クラウディオ・モンテヴェルディ
Claudio Monteverdi
(1567-1643)




 クラウディオ・モンテヴェルディはルネサンス音楽からバロック音楽への転換点に立つ音楽家です。彼は声楽の分野で多くの傑作を残し、オペラやマドリガーレ、そして宗教音楽の分野においても、その後の音楽に多大な影響を与えました。初期バロック音楽は、モンテヴェルディによって切り開かれ、その方向を決定づけられたと言っても決して過言ではないでしょう。


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 クラウディオ・モンテヴェルディは、1567年にヴァイオリンの故郷であるクレモナの町で医者の息子として生まれました。幼少の頃から音楽の天分に恵まれていたモンテヴェルディは、クレモナ市立大聖堂の楽長で、当時すぐれた音楽家のひとりに数えられていたマルカントーニオ・インジェネーリのもとで初期の音楽教育を受け、15歳(1582年)には最初の作品集《3声の聖歌曲集》を出版しています。そして、1587年(20歳)に《マドリガーレ集第1巻》を出版する頃には、この分野での第一人者の地位を確立していました。

 1590年には、モンテヴェルディはヴィオル奏者と歌手との資格で、初めてマントヴァ公爵であるゴンガーザ家のヴィンチェンツォ一世(在位1587-1612)に使えることになり、以後22年間をマントヴァで過ごすことになります。そして、1601年にはマントヴァ公の宮廷とその礼拝堂において一切の音の音楽を司る楽長に就任します。このマントヴァ時代には、多くのマドリガーレを作曲、出版するとともに、1607年にはオペラ《オルフェオ》を上演し、1610年には《聖母マリアの夕べの祈り》を含む宗教作品集を法王パウルス5世に献呈しています。

 1612年にヴィンチェンツォ一世が亡くなると、その後を次いだヴィンチェンツォ二世は音楽にほとんど興味を示さず、モンテヴェルディは解雇されて故郷のクレモナに戻ります。けれど、翌年にはヴェネツィアに招聘され、1613年8月19日に聖マルコ教会大聖堂の楽長に任命されました。そして、モンテヴェルディは享年までをここで過ごすことになります。

 モンテヴェルディは1632年には65歳で司祭になり、1643年11月29日にヴェネツィアで亡くなりました。彼のためにサン・マルコ大聖堂とフラーリ教会で盛大に行われ、彼の遺体は全市民に悼まれつつ、フラーリ教会に埋葬されたのでした。


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 モンテヴェルディの創作は、ルネサンス風のマドリガーレが出発点になっています。マドリガーレは16世紀半ば頃から17世紀初頭にかけて多数作曲されたイタリアの代表的な歌曲で、もともとは無伴奏のポリフォニー技法によって作曲されていました。けれど、言葉と音楽との一致を求め、歌詞の劇的な表現を追求していったモンテヴェルディにとって、純粋なポリフォニーの様式だけで作られる音楽は不十分なものになっていき、様々な試行錯誤の後、彼のマドリガーレはより直接的で劇的な説得力のある、オペラ風の「語り」の音楽へと変容してい行きます。

 モンテヴェルディは、生前に全部で8巻の《マドリガーレ集》という表題もしくは副表題を持つもつ作品集を発表しています。 それらはモンテヴェルディの創作活動の初期から後期までをほぼカバーしており、ルネサンスの伝統的なポリフォニー書法から出発し、人間の情感や表現を重んずるモノディ様式の独唱音楽をへて、より大胆な不協和音や半音の使用によって直接的に歌詞の内容を表現する、重唱と器楽による音楽へと進展していく変遷の過程がよく表されています。多分、モンテヴェルディのマドリガーレを年代順に聴いて行くだけでも、ルネサンスからバロックへと変わる時代様式の特徴を、ほぼ把握することができるでしょう。

 当然のことながら、モンテヴェルディの革新的な書法は、保守派の音楽理論家から手厳しい批判を受けるようになりました。この批判に対して、モンテヴェルディは1605年に出版した《マドリガーレ集第5巻》の中で、ルネサンス的な従来の多声的音楽を“第一作法 prima prattica”と呼び、自分も含めた新様式の音楽を“第2作法 secanda prattica”と呼んで、二つの「作法」の区別を行いました。

 モンテヴェルディは、第1の作法では音楽が詞の上に立ち、第2の作法では詞が音楽の上に立つとして、新様式では詞から読みとられる感情を表出するために、不協和音を自由に使うなど、古い規則を破ってよいと主張しました。そして、バロック時代の音楽は、このモンテヴェルディの考え方が主流になっていきます。
 ルネサンス期を代表するマドリガーレという曲種は、モンテヴェルディによってその表現力を異様なまでに高められ、バロック期のカンタータへと変容していくことになったのでした。


