ルネサンス期イギリスの宗教音楽
Church of England, Service, anthem




 イギリスは、15世紀前半にジョン・ダンスタブル(1390?-1453)やライオネル・パウアー(?-1445)らによって、ヨーロッパの音楽に多大な影響を与えましたが、その後はバラ戦争(1455-85)などの国内紛争のために大陸との交流も途絶え、音楽の発展は著しく停滞してしまいます。例えば、1420年代から40年代までの音楽写本には、イギリスの作品が多く写筆されているのに対して、1460年代から80年代になると、まったくと言って良いほどイギリスの作品が見られなくなると言われています。

 しかしながら、このようなイギリス音楽の不毛の時代は、16世紀に入ると共に次第に回復をして行きます。特に、自身で作曲も行うほどの音楽愛好家であったヘンリー8世の治世(1509-47在位)になると、国力の充実と共に、王立礼拝堂 Chapel Royal を中心として、多くの音楽が作曲されていきました。

 初期テューダー王朝の宗教曲を伝える貴重な資料である、イートン聖歌隊本(Eton Choirbook イートン・クヮイアブック)に残されているこの時期の宗教音楽は、5声ないし6声の厚い響きと、ソリストと合唱の対比、美しく表情に富んだ長いメリスマなどを特徴としています。

 また、ヘンリー8世の作曲と言われる《仲間との楽しみ Pastyme with good companye》や、1509年から王室礼拝堂の少年聖歌隊員監督を務めたウィリアム・コーニッシュ(1465-1523)の《ああ ロビン Ah obin, gentle Robin》などのこの時代のイギリスの世俗歌曲は、フランドル楽派のシャンソンなどと比較すると未熟で荒削りの印象を受けますが、イギリスの音楽特有の親しみやすさと、一種のメランコリックな雰囲気が印象的な作品となっています。


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 ところで、ルネサンス期のイギリス宗教音楽を考える場合、16世紀のテューダ王朝下のでの宗教改革の変遷を押さえておく必要があるように思われます。
 ドイツのルター派による宗教改革の波はイギリスにも伝播し、それ以前からあったロラード派の改革運動も取り込みつつ、プロテスタントはイギリスでも大きな勢力を持つようになります。けれど、それらとは別に、イギリスではもう一つの宗教改革が起こります。それが、ヘンリー8世の個人的事情に端を発する、英国国教会 Church of England, Anglican Church です。 

 ヘンリー8世は、統治のはじめはカトリックの擁護者をもって自らを任じていました。しかしその後、王妃キャサリンとの離婚と、アン・ブーリンとの再婚をローマ法王に求めて拒否されたことから、1534年に「首長令」を発布して、自らをイギリス教会における地上唯一の首長であると宣言しました。これによってイギリス教会はローマから分離・独立することになり、独自の英国国教会が成立します。

 しかしながら、ヘンリー8世には教理や典礼などを改革しようとする意志はまったくありませんでした。例えば、1539年に発布された「六ヵ条令」では、神学におけるローマへの忠誠を示しています。従って、ヘンリー8世当時の典礼は、国教会の成立以前も以後も、イギリス独自の典礼であるにも関わらず、あくまでもラテン語によって行われていました。

 従って、この時代のイギリスの代表的な作曲家である、世俗歌曲とモテットの両方に傑出していたウィリアム・コーニッシュ(1465-1523)、ミサ曲や他のポリフォニーによる宗教曲を書いたロバート・フェアファクス(1464?-1521)やジョン・タヴァナー(1495?-1545)らのミサ曲は、イギリス独特の「キリエ」と「クレド」の一部を欠いたものながら、ラテン語による作品となっています。

 ジョン・タヴァナーは、後にトマス・クロムウェル(1485?-1540)に共感して修道院閉鎖運動に協力し、ラテン語によるローマ・カトリック様式の宗教曲をまったく作曲しなくりますが、彼のラテン語によるミサ曲は、独特の叙情性を持った美しい宗教音楽です。
 中でも、俗謡《西風》を定旋律(素材)とした《Missa the Western Wynde 西風のミサ》や、同名のグレゴリを聖歌を定旋律とした6声のミサ曲《Missa Gloria tibi Trinitas ミサ・グロリア・ティビ・トリニタス》(栄光は汝に、三位一体なる神よ)が代表的な作品です。

