ルネサンス期のドイツ
Meistersinger,choral,passion




  中世からルネサンス期初期――15世紀末ころまでは、ドイツは音楽的には非常に遅れていたと言わざるを得ません。

 15世紀の後半には、2声ないし4声の多声歌曲を収めた《ロハマー歌曲集》や《グローガウ歌曲集》と呼ばれる曲集が作成され、オルガン音楽でもコンラート・パウマン(1410-1473)が編纂した《オルガン技法の基礎》など、いくつかの曲集が編纂されていますが、それらはどちらかと言えば未熟なポリフォニー技法によった、荒くゴツゴツした動きを特徴としています。

 その稚拙さが、一面の魅力を醸し出しているとは言え、同時代のブルゴーニュ・シャンソンの円熟や洗練とは程遠いものでした。


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 一方、各地方の都市では15世紀から16世紀にかけて、商工業者たちによる単旋律のマイスタージンガー歌曲が栄えていました。

 親方(マイスター)の下に、詩人(ディヒター)、歌手(ジンガー)、学友(シュールフロイント)、徒弟(シューラー)といった序列をつくり、日曜の教会の礼拝の後に集会を開いて歌の技を競い合う様子は、ワグナー作曲の歌劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》に生き生きと描かれています。
 歌劇の主人公であるハンス・ザックスは実際のマイスタージンガーで、ニュルンベルクの街角にはその銅像が立てられ、かつてのマイスタージンガーの栄光を記念しています。

 しかしながら、マイスタージンガーの歌曲の実体は、さして魅力のあるものとは言えませんでした。
 いくつかの既存の固定旋律を大事に守り、それに即興的に複雑な装飾音を付加していくのですが、そこにはいろいろと煩雑な規則があり、少しでも違反すると、厳格な審判者によって減点されていくという調子で、およそ創造性とは程遠い物だったようです。

 いかにアマチュアの芸術とはいえ、他の国々では多声楽曲が栄えていた時代に単旋律歌曲に熱中していたことは、当時のドイツの後進性を露呈していると評しても、さしつかえないかもしれません。


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 しかし、15世紀末になると、積極的に外国の音楽技法を吸収し、自国の音楽を豊かにしようとする努力が見られるようになります。

 スペインやフランスと同様に、16世紀前半にかけてはフランドルの影響が著しく、ハインリッヒ・フィンク(1459?-1527)やルードヴィヒ・ゼンフル(1490?-1543)、トマス・シュトルツァー(1480/5-1548)らが、独特のドイツ風のロマンティックなロマンティックな叙情性をたたえた世俗曲や宗教曲などを作りました。
 器楽曲でも、ハンス・プヒナー(1483-1538)、ハンス・コッター(1485?-1541)らのオルガン曲や、ハンス・ノイジドラー(1508-63)らのリュート曲などが注目されます。


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 ところで、1517年のルターの95カ条に始まる宗教改革は、音楽にも大きな影響を与える大事件でした。

 改革者マルティン・ルター(1483-1546)は、音楽的に深い関心と理解をもち、自ら作曲し、ジョスカンらの音楽を愛唱するというような好楽家であったため、フランスのカルヴァンとは対照的に新しい教会に音楽を積極的に取り入れようとしたのです。

 その新しい音楽は、「万人司祭」の立場から言って、母国語によって、すべての会衆に歌われる平易な物でなくてはなりませんでした。
 福音教会のコラールは、そのような要請から生まれたものであり、古い宗教的民謡やカトリック聖歌の旋律を借用したり、時には俗謡の旋律を変形、または改作して、いくつものコラールが作られていきました。

 コラールは、本来は会衆の斉唱(ユニゾン:全員が同じ旋律を歌う)による単旋律の歌曲でしたが、聖歌隊や音楽の教養を持つ人々の要請に応じて、次第に多声技法によるコラールが作られるようになりました。そして、最初はテノール声部におかれていたコラール旋律は、次第に最上声部におかれるようになり、4声のホモフォニックな形で処理されるようになっていきます。

 16世紀も後半になると、コラールの編曲はさらに充実し、特に、イタリアの技法を同化したハンス・レオ・ハスラー(1564-1612)、ミハエル・プレトリウス(1571?-1621)らは、大規模な器楽伴奏付きのコラールを作曲しています。

 また、ドイツの音楽家たちは、福音書の中のキリストの受難の物語をテキストにする受難曲(パッション)の作曲にも並々ならぬ関心を寄せました。

 その作曲の方法は、個人の登場人物の言葉にはレチタティーヴォ(朗唱:半ば語るような調子の独唱部分)風の単旋律楽句を、群衆の言葉に合唱を当てはめる、いわゆる劇的受難曲の形をとるものや、テキスト全体を多声的に作曲したいわゆるモテトゥス的な形を取るものなど、様々な形のものがありました。