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 モンテヴェルディにとって最初のオペラである《オルフェオ L'Orfeo》は、歴史的には第6番目のオペラでもありました。1607年2月24日に初演された“音楽による物語”と名打たれたこのオペラは、マントヴァのドゥカーレ宮殿「鏡の間」で、ごく内輪のうちに上演が行われたと言われます。台本は宮廷書記官ストリッジョが執筆し、物語は誰もが知っていたギリシア神話、オルフェオとエウリディーチェの物語によっています。

 結婚を祝うオルフェオらのもとに、花嫁であるエウリディーチェの死を告げる使者が駆け込んでくる場面の心理描写の巧みさや、エウリディーチェを求めて冥府に下るオルフェオの嘆きの歌のなど、モンテヴェルディの音楽が持つ感情表現の巧みさと劇性は、それまでの音楽には存在しないものでした。

 音楽史上、モンテヴェルディの《オルフェオ》は、オペラにおける最初の完成された作品として称賛されてきました。それは、《オルフェオ》がフィレンツェのカメラータによるモノディ(朗唱)様式を取り入れつつ、独自の「第2作法」による自由で伸びやかな表現を存分に発揮して、瞑府の王の心をも動かずにはおけないような音楽を構築し、劇と音楽とを完全に一致させることに成功しているからです。

 《オルフェオ》を聴いていると、次代のアレッサンドロ・スカルラッティが大成したアリア(詠唱)とレチタティーヴォ(叙唱)の分化をすでに感じ取ることも可能です。そして、ガブリエルらのヴェネツィア派の流れを汲む立体的な掛け合いを行う重唱やオーケストラの伴奏の充実ぶりなどによって、モンテヴェルディはカメラータとは比べられないほどの劇的表現を作り出すことに成功しています。

 音楽だけでも充分にドラマの流れを楽しむことが出来るモンテヴェルディの《オルフェオ》は、ルネサンス音楽の集大成であると同時に、バロックの輝かしい幕開けを告げる金字塔でもあったのです。


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 《聖母マリアのタベの祈り》は、17世紀初め、バロック初期のイタリア宗教音楽の傑作であるばかりでなく、カトリック宗教音楽の歴史を通じても、最も輝かしい作品のひとつに数えられる作品だと言われています。この作品はモンテヴェルディのマントヴァ時代(1590−1612)の末期に成立しました。
 1610年、モンテヴェルディはローマに足を運びます。ローマ訪問の直接の目的は、息子フランチェスコのために法王庁付属神学校の奨学金を得ることでしたが、同時に、ゴンガーザ公のもとでは経済的には報われていなかった彼が、ローマで良いポストを得たいという思いがあったものと言われています。

 この時モンテヴェルデイは、時のローマ教皇パウロ5世にヴェネツイアで印刷された一冊の曲集を献呈します。そして、この曲集の中にこそ、自らの本領である“第2作法”を駆使した宗教音楽、つまり《聖母マリアのタベの折り》が収められていたのです。
 この時、モンテヴェルディの音楽は当時のローマでは受け入れられず、息子の奨学金も、ローマでの新しいポストも得ることはできませんでした。けれど、楽譜を出版したヴェネツィアからは、のちにサン・マルコ大聖堂楽長の地位が提供されることになります。

 聖母マリアの祝日(これは17世紀には14日間あり、教会年のうちでも特にに力をこめて祝われたようです)の晩課を音楽化したものでは、モンテヴェルディの《聖母マリアのタベの祈り》は最上の例のひとつだと言われています。彼はマドリガーレやオペラで培った作曲技法をここにフルに投入し、この上なく多彩で変化に富む音響の世界を繰りひろげています。

 そして、バロック期の宗教音楽もまた、オペラと同様にモンテヴェルディの音楽技法を原型として発達し、パレストリーナの呪縛から次第に解かれていくことになるのです。


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 ヴェネツィアの聖マルコ教会大聖堂の楽長に任命されてからの最後の30年間で、モンテヴェルディは多くのオペラや宗教曲を作曲しています。ただし、ヴェネツィア時代の楽譜は多く散逸してしまっており、その全貌を捕らえることは非常に難しくなっています。宗教曲の分野では、1641年に出版された晩年の1曲のミサと39曲のモテットを収めた《倫理的・宗教的な森 Selva morale e spirituale》によって、その活動の一端を知ることが出来るでしょう。

 1637年、ヴェネツィアにヨーロッパで最初の有料オペラ劇場、サン・カッシアーノ劇場が開設されると、相次いで同類のオペラ劇場が開かれました。モンテヴェルディの晩年のオペラは、いずれもこのような一般市民のためのオペラ劇場で上演するために作曲されました。そのうち最後の2曲である《ウリッセの帰還 Il rutorno d'Ulisse in patria》(1641)と《ポッペーアの戴冠 L'incoronazione di Poppea》(1642)が幸いにも楽譜が現存しています。

