ジロラモ・フレスコバルディ
Girolamo Frescobaldi
(1583-1643)




 イタリア音楽史上、最大のオルガニストとも評されるジロラモ・フレスコバルディ(1583-1643)は、イタリア初期バロック時代の作曲家の中で、モンテヴェルディと並ぶ重要な人物です。モンテヴェルディが主として声楽のスペシャリストであったのに対して、フレスコバルディは器楽、特にオルガンやチェンバロなどの鍵盤音楽の分野で偉大な業績をおさめました。


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 1583年にフェラーラで生まれたジロラモ・フレスコバルディは、同地でルッツァスコ・ルッツァスキ(1545-1607)に学びました。1607年にはブリュッセルに旅行しており、この時にヤン・ビーテルスゾーン・スヴェーリンク(1562-1621)に師事したとも言われます。

 翌1608年にイタリアに帰国し、当時イタリアのオルガン奏者にとって最高の地位であった、ローマの聖ピエトロ大聖堂のオルガン奏者に就任します。1615年にはマントヴァの宮廷オルガン奏者を、1628〜1634年にはフィレンツェの宮廷オルガン奏者を兼ねましたが、その死に至るまで聖ピエトロ大聖堂のオルガン奏者の職を全うしました。

 フレスコバルディが聖ピエトロ大聖堂オルガニストへの就任したさいの就任演奏会には、3万人の市民が集まったという有名な逸話も残っています。その数字には多少の誇張があるかもしれませんが、当時、弱冠25歳にして、彼が演奏者としてすでに有名な存在であったことがうかがわれる話です。

 また、フレスコバルディは演奏家としてのみならず、教師、作曲家としても後世の鍵盤音楽に大きな影響を及ぼしています。その門下からは、ヨハン・ヤコブ・フローベルガー(1616-1667)をはじめとして、多くの優れたオルガン奏者、作曲家が排出しており、事実上、バロック中期以降の全てのオルガン楽派には直接、間接的に彼の影響が見られると言われています。
 J.S.バッハが、フレスコバルディの曲集《フィオリ・ムジカーリ(Fiori musicali)》(1635出版)を通じて、対位法(counterpoint : 複数の旋律を、それぞれの独自性を保ちながら組み合わせる書法)の技巧を学んだのは有名な話です。


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 彼の作品の大半を占める鍵盤曲は、トッカータカンツォーナファンタジアリチェルカーレカプリッチョなど様々な形式で書かれていますが、総じて独特の半音階と不協和音の用法やテンポ・ルバート(テンポを柔軟に伸縮させる)の意識的な使用が見られ、表出力に満ちたバロック的な表現を追求しています。

 特に、マドリガーレの手法を取り入れた、華麗な妙技を示すかと思うと、次の瞬間には不協和音をならすといったように、小部分が気まぐれに交錯するようにも聴こえるフレスコバルディ独自のトッカータは、厳しいまでの表出意欲と幻想性に満ちています。

 フレスコバルディは、独自の霊感を奔放に駆けめぐらせた音楽によって、チェンバロの表現力を高めた作曲家でした。彼自身が《トッカータ集第1巻》(1615年出版)の序文にトッカータの演奏法を述べていますが、そこには

「テンポは拍打ちにとらわれず、演奏者の判断にゆだねられる」
「演奏者は曲の最後まで弾く必要はなく、適当と思われる好きな場所で終わってよい」
などのように、演奏者の即興的な感情の発露を重視する、柔軟で自由闊達とも言えそうな内容が書かれています。

 バロック時代までの音楽は、スケッチとしての楽譜をどのように演奏するかは、演奏者の即興性に大きくゆだねられており、そのすべてを楽譜に書き込むことはありませんでした。フレスコバルディの作品も、そのような即興の系譜に位置する作品のひとつだと言うことができるでしょう。


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 イタリアのオルガン音楽を歴史順に聴いていくと、フレスコバルディのトッカータの静けさに驚かされることがあります。クラウディオ・メルロ(1533-1604)などの先達のヴェネツィア楽派のトッカータが壮麗な名人芸を披露する音楽であるのに対して、フレスコバルディのトッカータはどちらかというと控えめで、瞑想的な独特の雰囲気を感じさせる楽曲に仕上がっているからです。

 強靱で無駄のない構成のもと、強弱、硬軟のコントラストを巧みに使用したトッカータは、荘厳と言っても良いような格調の高ささえ感じさせることがあります。後世の音楽家が何時間もかけて表現しようとしたものを、たった数分で表現してしまう霊感にあふれた楽曲が数多く存在しています。

 フレスコバルディのトッカータを中心とする鍵盤音楽は、声楽から独立しつつあったイタリア器楽音楽の最初の偉業だと言われています。そしてその流れはイタリアのみならず、フローベルガーらを通して、後のドイツ鍵盤音楽の基礎となっていったのでした。





 バロック史上重要な作曲家であるにもかかわらず、フレスコバルディの作品の録音をいざ聴こうと思うと、その少なさに愕然とすることがあります。1983年(生誕400年)と1993年(没後350年)に非常に質の高いアルバムが多数作成されたのですが、その多くは現在では入手が困難であるのが悲しいところです。

 フレスコバルディの録音で最初に私が聴いたのは、1970年代に録音されたグスタフ・レオンハルト「チェンバロ・オルガン名曲集」と「カプリッチョ集第1巻」の2枚でした。端正で品位の高い演奏で、特に「カプリッチョ集」の明確さには強い説得力があります。

 フレスコバルディの主要な作品の録音の中でも、リナルド・アレッサンドリーニの「フィオリ・ムジカーリ」と「トッカータ集第1巻」は、即興演奏を彷彿とさせるような音楽の自然な流れとセンスの良さで、傑出した演奏だと思います。「トッカータ集第1巻」の方は、日本語解説付きの国内版も発売されていますので、比較的入手が楽なのではないかと思います。

 セルジオ・ヴァルトロは、イタリアの Tactus レーベルで「フィオリ・ムジカーリ」「トッカータ集第1巻」「トッカータ集第2巻」「カプリッチョ集」など、フレスコバルディの鍵盤音楽を多数録音しています。いずれも、遅めのテンポで入念に演奏された作品集ですが、そのテンポが生理的に合うか合わないかで、好き嫌いが分かれそうな録音でもあります。

 スコット・ロスが死の3ヶ月前に録音したEMI盤も、長く廃盤でしたが2000年になってから Virgin veritas から再発されたようです。絶妙な間合いと自然なテンポでフレスコバルディの魅力を伝えてくれる名録音です。

 この他にも、ルネ・サオルジャンの「オルガン作品集」やクリストファー・ホグウッドの「トッカータ集」、トン・コープマンの「オルガン名曲集」など良い録音があるのですが、実質的に入手不可の状態なのは非常に残念なことです。早期の再販、または再プレスを望みたい所です

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 フレスコバルディの声楽曲はあまり多くはありませんが、フィレンツェの宮廷オルガン奏者であった1630年に刊行された「アリエ・ムジカーリ」の第1巻と第2巻を演奏したリナルド・アレッサンドリーニ指揮のコンチェルト・イタリアーノの演奏は、モンテヴェルディの初期のマドリガーレとの類似性を感じさせ、一聴に値する録音だと思います。




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