アントニオ・ヴィヴァルディ
Antonio Vivaldi
(1678〜1741)




 中学校の音楽に時間にヴィヴァルディの《四季》を学ぶ関係もあってか、現在はバロック時代の作曲家と言えばヴィヴァルディの名前が上がるような時代になっています。けれど、アントニオ・ヴィヴァルディ(1678〜1741)という作曲家の全貌については、まだまだ不明な点が多いのが現状です。

 実のところ、ヴィヴァルディの研究は19世紀後半になって、J.S.バッハ(1685-1750)の作品うち10数曲がヴィヴァルディの作品を編曲した物だと判明したときから、付随的な興味を持たれたのが最初でした。ヴィヴァルディは、それまでは歴史から全く忘れられた作曲家のひとりでしかなく、彼の作品自体、現物がほとんど存在しない状態だったようです。

 その後、1926年になってイタリアのトリノ大学図書館で膨大な数の協奏曲を含む自筆譜が発見されて、初めてヴィヴァルディの活動のあらましが確認出来るようになりました。従って、ヴィヴァルディがイタリア後期バロック期の作曲家の中で、どれだけ偉大な存在であったかが一般に知られるようになったのは、本当に、つい最近の事なのです。


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 1678年、ヴェネツィアに生まれたヴィヴァルディは、同地のサン・マルコ大聖堂でバイオリン奏者をしていた父に音楽の手ほどきを受け、15歳で剃髪して聖職に入り、25歳(1703年)で司祭の位をさずけられました。父譲りの赤毛であったため「赤毛の司祭」の通称で呼ばれるようになります。

 ヴィヴァルディは司祭となった1703年に、ヴェネツィアの身寄りのない少女たちを養育する施設のひとつであった、事実上の音楽院であるピエタ養育院 Ospedale della Pieta のヴァイオリン教師の職につき、1716年には合奏長の地位に進みます。彼は毎週開かれるコンサートのために、協奏曲や室内カンタータ、ミサ曲、オラトリオなどを数多く作曲しました。
 ピエタ養育院との関係は、その後断続しながらもその死の前年である1740年まで続くことになります。

 ヴィヴァルディが国際的な名声を博したのは、1711年に彼の最初の協奏曲集《調和の幻想》op.3が出版されて以来のことでした。一方、1713年以降はオペラの作曲と上演にもたずさわり、自作のオペラの上演のために、しばしば他の都市や外国へ出かけるようになりました。
 その名声は広くヨーロッパの各地に届き、1725年には《四季》を含むヴァイオリン協奏曲集《和声と創意への試み》op.8が出版されるに及んで、決定的なものになります。

 その後も、ヴィヴァルディはイタリアのみならずヨーロッパ各地で精力的に音楽活動を行っていますが、次第に流行から取り残され、その人気は徐々に下り坂になっていったものと思われます。
 1740年にはピエタ養育院の職を辞し、みずからの曲を二束三文で売り払って突然ヴェネチアを後にしますが、その動機は様々な憶測を生みながらも未だに明らかになってはいません。

 ヴィヴァルディがどこで亡くなったもの長く不明のままで、彼が1741年にウィーンの貧民墓地に埋葬されたことが明らかになったのは、その死後、約2世紀を経た1938年のことでした。なぜ聖職者が貧民墓地に葬られなければならなかったのか、それもいまだに謎のままなのです。


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 ヴィヴァルディはその生涯に500曲余りの協奏曲、70曲以上のソナタ、約45曲のオペラ、それにオラトリオ、ミサ曲、モテットなどの宗教音楽を残しましたが、オペラについては今日ではほとんど演奏されることがありません。宗教曲にも面白い作品はありますが、ヴィヴァルディの作曲活動の中心的な位置を占めるのは、やはり500曲以上残された協奏曲であると言えるでしょう。

 残された協奏曲のうち300曲余りはソロ・コンチェルトで、中でもヴァイオリン協奏曲が220曲余りと大部分を占めています。ヴィヴァルディも最初はコレッリの伝統を受け継いだトリオ・ソナタ合奏協奏曲を作曲していたのですが、まもなく、ひとつの楽器に独奏させるソロ・コンチェルトを主に作曲するようになりました。

