宗教音楽の展開
vespro, Stabat Mater, oratorio




 バロック時代の声楽のジャンルでは、オペラと並んで宗教音楽も見落とすことは出来ません。この時代はミサ曲マニフィカトなどの中世以来の典礼用楽曲ばかりでなく、カトリック教会とプロテスタントの対立の図式の中で、オラトリオや教会カンタータなどのバロック特有の曲種も生み出されていきます。

 その中でも、教会の典礼の為の音楽でさえも、劇的、ないしはオペラ的な傾向の強いのが、イタリアにおけるバロック期のカトリック教会音楽の特徴と言えるでしょう。プロテスタントの宗教音楽については後に述べることとし、ここではイタリアを中心とするカトリックの宗教音楽について考えていきます。


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 カトリック教会によって1545年から63年にかけて北イタリアで開かれた「トレント公会議」は、教会内部の刷新と改革をもたらす重要な会議となりました。会議によってカトリックとプロテスタントの対立点が明確にされ、信仰と内部の引き締めをはかった反宗教改革をおしすすめることにより、カトリック教会に生気をもたらす結果となったからです。

 その中で、美術を軽視ないしは敵視したプロテスタント諸派とは対照的に、カトリック教会はそれを信仰を広め、強化するための重要な手段として認めていました。音楽についても、教会音楽から世俗的な要素は排除することを求めたものの、具体的な様式基準の枠組みは決められなかったため、作曲家は自らの判断で反宗教改革の理想にふさわしい教会音楽を追究して行くことになりました。

 宗教音楽の流れとしては、パレストリーナ(1525?-94)に代表される、抑制の利いた厳格なポリフォニー様式のゆったりした音の流れを基調とするミサ曲が作られる一方で、ジョバンニ・ガブリエリ(1557-1612)らヴェネツィア楽派を中心に、より色彩感豊かで壮麗な教会音楽が好まれるようになっていきます。

 クラウディオ・モンテヴェルディ(1567-1643)が1610年に出版した《聖母マリアのための晩課 Vespro della Beata Vergine》(通称:聖母マリアの夕べの祈り)は、マリア被昇天祭の祝日(8月15日)の晩課のための音楽として作曲されたものですが、6人の独唱者と合唱、管弦楽を要する劇的な作品です。音色の対比も豊かで、まばゆいばかりの華麗さと、きわだった表現力に満ちており、その後のバロック宗教音楽の方向性を決定づけた、バロック初期の最初にして最大の宗教音楽と言うことができるでしょう。


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 カトリックの信仰の特徴として、聖人や聖遺物の崇拝があります。特にイエスの母である聖母マリアは最も重要な存在でした。プロテスタントではマリアをごく平凡な悩める女性と解するのに対して、カトリック教会ではマリアを人の内で最も清らかな人間と見なし、人間と神との橋渡しをする選ばれた人間であるという見解を崩しませんでした。

 こうしたマリアへの崇拝は、音楽においても様々なマリアに関する作品を作り出すことになります。モンテヴェルディの《聖母マリアのための晩課》もそうですが、特にバロックの中・後期には《スタバト・マーテル Stabat Mater》が好んで演奏されるようになりました。

 13世紀にイタリアの修道士ヤコポーネ・ダ・トーデが書いたとされる、十字架の傍らにたたずむ聖母マリアの悲しみと苦悩を歌った《スタバト・マーテル》の詩は、13世紀以来グレゴリオ聖歌として歌い継がれ、18世紀には「聖母マリアの七つの悲しみ」の日に歌うセクエンツィアとしてローマ教会の公式ミサ典礼曲に採用されました。

 この詩には多くの作曲家が曲をつけていますが、中でもアレッサンドロ・スカルラッティ(1660-1727)、アントニオ・ヴィヴァルディ(1678?-1741)、ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ(1710-1736)らの作品は、それぞれに個性的で美しい賛歌となっています。特にペルゴレージのスタバト・マーテルは、オペラ的な感傷性と劇性の奥に、宗教的な感動が存在する傑作として名高い作品です。


