器楽音楽の発展
basso continuo, trio sonata, concert grosso




 バロック音楽が150年間の歴史を通じて持っていた基本的な特色のひとつとして『絶えず動いている低音部』、すなわち通奏低音(バッソ・コンティヌオ basso continuo [伊]、ゲネラル・バスGeneralbass[独])を持つことがあげられます。このため、バロック時代を「通奏低音時代」として定義することがあるほどです。

 通奏低音は、一般的に低音の旋律楽器と和音を奏でる楽器の協力によって演奏されます。旋律楽器はチェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、ファゴット、コントラバスなどが担当し、和音楽器としてはチェンバロ、オルガン、リュートなどが一般的でした。例えば、チェロとチェンバロが通奏低音を担当する場合、チェロが伴奏の主旋律を演奏し、チェンバリストは左手でチェロと同じ旋律を演奏し、右手で即興的に和音を付けることになります。

 このような通奏低音の土台のに、ひとつ、または複数の上声部(歌の場合も楽器の場合もあります)が自らも装飾音を付加しながら、時には対立し、時には競合する広い意味での協奏形式の音楽が、バロック音楽のもっとも典型的な楽曲でした。
 通奏低音は、ルネサンス期後半のヴェネツィア楽派の音楽からその萌芽が見られ、バロック初期にはその形式をほぼ確立しています。

 このような通奏低音の発達は、バロック時代に器楽の分野が大きく発達したことを意味しています。つまり、ルネサンス後期からバロック時代にかけて、作曲家は楽器の音色の違いを意識するようになり、それぞれの楽器にふさわしい役割を分担させ、その楽器でなければ演奏できないパートを作り出すようになっていったのでした。


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 バロック時代は器楽の分野が大きく発達した時代ですが、これは、この時代に楽器がたくさん発明されたという意味ではありません。楽器そのものは音楽の歴史ともに古くから存在していましたし、中世やルネサンス期の絵画や各地の伝統楽器などを見ると、その多様性には目を見張る物があります。けれど、少なくともルネサンス後期になるまで、楽譜の上では、器楽は独立した存在として扱われることがほとんどありませんでした。

 そして、ルネサンス後期に入って楽器だけで演奏する曲が増えて来てさえも、初期の作品の多くはオルガンやチェンバロ、リュートといったような、独奏が可能な楽器のための独奏曲であり、声楽の様式を模倣しながらの細々とした試みに過ぎませんでした。それが、バロック時代に近づくにつれて、楽器のパートは声楽とは完全に独立したものとして書かれるようになり、曖昧だった楽器の指定も行われるようになっていきます。

 器楽の分野においても声楽同様、その最初の中心地はイタリアでした。ルネサンス後期、ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂前で行われた式典のために、ジョヴァンニ・ガブリエリらヴェネツィア楽派の作曲家によって書かれたソナタカンツォーナといった器楽曲は、明らかに楽器の特色や音色などを意識して書かれており、バロック期に発達する協奏様式の先鞭をつけるものとなっています。

 ルネサンス期から発達していた鍵盤楽器の分野でも、ソナタ、カンツォーナ、リチェルカーレトッカータファンタジアカプリッチョなどの形式が次第固定されるにつれて、演奏技巧もさらに開拓されていきます。そして、急速な音階の動きや飛躍した音程などの器楽特有の表現方法が追求されるにつれて、音楽の構成もポリフォニー的なものからホモフォニー的なものへと変化していくことになりました。

 初期の作曲家としては、アンドレア・ガブリエリ(1510?-1586)、クレウディオ・メールロ(1533-1604)、ジョヴァンニ・マリア・トラバーチ(1575?-1647)らの名前があげられますが、その中でも特筆すべきなのはジラローモ・フレスコバルディ(1583-1643)です。彼は傾向を受け止め、オルガンやチェンバロなどの鍵盤楽器のために優れた作品を多数生みだしました

 フレスコバルディは器楽の分野において、モンテヴェルディと同様な先駆的働きをした、イタリア初期バロック時代の最大の作曲家のひとりと評され、。リチェルカーレやトッカータ、カンツォーネなどの音楽形式を駆使して、即興的で自由な作品を数多く生みだしています。


