ルネサンス期イギリスの世俗音楽
madrigal, ayre, virginal




 エリザベス1世(在位1558-1603)の時代は、宗教音楽のみならず、世俗歌曲の分野でもめざましい発展のあった時代でした。それはまず、イタリアの影響からはじまります。

 イタリアのマドリガーレは、1560年から70年頃にかけて、イギリスで多くの曲が筆写されていましたが、1588年にニコラス・ヤングが英語訳したイタリアのマドリガーレ集《ムジカ・トランサルピーナ Musica transalpina(アルプスの彼方の音楽)》が出版されて以降、同傾向の英訳イタリア・マドリガーレが何冊か出版され、イタリアのマレンツィオやパレストリーナ、ラッススなどの作品が、イギリスで広く人気をはくしました。

 この事がイギリスの作曲家の創作意欲を刺激し、イタリアのマドリガーレを手本にしながらも、まったく新しいイギリスのマドリガル madrigal が、イギリス人の手によって作り上げられていくことになります。イギリス・マドリガルは1590年代から1630年代に花開き、世俗重唱曲 part song の黄金期をイギリスにもたらすことになりました。

 ただし、イギリスの作曲家がマドリガルの規範としたのは、同じイタリアの曲でもヴィラネッラバレットなどの、マドリガーレよりも軽く親しみやすい民謠風な雰囲気の物で、詩の内容も軽妙なものを好む傾向がありました。軽快なリズム感と音楽の自然な流れが尊重され、深刻さや内証的な表現は排除されています。

 結局、イタリアのマドリガーレが宮廷人や人文学者などのための貴族的な音楽であったのとは対照的に、イギリスのマドリガルは、この国で台頭しつつあった中流階級、つまりアマチュアのための音楽として発達していったと思われます。


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 イギリス・マドリガルの作曲家としては、トマス・モーリー(1557-1602)、ジャイルズ・ファーナビー(1563?-1640)、トマス・トムキンズ、(1572?-1656)、トマス・ウィールクス(1576-1623)、オーランド・ギボンズ(1583-1625)などが有名で、彼らの作曲したイギリス・マドリガルは、現在も広く歌われています。

 イギリス・マドリガルの作曲家の中でも、最も早い時期の作曲家であり、また、最も多作であったトマス・モーリーは、楽天的で明快なマドリガルやバレットを数多く作曲しました。

 彼のバレットは、イタリアのガストルディのバレットを手本としたものですが、それをバレット特有のファ・ラ・ラ fa-la-la というリフレインはもとより、早い楽句とゆったりした楽句の交代、流れるような軽快な旋律など、すべてをイギリスの風土に同化させ、英語の特性にかなった音楽として再生しています。

 同じマドリガル作曲家でも、トマス・ウィールクスはマドリガーレ的な重厚な表現を得意とする、どちらかと言えば異色の作曲家です。1600年に刊行された、彼の《5、6声マドリガル曲集》に収められた《O care, thou wilt dispatch mee 不安は重く心を閉ざし》などは、ファ・ラ・ラのバレット風のリフレインを持ちながらも、半音や不協和音が効果的に使われ、暗い嘆きの世界を作り上げています。

 イギリス・マドリガル作曲家の最後に連なるオーランド・ギボンズの作品になると、イタリアの影響はかなり薄くなります。ギボンズはエリザベス1世の時代と言うよりは、次のジェームズ1世(在位1603-25)時代を代表する作曲家ですが、彼のマドリガルの多くは、多声重唱曲と言うよりは、伴奏付き独唱歌曲に近い形式を持っています。

 例えば、ギボンズの代表曲と言われる《The silver swan しろがねの白鳥》などは、音域の関係から男声による重唱には不向きで、混声、または女性による独唱で歌われるのが一般的です。


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 ところで、エリザベス王朝期の注目すべきマドリガル選集に、1601年に出版された《オリアーナの勝利 the Triumphes of Oriana》があります。これは、イタリアの《ドリの勝利 Il Trionfo di Dori》(1592年)というマドリガーレ選集を規範として、トマス・モーリーがエリザベス1世に献呈するために編纂した物で、23人の作曲家による、25曲の5ないし6声のマドリガルが収められています。

 この曲集の特徴は、全ての曲が「美しいオリアーナよ、万歳 Long live fair Oriana」ということばで終わってる事です。オリアーナとは、牧歌詩の慣用的な用語から選ばれた名前で、ここではエリザベス1世に対して用いられています。