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 オラトリオ oratorio というのは、元々はルネサンス末期にローマで行われていた、「反宗教改革」に基づいた民衆教科のための運動から派生したものです。16世紀後半にローマでフィリッポ・ネリ(1515〜1595)が始めた在俗聖職者のための集会は、その会場であったオラトリオ(小礼拝堂または祈祷所)にちなんで「オラトリオの集い」と呼ばれていました。

 そこでは聖書の朗読や説教が行われたり賛歌が歌われたりしましたが、それがオペラの影響を受け、次第にレチタティーヴォアリア、合唱、器楽器を組み合わせた複合的な音楽形式へと発展していきました。そして、オラトリオの集いで演奏されるそれらの宗教的音楽劇を指して「オラトリオ」と呼ぶようになったのです。

 1600年(奇しくも、最初のオペラの上演の年です)にカメラータの一員であるエミリオ・デ・カヴァリエリ(1550?-1602)が作曲した《霊と肉体の劇》がオラトリオの最初の作品と考えられています。モノディ形式の最古の音楽劇でもあるこのドラマは、「霊」「肉体」「時間」「知恵」といった寓意的人物が登場し、彼らの対話を通じて信仰を勧めるといった内容のものでした。ただ、この作品は初演当時には衣装や舞踏を伴った一種の宗教的オペラとして上演されたため、オラトリオとは区別する考え方もあります。

 その後、オラトリオはオペラとは異なる独自の表現を開拓してきますが、現在のオラトリオ、つまり、舞台を作らずに音楽のみを聴かせ、聴き手の想像力に訴えかける演奏会形式のオラトリオの形成に重要な役割を果たしたのが、ローマのジャコモ・カリッシミ(1605-74)でした。


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 ジャコモ・カリッシミはローマ近郊のマリーノに生まれましたが、その生涯には不明の点が多いと言われています。ローマのティボォリ大聖堂のオルガン奏者、アッシジの聖ルフィーノ聖堂の楽長を務めたのち、1629年にローマのイエズス会の教育施設コレギウムゲルマニクム(ドイツ学院)の楽長に就任以後、生涯にわたって付属する聖アポッリナーレ聖堂で音楽活動に従事しました。その作品はヨーロッパ各地で演奏されたと言われています。

 カリッシミのオラトリオは礼拝堂で聖週間(受難節)の前の時期に演奏するために作曲されたものでした。《イェフタ》《ヨーナ》など題材は旧約聖書から取られ、テノール独唱による説明役(ストリクス storicus [歴史家]またはテスト testo [原文]と呼ばれる)を中心に、それぞれの役柄がラテン語で歌われて行きます。

 彼の代表作と言われる《イェフタ》は、旧約聖書の士師記第11章29-40節をもとにしています。イスラエルの指導者であったイェフタはアンモン人との戦い勝利して故郷に凱旋しますが、その喜びもつかの間、最初に会う人間を生け贄に捧げるという神への誓いを守るために、愛娘を差し出すという運命にみまわれます。

 カリッシミは前半の力強く喜びにあふれた凱歌と後半のイェフタの娘の嘆きを鮮やかに対比させ、劇的な音楽を作り上げています。そこには一切の劇的な演出は加えられず、歌と伴奏のみで構成されているわけですが、それゆえに、音楽とテキストの密着度の高さが聴き手に深い宗教的な感動を呼び起こすものとなっています。特に最後の嘆きの合唱は圧巻で、単純な不協和音の積み重ねだけで、不思議な迫力を持って聴き手に迫まってきます。

 こうしたカリッシミの作品によってオラトリオは確立され、その劇的な表現力はイタリアのみならず各国で独自の発展を見ることになりました。フランスではカリッシミの弟子であったマルカントワーヌ・シャルパンティエ(1634?-1704)がその音楽様式を母国に伝え、イギリスではのちのヘンデルのオラトリオにも影響を与えることになります。また、ドイツではオラトリオの一変種である、キリストの受難の物語をテキストとする受難曲(パッション passion)の発達を促すことにもなったのでした。