 ところで、《グロリア・ティビ・トリニタス》は、ベネディクトゥスの後半の《in nomine Domini イン・ノミネ・ドミニ》(主の御名において)の部分が特に有名になり、その後、独奏や合奏用に器楽編曲されるようになりました。イギリスでは17世紀の末のヘンリー.パーセルに至まで、60人余りの作曲家によって150曲を越える《In nomine イン・ノミネ》が作曲されましすが、それらはすべてタヴァナーのミサ曲の《イン・ノミネ》をモデルにしています。


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 ヘンリー8世の死後、エドワード6世(在位1547-53)は9歳で即位したため、エドワードの母でヘンリー8世の3番目の妃であったジェーン・シーモアの兄である、サマセット公が摂政となりました。サマセット公は改革派(プロテスタント)であったため、1549年には「信仰形式統一令」が出され、英語が国教会の公用語として認められ、真の意味での宗教改革が行われます。

 これにより、教会はラテン語に代わって英語で典礼を行うことが求められたため、この時代には英語の歌詞を持つ教会音楽が多数書かれました。しかしながら、英語による典礼を拒否した教会も多く、それらの教会ではラテン語による礼拝が行われ、ラテン語教会音楽が演奏され続けたのでした。 

 エドワード6世の死後にイギリスを統治した、ヘンリー8世の最初の妃キャサリンの娘のであるメアリー女王(1553-58在位)は、頑固なカトリック教徒でした。メアリーは即位後すぐに改革派に対する激しい迫害を始め、1555年にイギリスはローマ・カトリックに復帰させます。当然ながら、この時代にはを教会はもとのラテン語の礼拝に戻り、作曲家もラテン語による宗教音楽を書きました。

 この激動の時代に活躍したイギリスの作曲家としては、クリストファー・タイ(1505?-1572?)、トマス・タリス(1505?-1585)、ジョン・シェパード(1515?-1559?)、ロバート・ホワイト(1538?-1574)らの名前があげられます。彼らの多くはその時代を反映して、ラテン語によるミサ曲、モテトゥスエレミアの哀歌、英語による詩篇歌、サーヴィス(礼拝曲)、アンセム(礼拝曲)など、カトリック教会と国教会の双方のために作品を残しています。

 中でもエドワード6世からエリザベス1世までの3代の国王に仕えたトマス・タリスは、その作風を時代によって変えていますが、全体的に言えば初期の作風はポリフォニックで技巧的な傾向が強く、後半になると1音対1音節の単純な和声構成の作品が多くなる傾向があるといわれています。

 例えば、タリスのラテン語によるモテトゥス《Spen in alimus 汝のほかに望みなし》は、8つに分割された5声の合唱群が模倣を交わす、合計40声部のための非常に技巧的な作品ですが、同じラテン語ながら後期の作品と思われる《エレミアの哀歌 Lamentation》は、精緻な通奏模倣様式(先行する声部の旋律が一定の間隔をおいて他の声部に再現される様式)と色彩的な1音対1音節の和声がみごとな均衡を保つ、注目すべき作品となっています。

 なお、英国国教会のためのサーヴィスアンセムは、エドワード6世の時代に、タイとタリスによって、その形式が基礎づけられた宗教音楽です。タリスは、実質上、最初のアンセムの作曲者と見なされています。


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 メアリー女王は、高位聖職者から平民まで、300人余りを焚刑にするなど、あまりにも急激な反動政策を行ったために国民の反感を買い、5年の在位で失脚してしまいます。「血なまぐさいメアリ Bloody Mary」の後には、ヘンリー8世の2番目の妃であったアン・ブーリンの娘、エリザベス1世(1558-1603在位)が国王として即位しました。
 エリザベス1世は穏健的な改革の方針を採り、1559年に発布した「第3次信仰形式統一令」では英国を国教会の公用語とし、イギリスの宗教を国教会に統一しつつも、カトリックに対しても寛大な立場を守りました。1560年には国教会においてラテン語祈祷書を使用することも認めています。