 作曲家によって音楽的水準に高低がある、玉石混淆の感がなくもありませんが、表情が豊かで絵画的なイギリス・マドリガルの特徴が良く表現された、生き生きと歯切れの良い曲が収められています。


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 リュート、またはヴィオラ・ダ・ガンバの伴奏付きの独唱歌曲(リュート歌曲)は、イギリスでは1600年代初頭のマドリガルの衰退と共に台頭します。イギリスで16世紀末から17世紀初頭にかけて流行したリュート歌曲はエア ayre と呼ばれ、マドリガルやバレットとともに、ルネサンス後期のイギリス声楽音楽の主要な曲種となっていきました。

 エアは、一般的にはリュート伴奏による独唱歌曲ですが、時にはヴィオラ・ダ・ガンバで低音部を強化したり、リュートの代わりにヴァージナル(鍵盤楽器)で伴奏することも可能でした。また、楽器の伴奏が付けられない場合には、重唱曲とすることも可能でした。このような融通性のある演奏形態が可能なリュート歌曲は、イギリスに特有のものです。

 主なリュート歌曲の作曲者としては、トマス・モーリーやマイケル・キャヴァンディッシュ(1565?-1628)、トマス・キャンピオン(1567-1620)などの名があげられますが、最も重要な存在はジョン・ダウランド(1563-1626)でしょう。

 優秀なリュート奏者としてフランス、ドイツ、デンマークなどでも活躍したダウランドは、もっぱらリュートのための作品にその創作力を発揮しました。1597年発行の《歌曲集第1巻 The first Books of Songes or Ayres》かはじまる3巻のリュート歌曲集や、彼の最後の歌曲集《巡礼の慰め A Pilgrims Solace》には多様な作風の歌曲が収められ、哀愁豊かな旋律の美しさと、時には劇的に展開する歌詞と音楽の雄弁さによって、独自の世界を作り上げています。

 中でも、1600年に出版された《歌曲集第2巻 Second Booke of Ayres》に収められた《流れよ、わが涙 Flow my tears》は、メランコリックな旋律によって、イギリスのみならず大陸でも広く愛好され、多くの替え歌や編曲された器楽曲などが生み出されました。ダウランド自身、器楽合奏用のパヴァーヌとして編曲し、1605年に《ラクリメ(涙) Lachrymae, or seven Teare figured in seven passionate Pavans》の名で出版しています。


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 また、当時のイギリスの演劇は、一種の音楽劇的な正確を持っており、劇的な要素を高めるためにエアやリュート独奏、器楽合奏などが随所に散りばめられていました。シェークスピア(1564-1616)の戯曲でも、リュート歌曲は劇の不可欠な要素となっています。

 シェークスピアの劇中で引用されたり、あるいは言及されているリュート歌曲としては、「お気に召すまま」の中の《若者と恋人 It was a lover and his lass》(トマス・モーリー作曲)、「オセロ」の《柳の歌 Wilow Song》、「ヘンリー4世」の《おお死よ、われを眠りに O death, rock me asleep》などがあります。

 多くのリュート歌曲は、例えば「オセロ」の中の《柳の歌》のように、当時のイギリス演劇に劇中歌として取り入れられ、その劇的な効果を高める役割を果たしています。
 当時の演劇は一種の音楽劇の性格を持っていて、独唱やリュート独奏、器楽合奏などが随所に散りばめられ、劇の不可欠な要素となっていたのでした。


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 器楽音楽についても、ルネサンス後期のイギリスの発展は目覚ましいものがありました。特にヴァージナル Virginal と呼ばれる小型のチェンバロが愛好され、オルガンも中世以来広く普及していました。これらの鍵盤楽器のための多数の曲が、「フィッツ・ウィリアム・ヴァージナル曲集」「ネヴェル夫人の曲集」などの筆写楽譜や「パーセニア」などの印刷楽譜(1611出版)として残されています。

 ヴァージナル曲の作曲者たちはヴァージナリスト virginalist と呼ばれ、顔ぶれは声楽の分野とほぼ重なり、タリス、バード、ファーナービー、ギボンズ、ジョン・ブル(1562?-1628)などの活躍が目立ちます。曲の特徴としては、短く単純な歌謡調の旋律が途切れることなく、5〜20以上の変奏となって次々に演奏されていくというものでした。イギリスは、スペインと並んで変奏形式を早くから発達させた国のひとつだったわけです。

