フランドル楽派
FLANDRE PERIOD




 ルネサンス期の開拓者ギョーム・デュファイは、その青年期をイタリアですごし、その地で多数の作品を発表していましたが、彼の出身地はフランドル地方――つまり、今日の北フランス、南ベルギーの地域でした。デュファイばかりでなく、彼の同時代のジル・バンショワ(1400頃〜60)や後輩のアントワーヌ・ビュノワ(1440〜92)も、当時のブルゴーニュの属領であったフランドルの出身です。
 さらに、彼らにつづいて、15世紀中頃から16世紀後半にいたるまで、約150年ほどの間に多数のフランドル出身の音楽家が輩出し、全ヨーロッパの楽壇で支配的な地位をしめることになりました。

 当時のフランドル各地の大聖堂付属聖歌隊では多数の才能ある音楽家が養成され、全ヨーロッパの聖堂や宮廷に派遣されました。彼らは先輩たちの業績を受け、さらにそれを乗り越えるかのような、いっそう新鮮な息吹を音楽の上に吹き込み、その結果、フランドル風の音楽技法が国際的な音楽語法として通用することになったのです。

 この時代、一般的な美術におけるルネサンスがレオナルド・ダ・ビンチやミケランジェロなどに代表されるように、一貫してイタリアを中心にしていたのに対して、音楽の場合はルネサンス期全般を通してアルプスの北のフランドルを中心としており、イタリアでさえフランドル風の音楽技法を受け入れていました。


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 では、フランドル風の音楽技法とは何なのでしょうか。一口で言えばそれは、ポリフォニーによる音楽への傾向が著しいことにあります。デュファイらのブルゴーニュ楽派が3声での書法が中心だったのに対し、フランドル楽派は4声での構成を中心としてポリフォニーによる楽曲をつくりあげました。
 その楽曲の各声部はそれぞれ際だった性格をもち、独立した旋律線を紡ぎだすと同時に、それぞれの声部の均衡とハーモニーの美しさに、ポリフォニー技法のひとつの極致ともいうべき形を完成させています。

 このような特徴のある作曲形式によって、ミサ曲、モテトゥス、シャンソンなどを中心に作曲を行った、15世紀中頃から16世紀末の約150年間にわたって全ヨーロッパで活躍したフランドル出身の音楽家達を、『フランドル楽派』と総称しています。

 逆に言えば、音楽書法としては、ルネサンス期の音楽は中世の音楽をより洗練させた以外に、きわだった特徴を持っていないように思われます。けれど、音を作曲家の表現意欲に従って積み上げ、典礼性よりも芸術性をより重視した音楽を創り出そうとする力の方向にこそ、フランドル楽派の特徴があるのではないでしょうか。

 一口にフランドル楽派といっても、150年もの間のことでから、そこには多数の作曲家が活躍しています。
 その最初の重要な作曲家がヨハンネス・オケゲム(1430頃-1495)です。彼はブルゴーニュ楽派からフランドル楽派への移行にあたって、いわばその橋渡し的な役割を果たしました。その音楽は、ポリフォニーの技巧を様々にこらした知的で計算的な遊びに走る傾向を見せつつも、おおらかで豊かな響きの無限に流動するようなハーモニーによって、すでにフランドル楽派の時期に入ったことを示す音楽を作り出しています。


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 オケゲムの後、それに続くルネサンス期の最盛期(15世紀末から16世紀初頭)には、ヤコブ・オブレヒト(1450頃-1505)、ジョスカン・デ・プレ(1455頃-1521)、ハインリッヒ・イザーク(1450頃-1517)、ピエール・ド・ラリュー(1460頃-1518)らが活躍しました。

 その中でも、レオナルド・ダ・ビンチとほぼ同時代に活躍したジョスカン・デ・プレは、ダ・ビンチが美術において果たした役割を、音楽において果たした作曲家として評価され、その均整のとれた多くの作品は、ルネサンス様式の頂点を成すものとして評価されています。

 ジョスカンの後に続く世代としては、イタリアのヴェネツィアで活躍したアドリアノ・ヴィラールト(1480頃-1562)やプロテスタントの信仰にも関心を寄せていたクレメンス・ノン・パパ(1510頃-56)、シャンソンやマドリガーレに優れ、フランスやイタリアで活躍したヤコブ・アルカデルト(1514頃-62)やイタリアで活躍したチプリアーノ・デ・ローレ(1516-65)らがいます。


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 ところで、ジョスカン以降、フランドルの政治情勢は大きく変化し、次第に苦難の道をたどることになります。

 1477年にブルゴーニュ公シャルルが死亡しますが、公には男子がなく、そのために繁栄を誇ったブルゴーニュ公国がフランス領となり、その属領であるフランドルはハプスブルク家領となました。
 さらに1555年にはスペイン王フェリペ二世に継承されましたが、彼は1556年に即位した後、カトリックの立場による統一政策を強行し、その結果、自由の特権を誇ってきたフランドルに強い弾圧を加え、外国の地にあるフランドルの音楽家は帰るべき地を失うこととなりました。

