中世騎士世俗歌曲
Troubadour, Trouvere, Minnesinger




 中世と言うと暗黒時代とすぐに連想されるほど、キリスト教にがんじがらめになった時代と思われがちで、音楽なども、宗教曲ばかりと思われる方がいるかもしれませんが、人間がそんなものだけで生きていられるわけもなく、当時の文章や資料によると、11世紀から14世紀に掛けての時代は、世俗音楽の面でも注目に値する時代だったのがわかっています。

 単に、それらの音楽は、楽譜として残っていなかったり、残っていても解読不能だったりするだけのことです。

 たとえば、当時ジョングルールと呼ばれた旅芸人達が活躍したことがわかっていますし、11世紀から13世紀に掛けては、ゴリヤードと呼ばれた反体制的な下級聖職者(生臭坊主)や学生たち(多分、職にあぶれて反体制的な気分になったインテリ層)が、ラテン語で愛の歌や酒の歌や教会批判など、風刺的な歌を歌って放浪していたことが知られています。

 ジョングルールが歌ったと言われる曲はまったく残っていないようですが、ゴリヤードたちの歌は『カルミナ・ブラーナ』と言う名の歌曲集としと残されています。

 カール・オルフ(1895-1982)作曲の「カルミナ・ブラーナ」は歌曲集に残された詩をもとにして作られた、完全な現代音楽です。

 実は、『カルミナ・ブラーナ』には、グレゴリオ聖歌と同じようにネウマ譜が残されているのですが、これが全くの解読不能なものらしく、どんな旋律で歌われていたのかは全くわかっていません。

 ですから、古楽器でそれらしく演奏している録音も出回っていますが、「想像」と「創造」の産物だと言ってかまわないのではないかと思います。私はフィリップ・ピケット指揮のニュー・ロンドン・コンソート演奏のものと、クレマンシック指揮のクレマンシック・コンソート演奏ものの2種類を持っていますが、まったく違う音楽になっています。どちらが良いかは言いかねますが、聞いていて面白いのはクレマンシック版です(音楽史的には、かなり問題があるかもしれませんが(笑))。


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 さて、本題の中世騎士世俗歌曲ですが、これは再演が可能です。

 1096年から約200年にわたった「十字軍」の時代、フランス、ドイツを中心に、騎士や貴族階級出身者などのアマチュア歌人による世俗歌曲が栄えました。

 いつ、誰が歌い始めたかは、これもグレゴリオ聖歌同様にはっきりしませんが、まず、南フランスにトルバドゥール歌曲が発生し、それが北フランスに伝播してトルヴェール歌曲になり、それらがドイツに影響を与えてミンネゼンガー歌曲が興ったという流れになっているようです。

 ドイツではフランスより半世紀ほど遅れて、13世紀から14世紀初頭にかけて、「騎士の歌曲」が繁栄しました。

 フランスにしろドイツにしろ、彼らの取り上げた歌曲の題材は、大部分は愛や女性を讃えたものであり、それ以外では道徳や政治に関係したもの、十字軍や英雄の武勲を讃えたものがほとんどです。また、歌曲だけでなく、器楽曲も作られました。

 「恋愛は12世紀の発明」という有名な説があります。それまでは、女性は常に蔑視されて、極めて低い地位しか持たなかったと言います。従って、男女の平等の上に成り立つ“恋愛”あり得なかった、と。
 それが、高度に文明かされた社会に変わっていく過程で、男女両性間の新しい概念と関係が生まれ、12世紀に至って花開き、それが現代まで続いているのだ、というのです。

 中世の騎士たちが歌う恋愛は、『至上の愛』あるいは『宮廷風恋愛』といわれます。
 既婚の貴婦人、それも通常は自分の君主の奥方に思いを捧げる騎士、という設定で展開される、様式化された、ある意味でマゾヒスティックな不倫の愛の歌を、彼らは情熱を込めて作りあげたのでした。


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 トルバドゥールとトルヴェールは同じフランスに発生しましたが、その大きな違いは言語にあります。トルバドゥールたちがラング・ドック(オック語)と呼ばれる南フランス地方のことばを使って詩を書いたのに対し、トルヴェールは現在のフランス語のもとになったラング・ドイルを用いて詩を書きました。これに自分たちで曲を付けて歌っていたわけです。

 ミンネゼンガーのミンネは、「愛」と言う意味なので、ドイツの騎士歌人達は「愛の歌人」と呼ばれていたことになります(ちなみに、トルバドゥールやトルヴェールを日本語に訳すと、「見いだす人」という意味になります)。ワーグナーの歌劇『タンホイザー』に出てくるタンホイザーもヴォルフラムも、実在のミンネゼンガーの名前です。

 曲は、単旋律の素朴なものです。歌曲には、必ずといって良いほど伴奏楽器があります。

 実際に聴いてみると、ヴィオールと呼ばれる弦楽器で伴奏されている曲は比較的耳に馴染みやすいのですが、それ以外の古楽器で伴奏されている場合、それらは現在の楽器と違って、少し潰れたような音を出しますから、聞き慣れないとかなり違和感があるかもしれません(スコットランドのバグパイプの音のようなものです)。

 その代わり、ド−ミ−ソとかファ−ラ−ドといった、聞き慣れた和音の積み重ねで出来ている曲が多いので、音に慣れさえすえば親しみやすいと思いますし、その後のヨーロッパ音楽の方向を予見させる音を感じることができます。

 リズムは、ネウマ譜なのでやはり限定は難しいのですが、歌詞とのとの関係から追っていくと、フランス圏の歌曲は主として3拍で、ドイツ圏の歌曲は2拍で解読していくのが一般的だと言われています。


 昔と違って、トルヴェールやミンネゼンガーの曲を取り上げた録音も増えてきましたが、一枚で一通りの曲が聴けるものというと、デイヴィッド・マンロウ指揮のロンドン古楽コンソートが1970年に録音した「十字軍の音楽(MUSIC OF THE CRUSADER)」が白眉だと思います。
 この後にも出てくると思いますが、デイヴィッド・マンロウの録音したものは、中世・ルネッサンス期のスタンダードな曲が多く、それ一枚を聞くだけで、ほぼその時代の雰囲気がわかるものが多いです。演奏も、単なる古楽の再現に留まらず、今に息づいた「音楽」になっていて、何度聴いても飽きさせない魅力に満ちています。

 トルバドゥール歌曲の録音としては、ポール・ヒリアーが独唱をしている「プロエンサ(Proensa)」がしみじみとした雰囲気で聴かせてくれます。トルヴェール歌曲ではセクエンツィアが演奏している『恋愛歌人・トルヴェールの伝統』(2枚組)が、手堅い演奏で、聴きやすいのではないでしょうか。

 ミンネゼンガーの歌曲集としては、セクエンツィアの演奏による『オズヴァルト・フォン・ヴォルケンシュタイン歌曲集』があります。トルヴェールやトルバドゥールに比べると、少しばかりごつごつした感じが否めませんが、ドイツの騎士の歌曲が生き生きと歌われています。



 *ポール・ヒリアーの「プロエンサ(Proensa)」について、CD三昧日記のSASAKIさんがトルバドゥールの恋歌として取り上げていらっしゃいます。このCDの魅力を素晴らしい名文で綴っていらっしゃいますので、ぜひ一読してみて下さい。

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