ルネサンス期のフランス
CHANSON,HUGUENOT




 一般的にフランドル楽派の作曲家といわれている人々の中には、少なからぬ人数のフランス人が含まれています。と、いうよりは、当時は現在と比べると国家の意識は薄く、ひとつの地域がそのときの時代状況に応じて、左の公国に属してみたり右の王国に従属したりして、厳密にフランドルとフランスとを区別することは困難だったとも言えます。

 このような事情から、初期ルネサンス期のフランス音楽は、ほぼフランドル楽派と同一の歩みを示していて、特に宗教音のジャンルではその傾向が著しいように思われます。

 従って、フランスが独自の音楽を展開したのは、イタリアと同様に世俗音楽の分野においてのことでした。


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 フランスの世俗音楽は、16世紀に入るとともに、フランドルとは全く異なった、生粋のフランス的なシャンソンを生み出していきます。その代表的な作曲家がクレマン・ジャヌカン(1485?-1558)でした。

 彼を代表とするルネサンス期のシャンソンは、前世紀のブルゴーニュ楽派の宮廷シャンソンとは雰囲気をことにし、音楽の構成は比較的ホモフォニー的で、上声の旋律は生気のある舞曲風の、歯切れの良いリズムのものが多いようです。歌詞はイタリアのフロットーラ同様に卑俗的なものが多いのですが、その分、明るく生気に溢れた音楽でした。

 ジャヌカンの代表作として知られる〈鳥の歌〉や〈戦争〉などは標題シャンソンとして有名で、鳥の鳴き声や砲声などを擬音的に歌っていく楽しい曲です。

 16世紀前半に活躍した代表的なシャンソンの作曲家としては、ジャヌカンの他にクロード・ド・セルミジ(1490?-1562)やピエール・セルトン(生年不詳-1527)などがいました。

 彼らの作品は、当時パリのアテニャンやル・ロア=バラール、アントワープのスザートといった出版業者によって印刷され、広く愛唱されました。アテニャンだけでも101巻、2700曲以上のシャンソンを刊行し、これらの曲はフランスのみならず、イタリアやスペイン、ドイツでも愛唱され、リュートなどの器楽曲に編曲されることも少なくなかったようです。


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 このようなフランスのシャンソンは、17世紀に入るとさらに繁栄の道をたどります。

 当時の大詩人ピエール・ド・ロンサール(1524-82)らを中心とする、人文主義の立場から古代詩を規範とした新しいフランス文学の創始を提唱した、詩派「プレイヤード」の音楽的なリズムを内蔵した新しい韻律の作品は、音楽家達の創作意欲を刺激しました。

 プレイヤードの一員であったジャン・アントワーヌ・バイーフ(1532-89)は1570年に「詩と音楽のアカデミー」を設立し、古代における音楽、詩、舞踏、演劇の融合を再生しようと志し、言葉と詩の密接な結びつきを求めていきます。このような詩人と音楽家の強力によって、フランス語の詩の韻律をリズムの長短に置き換えた、ヴェール・ムジュレ(韻律詩曲)と呼ばれる独特の作法が試みられることにもなりました。

 クロード・グディメル(1514?-72)やクロード・ル・ジュヌ(1528-1600)、ギョーム・コストレ(1530?-1606)、アントワーヌ・ド・ベルトラン(1540?-81?)ら、16世紀後半に活躍する作曲家たちのシャンソンは、原則として世紀前半で見られた卑俗な歌詞は避けられ、ロンサールやクレマン・マロ(1496-1544)らの洗練された詩による、情趣に満たされた作品が多くなります。

 これらのシャンソンは、必ずしも合唱ないし重唱の形で歌われるとは限らず、リュート伴奏付き歌曲の形で独唱されることも少なくありませんでした。これをエール・ド・クール(宮廷の歌)と呼んでいます。エール・ド・クールは、次の世紀までフランスで広く愛唱されていきます。