 1711年に出版された協奏曲集《調和の霊感》op.3では、まだ合奏協奏曲とソロ・コンチェルトが混在していますが、以後の協奏曲は俗に「ヴィヴァルディ・タイプ」と呼ばれる、ソロ・コンチェルトの形式で書かれています。独奏楽器の多くはヴァイオリンですが、ファゴット、チェロ、オーボエ、フルートのための協奏曲もあり、ヴィヴァルディの協奏曲には変化に富んだ、様々な楽器の組み合わせが見られます。

 ヴィヴァルディのソロ・コンチェルトは、一般的に緩−急−緩の3楽章からなっています。3楽章形式の協奏曲は、トレッリ(1658-1709)が死の年に出版した12曲からなる《合奏協奏曲集》op.8の、後半の6曲のヴァイオリン協奏曲が最初の作例だと思われます。けれど、実質的な完成はヴィヴァルディによって行われました。この形式はヴィヴァルディの作品を通じて、イタリアのみならずヨーロッパ全体に広がって、後の時代に受け継がれて行くことになります。

 また、両端の早いテンポの楽章ではリトルネッロ形式が用いられ、トゥッテ(総奏)の演奏する主題がソロ(独奏)を挟んで、調を変えながら何度も繰り返し演奏されます。総奏をT、ソロをSとすると、速いテンポの楽章はT−S−T−S−T−S−Tの形で展開されて行くのが基本的な形でした。
 これも原型はトレッリの作品にありますが、最も効果的に使用した作曲家はヴィヴァルディであり、彼の完成させたリトルネット形式はもまた、後の時代の協奏曲の基本的な技法のひとつとなって行きました。


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 ヴィヴァルディが発展させたソロ・コンチェルトは、コレッリの合奏協奏曲以上に発展性に富むジャンルだったと言うことが出来るかもしれません。彼の協奏曲はヨーロッパ中で手本とされ、同時代の年長の作曲家の作風にさえ影響をあたえるほどだったと言われます。

 ヴィヴァルディの協奏曲はその後のヴェラチーニ、タルティーニ、ロカテッリらといったイタリアの作曲家に留まらず、テレマン、ヘンデル、J.S.バッハらにも多大な影響を与えて行きました。中でもJ.S.バッハは、若い頃にヴィヴァルディのコンチェルトをチェンバロやオルガンのために編曲し、その作曲技法を学んでいます。

 J.S.バッハの器楽曲がヴィヴァルディの影響を受けている言うことは、そのバッハを手本としたモーツァルトやベートーヴェンらウィーン古典派の協奏曲もまた、ヴィヴァルディの協奏曲の影響を間接的に受け継いでいると言えるでしょう。モーツァルトやベートーヴェンが直接ヴィヴァルディの作品に触れたわけではありませんが、ウィーン古典派の協奏曲の基本的な技法の原型は、ヴィヴァルディの協奏曲の中に見いだすことができると言われています。

 イタリアの現代作曲家のルイジ・ダラピッコラ(1904-1975)は、ヴィヴァルディの協奏曲を評して、「同じ協奏曲を書き換えただけのものだ」と評したと言います。けれど、ヴィヴァルデが後の世代に残したものは、一般に考えられる以上に大きなものだったように思えてなりません。





 一口にヴィバルディの曲といっても、曲数も録音も多すぎるくらいに沢山あるので、何を代表作とするかは難しい所です。私自身、ヴィヴァルディの録音に関しては、多すぎて入手を諦めている部分がありますし(1990年以降、ほとんど新譜を購入していません)、器楽曲よりも声楽が好きなので、かなり偏った選曲になりそうですが、とりあえず、私の好きと思える録音を並べてみることにします。

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 ヴィヴァルディの作品と言えば、《四季》を含むヴァイオリン協奏曲集《和声と創意への試み》op.8を真っ先にあげないわけには行かないでしょう。日本でのバロック・ブームへの火付け役となったイ・ムジチ合奏団の録音はモダン楽器によるものですが、その明るく朗らかな演奏はいまだに心打たれる物があります。
 イ・ムジチ合奏団による録音は、コンサート・マスターを変えて何種類か出ています。私が一番よく聴くのはアーヨが演奏するステレオ盤ですが、独奏ヴァイオリンが誰になろうと、イ・ムジチの演奏の透明さはどの録音でも一貫しています。

