中世末期のイタリアとイギリス
Trecent music, Dunstable




 13世紀までのイタリアは、多声音楽の不毛の地でした。中世からひとつの際だった旋律を重視する傾向があったイタリア人は、教会の聖堂や修道院では単旋律のグレゴリオ聖歌を、そしてイタリア語による非典礼的な宗教歌ラウダも世俗音楽も単旋律のものを好み、フランスを中心に発展していたポリフォニーはまったくと言ってよいほど発達しませんでした。

 イタリアで多声音楽が本格的に作りはじめられるようになったのは、1330年頃からの事だと言われます。13世紀のアルビジョワ十字軍(1208年、教皇インノケンティウス3世が、南フランスのキリスト教の異端アルビジョワ派に対する十字軍として派遣したもの。遠征は09年から20年にわたって続けられた)の結果、南仏プロヴァンスのトルバドゥールたちがイタリアに亡命したことが、イタリア歌曲に影響を与えたと言われます。

 また、この頃にはノートル・ダム楽派の音楽がいくつかの写本でイタリアに知られるようになったのも、多声音楽の出現に関与したのではないかとの説もあります。特にコンドゥクトゥスは、イタリアの多声歌曲の成立の基礎になったと考えられています。


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 14世紀(トレチェント Trecent)イタリアの多声音楽が、外国、特にフランスの影響でもとに突発的に出現したものか、それとも資料が残っていないだけで、イタリアにも固有の多声音楽の伝統があり、それにフランスの影響があって発達したものなのか、はっきりしたことはわかっていません。

 けれど、この時期のイタリア多声音楽の大きな特徴として、パリのノートル・ダム楽派のような教会音楽との結びつきが稀薄で、世俗多声音楽が流行したことがあげられます。

 ノートル・ダム楽派の歌曲に見られる、聖歌をもとにした定旋律(素材)や、イソ・リズム法、異なった歌詞を同時に歌うモテトゥスなどはほとんど見られず、ラテン語による宗教音楽作品もきわめて少ないのです。

 イタリアでは、バラータ(フランスのヴェルレーと同形式の世俗歌曲)やマドリガーレ、また作品数は少ないながら、カッチャ(狩の曲)と呼ばれる生き生きとしたカノン(輪唱)が生み出されました。いずれも、最上声部が流動的に旋律を歌い、下声部がそれをゆったりと支えるという、2声ないし3声の形が多く、滑らかに流れる旋律に主眼が置かれています。

 トレチェント・イタリアの作曲家としては、ヤコポ・ダ・ボローニャ(1340-1386?)やフランチェスコ・ランディーニ(1325頃-1397)、ニコロ・ダ・ペルジァ(生没年不明)などが上げられます。彼らの音楽は、時代の違いは指摘できても、個々の作風の差異はあまり明確ではありません。けれど、活発な音楽活動がなされたことは間違いありません。

 14世紀イタリアの音楽は、技法的にはやや稚拙で保守的な傾向はありますが、反面、その生命力に溢れたリズムや個人的な表現意欲は、来るべきルネサンスを先取りしたものと言えなくはありません。けれど、早咲きの花ともいえるそれらの音楽は、14世紀末には忘れ去られ、15世紀から16世紀末までのイタリアは、より技巧や構成に優れたフランス音楽に熱中することになります。


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 一方、同じ時代のイギリスは、フランスに次ぐ多声楽曲の先進国の一つであったようです。例えば、13世紀末から14世紀初め頃にイギリスのレディングで成立した《夏は来りぬ Sumer is icumen in》というカノンは、現存する最古のカノンのひとつであり、4声部の同度のカノンに、2声のバスが加えられた6声部構成となっていて、当時のイギリスの高い音楽水準を示しています。

 14世紀から15世紀のイギリスでは、ヨーロッパ大陸の国々ではほとんど使われなかった3度(例えばドレミファのド−ミ)や6度(ド−ラ)の甘美な響きを多用した、美しい独特の多声音楽技法が開発されました。その多くは作曲家が不明ですが、ポリフォニー的な展開に乏しく、自然に快く響く和音の響きが共通した特色として認められます。

 また、声部の数は3声を基本としながらも、同一の楽曲の中で2声や1声に変化させ、響きの変化を求めて行きます。大陸の音楽では声部の展開が首尾一貫していることから考えても、このような美しい響きに対するイギリス人の好みは、充分に特色あるものと言えるでしょう。

 また、イギリスは島国であるためか、戦争などで大陸との接触が無くなると、大陸などではすでに流行遅れになった技法を守り、かつ、より技巧的装飾的に変化せせる傾向がありました。そのため、イギリスに導入されたノートル・ダム楽派のイソ・リズムやイタリアのバラータなどの技法は、いつまでも使用されつづけ、大陸では想像もされなかったほどに複雑に変容していったのです。

 従って、14世紀のイギリス音楽は、心地よく鳴り響く美しい曲でありながらも、大陸の音楽と比較すると、表現力や構成力が非常に乏しく、ほとんど同じ作曲技法で作られた、作曲者の個性が感じられない曲が多く生み出されることになったのでした。


