バロックの意味
Baroque




 ルネサンスの次の時代の美術様式を《バロック Baroque》と呼びます。音楽史におけるバロック時代は17世紀と18世紀前半まで、つまり現存する最古のオペラが上演された1600年から、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが世を去った1750年までの150年間を指すのが一般的です。


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 16世紀末、ルネサンス音楽の基調であったポリフォニー書法が行き着くところまで行き着いて硬直化を見せ始めたとき、音楽にもっとダイナミックで直裁的な表現を求める作曲家や聴衆の要求から、ポリフォニーに変わる音楽書法の試みがなされるようになりました。

 ヴェネチアで活躍していたジョヴァンニ・ガブリエリ(1555?-1612)がいくつかの器楽合奏群や合唱団を分割して協奏させましたが、中でも彼が作曲した管楽器を主体とする合奏音楽は、その後のバロック期で発展する器楽器によるコンチェルト(協奏曲)様式の先鞭をつけるものであり、ひいてはバロック期の器楽音楽の隆盛を導くものでもありました。

 また、古代ギリシャ劇の再生を目指してはじまった「オペラ」の運動は、歌詞をはっきりと聞き取らせることをひとつの目的としたため、意図的にポリフォニーの書式を排除した音楽形式を探ることになります。そうして創設された「オペラ」は、バロック期を代表する音楽形式として発達することになりました。

 つまりバロック期の音楽は、ルネサンス期までは声楽よりも一段下に見られていた器楽音楽とオペラを中心とする劇音楽のふたつを中心として、まずはイタリアで発達していくことになります。


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 ところで、《バロック》という語の語源は必ずしもはっきりしていません。ポルトガル語の「バロコ Barroco」が語源であろうと言うことはかなり確実だと言われており、意味合い的にはポルトガルの真珠商人たちが大型の「いびつな真珠」の符丁として用いていたことばだった、という説が定説になっています。しかし、その他にも論理学での三段論法の進め方で、無意味で煩雑な形式を「バロコ」と呼んでいたという説もあるようです。

 ただ、どのような説を採るにしても、《バロック》というのは「いびつな」とか、「ゆがんだ」「誇張された」「異常な」「悪趣味な」というような、どちらかと言えば否定的な意味合いで用いられる言葉であったことは確かでしょう。実際、18世紀半ばにこの語が初めて芸術を表現するために使われたときには、蔑称として使用されていたのです。

 しかし、19世紀になってドイツ系美術史家たちが16世紀末から18世紀初頭のかけての装飾的で表情豊かな絵画や建築を、肯定的な意味合いで《バロック》と呼ぶようになってからは、軽蔑的な意味合いはかなり抑えられています。彼らは、ルネッサンスにおける完成された様式美の芸術を丸い真珠にたとえて、そのような円が中心をふたつ持った楕円、つまり二極性のある芸術として《バロック》を定義しています。

 つまり、バロック時代の芸術とは、ルーベンスやベラスケスの絵が動と静、明と暗のあきらかな対比を持つように、この時代の芸術をドラマの原理が支配する、激昂と興奮、運動と変化を追求する劇的なものとしてとらえるのが、現在の一般的な傾向となっているようです。


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 音楽史において最初に「バロック音楽」という用語の使用したのは、ドイツの音楽学者クルト・ザックス(1888-1959)でした。ザックスは1919年にバロックの概念を美術史から借用した論文を発表し、その中でこの時代の音楽も絵画や彫刻などと同じように、速度(強弱)や音色などに対比があり、劇的な感情の表出を特徴とした音楽だと定義づけました。

 確かに、この時代のバッハ、ヘンデル、ビバルディ、パーセルなどの有名な作曲家の作品を聴いてみると、これらの特徴は非常によく当てはまりることがわかります。けれど、その後研究が進むにつれて、この時代のすべての音楽をそのような劇的な音楽として定義することが難しいことがわかってきました。

 特にフランスでは、自国のこの時代の宮廷音楽を「古典主義の音楽」と呼び慣わすのが一般的でした。これは、フランスのバロック期の音楽が同じ時期のイタリアやドイツの音楽に比べると、ずっと知的で均整のとれた秩序感のある音楽であると考えられたからです。

 そこで、現在では劇的であるか否かを別にして、17世紀から18世紀前半にかけての時代に作られた音楽全体を「バロック音楽」と呼ぶことが一般的になってきているようです。


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 ところで、バロック音楽の時代区分を最初に1600年から1750年までだと定義しましたが、これは厳密なものではなくてだいたいの目安にすぎません。学者によってはバロック音楽の始まりを1580年、さらには16世紀中頃までさかのぼらせる見方もあります。

 けれど、ルネサンス期に発達したポリフォニーの技法を意図的に排除し、新しい方向へ進もうとした音楽的な最初の試みがオペラの創設であり、バロック音楽がオペラとともに発達したことを考えれば、現存する最古のオペラが上演されたその年をバロック音楽の始まりとすることに不都合はないように思えます。

 また、その晩年において若い世代からは時代遅れと言われ、すでにペルゴレージ(1710-36)らが次代の音楽的傾向を見せ始めていたことを考え合わせると、バロック期の最後にして最大の巨匠であるヨハン・ゼバスティアン・バッハの死の年である1750年を、バロック音楽の終焉とすることも充分に理由があることなのです。

 以下、イタリアで発達しドイツで終焉を迎えることになるバロック音楽について、曲種と国を追って考えてみたいと思います。




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