 オリジナル楽器によるop.8では、トレバー・ピノック指揮のイングリッシュ・コンソートによる演奏が、一番安心して聴ける演奏のように思います。イギリスの演奏家らしい、シンプルでメリハリの利いた、躍動感に満ちた録音です。

 アーノンクールに始まる、ややアクの強い「新解釈」によるop.8も、オリジナル楽器、モダン楽器ともに色々な録音が出ています。これについては、どれくらいの過激さまでを許容範囲と感じるかで、どの演奏を良しとするかが変わってくるでしょう。
 その中で、一番聴きやすいのはファビオ・ビオンディ(vn)/エウローパ・ガランテ盤ではないかと私は思っていますが、ジュリアーノ・カルミニョーラ(vn)/ソナトーリ・デ・ラ・ジョイオーサ・マルカ盤も捨てがたいものがあります。

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 ヴィヴァルディ最初の協奏曲集である《調和の幻想》op.3も、《和声と創意の試み》に勝るとも劣らない曲集です。これも色々な録音がありますが、トレヴァー・ピノック指揮のイングリッシュ・コンソート盤の繊細さと力強さを兼ねそなえた演奏か、クリストファー・ホグウッド指揮のアカデミー・オブ・エンシェント・ニュージックの説得力のある格調高い演奏が、まずスタンダードなところでしょうか。

 ファビオ・ビオンディ(vn)/エウローパ・ガランテによる演奏は、大胆ではありますがはったりは無く、自由で彫りの深い演奏です。ピノックやホグウッドなどのイギリス系の演奏とはまた違った、のびのびとした楽しさが感じられる録音です。

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 その他の協奏曲としては、フルート協奏曲集op.10(全6曲)やオーボエ協奏曲、ヴィオラ・ダモーレ協奏曲、マンドリン協奏曲、チェロ協奏曲などにも面白い演奏があります。

 フルート協奏曲集op.10は、フランス・ブリュッヘンがリコーダー(縦笛)とフラウト・トラベルソ(横笛)を使って演奏し、18世紀オーケストラ団員が伴奏をつけた【原点版】(出版譜ではなく、自筆譜または写筆譜による)の演奏が、色彩感豊かで群を抜いているように思います。
 出版譜を使用したフラウト・トラベルソによる録音では、スティーブン・プレストンが演奏している、ホグウッド指揮アカデミー・オブ・エンシェント・ニュージックの、軽さと細やかさに満ちたアンサンブルが私は好きです。

 オーボエ協奏曲集は、録音が古くなりましたしモダン楽器による演奏ではあるのですが、やはりハインツ・ホリガー(ob)/イ・ムジチ合奏団のものが一番のように思います。モダンとかオリジナルという所を越えた、ホリガーの完璧なテクニックと豊かな音楽性が、この録音を不朽の名盤にしています。

 ヴィオラ・ダモーレという楽器は、ヴィオラとヴァイオリンの中間のような楽器で、共鳴板に真鍮(しんちゅう)を使っていることから一種金属的な音を出し、それが独特の魅力になっています。
 楽器自体が珍しいので録音例も少ないのですが、ナーネ・カラブレーゼ(ヴィオラ・ダモーレ)/クラウディオ・シモーネ指揮 イ・ソリスティ・ヴェネティの演奏がなんとも言いようのない魅力があります。

 ヴィオラ・ダモーレの協奏曲には《ヴィオラ・ダモーレとリュートのための協奏曲ニ短調RV540》という、非常に魅力的な曲もあります。これは、ロイ・グッドマンのヴィオラ・ダモーレとナイジェル・ノースのリュートが競い合うような掛け合いを聴かせる、トレヴァー・ピノック/イングリッシュ・コンソートによる「協奏曲集」の演奏と、アンドリュー・マンゼ指揮のアカデミー・オブ・エンシェント・ニュージックによる「ポーランド王子のためのコンサート」に収められている演奏が素晴らしいと思いました。

 マンドリン協奏曲は《ハ長調RV425》が映画「クレーマー・クレーマー」に使われたので、聴けば知っている、という人も多いのではないかと思います。
 ウゴ・オルランディのマンドリンによるクラウディオ・シモーネ指揮 イ・ソリスティ・ヴェネティ「マンドリン協奏曲集」の演奏が良いです。特にドリーナ・フラティと一緒に弾いている《2つのマンドリンのための協奏曲ト長調RV532》は、切れ味の良さがきわだっています。

