ジョスカン・デ・プレ
Josquin des Prez
(1455?-1521)




 ジョスカン・デ・プレ(1455頃-1521)は、15世紀末から16世紀にかけてヨーロッパの音楽をリードしたフランドル楽派の中で最大の音楽家であり、ルネサンス時代の最高峰に位置する作曲家であると言われています。
 ちょうど、レオナルド・ダ・ヴィンチと同時代に活躍したジョスカンは、レオナルドが美術で果たした役割を、音楽に置いて果たした作曲家であるとも評価されています。

 さて、このように重要な作曲家であるジョスカンですが、この時代の音楽家の多くがそうであるように、彼の前半生については不明な点が多くあります。出生地もはっきりとはわかっていませんが、いくつかの資料から、現在の北フランス、当時はブルゴーニュ公国の一部であった、ピカルディ地方だったのではないかと考えられています。

 ジョスカンは、1459年にミラノの大聖堂聖歌隊の歌手を務めた後、1473年からミラノ公ガレアッツォ・マリア・スフォルツァの宮廷礼拝堂聖歌隊の一員となり、その後、ガレアッツォの弟のアスカニオ・スフォルツァの聖歌隊に加わりました。アスカニオは1484年に枢機卿となったため、ジョスカンは彼に従ってローマにおもむき、1486年から1494年までローマの教皇庁聖歌隊に歌手として所属しました。

 この間、しばしばローマを離れて、ミラノ、フィレンツェ、モデナなどのイタリアの各都市や、ナンシーなど、フランスにまでおもむいていたことが知られています。

 1501年からはフランス国王ルイ12世の宮廷で活躍していましたが、再びイタリアに戻り、1503年から1504年にかけてフェラーラ公エルコーレ1世の宮廷礼拝堂楽長として活躍しました。1504年フランドルのコンデ・シェル・レスコーにあるノートル・ダム教会の主任司祭に就任し、以後、ここで晩年を過ごし、1521年にこの地で没しています。


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 ジョスカンの作品は、彼の在世中から多数の印刷楽譜として出版されましたが、死後刊行されたものや写本に残されたものなども含めて、ミサ曲が18曲、モテトゥスなどのミサ以外の宗教曲が約90曲、シャンソンを中心とした約70曲の世俗作品などが今日知られています。

 ジョスカンは、何れの領域に置いても多くの傑作を残しており、すべての領域に置いて、前代まで展開されて来た作曲様式に、新しい手法を付け加え、ルネサンス音楽のひとつの頂点をかたち作りました。

 そのジョスカンの特徴が最も大きくあらわれているのがミサ曲です。ギョーム・デュファイによって完成され、オケゲムによって受け継がれた、循環ミサ曲の形を、ジョスカンは「通模倣様式」というさらに新しい方向に導きました。

 すなわち、デュファイやオケゲムでは、ほとんど一つの声部(低音部)のみに限定されていた共通の定旋律を全声部に広げ、なおかつ、先行する声部の旋律が一定の間隔を置いて他の声部に再現する「模倣」の書式を多用し、各声部がお互いに模倣しあいながら、それぞれ独自の旋律を展開してゆくという、通模倣様式と呼ばれる音楽書式を完成させたのでした。

 現存するジョスカンのミサ曲中でも「ミサ・パンジェ・リングァ」は、最晩年の作品と考えられていますが、通模倣様式が最も充実した形で示された代表的なミサ曲であり、ルネサンス・ポリフォニーの典型的な楽曲とも評される作品です。

 定旋律として、グレゴリオ聖歌の《パンジェ・リングァ(舌よ歌え)》が4つの声部のすべて使われており、聖歌の冒頭のミ−ミ−ファ−ミの部分がミサ曲のあらゆる部分に、多用に姿を変えて現れます。時には絡み合いながら、自由に模倣を重ねて全体が作り上げられて行く、簡素で聡明でありながら充実した音の連なりは、まさにルネサンス音楽の中でも最高の傑作のひとつと言って良いと思います。

