アレッサンドロ・スカルラッティ
Alessandro Scarlatti
(1660-1725)




 アレッサンドロ・スカルラッティ(1660-1725)は、独創的なチェンバロ・ソナタを残した作曲家ドメニコ・スカルラッティの父として、あるいはナポリ派のオペラの開祖として、ダ・カーポ・アリアの隆盛に貢献し、ヘンデルなどのオペラ作法に影響を与えた作曲家として知られています。けれど、その作品について言えば《スミレ》などの一部の歌曲やアリアなどを除くと、音源を見つけること自体が難しい、というの状態が長く続いていた作曲家でした。


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 シチリアのパレルモの音楽家の家系に生まれたアレッサンドロ・スカルラッティは、1672年、12歳の頃にローマに出て音楽を修めました。一節にはオラトリオの第一人者であったジャコモ・カリッシミ(1605-1704)に学んだとも言われますが、確かなことは明らかではありません。

 1679年に上演された最初のオペラ《顔の間違い Gli Equivoci nel Sembiante》が大成功を収めたことをきっかけに、退位後ローマに住んでいたスウェーデンのクリスティーナ女王の礼拝音楽長に任じられるなど、ローマの貴族達の庇護を受けるようになります。
 その後、1684年にナポリの宮廷礼拝堂楽長となり、一時的に中断した時期もありますが、1703年までその地位に留まり、ベルカントを中心としたナポリ楽派の創始者のひとりとして、多くのオペラを作曲、上演しています。

 ナポリ時代にフィレンツェのメディチ家への奉職を望みましたが果たせず、1703年にローマに移ってからはサンタ・マリア・マジョーレ聖堂やオットボーニ枢機卿の礼拝楽長などを務めました。文芸アカデミア“アルカディア”の会員となってアルカンジェロ・コレッリ(1653-1713)やベルナルド・パスクィーニ(1637-1710)らと活躍しましたが、教皇長のお膝元であるローマでは教会の反対にあってオペラの上演は思うに任せなかったため、この時代は主として室内(世俗的)カンタータやオラトリオを作曲し、合奏協奏曲などの器楽曲も手がけています。

 バロック時代の作曲家の例にもれず、生前にオペラ110余曲(多くは失われ、現存するのは50曲ほどと言われています)、オラトリオ40曲弱、室内カンタータなどの世俗歌曲にいたっては600曲以上の多数の作品を残したといわれ、現在でも未知の作品が時折発見されるアレッサンドロ・カルラッティは、その全貌はまだ充分明らかにはなっていません。けれど、20世紀後半から再評価されるようになり、オラトリオなどの宗教曲や室内カンタータなどが徐々に録音されるようになってきています。


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 なにはともあれ、アレッサンドロ・スカルラッテの現存する作品中、最も重要な作品はオペラやカンタータ、ミニ・オペラとも言うべきセレナータだと言うことが出来るでしょう。彼のオペラは、モンテヴェルディを中心とするヴェネツィア楽派の作風から、ナポリ楽派への橋渡し的な役割を果たしています。

 ナポリ楽派のオペラの特徴として、イタリア風序曲(急―緩―急の3部分からなる序曲)や独唱の部分をアリアとレチタティーヴォの二つの部分に機能的に分離して、歌手の声と技巧を発揮させるように構成された3部形式のダ・カーポ・アリアを中心とするアリアの重視、劇的なオーケストラ伴奏によるレチタティーヴォなどがあげられます。これらの様々な特質は、アレッサンドロ・スカルラッテがすべてを創始したわけではありませんが、彼の手を経て新しい様式へと定着したことは間違いありません。

 しかしながら、このように音楽史的に重要な地位を占めているにもかかわらず、アレッサンドロ・スカルラッテのオペラは、今日では上演どころか録音をされることすらありません。これについては、彼のオペラの楽譜の大部分が紛失してしまってことも理由のひとつですが、第一の理由はその演奏形式にあると言われています。

 アレッサンドロ・スカルラッテも含めたナポリ楽派のバロック・オペラでは、通奏低音の簡単な伴奏をもつ早口の語りのようなレチタティーヴォで物語の進行を手早くすすめ、管弦楽に載せて旋律の美しさを聴かせるアリアで歌の魅力をたっぷりと楽しませる、という構造になっています。従って、合唱などはほとんど用いられず、あくまでも歌手達の声や技術を聴かせるアリアに重点がおかれ、他の作曲家の作ったアリアを無断で借用することも、珍しい事ではありませんでした。
 そして、流行の名アリアをもっともらしい筋立てで並べただけの、パステッィチョと呼ばれる「つぎはぎオペラ」さえまかり通ってたのです。

