アルカンジェロ・コレッリ
Arcangelo Corelli
(1653-1713)




 バロックと言えば器楽音楽が発達した時代であり、その中でもヴァイオリンを中心としたヴァイオリン族の楽器は、バロック代表する楽器と言うことができるでしょう。特にバロック中期、イタリアでアニトーニオ・ストラディヴァリやニコロ・アマーテといった名工たちが優秀な楽器を作り出した時代は、同時にヴァイオリンのための音楽が新たに作り出されていった時代でもありました。

 アルカンジェロ・コレッリ(1653-1713)は、イタリアが生んだ最初のヴァイオリン音楽の巨匠であったと言われます。コレッリの前にも後にもヴァイオリンの名手は存在し、多くの美しい楽曲を生み出しましたが、後世への影響力という点で彼と並ぶものは無いように思われるのです。


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 イタリア北部ラベンナ近郊のフジニャーで生まれたアルカンジェロ・コレッリ(1653-1713)は、13歳から当時イタリアの音楽教育の拠点のひとつであったボローニャでヴァイオリンを学び、わずか17歳で同地のアカデミア・フィラルモニカに正会員として迎えられました。

 このアカデミアへの入会は原則として20歳以上でなければ認められず、10代で特例として入会が認められたのはコレッリと、あとは100年後のモーツァルトのみであったことから考えても、コレッリがいかに若いときから才能を発揮していたかが伺えます。事実、彼はイタリア・バロック中期における、最大の器楽音楽の作曲家に成長していくことになります。

 コレッリの名は1675年からローマのサン・ルイージ教会のヴァイオリン奏者のひとりとし記録に現れるようになり、この頃には活動の拠点がすでにローマに移っていたことが伺われます。以後ローマを中心に作曲家、バイオリン奏者として名声を高めて行き、枢機卿ベネデット・パンフィーリや同時期にローマに滞在していたスウェーデンのクリスティーナ女王の後援を受け、コレッリはその活動の初期の段階から安定した生活を送ることができたのでした。

 1687年にクリスティーナ女王が亡くなり、1690年にはパンフィーリ枢機卿もボローニャに移ってしまうというように、同じ時期に二人の有力な後援者を失いますが、すぐにパンフィーリ枢機卿の後任である、ピエトロ・オットボーニ枢機卿の元で主席ヴァイオリン奏者兼楽長として仕えるようになりました。オットボーニ枢機卿は芸術家、特に音楽家のパトロンとして有名で、コレッリは彼の厚遇を受け、落ち着いた環境の中で創作活動を続けることになります。

 その後、1709年まではコレッリがサン・ルイージ教会の儀式のおりなどに、なんらかの演奏活動を行っていたことが記録からわかっていますす。けれど、1710年のはじめからは公衆の面前にあらわれる事なく、第一線を退いて作品6の合奏協奏曲集の出版作業に取りかかりますが、その出版(1714)を見届けることなく、1713年の1月に60歳でその生涯を終えたのでした。


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 コレッリは、バロック時代の作曲家には珍しく、その名声に比べると驚くほど作品の数が少ない作曲家です。コレッリ自らが編集して出版された曲集は全部で6つ(作品6は死後に出版)、総曲数で72曲のみであり、自ら出版しなかったけれど楽譜が現存しているという作品を加えても、現代にまで伝わっている曲は80数曲にすぎません。

 現存する作品の数が少ないのは、コレッリが遺言で未出版の作品をほとんど破棄させてしまったからだと言われています。けれど、これは同時に、コレッリが自らの作品を厳選し、納得のいくものだけを出版したことをも物語ってます。事実、出版された曲集の完成度は極めて高く、発表当時から高い評価を得ていました。ひとつの作品集が出版されると、すぐに次の作品集が待ち望まれるほどだったと言われています。

 コレッリは作品1と3の教会ソナタ集、作品2と4の室内(宮廷)ソナタ集でもって、それまでに様々に試みられていた3声部からなる器楽曲を洗練し、現在トリオ・ソナタとして知られる合奏形態を事実上完成させた音楽家でした。そして、作品5のヴァイオリンのソロ・ソナタ集、作品6の合奏協奏曲集によって、バロック期ヴァイオリン音楽を完成させたと言っても過言でないように思われます。


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 トリオ・ソナタ、合奏協奏曲、ソロ・ソナタの3分野のいずれにおいても、コレッリの作品はバロック中期の器楽音楽における高い到達点を示し、その発展に偉大な貢献をはたしました。

 使われたヴァイオリンの手法は華やかさとは無縁であり、難しいテクニックを避けた、どちらかと言えば表現の幅の狭い作品と言えなくもありません。けれど、旋律と短調の調整の明確さが際立った気品の高い典礼優雅なスタイルは、演奏のしやすさともあいまって、ソナタと合奏協奏曲の普及に大きな足跡を残しています。