 チェロ協奏曲集は、なんと言ってもアンナー・ビルスマがチェロを演奏しているターフェルムジーク・バロック管弦楽団の演奏が素晴らしいです。なにより、ビルスマの演奏が鬼気迫るほどの迫力で圧倒されます。
 チェロ協奏曲でオーケストラとチェロのアンサンブルの妙を楽しみたい向きには、クリストフ・コワンがチェロを担当する、ホグウッド指揮アカデミー・オブ・エンシェント・ニュージックによる繊細で細やかな演奏が良いかもしれません。

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 器楽曲でもソナタはほとんど録音されていな分野だと思います。トリオ・ソナタなどになると、まとまった録音というのはほとんど見たことがありません。「トリオ・ソナタ集」は、私はロンドン・バロックとパーセル・クァルテットの演奏しか聴いたことがありませんが、リズム感の良さとアンサンブルの巧みさでは、パーセル・クァルテットの演奏が一歩ぬきんでているように思えます。

 チェロ・ソナタop.14は、クルストフ・コワンチェロによるおおらかな歌心に満ちた演奏もありますが、最近の録音では、やはりアンナー・ビルスマがバロック・チェロを変幻自在に歌わせている演奏が、一聴に値すると思います。
 ピーター・ウィスペルウェイがフロリレジウムと演奏しているものも、柔らかな音の響きが美しい録音ですが、曲の途中でも構成が変わってしまう通奏低音が、やや煩わしさを感じさせるかもしれません。

 ヴィヴァルディの作とされていたフルート・ソナタ集《忠実な羊飼い》op.13は、ペーター・リオムによって、ニコラ・シェドヴィル(1705?-1782)というフランスのミュゼット奏者が、ヴィヴァルディの名を騙って出版した偽作だということが証明されています。けれど、いかにもヴィヴァルディが作曲したような曲想であり、モダン楽器による魅力的な録音がたくさんあります。

 モダン楽器による《忠実な羊飼い》の演奏では、ジャン=ピエール・ランパルのフルートとロベール・ヴェイロン=ラクロアによる、1968年の録音が極めつけの名盤とされています。NHKの「バロック音楽の楽しみ」のテーマ音楽がこの演奏でした。マスサンス・ラリューとロベール・ヴェイロン=ラクロアの演奏もすっきりとした透明感が美しい録音です。
 古楽器による録音には、まとまった曲集はあまりないように思います。全曲演奏のものは、ハンス=マルティン・リンデがフラウト・トラベルソとブロック・フレーテ(リコーダー)を使ったものしか聴いた事がありませんが、すっきりとした趣味の良い演奏だと思います。

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 ヴィヴァルディの声楽曲の中で、最初に有名になった曲が《グローリア》RV589です。この曲は、通常教会で演奏されるグローリア・ミサよりもずっと規模が大きく、ヴィヴァルディはミサのスタイルを借りて、純粋な声楽曲を書こうとしたものとも考えられています。
 《グローリア》では、最初に聴いたミッシェル・コルボ指揮ローザンヌ合唱団による演奏のものが、私にとって最もスタンダードな録音になっています。合唱の素晴らしさでは、この録音に勝るものは少ないのではないでしょうか。
 古楽器による録音だと、トレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンソート、同合唱団による演奏が、颯爽と生気に満ちた演奏を展開しています。

 《スターバト・マーテル》RV612も、ヴィヴァルディの宗教曲では代表的な作品です。これは、アルトと弦楽合奏のための曲なので、女声(アルト)で歌われるものと男声(カウンター・テナー)によるものとがありますが、私には男声による録音の方が聴きやすいと感じられます。
 《スターバト・マーテル》のカウンター・テナーによる演奏の中でもは、私はジャラーヌ・レーヌの柔らかでふくよかな歌唱が魅力的な、イル・セミナリオ・ムジカーレによる演奏が一番だと思っていますが、アンドレアス・ショルのノーブルな歌唱が聴けるアンサンブル415による演奏も素晴らしいと思います。




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