 作曲家に求められていたのは歌手――特にカストラートの美声と技巧をたっぷりと聴かせられる曲を作ることであり、物語の進行や内容などは二の次、三の次にされました。そして、ダ・カーポ・アリアの最後の部分は、最初の部分を機械的に反復するだけでなく、技巧的な装飾音がふんだんにつけられ、即興的に変奏されて歌われるのが一般的であり、歌手の見せ場でもあったのです。

 また、大衆の興味を引き付けるために舞台上の見せ場が必要とされ、大仕掛けな機械による火事や地震、地獄の有様などがスペクタクル効果の高い演出が行われ、実際に鳥や動物などを舞台上に登場させることさえ行われたという記録が残っています。

 こうした傾向はナポリ楽派のオペラの普及には役立ちましたが、同時に感傷的で甘みの強い旋律と俗受けする同一パターンの繰り返しという、マンネリズム的傾向をも内包することになりました。
 アレッサンドロ・スカルラッティは、その才能によってこれらの危険を制御し、音楽的にも充実した内容のオペラを作り上げましたが、それでも、豪華な舞台装置や衣装、即興的なアリアの歌唱法などを考えると、現在ではその姿を完全に再現することは非常に困難だとされています。

 それでも、録音されるようになったアレッサンドロ・スカルラッティのカンタータやセレナータを聴くにつけ、技巧的な歌唱の中にもあふれる気品や歌詞の内容に即した細やかな感情表現など、非常に丁寧で魅力的な仕事をするこの作曲家のオペラが、いつの日か日の目を見ることを願って止みません。


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 アレッサンドロ・スカルラッティが1703年にローマに移ってから就任したサンタ・マリア・マジョーレ聖堂の楽長のポストは、サン・ピエトロ大聖堂やサン・ジョヴァンニ・デル・ラテラノ聖堂の楽長とともに、ローマの教会音楽家にとって最も名誉ある地位のひとつでした。そして、パレストリーナからの伝統を守っていた教皇庁礼拝堂聖歌隊に4つのミサ曲とミゼレーレが認められたアレッサンドロ・スカルラッティは、宗教音楽家としても、当時、第一人者と認められていたと考えられます。

 アレッサンドロ・スカルラッティが残したミサやモテットは、いずれもパレストリーナ風の端正で静かな美しさに満ちています。意識的にルネサンス期のポリフォニー書法を用いる“古様式 stile antico”を身につけ、保守的な要素と最新の要素を重ね合わせることが出来たからこそ、彼のミサ曲は気品と風格を失うことがなかったとも言えるかもしれません。

 同じ宗教曲でも、オラトリオや宗教的カンタータはオペラ的な傾向が強く、モテットとはまた別の美しさを持っています。アレッサンドロ・スカルラッティの作品においても、特にオラトリオはオーケストラの伴奏やダ・カーポ・アリア、伴奏付きのレチタティーヴォなどにより、オペラとの区別がほとんど不可能な構成になっています。

 オラトリオの多くが、宗教的にオペラの上演が禁止された四旬節(キリストの復活に先立つ六週間半)などにオペラの変わりに演奏されたため、オペラ的な要素を求められたのは当然の成りゆきと言うことができるでしょう。それでも、アレッサンドロ・スカルラッティのオラトリオは、当時の軽快で単純な他の作曲家の作品に比べると、当時の作曲技法を縦横無尽に用いながらも、作品にきちんとした骨格を感じさせずにはおきません。

 ただしそれは、別の言葉で言えば厳格さや暗さを感じさせると言うことでもありました。彼が熱心に行ったフィレンツェでの求職活動が失敗に終わったとき、同時メディチ家の当主であったフェルディナンドは「あなたの音楽は難解で、鬱病質にすぎる」と難じたといいます。また、晩年のアレッサンドロ・スカルラッティのオペラも聴衆に必ずしも歓迎されず、彼はナポリの「がさつ」な聴衆の無理解を嘆げいていました。