 なお、カリッシミに続くイタリア・オラトリオの作曲家としては、ジョバンニ・レグレンツィ(1626-90)やアントニオ・ドラーギ(1635-1700)、アレッサンドロ・ストラデッラ(1639-82)らの名があげられます。特にストラデッラのイタリア語によるオラトリオ《洗礼者ヨハネ》は、アレッサンドロ・スカルラッティ以前における、この分野の最も卓越した作品のひとつだと言われています。


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 バロック後期のイタリア・オラトリオは、カリッシミの作風とは逆にイタリア語をテキストとするオペラ的な傾向が強いものになっていきます。これは、四句節(キリストの復活に先立つ40日間で、肉断ちと懺悔の期間であり、一切の娯楽を放棄する期間)などのオペラの上演が禁じられていた期間に、いわばオペラの代用品として聖堂や王侯貴族の邸宅、その他の施設のどで演奏されていたということから、当然の成りゆきであったと言うことが出来るでしょう。

 そうした背景から生まれたオペラ的なオラトリオの作曲家としては、アレッサンドロ・スカルラッティをはじめ、アントニオ・ロッティ(1667-1740)、アントニオ・カルダーラ(1670?-1736)らがあげられます。オペラ的であると言うことは、オラトリオのみならず、この時期の宗教曲の多くが等しく共有していた特徴だと言うことが出来るでしょう。ペルゴレージの《スタバト・マーテル》も、同時代の権威者によってあまりにオペラ的だとして批判された記録が残っています。



 前項と同じく、モンテヴェルディとスカルラッテとペルゴレージの作品に関しては別項目で取り扱うので、ここではカリッシミ以下のオラトリオを主に取り上げておきます。

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 カリッシミのオラトリオは、音楽史的にはかなり重要だと思うのですが、現在の所、国内盤輸入盤とも、あまり録音は多くありません。特にオラトリオは、国内盤ではカタログ上に見あたらないようです。

 『イェフタ』の録音には、LP時代にコルボ指揮のリスボン・グルベンキアン管弦楽団,同合唱団の名演があったのですが、残念ながらCDにはなっていません。CD化された録音の中では、ユングヘーネル指揮、カントゥス・ケルンによるものと、エリク・ファン・ネーヴェル指揮、アンサンブル・クレンディによる録音が良いと思います。特にアンサンブル・クレンディの演奏は、力強さと劇的緊張感のあいまった、感動的な演奏を聴かせてくれます。

 『イェフタ』は含まれていませんが、Franz Raml 指揮の Hassler Consort による「Oratorios and Motets」も構成力に優れた録音です。

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 アレッサンドロ・ストラデッラの『洗礼者ヨハネ』の録音としては、マルク・ミンコフスキ指揮、ルーヴル宮廷音楽隊による録音は、独唱陣もレーヌ(C-T)、ボット(S)、フッテンロッハー(B)などそうそうたるメンバーで、劇的緊張感に満ちた素晴らしい演奏です。
 ストラデッラは比較的録音に恵まれていて、Estevan Velardi 指揮、Camerata Ligure によるオラトリオ「La Susanna」も、聴き所の多い素晴らしい録音です。

 また、オラトリオではありませんが、(仏)harnonia mundi から出ているストラデッラのカンタータ集「Cantatas」やVirgin Classics から出ているイル・セミナーリオ・ムジカーレによる「モテット集」も一聴に値します。

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 バロック後期のオラトリオでは、カルダーラのものによい録音があります。ルネ・ヤーコプス指揮、バーゼル・スコラ・カントールム・オーケストラの「キリストの足もとのマグダラのマリア」は、マグダラのマリアのキール(S)の澄んだ声が非常に印象的です。この録音では、ヤーコプスのもと、どの演奏家も自発的な即興性にあふれた演奏を展開しており、バロック後期のオラトリオの演奏としても、かなりの名演と言えると思います。

 ファビオ・ビオンディ指揮、エウローパ・ガランテによるオラトリオ「イエス・キリストの受難」は、オペラ的なアプローチによる興味深い録音ですが、バロック後期のオペラやカンタータの出来の善し悪しは、オーケストラよりも歌手の即興性におうところが大きいだけに、独唱陣に今ひとつの印象があるのが残念です。それでも、カルダーラのオラトリオのアウトラインを知ることが出来る、コンパクトにまとまった演奏だと思います。




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