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 このように、カルヴァン派の音楽が、その厳格さによって行き詰まりを見せたのとは対照的に、ルター派の音楽に対する開かれた態度は、この後のドイツ音楽の発展に、はかりしれないほどの影響を与える事になりました。そして、次代のハインリッヒ・シュッツ(1585-1672)やJ.S.バッハ(1685-1750)らのすぐれた宗教音楽を生み出す土壌を用意することになったのです。

 また、16世紀から末から17世紀にかけては、イタリアの影響が濃い世俗歌曲が流行した時期でした。レオンハルト・レヒナー(1553?-1605)やハスラーらのドイツ歌曲は、イタリアのガストルディらのバレットの影響を受けながらも、最上声部の明確な旋律や長音や短調への著しい傾斜、ホモフォニー的な構成など、その後のドイツ歌曲の方向を指し示しています。
 そして、この時代は器楽音楽の発展の面でも重要な時期でした。特にオルガンやリュートのための音楽や声楽作品基づく器楽用編曲、コラールの編曲など、多くの器楽曲が作曲され、バロック期のドイツ器楽音楽の繁栄を用意することになりました。

 ドイツ音楽史にとって、ルネサンス期は目覚めの時代であり、成長の時代であったと言って良いでしょう。これに続くバロック〜ロマン派の時代におけるドイツ音楽の豊かな開花は、疑いなくこのルネサンス期に用意され、基礎づけられたものだったのです。



 この当たりは、音楽史的にもかなりマイナーな所なので、録音は、というと捜すのからまず大変、というところがあります。傑作、といったたぐいの曲や天才的な作曲家というのが見あたらないので、なおさら録音されないのかもしれません。取りあえず、わが家にあるLPとCDをあさったら、以下のものが出てきました。

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 15世紀後半のドイツ音楽とマイスタージンガーの歌曲を1枚に収めた録音としては、ヨーゼフ・ウルザーマー指揮、ニュルンベルク・ガンバコレギウム、その他の演奏による、「《ロハマー歌曲集》とC.パウマンの《オルガンの基礎》より14の歌曲と器楽曲/ハンス・ザックス:5つの歌曲」があります。1963年の録音ですから、使用楽器や曲の解釈などはモダンとオリジナルの折衷的なものが感じ取れますが、非常に丁寧な演奏がされている録音です。

 トマス・シュトルツァーの宗教音楽は、コンラート・ルーラント指揮、ミュンヘン・カペラ・アンティクァ・コラールスコラ演奏でルターのドイツ語訳による4つの詩篇歌やミサ曲などを収めた録音があります。どちらかというと学究的なアプローチの演奏なので、面白みには欠けるかもしれませんが、手堅い、しっかりしたドイツらしさを感じさせる演奏だと思います。

 ハンス・ノイジドラーを初めとしたルネサンス期のリュート曲集としては、ヴァルター・ゲルヴィッヒが演奏している「ルネサンス・リュートの魅力・第1集ドイツ編」が一番まとまった録音だと思います。国内でCD化されたかどうか記憶にありませんが、輸入盤でなら、ゲルヴィッヒのリュート全集として出ていたように思います。指頭奏法(爪ではなく、指の腹で弦をはじく奏法)の、優しい響きが堪能できます。
 「ルネサンス・リュートの魅力」は、第2集がイタリア編、第3集がフランス・イギリス編で、いずれも非常に珍しい曲が沢山録音されています。

 初期ドイツ・プロテスタントの教会音楽としては、エリー・アメリンクを中心とした「古いドイツのクリスマス音楽」の中に、美しいクリスマス・コラールが収められています。これも、出来ればCD化して欲しい録音だと思います。

 ミハエル・プレトリウスの宗教音楽は、パウル・ファン・ネーヴェル指揮のウエルガス・アンサンブルによる「プレトリウス:教会音楽集」が、国内盤として一番まとまった録音ではないかと思います。
 プレトリウスの作品としては、宗教曲よりも寧ろ、舞曲集の「テルプシコーレ」の方が有名なのではないかと思います。とても軽快で楽しい音楽です。録音としては、フィリップ・ピケット指揮のニュー・ロンドン・コンソートのものと、デヴィッド・マンロウ指揮、ロンドン古楽コンソートの演奏が良いでしょうか。特にピケット盤の爽快さは、聴いていてとても楽しくなる録音です。

 ハスラーやレヒナーの世俗歌曲は、ハレ・マドリガリステン演奏の「16〜17世紀ヨーロッパのマドリガーレ集」に収められているものが、国内では唯一の録音だと思います。演奏的にはあまり好きではありませんが、この時代のマドリガーレのサンプリング集としては手頃かもしれません




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