 このことは、有名な《ラ・フォリア》を含むヴァイオリン・ソナタ集作品5が、18世紀末までにヨーロッパの各都市で40近くの版を重ねるベストセラーとなり、カデンツァの装飾例譜が60種以上も作られたことからもわかるのではないでしょうか。
 技巧に走らず奇をてらわない、手堅い構成の作品群であるからこそ、プロの演奏家だけでなく一般の音楽愛好家にも広く迎えられ、時代を超えた普遍性を持ち得たように思われます。

 コレッリが完成したトリオ・ソナタ合奏協奏曲も、バロック期の終焉と共に姿を消すことになるのでが、いずれもが諸国の音楽家によって模倣されてゆき、後年、バッハやヘンデルらに継承されて行くことになります。





 コレッリの作品は、本当にどれも完成度が高く、甲乙つけがたいところがあるのですが、録音数の多さでは作品5のヴァイオリン・ソナタ集と、作品6の合奏協奏曲集が双璧と言えるでしょう。

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 作品5のヴァイオリン・ソナタ集では特に最終12曲目の《ラ・フォリア》が有名で、昔から多くのヴァイオリニストによって演奏されています。モダン・ヴァイオリンによるモノラル演奏ですが、アルチュール・グリュミオーのヴァイオリンにリカルド・カスタニョーネのピアノによる「バロック・ヴァイオリン名曲集」に収められた《ラ・フォリア》は、一度は聴いていただきたいと思います。艶やかなヴァイオリンの響きが美しい魅力的な録音です。

 バロック・ヴァイオリンでの演奏と言うことになると、私は寺神戸亮のヴァイオリンによる「バイオリンと通奏低音のためのソナタ集 作品5より」が一番好きです。次いでシギスヴァルト・クイケンの「Sonate a Violino e Violone o Cimbalo, op.V」、Trio Sonnerie (vn.モニカ・ハジェット)の「Violin Sonatas OP.5」、ロカテッリ・トリオ(vn.エリザベス・ウォールフィッシュ)の「Violin Sonatas op 5」ということになりそうです。

 《ラ・フォリア》と言えば、フランス・ブリュッヘンによるリコーダー編曲盤も見逃せません。《ラ・フォリア》のみを収めた録音と作品5の全曲盤がありますが、どちらも優れた演奏です。また、有田正広がフラウト・トラベルソで演奏する《ラ・フォリア》も一聴に値すると名演奏だと思います。。

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 作品6の合奏協奏曲は全12曲中、第8番が特に有名です。最終章のシチリアーノに『主の降誕の夜のために』という副題がついていて、《クリスマス協奏曲》という題名でこれ一曲だけを収めた録音も数多く出ています。

 スタンダードな録音と言うことになると、モダン楽器によるものですが、やはりイ・ムジチ合奏団による演奏は外せないように思います。録音は何種類かあるのですが、アゴスティーニがコンサート・マスターを務めている全曲版の録音が、ややロマンティックではありますが艶やかで明るい弦の音と柔軟性に富んだ表現が魅力的だと思います。

 オリジナル楽器での演奏では、シギスヴァルト・クイケンが率いるラ・プティット・バンドの全曲版が、まずはスタンダードな演奏かと思います。多少型にはまりすぎて堅苦しさを感じさせるところもありますが、軽やかな響きが清涼感を感じさせるくれる録音です。もっと伸びやかで軽快な演奏をというのであれば、トレバー・ピノック指揮のイングリッシュ・コンソート盤が良いでしょうか。

 エウローパ・ガランティやアカデミア・ビザンティナといったイタリアの演奏家による録音は、いかにも南欧というような明るさときらびやかさが印象的です。時として、やりすぎではないかと思えるようなねっちこさがあって、好き嫌いがきっぱりと分かれそうな演奏ではありますが、イギリスやオランダの演奏家の録音とはまた違った面白さがあります。

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 残りの4つのトリオ・ソナタはあまり録音が多くありません。もし全曲を聴きたいのであれば、アカデミア・ビザンティナによる9枚からなるコレッリ作品全集か、分売されているパーセル・カルテットかロンドン・バロックの演奏と言うことになるでしょう。

 選集盤としては、トレバー・ピノック指揮イングリッシュ・コンソートのよる「トリオ・ソナタ集」やトン・コープマンやモニカ・ハジェットらが演奏した、非常に歯切れの良い生命感にあふれる「トリオ・ソナタ集」といった、非常に良質の録音が80年代に出されていたのですが、今は入手が難しいかもしれません。

 比較的最近録音されたトリオ・ソナタの選集盤としては、エンリコ・ガッティ指揮のアンサンブル・アウロラによる、艶やかで透明感に満ちた演奏があります。




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