 ジョスカンは、通模様様式をミサ曲だけではなく、モテトゥスやシャンソンにも取り入れました。モテトゥスという曲種は、ジョスカンによってはじめて、ミサ曲に匹敵する楽曲になることが出来たとさえ言われています。

 また、シャンソンでは、通模倣様式を取り入れる事により、それまでのロンドーやヴェルレーといった固定した歌曲形式にとらわれない、自由形式による手法に変化させていきました。


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 このような通模倣様式によって代表されるジョスカンの音楽は、以後の作曲家たちに多くの影響を与えました。彼の音楽が大きな規範となっていたことは、当時の多くの人たちの賛辞によっても確認できます。

 宗教改革の口火を切ったマルチン・ルター(1483-1546)は、「他の音楽家たちは音に支配されているのに対して、ジョスカンのみは音を意のままに支配する」と讃えました。また、音楽理論家であったグラレアヌス(1488-1563)は、ジョスカンの音楽を「完全な芸術」とさえ呼んでいたのでした。

 そして、フランドル楽派による正当派のルネサンス・ポリフォニー音楽は、ジョスカン・デ・プレの時代にその頂点を極め、これ以降は、変質、あるいはマニエリスム的な洗練へと形を変えていくことになります。


 ジョスカン・デ・プレの「ミサ・パンジェ・リングァ」の録音としは、フィリップ指揮のタリス・スコラーズのものが名盤だと思います。
 少し速めのテンポでのびのびと歌われ、宗教的な荘厳さを持ちながら、決して禁欲的ではなく、たっぷりとした最上部の肉付きの良さは、むしろ官能的とさえ言ってよいような気がします。胸を揺さぶられるような、新鮮で豊穣な演奏を堪能できる1枚ではないでしょうか。

 この他のミサ曲としては、タリス・スコラーズによる「ミサ・ロム・アルメ」と、ヒリヤード・アンサンブルによる「ミサ・エルクレス」も素晴らしい録音です。

 タリス・スコラーズの「ミサ・ロム・アルメ」は、1枚の中にジョスカンの2種類の「ミサ・ロム・アルメ」を収めていますが、どちらも、各声部の動きが明快で、複雑に絡み合うポリフォニーの編み目の中に、定旋律の「ロム・アルメ」がくっきりと浮かび上がり、4つの声部が織り合わされて曲が展開されていく様子が手に取るように感じられます。

 ヒリヤード・アンサンブルの「ミサ・エルクレス」は、このアンサンブル特有の清澄な音質と繊細な表現によって、作品の美しさを際だたせています。

 「ミサ・ロム・アルメ・スーペル・ヴォーチェス・ムジカーレス」では、各声部の明確さではタリス・スコラーズに一歩譲るものの、ターナー指揮、プロ・カンティオーネ・アンティクァのしっとりとした肌合いの録音も、私としては捨てがたいものがあります。

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 ミサ曲以外のジョスカンの録音としては、ヒリヤード・アンサンブルの「ジョスカン・デ・プレ作品集(JOSQUIN DESPREZ/MOTETS ET CHANSONS)」が、選曲も演奏も素晴らしいと思います。
 全体を通じて、丹念で精緻な、織物を織り上げるかのような緻密さを持ちながら、同時に力強い表現力を感じさせます。音色のそろった美しいハーモニーは、人の声のみが作り出せる、純粋に透明な至福の世界を描き出します。

 また、キングズ・シンガーズによる「ルネサンス!ジョスカン・デ・プレ作品集」には6声の世俗曲とモテトゥスが収められ、キングズ・シンガーズらしい、生き生きとした演奏を繰り広げています。

 ロンドン中世アンサンブルによる「3声の世俗音楽(全曲)」も、ジョスカンにふさわしい、デリケートな演奏を聴かせてくれる録音だと言えるでしょう。




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