 従って、16世紀末のフランドル楽派の音楽家たち――オルランド・ラッスス(1532-94)、フィリップ・デ・モンテ(1521-1603)らは故郷に帰ることなく、一種の亡命芸術家として一生を終えました。

 彼らの中でも特にラッススは、フランドル楽派最後の大作曲家であり、ルネサンス期の終末を用意した作曲家とも言えます。ラッススの作品の多くは、ルネサンス的ポリフォニーの音楽技法が極限までたどり着いた姿であり、同時に、ルネサンス音楽そのものが崩壊する、一歩手前でとどまった音楽でもありました。


 さて、録音についてですが、フランドル楽派の音楽はどれも好きなので、これだけ、というのは選びにくいのですが、取り合えずいくつか並べてみます。ただし、ジョスカン・デ・プレとオルランド・ラッススについては、後の項目でまとめて紹介することにして、ここでは触れないでおきます。

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 まず、オケゲムから。オケゲムの代表作といえば、「ミサ・プロラツィオーヌム」「レクィエム」「ミサ・プレクス・トランジ(ミサ・ミ・ミ)」があげられます。このうち「レクィエム」は、多声手法におる“レクイエム”と呼ばれる作品としては、現存する最古のものです。
 三つの作品とも、ヒリヤード・アンサンブルによる名唱があります。なだらかな旋律の織りなす綾が、まるでレースが透けるように透明に浮かび上がってくる、そんな演奏になっています。

 ペレス指揮、アンサンブル・オルガヌムによる「レクイエム」は、ヒリヤード・アンサンブルとはまったく違った演奏を聴かせます。声明(しょうみょう)風のグレゴリオ聖歌を加え、ミサ典礼風の演奏を行っていますが、その異常なまでの陶酔感は好き嫌いがハッキリと別れる演奏ですが、なにか引きずり込まれそうな迫力をともなっています。

 同じオケゲムのミサ曲で、タリス・スコラーズによって演奏されている「ミサ・ド・プリュ・ザン・プリュ(だんだんと)」も素晴らしい録音です。キリエの重厚なハーモニー、サンクトゥスとベネディクトゥスでの重唱と合唱が絡み合いながら、まさに"だんだんと" 昂揚していく様子は、たとえようもなく美しい高揚感を醸し出しています。

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 ハインリッヒ・イザークの曲で最も有名なのは、多分「インスブルックよ、さようなら」でしょう。この曲はドイツ・プロテスタント教会の賛美歌(コラール)にもなり、バッハやリスト、ブラームスによっても編曲されています。ロンドン中世アンサンブルの演奏による「シャンソン・フロットラ・リート集」で、イザークによる原曲を聴くことができます。

 ただ、演奏の出来としては、ヒリヤード・アンサンブルやプロ・カンティオーネ・アンティクァの演奏によるミサやモテトゥスの方が良いように思います。
 タリス・スコラーズによる「使徒たちのミサ」は、イザークの宗教曲を精密なアンサンブルで感動的に再現しています。

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 ラリューとオブレヒトについては、ターナー指揮、プロ・カンティオーネ・アンティクァによる、鮮やかなモテトゥスの録音があります。

 また、ラリューは極めて神秘的で宗教的な雰囲気をたたえた「レクィエム」がありますが、現代楽器(フルートやハープなど)を交えたラヴィエ指揮のパリ・ポリフォニック・アンサンブルの録音が面白いと思います。64年の古い録音ですが、まるでフォーレのような響きをたたえて、独特の世界を作り上げている“名演”だと思います。

 古楽器による演奏としては、ホルテン指揮のアルス・ノヴァが、ゆっくりとしたテンポで淡々と歌う、おおらかで優しい響きの録音があります。

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 クレメンス・ノン・パパではタリス・スコラーズの演奏によるミサとモテトゥス集があります。中でも「ミサ・パストーレス・クイドナム・ヴィディステス」は各声部の動きが鮮明で、素晴らしい演奏だと思います。

 チプリアーノ・デ・ローレのマドリガーレは、ルーリー指揮、コンソート・オブ・ミュージックによる端正な演奏で「マドリガーレ集第5巻」を聴くことが出来ます。
 また、タリス・スコラーズの演奏によるデ・ローレのミサ曲「万物の連なりを越えて」は、不協和音を多用した、ラッススにも通じるような劇的で美しい音楽です。

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 この他、マンロウ指揮のロンドン古楽コンソートによる3枚組の「ネーデルランド楽派の音楽」と、ターナー指揮、プロ・カンティオーネ・アンティクァの「16世紀フランドル楽派のモテット」は、この時期の作曲家の小品が多数収められていて、有用かつ素晴らしい録音です。




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