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 16世紀末から17世紀にかけて、イタリアのクレモナではストラディヴァリやアマーテ、グァルネリといった名工らによって、優秀なヴァイオリンやチェロがつくられるようになります。それに伴って、演奏や作曲法などの面で次々と新しい技法が生み出され、17世紀も後半になると、イタリアの器楽音楽は弦楽器を中心とした合奏音楽の分野の発達が顕著になっていきます。
 中期バロック以降のイタリアでは、さまざまな器楽形式が整備され、室内ソナタ教会ソナタの区別があるトリオ・ソナタ trio sonata [伊] や合奏協奏曲 concert grosso コンチェルト・グロッソ [伊] といったバロック期に特有の器楽形式が確立されて行くことになります。

 特に17世紀中頃からボローニアを中心に活躍したマウリツィオ・カッツァーティ(1620?〜77)、ジョヴァンニ・バティスタ・ヴィターリ(1644?〜92)、ジュゼッペ・トレッリ(1658〜1709)ら、ボローニャ楽派とも総称される一群の作曲家達による作品は、流麗な旋律と抒情的な表現力を特徴とし、それにふさわしい充実した構成もって組み立てられています。

 ボローニャ楽派の作品は、その後の合奏音楽の基礎を作ることになりました。特に合奏協奏曲の形式を整備し、後期バロックにおける協奏曲の発展と完成の基礎を作ったことは、大きな功績と言えるでしょう。
 この時代の協奏曲は4楽章以上というのが一般的ですが、トレッリの協奏曲の中には3楽章の、後年のヴィヴァルディの協奏曲を思わせるような作品も存在します。

 ローマで活躍したアルカンジェロ・コレッリ(1635〜1713)も、その音楽の最初をボローニャで学んでいます。彼は当時、優れた音楽家と認められなければ入会できなかったアカデミア・フィラルモチの正会員に、若干17歳で迎えられたほどの早熟の天才でした。ただし、その主たる活躍の地はローマであり、ボローニャの伝統の枠内に留まってはいませんでしたから、彼をボローニャ楽派に含めることはありません。

 コレッリは、トリオ・ソナタと合奏協奏曲という、バロック室内楽の最も基本的な形態の確立と完成とを担った偉大な作曲家でした。彼の音楽は、激情的な表現や技巧の誇示を避けた、独特の気品と格調に満ちたものです。無駄が無く、簡素で均整がとれたやわらかな旋律は、高貴さと、人肌のあたたかさに満ちた優しささえ感じさせてくれます。


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 コレッリ以後、バロック後期になるとフランチェスコ・ジェミニアーニ(1687-1762)、ピエトロ・ロカテッリ(1695-1764)、フランシスコ・マンフレディーニ(1680?-1748)、ジュゼッペ・タルティーニ(1692-1770)といった作曲家が、それぞれ優れたコンチェルトやソナタを残し、さながらヴァイオリン曲の最盛期の感を呈して来ます。

 この時代になると、教会ソナタや室内ソナタ、教会コンチェルトや室内コンチェルトといった区別が曖昧になり、新しい技法や表現法が次々と開拓され、オペラの影響もあって、独奏バイオリンはより技巧的で甘美な旋律を奏でるようになっていきました。

 アントン・ヴィヴァルディ(1678-1741)は、バロック後期に最も活躍した音楽家のひとりです。司祭であった彼は、ヴェネツィアの貧民院付属の女子音楽院(ピエタ)の音楽教師をつとめ、400曲以上のソナタやコンチェルト、宗教曲やオペラを残していますが、中でも重要なものは各種の楽器のためのソナタやコンチェルトでしょう。
 最初はコレッリの伝統を受け継いだトリオ・ソナタや合奏協奏曲を作曲していましたが、次第にひとつのヴァイオリンを独立させた、俗に「ヴィヴァルディ・タイプ」とも呼ばれるソロ・コンチェルトを主として作曲するようになっていきます。
 一般に急−緩−急の3楽章で構成され、速い楽章ではトゥッティ(全合奏)の主題がソロの独奏を挟みながら何度も繰り返され、緩やかな楽章では静かな伴奏を背にソロが朗々と歌い上げるヴィヴァルディのソロ・コンチェルトは、ベートーヴェンやモーツァルトなど、後のウィーン古典派の協奏曲に大きな影響を与えることになりました。

