ルネサンス期のスペイン
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 8世紀以降、国土の大部分をイスラム教のアラブに支配され、歴史的にヨーロッパの南端に孤立していたスペインは、アラブ勢力の駆逐、1479年のアラゴンのフェルナンド2世とカスティリャのイザベルとの結婚による国家の統一という歩みをへて、次第に国力を増強させていきました。

 やがて、15世紀末から16世紀にかけて世界最強の帝国として君臨するとともに、音楽の面での充実もめざましく、ルネサンス期には空前の黄金時代を形成していきます。


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 世俗音楽の面では、ビリャンシーコ(村人の歌)という、スペイン語による比較的短い世俗歌曲が栄えました。

 内容としては、民間信仰の雰囲気を持つマリア讃歌やクリスマス讃歌、そして恋歌や舞踏歌、とさまざまですが、最上部におかれた旋律を中心に軽快なリズムで歌われていきます。

 作者不詳のものが大部分を占めますが、中にはホアン・デル・エンシーナ(1468?-1529)やホアン・バスケス(1500頃〜1560以降)など、当時の一流の作曲家の手による作品も存在しています。

このジャンルを集めた歌曲集としては、

  • 『王宮の歌曲集』(1460〜1510年頃に作られた460曲を近〜現代の学者がまとめて整理した物)
  • 『メディナセーリの歌曲集』(マドリードのメディナセーリ公爵家に保存される16世紀の集成で、180曲を含む)
  • 『ウプサラの歌曲集』(スウェーデンのウプサラ大学に保存されていたためにこの呼び名で呼ばれる、1556年にヴェネツィアで出版された50曲の精選アンソロジー)

などが代表的な物としてあげられるでしょう。


 また、エンサラーダ(スペイン語で料理の“サラダ”の意味)と呼ばれる、歌詞の面からはスペイン(カスティーリャ)語、カタルーニャ語、ラテン語、イタリア語、フランス語を混ぜ合わせ、音楽の面からは当時の民謡や俗謡を中心とした既存の節に、作曲者の自らの旋律を適宜に入り組ませた、機知に溢れたユーモラスな多声楽曲も盛んに歌われました。

 特に“老”マテオ・フレーチャ(1481?-1553)によるエンサラーダは、物語風に展開する歌詞としばしば挿入される対話形式や擬声語によって、非常に調子の良い魅力的な曲が多いように思います。


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 一方、宗教音楽ではフランドルとイタリアの強い影響のもとに、クリストバル・デ・モラレス(1500?-53)の構成的なポリフォニー作品やフランシス・ゲレーロ(1527/8-99)の穏和で叙情的なマリア讃歌などを生み出しました。

 その中でも、特に16世紀末に活躍したトマス・ルイス・デ・ビクトリア(1548?-1611)は、ルネサンス期スペインの代表的な音楽家です。

 現存するビクトリアの作品はすべて宗教曲であり、世俗作品は一曲もありません。また、宗教曲のおいても、世俗歌曲によるパロディ・ミサはきわめて少なく、徹底した教会音楽家といえるでしょう。

 その狂気にも近い感情の昂揚をみせる作品は、ルネサンスというよりはマニエリスムと呼ばれるべき芸術家もしれませんが、スペインという土地以外では生まれないであろうと思われる音楽のであり、スペイン特有の宗教的な情熱を聞き取ることができるように思います。


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 ところで、ルネサンス期スペイン音楽でもっとも特徴的なのは、器楽音楽の繁栄ではないかと思われます。

 器楽音楽の演奏は、中世においてもルネサンスにおいても盛んに行われていましたが、全般的に楽器を異教徒的なものとみなすキリスト教的な音楽観(音楽は教会の僕(しもべ)であって、魂を神聖な考えに向けるような音楽だけが本当の音楽である、という考え方)から、職業的器楽演奏者の地位は声楽家に比べて非常に低く、特に中世では賤民視されかねない状況だったようです。

 したがって、器楽のための音楽はもっぱら旅回りの芸人や吟遊詩人などによる即興芸にまかせられ、口伝によって伝承されるのが普通であり、記譜されることも多くはありませんでした。

