典礼劇
Liturgical Drama




 10世紀頃に作られたトロープスのひとつに、《墓場で誰を探しているのか(Quem quaeritis in sepulchro)》という、天使と3人のマリアたちとの対話形式のものがあります。

「墓地で誰を捜しているのか」
「ナザレのイエスです」
「その方はここにいない。予言されたように復活したのだ。さあ、行ってこのことを皆に告げよ」
「アレルヤ、今日主は復活されたのだ――」

 このトロープスはもともとは復活祭のミサの入祭唱の前に演奏されていたようなのですが、しだいに違う場面で演奏されるようになり、最終的に朝課の終わりに修道士や僧侶などによって祭壇の横で音楽をともなった“寸劇”として演じられるようになったのが、典礼劇 Liturgical Drama と呼ばれるもののはじめだと言われています。


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 宗教的な営みに歌や踊りが伴ったり宗教的な題材を一種の音楽劇として演じることは、洋の東西を問わず広く認められる現象です。原始的な宗教でも超自然的なものへの祈りや願いは、自然と踊りや歌や物真似などとと結びついています。宗教儀式や舞踏や演劇や音楽は、本来同じ根から生まれたと言って良いものでしょう。例えば、日本の歌舞伎の祖である出雲の阿国を代表とする女歌舞伎も、そもそもは念仏踊りから発生したと言われています。

 ローマ・カトリック教会のミサにしても、ステンドグラスから差し込む光や香の煙、壮麗な祭壇、鐘やオルガンの音、聖歌隊の歌声、聖職者達の整然とした所作など、見方によっては視覚や聴覚、嗅覚などの五感に訴える総合的芸術としての側面を持っています。そして、この傾向を「劇」という観点で強調することで生み出されたのが、中世の典礼劇と呼ばれる宗教的演劇と言えるでしょう。

 典礼劇は、聖書の中の予言や奇跡の物語やキリストの十字架上の受難の物語、予言者や聖人達の物語などが、歌や芝居をまじえて華やかに演じられてゆくものです。
 最初は、文字を読むことが出来ない人々に聖書の内容をわかりやすく伝えようとして、先にあげた天使と3人のマリアたちによる対話劇のような、単純な形のやりとりからはじまった典礼劇ですが、次第に物語の数を増やし、旧約・新約聖書の様々な場面をモティーフにした大規模な演劇へと変わっていきました。

 そして、12世紀以降の中世都市の繁栄にともなって、舞台も教会内部からその前庭へ、そして街の広場へと拡大し、劇を演ずる担い手も聖職者から一般の民衆へと移っていきます。
 そうして典礼劇は、教会の前の広場や街の中心の大広場などで上演され、市民達がそれぞれ役を受け持って出演すると同時に、近隣の村々の人々がこぞって見物に集まってくる、年中行事の大パフォーマンスへと発展して行くことになりました。


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 この種の典礼劇の楽譜は少なからず残されていますが、その中でも12世紀末ないし13世紀のはじめごろに、北フランスのボーヴェの町で上演された《ダニエル劇(The Play of Daniel)》は、劇的な起伏に富み楽譜も完全な形で残っていることから、現在最もよく演奏され、録音される機会の多い典礼劇です。

 旧約聖書の中の四大予言者のひとりであるダニエルは、バビロニア王の宴席での予言によって賞賛されるますが、高位の学者達にねたまれ、そのざん言によってライオンの穴に投げ込まれます。しかし、神の加護によって天使に守られてライオンの牙から救われるという奇蹟の物語が、独唱者だけでも15人という大きな規模で、生き生きと歌い、演じられて行きます。

 《ダニエル劇》は、道徳的なテーマを強調した典礼劇ですが、教会歴において下級聖職者が多少の気晴らしのために騒ぐ日のために作曲されたものらしく、世俗劇的でスペクタクルな筋立てになっていて、聴いているだけでも大変楽しい音楽でが、劇としても非常に面白いものなので各国で演じられており、日本でも演じられたことがあります。何年か前にNHKの教育放送で公演の模様が流されたこともあるので、見たと言う方もいらっしゃるのではないでしょうか。


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 14世紀から16世紀にかけて、宗教劇はより世俗劇に近い神秘劇 Mystery として広く流行していきます。
 1480年代のエーゲル(現代のハンガリー)で演じられた受難劇は、上演に3日を要し、合唱を除いてセリフ(独唱)のある人物だけでも187人、1514年の南ドイツのボーツェンにおける受難劇は7日の上演日を要したことが記録されています。それらの配役表によると、聖職者や聖歌隊ばかりではなく、市長から大工まで町のあらゆる階層の人々が参加し、職業的な俳優が1人も加わっていないことが特徴と言えます。

 16世紀以降になると、人々の関心は本職の俳優による世俗的な創作劇に移って行き、宗教劇は次第にその姿を消すことになります。しかし、これらの典礼劇はその後のオラトリオ(宗教的題材による叙事的楽曲)やオペラの成立に少なからぬ影響を与えました。そして、南ドイツのオーベルーアンメルガウの受難劇やイギリスのヨーク・フェスティバルなどの民俗芸能に形を変えて、今日までその姿を伝えているのです。



 《ダニエル劇》は、多くの古楽演奏団体によって様々な録音がありますが、現存する写本には1本の旋律と歌詞のみが記述されています。従って、ネウマ譜をどう解釈するのか、また、伴奏をどのようにするかは、演奏者の裁量によって決まってきます。このことは、《ダニエル劇》の録音を聴く上で十分考慮されるべきことでしょう。

 《ダニエル劇》の録音としては、マーク・ブラウンの指揮、プロ・カンティオーネ・アンティクァ/ランディーニ・コンソートの演奏による『典礼劇「ダニエル物語」』が一番オーソドックスな演奏ではないかと思います。劇の合間に同時代の舞曲やペロティヌスらのモテットを挟み込み、適度な遊び心と多彩さを持っていますが、音楽としてはベテランによる手慣れた、安心して聴けるものになっているように思います。

 最近の録音としては、アンドルー.ローレンス=キングが主催するハープ・コンソートによる「Ludus Danielis・The play of Daniel」があります。PCA盤よりも繊細でしっとりした音楽になっていて、《ダニエル劇》の宗教的な雰囲気をより強く出した演奏と言えそうです。

 同じく最近の録音ですが、1996年録音の Ann-Marie Deschamps 指揮の VENABCE FORTUNAT による「DABUEL SACRED OPERA」は、ハープ・コンソートとは対照的に、パーカッションが効果的な、非常に躍動感のある音楽になっています。《ダニエル劇》の世俗劇的なにぎやかさや力強さが感じられる録音です。

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 フィリップ・ピケット指揮のニュー・ロンドン・コンソートによる「ヴィジタツィオ−チヴィダーレ・デル・フリウーリの聖週間」は、北イタリアの小都市チヴィダーレ・デル・フリウーリにおける復活祭のための二つの典礼劇や、聖週間の儀式の音楽を再現したものです。単純ながら静謐感に満ちた美しい歌と音楽を聴くことが出来ます。
 この録音の中の典礼劇は、素朴で胸打たれるものがあります。また、最初に録音されている枝の主日の行列のための音楽(キリストのエルサレム入場を記念して、町の城門の外から教会までの道を歌いながら行列をするための音楽)も美しいと思います。




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