ウィリアム・バード
WILLIAM BYRD
(1543-1623)




 ウィリアム・バードは、王室礼拝堂の一員として活躍し、《グレート・サーヴィス》などイギリス国教会のための数々の名曲を残しましたが、同時に、最後までカトリックの信仰を守り続けた作曲家でもありました。

 バードが3声、4声、5声のためにそれぞれ1曲ずつ作曲したミサ曲は、トマス・タリス(1505?-1585)の《エレミアの哀歌》同様に作曲の意図が謎に包まれた作品です。けれど、抒情的な旋律の流れやデリケートなポリフォニーの線の絡み合い、そして充実したハーモニーの響きが美しい、テューダー王朝時代に作曲された数多くの作品の中でも屈指の名曲と言われています。

 カトリック教徒にもある程度まで寛容であったエリザベス1世(在位1558-1603)の庇護があったにしても、バードがその信仰と現実の生活や創作の間の矛盾をどのように受け止めていたかは明らかではありません。けれど、この問題は彼ひとりにとどまらず、この時代のイギリスの芸術家たちが多かれ少なかれ、共通して抱いていた痛みだったようにも思われます。


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 生前から《音楽の父 Father of Musick》あるいは《ブリタニア(イギリス)音楽の父 Brittanicae Musicas Parens》としてイギリス人の尊敬を集めていたウィリアム・バードの生年は、1622年12月15日付けの遺言書(当時80歳)から1543年と推定されています。エドワード6世とメアリー・テューダーの時代に王室礼拝堂(チャペル・ロイヤル)の音楽家であったトーマス・バードが父であったと考えられていることから、少年時代には王室礼拝堂少年聖歌隊の一員としてトマス・タリスに学んだのではないか、と考えられています。

 バードの名前が公式の記録として現れるのは、ロバート・パーソンズ(1530?-1570)の後任として1563年にロンドン北部のリンカンシャーにあるリンカン主教座聖堂オルガニスト兼聖歌隊長として赴任したという記事からです。その後、1570年には再びパーソンズの後任として王室礼拝堂の一員となりました。

 1572年には王室礼拝堂のオルガニストとなり、王室礼拝堂での職務をトマス・タリスと分担して行っていました。2人はエリザベス1世の手厚い保護を受け、1572年には21年間に及ぶ楽譜印刷の出版及び販売の独占特許権を与えられ、1585年にタリスが亡くなってからは、文字通りバードの独占権となりました。

 このようにエリザベス1世から重用されていたバードですが、1570年代にはロンドンからハーリントンに移り住んでいます。これは、多少ともロンドンから離れた地域の方が“国教忌避者”としてカトリックの信仰を守ることが容易だったためと考えられています。実際、カトリック教徒への弾圧は1580年から次第に強まる傾向を見せ、1585年には国教忌避者のリストにバードの名前があげられるまでになって行きます(それ以前には、彼の妻の名はリストに載っていましたが、バード本人の名は載っていませんでした)。

 その後、バードは弾圧を避けるように、カトリック教徒の有力者であったジョン・ピーター卿(1549-1613)の住まいに近い、エセックスのスタンドン・マッシーに移り住み、生涯の最後の30年をその地で送ります。
 ピーター卿の周辺には同じ信仰を持つ人々が集まり、秘密の礼拝が行われており、バードもまた、その集会に参加したいたことが当時の記録に残っています。

 しかしながら、1619年のアン王女の葬送式には王立礼拝堂の一員として参加しており、1623年6月4日に世を去るまで、チャペル・ロイヤルのジェントルマン(楽員)でもあったのでした。


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 バードは、カトリック教徒ではありましたが同時にエリザベス1世に重用された王立礼拝堂の楽員でしたから、彼の残した宗教作品の大部分は、ラテン語に寄るものであっても英国国教会のために作曲されていました。また、彼は英語による5曲のサーヴィスと、60曲以上のアンセムを作曲しましたが、彼の残したグレート・ザーヴィスは、イギリス国教会の音楽の中でも、最も優れた作例のひとつに数えられています。
 しかしながら、彼の声楽曲の最良のものはラテン語によるミサ曲やモテットだと言われています。

 バードの残した最大の傑作とも言われる3声、4声、5声の3曲のラテン語によるミサ曲は、出版時にタイトルページがつけられていなかったためにハッキリとした出版年代がわかっていません。けれど、使われた活字などから《4声のミサ》が1592〜93年、《3声のミサ》が1593〜94年、最後に《5声のミサ》が1595年頃に出版されたものと推定されています。

 バードの3曲のミサ曲は、キリエからアニュス・デイまでの全式文に作曲が行われていることから、イギリスの多声部通作ミサ曲としては特異な作品と言われています。なぜなら、イギリスのミサ曲は13世紀以降、典礼で主として用いられていたソールズベリー教区慣例典礼(Sarum Use)の慣習から、キリエを作曲せずにソールズベリー聖歌を用い、クレドの式文を部分的に削除して短縮するのが原則だったからです。