 また、舞踏、独唱、合唱、器楽合奏、そして大がかりな舞台装置を用いるバレー・ド・クールと呼ばれる舞台劇が台頭し、バロック期のフランス・オペラの成立の土壌を用意することにもなりました。


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 シャンソンの隆盛と並んで16世紀のフランスで見落とすことが出来ないものに、カルヴァン派の宗教音楽があります。スイスのジュネーブを中心にまきおこったカルヴァン(1509-64)の宗教改革は、改革派の新しい教義による教会にふさわしい、新しい宗教音楽を作り出すことになりました。

 フランス語訳の詩篇によるユグノー(カルヴァン派信者)の詩篇曲がそれにあたります。カルヴァン派では、聖歌とは神の言葉、つまり聖書の詩篇などを、自国語訳によってすべての会衆の斉唱(ユニゾン)で歌うものとしていましたから、カトリックの技巧的な宗教曲や、ドイツのルター派のように人間が創作した歌詞による賛美歌(コラール)などは、認めることの出来ないものでした。

 そのような中で、クロード・グディメルなどのカルヴァン派に改宗した作曲家によって、フランス語訳の詩篇曲が多数作曲されました。それらの曲の中には、ルイ・ブルジョア(1510?-没年不明)が作曲した、今日、キリスト教団の賛美歌《あめつちこぞりて》(539番)として歌われているものでもわかるように、美しい旋律の曲が少なくありません。

 しかしながら、徹底した禁欲主義をとり、芸術的な多声音楽やオルガン音楽を「我慢しうるもの」と見なしていたカルヴァン派の詩篇曲は、その後のプロテスタント諸派の賛美歌の成立に影響を与えた程度で、それ以上に音楽的に発展することはなかったのでした。


 ジャヌカンのシャンソン集としては、ドミニク・ヴァスがひきいるクレマン・ジャヌカン・アンサンブルが演奏した2枚の「ジャヌカン・シャンソン集」が第一にあげられるでしょう。曲によってはアクの強さが目立つ場合もありますが、《鳥の歌》や《戦争》《狩り》などの標題シャンソンでの表現力の達者さは、他の団体では得難いものがあります。

 ラヴィエ指揮、アンサンブル・ポリフォニック・ド・フランスによる「ジャヌカン/19の新作シャンソン集」には《鳥の歌》などは入っていませんが、抑制の利いた味わい深い演奏を聞くことができ、クレマン・ジャヌカン・アンサンブルとはまたひと味違ったジャヌカンを聞くことができます。

 また、クレマン・ジャヌカン・アンサンブルによる「パリのフリカッセ」には、ジャヌカンともにセルミジやセルトン、アテニャンなどの様々な作曲家の作品が収められていて、当時のシャンソンの多彩さを知ることができる貴重な1枚だと思います。

 16世紀後半から17世紀のシャンソンとしては、ア・セイ・ヴォーチによるギョーム・コストレのシャンソン集「音楽(Musicque)」とパウル・ファン・ネーヴェル指揮のウエルガス・アンサンブルによるヌ・ジュヌのシャンソン集「春(Le Printans)」がすばらしいと思います。特にア・セイ・ヴォーチの演奏は、美しいフランス語の発音で聴き応えのある演奏を展開しています。

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 ユグノー派の詩篇曲には、65年の古い録音ですが、グディメルのミサ曲と6曲の詩篇歌を収めた、コルボ指揮、ローザンヌ声楽アンサンブルによる「6つの詩篇/ミサ《ル・ビアン・ク・ジェ》」があります。この録音は、大きくて厚めなコーラスながら、透明な美しさに満ちた、感動的な音楽を聴かせてくれます。

 最近の録音としては、NAXOSで出しているクリスティーヌ・モレル指揮、クロード・グディメル・アンサンブルによる「宗教改革期のフランス詩篇曲集」にグディメルの詩篇歌が12曲収められていて、こちらは小編成での合唱や独唱による、シンプルで清潔感のある演奏に仕上がっています。




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