもソロ・ソナタでも無伴奏ソナタでもない、通奏低音の書法からかけ離れた形式で書かれていました。

 ドメニコ・スカルラッティの真の創造的な仕事は、スペインでの第2期、そして560曲近く残されたこれらのソナタにこそあったと言って良いでしょう。スカルラッティ自身によってエッセルツィーチ Essercizi(練習曲)と呼ばれていた、これらの1楽章形式のソナタは、1738年に《Essercizi per Gravicembalo チェンバロ練習曲集》として30曲が出版されています。その後、40曲ほどがイギリスで出版されますが、残りの大部分は何冊かの手縞譜として後世に伝わったのでした。

 スラルラッティのソナタは、いわゆるウィーン古典派以降の他楽章形式のソナタとは違って、多少の例外はあるものの、ほとんどが単一楽章で単純な二部形式という構成になっています。

 しかしながら、提示される2つの主題はしばしば対立する傾向にあり、様々な動機(それ自体がある程度の表現性をそなえた、最小的単位である旋律断片)を組み合わせた、あたかもモザイク模様を見るような旋律の積み重ねは、表現や手法的には古典派前期のソナタのスタイルに近いものだと言えるでしょう。

 演奏技法の点では、両手の交差、アルペッジョ(arpeggio 和音の各音を同時ではなく、上または下から順番に演奏する奏法)や装飾音の自由な使用、カスタネットを思わせる同一鍵盤の急速な連打、音程の大きな跳躍などの、当時としては非常に新しいテクニックを演奏に求めています。


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 ドメニコ・スカルラッティは、1729年に出版した《チェンバロ練習曲集》の序文に「これらの作品のうちに深刻な動機でなく、技術的な工夫をこそ見て欲しい」と記しています。けれどこれは、一種の反語としてとらえるのが妥当ではないかと思われます。なぜなら、スカルラッティのソナタは、確かに構成上の無駄を一切はぶいた極端にシンプルな楽曲ですが、その中に示された楽想の多様性には、目を見張るものがあるからです。

 そして、イベリア半島という、強くアラブの影響を受けた土地の音楽、ボレロやファンダンゴ、セギディーリャといった、民族色の濃いスペイン・ポルトガル特有のリズムや旋律の影響を、ソナタのあちらこちらに聴き取る事も可能でしょう。イベリア半島の民族音楽の刺激があったからこそ、スカルラッティは独創的な仕事が出来たと言ってもよ良いのかもしれません。
 550曲余りのソナタは、その作品数が膨大であるがゆえに“玉石混淆”の様相を呈しています。けれど「珠玉」という形容が当てはまる作品もまた、数多く存在しているのです。

 ドメニコ・スカルラッティが残したソナタは、現在では職業ピアニストにとっては指慣らしやアンコール・ピースとっして、ピアノの初学者にとっては練習曲として使用されています。これは、スカルラッティのソナタの中に、ピアノの演奏に必要な近代的な技法が追求されているからでしょう。後世への影響はどうであったにしろ、《近代的鍵盤楽器奏法の父》とも呼ばれのももっともだと、ソナタを聴くたびに思わせられます。

 J.S.バッハの平均律とは全く性格を異にしていますが、それ故にこそ、J.S.バッハと比肩し得るほどの、後期バロック鍵盤音楽の貴重な財産のひとつとなっているのが、ドメニコ・スカルラッティのソナタ集なのです。





 スカルラッティのソナタとして伝えられている作品の内、ラルフ・カークパトリック(1911-1984)によって整理されて番号をつけられたものは555曲を数えます。この555曲を全て演奏した録音は、現在の所、若くして亡くなったスコット・ロスによるものだけです。

 スコット・ロスによるソナタ集は、まず「全集」であることにその存在意義があるわけですが、それだけに留まらず、智と情のバランスに優れた素晴らしい録音だと思います。揺るぎない技巧に支えられた躍動的なリズム感は、スペイン的な部分は気迫ながらも、スカルラッティが追求した音楽性を充分に表現していると思います。

 ソナタの選集盤は、チェンバロ、ピアノ合わせて膨大な録音がありますから、まず、自分の好みの演奏家による録音から聴いてみるのが良いかもしれません。それでも、ピアノによる演奏について言えば、比較対照のためだけでも良いですから、ウラディミール・ホロヴィッツの録音は一度は聴いて欲しいと思います。その音色の素晴らしさは、ピアノによる演奏の中でも出色のものだと思います。

 チェンバロによる選集盤では、クリストフ・ルセによる録音が、豊かな音楽性とセンスの良さが際だったています。聴く者に、南欧らしい明るさと躍動感さえ感じさせてくれるような演奏だと思います。
 他にも、スコット・ロスの全集からの抜粋盤、グスタフ・レオンハルトの初期の録音、トレヴァー・ピノックによるシャープな演奏も、聴くべき価値があるのではないでしょうか。

 珍しいところでは、K番号で分類されていない作品ののみを集めた、曽根麻矢子が演奏する「知られざるソナタ集」も面白い録音です。スカルラッティの作品であると確定できない作品もありますが、多くはスカルラッティの書法で書かれたものであり、何よりも、曽根麻矢子の情熱的で雄弁な演奏は一聴に値します。

 ところで、スカルラッティのソナタの分類は、イタリアの研究家アレッサンドロ・ロンゴ(1864-1945)による〈L〉(ロンゴ)番号の分類と、アメリカのチェンバロ奏者・研究家のラルフ・カークパトリックによる〈K〉番号の分類が知られています、現在は、ほぼ年代順に整理されているK番号が一般的に使用されているようです。

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 オペラ、宗教曲作家としてのドメニコ・スカルラッティも、最近は徐々に見直しが行われているようです。《ソナタ》に比べれば微々たる物ですが、宗教曲を中心に録音も見かけられるようになりました。

 ルネサンス的な典雅な響きの「スターバト・マーテル」は、宗教曲の中でも比較的録音が多い方でしょう。中では、エリク・ファン・ネーヴェル指揮のクレンディ・アンサンブルによる録音が一番完成度が高いのではないかと思います。

 室内カンタータのまとまった録音には、 Jean-Christophe Frisch指揮のXVIII-21 Musique des Lumieresによる「Scarlatti: Cantatas」があります。いかにもナポリ楽派らしい、小オペラといった感じの楽曲がセンス良く演奏されています。

 Musica Alta Ripaによる「La Famiglia Scarlatti」は、収められている曲の大部分はアレッサンドロ・スカルラッティのトリオ・ソナタと室内カンタータなのですが、ドメニコ・スカルラッティの室内カンタータが1曲と、Francesco Scarlattiというスカルラッティ家の知られざる作曲家の室内カンタータが1曲収録されていて、なかなか面白い録音です。




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