 特に《ポッペーアの戴冠》は、《オルフェオ》のような多彩なオーケストレーションは陰をひそめてはいるものの、人間の性格と情熱を音楽で表現するという事に関しては、《オルフェオ》をしのぐだろうほどに特色のあるオペラです。なぜなら、《ポッペーアの戴冠》は当時の(その後もですが)イタリアの正統的なオペラの主流であった“勧善懲悪”の物語ではなく、古代ローマの悪名高いネロとポッペーアの不倫の愛がすべてを凌駕し、哲学者セネカを初めとする、ネロとポッペーアの背徳に巻き込まれた人々はことごとく破滅していく、という不条理とも言えそうな人間のドラマが誇らかに展開されているのです。

 聖職者という立場に身を置き、75歳という年齢になってなお、精力的な音楽家であったモンテベルディを、《ポッペーアの戴冠》は知らせてくれます。登場人物に心情に細やかに寄り添い、甘美に、時には凶暴に、そして最後には誇らかに『愛の勝利』を歌い上げるモンテヴェルディの音楽は、人間の世界のある種の真実を含んで、あくまでも官能的でみずみずしい美しさをたたえているのです。


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 モンテベルディの音楽は、その死後すぐに世間から忘れられ、その音楽が再評価されるようになったのは20世紀になってからのことです。

 その楽譜の多くは散逸し、彼の足跡のすべてがわかっているわけではありませんが、残された作品からだけでさえ、彼の存在の大きさを知るには充分だと言えるでしょう。モンテヴェルディ自身の音楽の歩みは、そのままルネサンスからバロックへの音楽史の歩みに重なっています。

 バッハやワーグナー、シェーンベルクと同様に、モンテベルディは2つの時代の分岐点に立ち、新たな方向を決定づけた偉大な音楽家のひとりだったのです。



 モンテヴェルディの音楽の録音については、ミッシェル・コルボ指揮、ローザンヌ声楽・器楽アンサンブルの演奏を抜きに考えることは、私には不可能になっています。その演奏形式は必ずしも“オーセンティック”なものではありませんが、合唱やオーケストラの精密さや曲に向き合う真摯な態度は、バッハにおけるリヒターの録音に充分比肩しうるものだと思います。

 「マドリガーレ選集」や「聖母マリアの夕べの祈り」「倫理的・宗教的な森」など、モンテヴェルディの偉大さを知らしめてくれた60年後半から70年にかけてのコルボの録音は、使用楽譜や演奏形態を二の次に感じさせるほど、音楽の根元的な部分で共感を感じさせてくれます。いずれの録音も、限りなく至福の時間をもたらしてくれる貴重な曲集です。

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 最近の録音からと言うことになると、《マドリガーレ集》ではリナルド・アレッサンドリーニ指揮のコンチェルト・イタリーアーノの演奏がスタンダードになりつつあります。イタリア語の母音の響きを充分に生かした劇的表現は、さすがにイタリアの団体の真骨頂を感じます。特に「第4巻」と「第6巻」は何度聴いても飽きることがありません。

 その他、アントニー・ルーリー指揮、コンソート・オブ・ミュージックの《マドリガーレ集》も、おとなし目ながらエマ・カークビーの歌唱が印象的で、「第4巻」や「第5巻」の清冽で抒情味豊かな演奏は特筆すべきものがあります。

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 《オルフェオ》の録音としては、現在の所ルネ・ヤーコプス指揮、コンチェルト・ヴォカーレによる劇的な緊張感を持った演奏と、ガブリエル・ガリード指揮、アンサンブル・エリマによる牧歌的で幻想的な演奏が、全く正反対のアプローチでありながら、それぞれに強い魅力を感じさせます。特にガリードの《オルフェオ》は、単なる室内楽的な演奏を超えた深い抒情性を感じさせまます。

 古い録音になりますが、81年に撮られたニコラス・アーノンクールによる《オルフェオ》のLDも、華麗なバロック・オペラの世界を知らしめてくれた貴重な映像と音楽の記録です。

 ヴェネツィア時代の《ウリッセの帰還》や《ポッペーアの戴冠》の戴冠の録音としては、ルネ・ヤーコプス指揮、コンチェルト・ヴォカーレによる劇的で華麗なすばらしい録音があります。特に《ポッペーアの戴冠》の官能的な朗唱や重唱は非常に印象的です。

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 《聖母マリアの夕べの祈り》は数々の名録音がありますが、私が特に好きなのはジョルディ・サヴァール指揮、ラ・カペーリャ・レイアルによる柔らかな演奏ですが、ヤーコプス盤の雄弁さも、ガーディナー盤の華麗さも嫌いではありません。また、アントルー・パロット指揮のタヴァナー・プレーヤーズによる室内楽的な演奏も、流麗で生気にあふれた名盤です。

 《倫理的・宗教的な森》では、アントルー・パロット指揮のタヴァナー・プレーヤーズによる「倫理的・宗教的な森(抜粋)」がカークビー(S)やトーマス(Bs)、ロジャース(T)といった独唱陣が非常に重量感のある歌唱を聴かせてくれます。コルボ盤よりも軽くて多彩な響きが印象的な録音です。




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