 女王の懸命な内外政策によって、国力の充実と産業の発達をとげたエリザベス1世治下のイギリスは、演劇や音楽などの文化的な面でも繁栄の時代を迎えることになりました。16世紀後半から17世紀のはじめにかけては、ウィリアム・バード(1543-1623)やオーランド・ギボンズ(1583-1625)、トマス・ウィールクス(1575?-1623)、トマス・トムキンズ(1572-1656)、ピーター・フィリップス(1561-1628)などが質の高い宗教音楽を生み出しています。

 この時代の作曲家達も、タイやタリスらと同じく英語とラテン語の両方の教会音楽を手がけています。一般的に、英語による作品は国教会用に、ラテン語による作品はローマ・カトリックの典礼用に作られたと考えられがちですが、エリアベス1世はラテン語による国教会の典礼を認めており、自身も英語による典礼よりもラテン語によるそれを好んだとも言われるため、明確な線引きは出来ないのが実状のようです。

 トマス・タリスの弟子であったウィリアム・バードは、王室礼拝堂の一員として活躍しながらも、最後までカトリックの教義を捨てず、カトリック信者としての生活を送った音楽家でした。
 彼が作曲したグレート・サーヴィスは、このジャンルの音楽の最も優れた作品のひとつだと言われています。しかしながら、バードの作品の全般的な傾向としては、国教会とカトリックのいずれの教会のために書いたかは定かでないのですが、ラテン語の宗教作品の方により強い表現意欲が感じとれるのも確かな事です。


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 国民が「国王の宗教」を自らの宗教としなければならなかった時代に、わずか30年足らずの間にカトリックとプロテスタントの間で翻弄されたイギリスの作曲家達が、どのような思いで宗教曲を作曲したかを、現在の私達が推しはかることは非常に難しいことだろうと思います。
 私自身、それらを判断する材料を持ちませんが、多かれ少なかれ、複雑な思いを抱えていたのではないかと想像することは可能です。

 ただ、彼らの思いがどのようなものであったとしても、ヘンリー8世からエリザベス1世までのテューダー王朝のイギリスでは、宗教的には非常に不安定な時代でありながら、もしかすると不安定であったがゆえにか、宗教音楽はそれまでになかったほどの大きな繁栄を見せています。

 プロテスタントとカトリックの間を揺れ動きつつ、心情的にはどうであれ、この時代の多くのイギリスの作曲家は、それぞれの教会のために作曲せざるを得ませんでした。またに一方では、急進的な改革派による、教会から一切の音楽を排除しようというような、極端な意見も存在したのです。これら事柄は、ルネサンス期のイギリス宗教音楽の発達を阻害しつつも、ヨーロッパ大陸とは異なった、独特の憂愁に満ちた音楽を作り上げる、大きな要因となったように思われるのです。





 トマス・タリスとウィリアム・バードは別項で取り上げるので、ここではその他の作曲家の宗教曲で好きなものをあげておきます。

 まず、ウィリアム・コーニッシュの作品集としては、タリス・スコラーズによる「コーニッシュ/スタ−バト・マーテル」にラテン語による5曲の宗教合唱曲と英語による4曲の世俗合唱曲が収められています。さりげないとも言えるような、どちらかと言えばあっさりした演奏ですが、コーニッシュの曲が持つ抒情性を充分に表していると思います。