 こうしたイギリス鍵盤楽曲は、北ヨーロッパの音楽に広く影響を与えています。ほぼ同時代のオランダのスヴェーリンク(1562-1621)のオルガン曲の中には、イギリスのヴァージナル曲の影響を受けたと思われるものや、直接に編曲したものなどが多く存在しています。つまり、イギリスのヴァージナル曲は、バロック期の鍵盤音楽技法を基礎づける要素のひとつとなったと言えるでしょう。

 また、各種の楽器のための合奏曲も、この時代のイギリスでは多数作曲されています。合奏のことをコンソート consort と言いますが、16〜17世紀のイギリスでは同種の楽器を組み合わせた合奏をフル・コンソート full consort 、異種の楽器を組み合わせた合奏をブロークン・コンソート broken consort というように区別して呼んでいました。
 特にこの時代は、大小のヴィオールを組み合わせたフル・コンソートが広く好まれていたようです。

 先に述べたダウランドの《流れよ、わが涙》は、もともとリュート独奏曲として作曲されたものを歌曲に編曲したという説が有力ですが、ここから《涙のパヴァーヌ Pavana Lachrymae》という題を持つ一連の器楽合奏曲として、ダウランド自身の手によって編曲されました。この《涙のパヴァーヌ》の7連作を収めた曲集『ラクリメ(涙)』(1605年出版)も、5種類のヴィオールとリュートのための合奏曲集として出版されています。





 イギリス出身の古楽演奏家が多いせいで、ルネサンス期のイギリス音楽は実に様々な録音があります。同じ曲でも演奏団体によってまったく違った曲になるのが古楽の面白いところで、古楽の中では珍しく選ぶ楽しみが味わえる、貴重な時代と言うことができるかもしれません。

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 エリザベス王朝期のマドリガルのアンソロジーは沢山の録音がありますが、軽快な演奏という点ではキングズ・シンガーズの演奏が一番ではないでしょうか。「イギリス・マドリガル集」には全部で35曲のマドリガルやバレットが収められています。

 この他、プロ・カンティオーネ・アンティクァの演奏による、「アルス・ブリタニカ」に収められているマドリガルやリュート歌曲も、非常に楽しい演奏です。

 
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 ダウランドのリュート歌曲集は、アントニー・ルーリー指揮、コンソート・オブ・ミュージックが「ダウランド/リュート歌曲全集」として全4巻を録音しています。ソプラノのエマ・カークビーの歌唱が非常に印象的な録音です。

 アルフレッド・デラーの独唱による「ダウランド/リュート歌曲集」は、リュート曲やコンソート曲も含んだ録音です。現在聴くと非常に独特な癖のある歌唱に感じられますが、渋い抒情性を感じさせ今なお魅力的な演奏のひとつです。

 シェークスピア劇の音楽の録音としては、アルフレッド・デラー指揮、デラー・コンソートの「シェイクスピア劇の音楽」とアンサンブル・ムジカ・アルバ・きょうによる「シェイクスピアの音楽」が、現在の所は比較的入手しやすい録音かと思います。
 少し古めかしい感じはしますが、歌唱という点ではデラー盤の方がやや上かもしれません。楽器のアンサンブルの楽しさと編曲の妙では、アンサンブル・ムジカ・アルバ・きょう盤の方に軍配をあげたいと思います。

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 クリストファー・ホグウッドによる「フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック選集」と「ネヴェル夫人の曲集」があります。いずれもホグウッドらしいバランスの取れた演奏です。同じ「フィッツウィリアム・ヴァージナル曲集」でも、トン・コープマンのものはエネルギッシュな、一種熱狂的とも言える演奏で、これもまた素晴らしい録音です。

 ピアノによる演奏ですが、グレン・グールドの演奏による「バード&ギボンズ作品集」はピアノならではの演奏を展開しつつ、非常に生き生きとした演奏を繰り広げていて一聴にあたいします。

 ダウランドの「ラクリメ(涙のパヴァン)」にはルーリー指揮、コンソート・オブ・ミュージックの演奏とジョルディ・サヴァール指揮、エスペリオンXXによる演奏が双璧かと思いますが、サヴァール盤の方がより抒情性に富み、なおかつメリハリのきいた演奏をしているように思います。フレットワークによる「ラクリメ」も、端正で潤いのある演奏を聴かせてくれます。




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