 ヴィヴァルディと同じ頃、同じくヴェネツィアで活躍したアレッサンドロ・マルチェッロ(1684-1750)とベネディット・マルチェッロ(1686-1739)のマルチェッロ兄弟やトマゾ・アルビノーニ(1671-1750)も、旋律美に満ちた多くの協奏曲によってヴィヴァルディの向こうを張っています。特に、裕福な家庭に生まれたアルビノーニは自らを「音楽愛好家」を称し、職業音楽家で無いことを誇りにしていました。そのコンチェルトやソナタは、独特の叙情性と気品のあるメランコリーを有しています。


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 後期バロック時代には、フレスコバルディ以降、一種停滞気味だった鍵盤音楽の分野にもドメニコ・ツィポーリやフランチェスコ・ドゥランテ優秀な作曲家が登場してきます。特に、アレッサンドエロ・スカルラッティの息子のドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)は、スペイン、ポルトガルに長く滞在し、500曲余りのチェンバロのための独奏ソナタを作曲しています。

 スカルラッティのチェンバロのためのソナタはすべて1楽章からなっていて、両手の交差やグリッサンドなど、後のピアノ・ソナタにも通じる様々な技法が追求されています。自由奔放とさえ感じられるリズムやメロディーに彩られており、内容的にも後に古典派のソナタを示唆する内容に富んだ、偉大な作品集ということが出来るでしょう。

 バロックの完成者と評されるバッハは、フレスコバルディやコレッリ、ヴィヴァルディら、イタリアの作曲家達の器楽作品の主題を自分の作品に借用したり、編曲したりしたことは広く知られた事実です。このことでも明らかなように、バロック期のイタリアの音楽は当時のヨーロッパ音楽の模範となるものでした。
 ドイツ、フランス、イギリスなど器楽音楽も、バロック時代はのみならず後の古典派に至るまで、バロック期のイタリアの器楽音楽がなければ存在しなかったと言っても過言ではないでしょう。

 バロック時代は、器楽のための音楽がおのれの表現技法を発見し、開拓した時代でした。つまり、近代ヨーロッパ器楽音楽の基礎を作った時代であったと言うことが出来ます。
 そして、ヨーロッパの音楽の基礎を担ったのは、声楽においても器楽においても、イタリアの音楽家達だったのでした。





 フレスコバルディ、コレッリ、ヴィヴァルディ、ドメニコ・スカルラッティは後で別に取り上げるので、ここではその他の作曲家の録音について触れておきます。

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 イタリアの16世紀後半から17世紀の鍵盤音楽の変遷を記録した録音としては、リナルド・アレッサンドリーニが自らプロデュースした、3巻からなる「150 ANNI DI MUSICA ITALIANA(イタリア音楽の150年)」が録音、演奏ともに良いディスクだと思います。必ずしも網羅的な選曲ではありませんが、ことさら身構えたところのない自然体の演奏を楽しむことができます。

 クレウディオ・メールロの録音としては、NAXOSで出ているフレドリク・ムニョスが演奏するオルガン・ミサ曲集が、派手さはありませんがまとまった聴きやす作品集になっています。

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 ボローニャ楽派の録音も最近はだんだん多くなってきました。トレッリの作品を中心としてボローニャ楽派の4人の作曲家の作品を取り上げた、イヴォール・ボルトン指揮 セント・ジェイムズ・バロック・プレイヤーズによる「ボローニャのバロック音楽」が、快い祝祭的な響きとともに、全体にのんびりした親しみやすさを感じさせる楽しい録音です。

 ボローニャ楽派はトレッリが代表格ですが、その作品の中でも《クリスマス・コンチェルト》を含む《合奏協奏曲 Op.8》が有名で、イ・ムジチ合奏団による全曲版はその親しみやすさから言っても、定番の名演と言っていいでしょう。
 トレッリの協奏曲としては、Giorgio Sasso 指揮の Rome Instrumental Ensemble による「Symphonies and Concertos Op.5」も非常に良い録音だと思います。