 構成的に言えば、バードの作曲したミサ曲は国教会の典礼音楽の構成に似通っており、エリザベス1世自身がラテン語のミサを好んでいた事から、王室礼拝堂でのミサはラテン語によって執り行われることが多かったと言われます。従って、バードが3つのミサ曲をどのような意図のもとで作曲したかは明らかではありませんが、作品の構造上から言ってイギリス国教会のラテン語によるミサのために作曲された可能性が高いと言われています。

 バードは大陸から輸入された通模倣様式(先行する声部の旋律が一定の間隔を置いて他の声部に再現される音楽様式)を完全に使いこなした最初のイギリスの作曲家と言われています。彼のミサ曲は大陸の作品に比べればややホモフォニー的な傾向を感じさせると同時に、華やかさとは縁遠い音楽です。けれど、叙情的で美しい旋律が柔らかく鳴り響き、その作品はイギリス独自のものでありながら、大陸のパレストリーナやビクトリアに勝るとも劣らない作品になっています。


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 器楽曲について言えば、バードは弦楽器ヴィオールによる小規模な合奏(ヴィオール・コンソート)のためのファンタジアを作曲した初期の作曲家のひとりでもありました。

 また、ヴァージナル(チェンバロと同じ機構の鍵盤楽器を、1600年前後、とくにエリザベス1世統治下のイギリスでこう呼びました)のための作品は140曲以上に及び、その作曲の指導的立場にあったと言われています。それらの大部分は変奏形式で作曲され、手書きの曲集「ネヴェル夫人の曲集」(1591)や、「フィッツウィリアム・バージナル曲集」(1612頃〜19)などの手書きの選集におさめられています。

 また、ヴィオールの合奏(コンソート)の伴奏を持つ独唱、または2重唱の歌曲であるコンソート・ソングの作曲者としても、1588年に出版した曲集《詩篇歌、ソネットおよび歌曲集 Psalmus, Sonets and Songs》において、これらの形式による作品の水準を高める役割を果たしています。


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 英語による作品よりも、ラテン語によるミサ曲やモテットにより強い表現の意欲を感じさせるウィリアム・バードは、16世紀のカトリック教会音楽の最後の大作曲家と表してもおかしくはないかもしれません。
 3つのミサ曲にしても、出版の時期や形態(表紙がつけられていなかった)などから考えて、国教会のラテン語ミサの典礼曲を装ったカトリックの秘密ミサのための曲と考えることもたやすい事のように思えます。

 いずれにしても、国教会のイギリスにおいてカトリックの信仰を貫いたバードの緊張感が、その作品や出版形式にかいま見えるような気がします。だからこそ、バードの3曲のミサ曲はルネサンス・イギリスの代表的な作品となり得たのではないでしょうか。



 バードの3曲のミサ曲はバードの代表作でありながらも、3曲全部の録音ということになるとあまり多くはないようです。私の持っているのはアルフレッド・デラー指揮のデラー・コンソート盤とピーター・フィリップ指揮のタリス・スコラーズ盤、ポール・ヒリヤー指揮のヒリヤード・アンサンブル盤の3種類です。どれもそれぞれに味があって良い録音ですが、構成やアンサンブルの緻密さという点から言うと、やはりタリス・スコラーズ盤が抜き出ているように感じられます。

 「3声のミサ曲」のみですが、タリスの「エレミアの哀歌」とカップリングされているプロ・カンティオーネ・アンティクァの演奏も、滑らかな優しい響きが特徴的で、好きな録音の一つです。

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 国教会のための音楽としては、「グレート・ザーヴィス」の録音があります。現在国内版で購入できるのはピーター・フィリップ指揮のタリス・スコラーズ盤だけのような気もしますが、以前EMIで出ていたスティーブン・クレオベリィ指揮のケンブリッジ・キングズカレッジ合唱団による演奏が非常に味のある良い録音だと思います。

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 ヴァージナル曲の録音では、ホグウッドの「フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック選集」でバードの作品が8曲取り上げられています。また、バードのヴァージナル曲のみを集めた録音としては、Davitt Moroney による「William Byed / Pavans & Galliards」が非常に面白く聴けました。

 ちょっと異色の録音ですが、グレン・グールドがピアノで演奏している「バード&ギボンズ作品集」も注目すべき1枚ではないかと思います。

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 コンソート・ソングとヴィオール・コンソートの最新の録音として、カウンター・テナーのジェラール・レーヌとヴィラント・クイケンが主催するアンサンブル・オーランド・ギボンスによる「コンソート・ソング&ヴィオールのための音楽」があります。バードの“出版されなかった”曲を選んで演奏しています。コンソート・ソングとヴィオール・コンソートを交互に演奏するスタイルをとっていて、地味ながらもしっとりとした美しさを醸し出しています。




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