 ルネサンス期にはヨーロッパ各地でリュートや鍵盤楽器などのための舞曲などが愛好され、そのための楽譜も相次いで出版されるようになりましたが、それでも声楽音楽に比べると、やや2次的に扱われていた感があります。

 そうした他の国々に比べると、スペインにおける器楽音楽の繁栄は際だったものがありました。
 このスペインの特異性の理由のひとつとしては、スペインを長い間支配し、大きな影響を与えたイスラム教アラブの文化が、キリスト教のような楽器に対する偏見を持たなかったことがあげられるかもしれません。


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 この時期にスペインで特に愛好された楽器は、ギターに似た8の字形の6弦のリュート族の弦楽器ビウエラでした。

 1536年に出版されたルイス・ミラン(1500?-61?)の曲集《エル・マエストロ》にはじまり、ルイス・デ・ナルバエス(1500?-55?)、アロンソ・デ・ムダーラ(1510?-80)などによる多くのビウエラ曲集が相次いで刊行され、今日もなお、スペイン古典ギター曲として広く愛好されています。

 また、盲目のオルガン奏者アントニオ・デ・カベソン(1500?-66)の鍵盤音楽集《オブラス・デ・ムジカ》(カベソンの死後、1578年に息子により出版された)やディエゴ・オルティス(1510?-70?)のヴィオール(16,17世紀に愛好された弦楽器)のための《変奏、装飾論》(1553年出版)などは、16世紀スペインの記念碑的な器楽曲集といわれています。

 それらの器楽曲には、声楽曲の器楽用編曲や様々な舞曲、ポリフォニー的な構成による変奏的装飾技法を多用した“ファンタジアグローサ”と呼ばれる楽曲や自由な創意に基づくスペインのオルガン曲である“ティエント”など、様々な形式のものがありますが、その中でも特筆すべきなのは“ディフェレンシアス”と呼ばれる変奏曲でしょう。

 カベソンはオルガンによる多くの“ディフェレンシアス”形式の曲を作曲していますが、音楽史上でも初期の変奏形式の作品のひとつとして注目されます。そして、スペインにはじまったこの形式は瞬く間に全ヨーロッパに普及し、近代器楽音楽の主要な曲種となっていきました。


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 スペインにとって16世紀は、音楽に留まらず美術や文芸など、すべての面において「黄金時代(シグロ・デ・オロ)」と呼ばれた時代でした。しかしながら、その繁栄が急激だったと同じくらい、崩壊の到来も迅速でした。

 フェリペ2世(在位1556-1598)の晩年に兆した政治的軍事的衰退(八十年戦争での敗北,、無敵艦隊の壊滅)は、芸術の支援者であった貴族階級に致命的な痛手を与え、一方、中産階級が育たなかったこの国では、市民階級が新しい芸術を展開させることもでず、バロックの時代に至ると、イタリアの音楽を模倣するだけの、音楽的には2流と言わざるを得ない国へと変貌して行くことになりました。



 ビリャンシーコとエンサラーダが1枚で楽しめる録音としては、ジョルディ・サヴァール指揮/カペーリャ・レイアル・デ・カタルーニャのよる「ビリャンシーコとエンサラーダ」が手頃ではないかと思います。

 また、サヴァールにはエスペリオンXXを指揮して単独で「メディナセーリの歌曲集」や「エンサラーダ集」も録音しています。

 いずれも単純でたわいない歌でありながら、しっかりとしたドラマが綴られています。これほどまでに鋭敏で繊細な演奏はないと思わせるほどに魅惑的な音楽をサラリと創り上げてしまうのが、サヴァールという指揮者の素晴らしいところだと思います。

 ビリャンシーコの録音としては、他にHISPAVOXの《スペイン古楽集成》の中のローラ・ロドリゲス・デ・アラゴン指揮/マドリード・マドリガル4重奏団による「ウプサラの歌曲集」も美しくはつらつとした演奏を聴かせてくれます。

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 トマス・ルイス・デ・ビクトリアについては別項目で取り上げるので、宗教曲についてはモラーレスとゲレーロの作品について紹介しておきます。