 アレッサンドロ・スカルラッティの晩年は必ずしも恵まれたものではありませんでしたが、時代の趣味と迎合することなく独自のスタイルを守ったからこそ、彼の音楽はまがりなりにも生き残っているのだ、とも言えなくもありません。ハイドンらを経由してヨーロッパ中に広まったナポリ楽派によるオペラのスタイルは、間違いなく、アレッサンドロ・スカルラッテが残していったものなのです。



 アレッサンドロ・スカルラッティの録音は、カンタータを中心にして増えて来てはいますが、その全体数から言えばごく一部としか言えません。特に、彼の主要な分野であるオペラに関しては、バロック・オペラの演奏に欠かせないカストラートが現在では存在しないことや、歌唱にしても伴奏にしても即興的な演奏が多い分、その再現は非常に難しいため録音は限られたものになってしまいます。

 従って、現在のところアレッサンドロ・スカルラッティの録音は皆無に近い状態です。最近はバロック・オペラの舞台上映も盛んになって来ているので、クリスティやアレッサンドリーニ、ヤーコプスらなどによって、近い将来にアレッサンドロ・スカルラッティのオペラが録音されれば良いと思います。

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 現在、手軽に入手できるアレッサンドロ・スカルラッティの録音はオラトリオやモテットなどの宗教曲やカンタータ、それに器楽曲です。特に、オラトリオは精力的に録音されており、それを通してオペラ作曲家としてのアレッサンドロ・スカルラッティを窺うことが可能になって来ました。

 オラトリオの録音では、リナルド・アレッサンドリーニ指揮のコンチェルト・イタリーノとファビオ・ビオンディ指揮のエウローパ・ガランテがジョイントした「カイン、あるいは最初の殺人」の、ほとんどオペラと見まごうばかりの劇的で迫力ある録音があります。

 ファビオ・ビオンディ指揮、エウローパ・ガランティは「マッダレーナ」というオラトリオも録音しており、こちらはコンパクトに引き締まった音楽を聴かせてくれます。この録音ではマッダレーナ役のシルヴィア・ピッコロの美声も印象的です。

 「カイン、あるいは最初の殺人(Il Primo Omicidio)」にはルネ・ヤーコプス指揮のベルリン古楽アカデミーによる録音もあります。これも非常に表情豊かで、声楽とオーケストラのバランスが取れた録音になっています。

 室内カンタータの録音では、ニコラス・マッギガン指揮のアルカディアン・アカデミーによる「Cantatas Vol 1 (カンタータ集第1巻)」「Cantatas Vol 2 (カンタータ集第2巻)」「Cantatas Vol 3 (カンタータ集第3巻)」がまとまった良い録音だと思います。

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 宗教曲でも《モテット》になるとオペラ的な要素が非常に少なくなり、パレストリーナ的な「古様式」の端正さと気品に満ちた音楽になります。

 「モテット集」の録音としては、1965年という古い録音ですがミッシェル・コルボ指揮、ローザンヌ声楽アンサンブルによる絶妙な演奏があります。アカペラの合唱による演奏としては、ひとつの規範ともなりうるすばらしいものです。
 少数の声楽アンサンブルによる「モテット集」の録音では、ジェラーヌ・レーヌがひきいるイル・セミナリオ・ムジカーレによる録音が風格ある美しさを感じさせます。特にレーヌの歌唱は素晴らしいと思います。

 アレッサンドロ・スカルラッティには、ペルゴレージの曲に代わるまで「悲しみの聖母騎士団」で演奏されていた《スタバト・マーテル》もあります。最近の録音では、ペルゴレージの「スタバト・マーテル」とカップリングされている、リナルド・アレッサンドリーニ指揮のコンチェルト・イタリーノによる華やかな演奏があります。
 ハンガリーの古楽団体であるパール・ネメート指揮のカペラ・サヴァリアによる「スタバト・マーテル」も、優美な悲哀感が迫ってくるような名演でしたが、現在は入手が出来ないようなのでとても残念です。

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 器楽音楽としては、イ・ムジチ合奏団による「12のシンフォニア(1715)」が比較的有名でしょう。最近は選集が出ていて、アレッサンドロ・スカルラッティの《12のシンフォニア》から6曲が収められています。イ・ムジチらしい明るい音色がすがすがしさを感じさせます。

 リナルド・アレッサンドリーニによる、アレッサンドロ・スカルラッティの鍵盤音楽集である「チェンバロのためのトッカータ集」という録音もあります。息子のドメニコ・スカルラッティの鍵盤音楽のような色彩感にはやや乏しいですが、美しい即興的な曲が収められています。




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