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 イギリスの音楽家が、大陸の音楽家に劣らない強い構成力と表現力を身につけるためには、甘美な和音の響きに身をゆだねるだけでなく、フランスではじまっていた新しい音楽の展開法を身につける必要がありました。その機会は15世紀に入ってすぐ、百年戦争末期にイギリスがパリを含む北フランスを占領したことによって、イギリスの音楽家達に与えられることになります。

 例えば、15世紀初めのイギリスの代表的な作曲家として、ライオネル・パワアー(1375頃-1445)やジョン・ダンスタブル(1380頃-1453)があげられますが、特にダンスタブルは、イギリス国王ヘンリー5世の弟であるベッドフォード公ジョンに仕えてたため、公がフランスに滞在していた1422年から35年までの間、ダンスタブルも公に従ってイギリスに渡ったものと推定されています。

 ダンスタブルの音楽は、14世紀のマショーのような数理的なイソ・リズム(定型反復リズム法)を駆使しながらも、イギリスの伝統的な和声法を用いた甘美な音を響かせます。不協和音も無いわけではありませんが、それらはほとんど目立たないように注意深く処理されています。

 そして、ダンスタブルら15世紀初頭のイギリスの音楽家は、それまでの中世の様々な技法、つまり、フランスのポリフォニーやイタリアの旋律の展開法、イギリスの伝統的な和声法などを総合し、ルネサンス音楽の方向を決定づける役割を果たしたのでした。

 しかしながら、大陸に強い影響を与えていたイギリス音楽も、イギリスの敗退による百年戦争の終結(1453年)、それに続く国内でのバラ戦争(1455〜85年)などの影響によって、次第に衰退していくことになります。


 14世紀イタリアの音楽を集めた録音としては、デイヴィッド・マンロウ指揮のロンドン古楽コンソートのよる「春は来たりぬ/中世イタリアの音楽(ECCO LA PRIMAVERA/Floretine Music of the 14th Century)」とゴシック・ヴォイスが演奏する「フランチェスカに捧げる歌(A song for Francesca/MUSIC IN ITALY,1330-1430)」の2枚が良いのではないかと思います。
 特にマンロウの録音には、ランディーニの代表作である「春はきたりぬ」が収められています。マショーなどを聞き慣れると音楽の構成の弱さが気になって来たりしますが、イタリアらしい、楽天的で美しい曲を聴くことができます。

 ランディーニの比較的最近の録音では、アラ・フランチェスカが演奏する「Landini and Italian Ars Nova」の、柔らかく清々しい演奏に耳を惹かれます。トレチェント・イタリアをイタリア・アルス・ノヴァとする考え方には少々意義を唱えたいところもあるのですが、ランディーニを中心に、当時のイタリア音楽を美しく聴かせてくれます。

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 中世のイギリス音楽では、セクエンツィアが演奏する「中世イギリスの歌(ENGLISH SONGS OF THE MIDDLE AGES)」とヒリヤード・アンサンブルによる「中世イギリスの歌(SUMER IS ICUMEN IN/chants medievaux anglas)」をあげておきます。

 古楽アンサンブルはイギリスの団体が多いせいか、この時代のイギリス音楽が現代人にも聴きやすく、キャロルも含めると中世イギリスの音楽を収めた録音は多数あります。曲自体の弱さは否めませんが、合唱自体はどれもおもしろい録音です。
 その中で、先にあげたセクエンツィア盤は単旋律歌曲も収められているのが珍しいと思います。また、ヒリヤード・アンサンブル盤は、合唱そのものがすばらしい上に、私が好きなカノンの「夏が来た」が聴けるので愛聴しています。

 また、ザ・デュファイ・コレクティヴの「MiRi iT is(中世イングランドの歌と器楽曲)は、素晴らしい楽器のアンサンブルと、地声の歌によるフォーク/トラッド的なアプローチがとても楽しい録音です。

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 ダンスタブルとその時代のイギリス音楽の録音はには、プロ・カンティーネ・アンティクァとコレギウム・アウレウム合奏団による「ダンスタブルとその時代の音楽(JOHN DUNSTABLE UND SEINEZEIT)」や同じくプロ・カンティオーネ・アンティクワによる「アルス・ブリタニカ(ARS BRITANNICA)」などがあります。やや中世風ながら、甘美な和音を響かせる、素朴な美しさに満ちた音楽を聴くことが出来ます。

 ダンスタブルの音楽だけの録音としては、ヒリヤード・アンサンブルによる「ダンスタブル:モテット集(DUNSUTABLE:MOTETS)」があります。ヒリヤード・アンサンブルの洗練された歌声で、非常に快いハーモニーを聴くことが出来る1枚です。

 オルランド・コンソートによる「Dunstable」も、彼のモテットやミサ曲など、宗教曲のみを集めた1枚です。演奏、録音ともに好いディスクですし、多分、現在も入手可能だと思いますので、ダンスタブルに興味を持たれた方は、これから聴いてみてはどうでしょうか。




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