 ジョン・タヴァナーの6声のミサ曲《グロリア・ティビ・トリニタス》には何種類か録音がありますが、パロット指揮、タヴァナー合唱団による演奏は、当時のオックスフォード大学カーディナル・カレッジの礼拝堂での三位一体祭のミサを想定したもので、グレゴリオ聖歌や聖書の朗読、司祭による祈祷などを縦横に取り入れている点で貴重な録音と言えます。ラテン語の発音も英語が混在した独特のもので、硬質な音の響きが印象的な録音です。
 同じ《グロリア・ティビ・トリニタス》でも、タリス・スコラーズ盤は楽曲の豪華絢爛ともいえる構成感を的確に把握し、ごく自然に、、けれど強い説得力を持った演奏として繰り広げています。

 タリス・スコラーズはタヴァナー、タイ、シェパードがそれぞれ俗謡《西風》を定旋律として作曲した「《西風》のミサ曲集」を録音しています。世俗曲を定旋律としたミサ曲は、イギリスではこれが最初のものでした。3人の作曲家の個性をきちんと抑えながら、精緻なアンサンブルを繰り広げています。個人的には、シェパードの「西風」が一番好きな演奏です

 
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 クリストファー・タイの宗教曲は、ジェフリー・サマリー指揮、オックスフォード・カメラータの演奏で聴くことができます。「タイ・マンディ/宗教声楽曲集」には、タイのモテットが2曲とミサ曲《Eige bone》が収められていますが、オックスフォード・カメラータの硬いとさえ感じさせる演奏も、この録音に関しては清潔感と透明感を表現する一助となっているように思えます。 

 ジョン・シェパード(1515?-1559?)はその経歴に不明な点が多い作曲家ですが、透明感に充ちた美しく活気のある宗教曲を残しています。タリス・スコラーズの「シェパード/宗教曲集」では、ポリフォニックな各声部の輪郭をすっきりと浮かばせながらも、膨らみとボリュームを感じさせる演奏をしています。
 また、ターナー指揮、プロ・カンティオーネ・アンティクァの演奏した「テューダー王朝期の宗教音楽」に収められた《ミサ・プレインソング》も、非常に美しくしっとりとした潤いに充ちた演奏です。この録音には、他にタヴァナーとホワイトの宗教曲も収められていて、これも非常によい演奏だと思います。 

 ロバート・ホワイトの宗教音楽の録音としては、タリス・スコラーズの「テューダー朝の教会音楽」に収められているものが、日本語解説付きのものとしては一番まとまった録音でしょう。タリス・スコラーズの完璧とも言える演奏で美しく歌われています。
 デイヴィッド・ウルスタン指揮、オクセンフォード・クラークスの演奏する「ホワイト作品集」は、全般的に音が堅めで、技術的にもやや問題があるような気もしますが、イギリスの合唱団ならではの暖かいハーモニーを聴かせてくれます。

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 ギボンズの宗教音楽集としては、フィリップ・レッジャー指揮、ロンドン古楽グループ、ケンブリッジ・キングズ・カレッジ合唱団による「ギボンズ/テューダー王朝の教会音楽」が素晴らしいと思います。マニフィカトやアンセム、サーヴィスなどなどの合唱曲やオルガン曲など様々な作品が収められていますが、いずれも立体感のきわだった演奏で、ともすればのっぺらぼうな演奏に陥りやすいショート・サーヴィスでさえ、構成を的確に見通させてくれます。

 トムキンズの宗教曲集にはタリス・スコラーズによる「サーヴィス&アンセム集」があります。アンサンブルの完璧さは言うまでもありません。

 ピーター・フィリップスの宗教音楽は、Andrew Mackay 指揮の The Sarumu Consort による「Cantiones Sacre Quinis Vocibus」でその一端を聴くことが出来ます。これはフィリップスが1612年に刊行した全69曲からなる「5声の聖歌集」からモテット18曲演奏した物で、古典的なポリフォニーからマドリガル風の世俗曲的味わいの物まで、フィリップスの幅広い音楽性を感じさせる録音です。

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タヴァナーの《イン・ノミネ》をもとにした器楽曲《イン・ノミネ》を集めた作品集もいくつかありますが、国書刊行社の「古楽CD100ガイド」で言及されているフレットワークの演奏は、私も好きな録音です。


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