 同じボローニャ楽派のヴィターリは《シャコンヌ》が有名ですが、これは作者ははっきりとはしないまでも偽作であることが証明されています。それでも非常にすばらしい作品で、ジーノ・フランチェスカッティやナタン・ミルシテインのモダン・ヴァイオリンの演奏で聴くと至福の一時を得ることができます。

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 コレッリ以降のイタリアは、まさにヴァイオリンの時代と言って良いほどで、多くの作曲家たくさんの名曲を残しています。

 ジェミニアーニの作品はあまり親しまれてはいませんが、ラ・プティット・バンドやラ・ストラヴァガンツァ・ケルンが演奏する「合奏協奏曲」などを聴くと、その微妙で巧妙な作品技法が新鮮に感じられます。
 また、アントニー・プリースとリチャード・ウェッヴのバロック・チェロとクスストファー・ホグウッドのチェンバロによる「6つのチェロ・ソナタ Op.5」もしっかりした輪郭と同時にどこまでも柔らかな陰影のあるチェロの音が非常に印象的な録音です。

 ロカテッリの作品としては、《ヴァイオリンの技法》と題された12のヴァイオリン協奏曲からなる協奏曲集がもっとも重要なものでしょう。古くはイ・ムジチ合奏団による演奏もありますが、エリザヴェス・ウォルフィッシュによる全曲録音の「L' Arte del Violino」は本当に素晴らしい録音です。

 マンフレディーニの作品としては《クリスマス・コンチェルト》が特に有名です。古い録音ですが、イ・ムジチ合奏団による華やかで艶やかな演奏や、コレギウム・アウレウム合奏団によるおおらかな演奏は非常によい雰囲気を醸し出しています。
 最近のオリジナル楽器による録音としては、イル・ジャルディ・アルモニコの演奏による“先鋭的”な録音も、イ・ムジチとは全く違った面白さがあります。

 タルティーニというと、《ヴァイオリン・ソナタ ト短調「悪魔のトリル」》が有名です。オイストラフやグリュミオーによるモダン・ヴァイオリンによる演奏はバロック的な様式感はありませんが、圧倒的な存在感で引きつけられてしまいます。
 バロック・ヴァイオリンの演奏としては、アンドリュー・マンゼによる「The Devil's Sonata」やロカテッリ・トリオの演奏による「ヴァイオリン・ソナタ集」が良い録音だと思います。また、《悪魔のトリル》は入っていませんが、ファヴィオ・ヴィオンディやリナルド・アレッサンドリーニらによる「Five Sonatas for Violin」は豊かな表現力で傾聴に値します。

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 マルチェッロ兄弟は、音楽家としては弟のベネデットの方が優秀であったようですが、映画音楽になった関係で、兄のアレッサンドロの《オーボエ協奏曲》の録音が多く出ています。モダン楽器による演奏ですが、ホリガーとイ・ムジチ合奏団やピエルロとイ・ソリステ・ヴェネティによる演奏はいまだに感動的です。
 オリジナル楽器によるアレッサンドロ・マルチェッロの録音としては、サイモン・スタンデジ指揮のコレギウム・ムジク90のよる「'La Cetra' Concertos, Violin Concerto in B flat」も魅力的な演奏を披露しています。

 アルビノーニの作品としては、12曲からなる《5声の協奏曲集 Op.9》、その中でも第2番のオーボエ協奏曲が有名です。マルチェッロのオーボエ協奏曲同様、モダン楽器の演奏としてはホリガー/イ・ムジチ合奏団盤とピエルロ/イ・ソリステ・ヴェネティ盤が双璧でしょう。
 オリジナル楽器の演奏では、クルストファー・ホグウッド指揮のアカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックが録音したOp.9の全曲録音盤と、サイモン・スタンデジ指揮、コレギウム・ムジク90によるOp.7とOp.9からの選集である「Complete Oboe Concerti」が非常に良い録音だと思います。

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 バロック後期のイタリアの鍵盤楽器による作品中の録音は、ドメニコ・スカルラッティ以外はほとんど録音されていないのが現状ですが、セルジオ・ヴァルトロが演奏するツィポーリの作品集「Sonate d'involatura per cimbalo」は非常に素晴らしい録音だと思います。




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