 モラレスの作品集としては、サヴァール指揮/エスペリオンXX,カペーリャ・レイアル・デ・カタルーニャによる「死者の聖務日課,レクイエム(5声)」は低音の重厚な響きが特徴で、精緻で荘重なレクイエムを演奏しています。それでいて、まったく重苦しい感じにならないのは、指揮者、演奏者ともに南欧の出身者だからでしょうか。

 古い録音なので、ひょっとするとCDになっていないかもしれませんが、ターナー指揮/プロ・カンティオーネ・アンティクァの「モラレス/作品集」も私の古くからの愛聴盤で、マニフィカトと5曲のモテットが収められています。

 少しムードの流されているきらいが無いでもありませんが、伸びやかで豊かな情感に彩られた声が柔らかく交差して行く様が、たとえようもなく美しい録音です。伴奏として、デイヴィッド・マンロウ指揮のロンドン古楽コンソートが参加しているのも、この録音の愛聴度を高めているかもしれません。

 ゲレーロの「モテトゥス集(サクレ・カンツィオーネス)」には、サヴァール指揮/エスペリオンXX,カペーリャ・レイアル・デ・カタルーニャによる演奏があります。モラレスやビクトリアに比べると色彩感ではやや劣るかもしれませんが、非常に情感が細やかでしっとりとした響きが魅力的な1枚です。

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 ビウエラの作品集としては、比較的まとまったものとしては先にあげた《スペイン古楽集成》の中にホルヘ・フレヘスがビウエラの独奏をしている「〈ビウエラの演奏家たち〉その1」と「〈ビウエラの演奏家たち〉その2」があげられます。

 20年以上前の録音ですし、演奏的に最上とは言えないかもしれませんが、ルイス・デ・ミラン、ルイス・デ・ナルバエス、アロンソ・デ・ムダーラ、エンリケ・デ・バルデラーバなど、この時代の有名なビウエラの作曲家をほぼ網羅していて、非常に貴重な録音です。

 ルネサンス期のビウエラ曲は、様々なギター名曲集の中にギター用に編曲されて何曲か収録されていることがあります。私の愛聴盤はGRAMMOHONで出ているイエペスの「5世紀にわたるスペインのギター音楽集第1集」で、ミランやムダーラのファンタシアや、ナルバエスの「皇帝の歌」「〈牡牛の番をしている〉による4つのディフェレンシアス」などが録音されています。

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 カベソンのオルガン曲集も《スペイン古楽集成》の中にパウリーノ・オルティス・デ・ホカーノ神父による録音があります。コバルービアスとダカーロの歴史的オルガンで演奏されており、技巧的には稚拙な部分もありますが、鄙びたしっとりした音がカベソンに合っているように思います。

 カベソンのデフェレンシアスの中でも、「〈騎士の歌〉によるディフェレンシアス」は比較的演奏される作品で、ガストン・リテーズの「オルガン芸術−3」やヘルベルト・タヘツィ「ルネサンスのオルガン音楽」にも収められていました。

 《スペイン古楽集成》の中には、カベソンの他に「フランシスコ・コレーア・デ・アラウホ作品集」や「ホアン・カバニーリェス作品集」「ルイス・ベネーガス・デ・エネストローサの〈新式タブラチュアによる譜本〉」など、この時代のスペインの鍵盤音楽がまとめられていて、資料的にも貴重な録音でした。できれば、再販して欲しいものだと思います。

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 オルティスの《変奏、装飾論》の演奏としては、ジョルディ・サヴァールがバス・ヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)を弾いている「レセルカーダ集」が、鋭い切れのある技巧と現代的なスピード感の中で、軽やかにかつ滋味深い演奏を展開しています。

 サヴァールの演奏によるこの曲集は、《スペイン古楽集成》の一枚としてヘノベーバ・ガルベス(hc,og)と演奏したものと、89年にトン・コープマン(cemb,og)と演奏した2種類がありますが、コープマンと演奏したものの方が技術的にも数段上ですし、気品の中に迸るような熱気がある演奏を展開していて、好きな録音のひとつです。




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