ギョーム・ド・マショー
Guillaume de Machaut
(1300?-1377)




 ギョーム・ド・マショー(1300頃-1377)は、14世紀フランスにおける最大の詩人、および作曲家として知られています。
 マショーは、「アルス・ノヴァ」を著したヴィトリと同じく、トルヴェール芸術の重要な中心地であった北フランスのシャンパーニュ地方に生まれました。

 1323年頃から、ボヘミア王であったジャン・ド・リュクサンブール(1296-1346)の秘書官となり、1335年には、聖職者としてランスの大聖堂参事会員の職を得ますが、それ以後も王の秘書官ないし外交官としての仕事は平行して続けられ、王の没後は、ジャン王の娘であるボンヌらに仕え、晩年は北フランスのランスの聖職者として過ごしました。

 マショーは、少なくとも名目上は聖職者として生涯の大半を送り、主な収入は教会からの棒給でしたが、彼の主な関心や活動の中心は宮廷にあり、その洗練された生活空間が、彼の最も親しい世界であったように思われます。従って、現在残されているマショーの詩や音楽も、彼の世俗社会への傾斜を反映しています。


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 現存しているマショーの140余りに及ぶ作品の大部分は世俗歌曲です。それらの諸形式(「レ」Lai、「ヴェルレ」Vire lai、「ロンドー」Rondeau、「バラード」Balladeなど)の中で、マショーはトルヴェールの遺産を部分的に継承しつつ、特にロンドーとバラードの中に卓越したポリフォニー音楽を展開しています。

 また、それらの音楽の諸形式を確定し、固定化したのもマショーの貢献といえるでしょう。その意味でも、彼の作品は、まさにアルス・ノヴァ音楽の頂点と呼ぶにふさわしい音楽となっています。

 それらの曲の中には、パズルのような技巧的な曲も存在します。
 例えば、「わが終わりはわが始まり」という3声のロンドーがありますが、この曲の中で真ん中の声部であるテノールは普通に歌われますが、上の声部はテノールの旋律を終わりの方から逆に歌っていき、一番下の声部は、曲の真ん中までは普通に歌った後、その同じ旋律を今度は逆に歌ってい来ます。
 そして、曲の歌詞が曲の歌い方を説明しているのです。

 こうした技巧は、マショーの後の14世紀末から15世紀初頭にかけて活躍した、アルス・スプリティオルと呼ばれる時代の超技巧的な作曲家たちによって盛んに用いられたものですが、それらの作品群の先駆的役割をなしていると言えるでしょう。


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 マショーの第2の主要なジャンルがモテトゥスです。ただし、それらは13世紀のノートル・ダム楽派の持っていた典礼的機能はほとんど失われており、現在知られている23曲のうち、15曲までがフランス語で書かれており、内容も愛や政治など世俗的のものであって、音楽の教養を持つ人々のための芸術的な世俗音楽となっています。

 マショーのモテトゥスには、『イソ・リズム』と呼ばれる定型反復リズムの手法が頻繁に使われています。イソ・リズムは、反復されるリズム型(タレア)と、反復される旋律形(コロル)を組み合わせて作られますが、特にマショーのモテトゥスにでは、両者の反復のリズムをずらすことによって、旋律が常に新しい装いで登場するように作られたものが多く見られます。

 この技法は、さらに複雑な形に進化し、15世紀のダンスタブル(1380頃-1453)やデュファイ(1400頃-1474)らに継承されていくことになりましたす。


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 聖職者であったにも関わらず、マショーの作品には典礼のために書かれた宗教曲がほとんどありませんが、その例外的な作品が『ノートル・ダム・ミサ曲(Messe de Notre Dome)』です。

 前項でも述べたように、今日知られている範囲では、ミサ通常文をひとりの作曲家が多声的に作曲した、最初の「通作ミサ」の実例です。

 13世紀までは、個々の聖歌を単独に多声曲として作曲するのが普通であり、14世紀になると「トゥルネのミサ曲」や「バルセロナのミサ曲」など、通作した形の多声ミサ曲が表れますが、これらは様々な作曲家による個々の聖歌をまとめて、通作ミサの形態に整えたものでした。
 従って、マショーの「ノートル・ダム・ミサ曲」は、バッハやベートーヴェンなどの後の世代が作曲する通作ミサ曲の祖と言うことができます。

 このミサ曲は4声で書かれており、全6章のうち、〈キリエ〉〈サンクトゥス〉〈アニュウス・ディ〉〈イテ・ミサ・エスト〉の4章は、グレゴリオ聖歌が定旋律(素材)として配され、リズムもイソ・リズムの枠内で動いています。

 一方〈グロリア〉と〈クレド〉の2章は、グレゴリオ聖歌による定旋律は使用されず、両章の結びの「アーメン」部分にイソ・リズムがの動きが目立つだけで、その長い歌詞のせいか、全声部がシラビック(1音節に1音を当てはめる)な作曲法が取られています。

 ノートル・ダムのミサ曲は、「アルス・ノヴァ」の作曲技法がきわめて熟練した形で駆使された、複雑で技巧的なリズムを特徴とする音楽です。その音は、グレゴリオ聖歌のミサ曲とも、また、後の時代のものとも違い、私たちが通常イメージする“ミサ曲”とはまったく違ったものと言えます。
 けれど、その強靱でありながら、きめ細かく柔軟な音楽は、聴くほどに独特な魅力を放つ、音楽史の中でも特異な個性に彩られた衝撃的な作品のひとつと言えるのではないでしょうか。


 マショーの世俗歌曲の録音としては、マンロウの録音も素晴らしいのですが、ここではゴシック・ヴォイスによる「ナルシスの鏡(The Mirror of Narcissus/Songs by Guillaume de Machaut)」をあげておきます。ゴシック・ヴォイスは無伴奏でマショーの世俗歌曲を歌っており、声だけの分、曲のひとつひとつが非常に明確に聞こえて来ます。

 また、ドミニク・ヴェラール指揮のアンサンブル・ジル・バンショワによる「愛の妙薬」は、マショーの様々な様式の世俗歌曲とモテットの演奏とともに、マショーの詩の朗唱も収めています。このアンサンブル独特の、線の細い軟らかな発声で、細やかな演奏を繰り広げています。

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 「ノートル・ダム・ミサ曲」には幾つか録音がありますが、デーラー指揮のデーラー・コンソートによる演奏は、61年の比較的古い録音で、迫力には少し欠けるかもしれませんが、デリケートなタッチの演奏に仕上がっています。

 最近の録音では、ドミニク・ヴェラール指揮のアンサンブル・ジル・バンショワによる「ノートル・ダム・ミサ」は、グレゴリオ聖歌や朗唱も含めて、当時の《聖母マリア披昇天祭》のミサとして再現を試みています。豊かな残響の中で、優雅で繊細に歌われるミサ曲は、それ以前の演奏とはまったく違った印象で、この曲の新たな魅力を教えてくれる録音です。

 私が一番好きな「ノートル・ダム・ミサ曲」の録音は、ヒリヤード・アンサンブルの演奏です。各パートの木目が細かく、デリケートで神経の行き届いた演奏で、作品の細部まではっきり聴こえてくる名演奏だと思います。また、この盤には「わが終わりはわが始まり」も録音されていました。



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