イギリス国教会の音楽 


 イギリスの教会は、ヘンリー8世治下の1534年に「首長令」をもってローマ・カトリックから分離しましたが、この事件は宗教の教義上の問題よりも、むしろ政治的なものであったため、典礼や音楽の上での直接的な変化は起こりませんでした。しかし、教会での礼拝の音楽は徐々に英語がとって変わるようになり、エドワード6世治下の1549年の「信仰形式統一令」によって『イギリス国教会共通祈祷書 The Book of Common Prayer』だけが公に用いられる唯一の祈祷書となります。
 その後、メアリー女王の統治下に、短期間ローマ・カトリックに返りましたが、エリザベス1世はイギリス式の典礼を復活させ、イギリス国教会の形態は本質的には今日と変わらないものになりました。

 当然のことですが、これらの事柄はすべて教会音楽に様々な影響を及ぼしました。特に1548年にエドワード6世が英語だけで「どの音節に対しても単純で明快な1音節を当てて」――つまり、単純なホモフォニー様式で――歌うように勧告したことが、新しい形のイギリス教会音楽を生み出す結果になりました。

 イギリス国教会のための音楽の主要な形式が、『共通祈祷書』をテキストとする英語によるサーヴィス Service 、アンセム anthem です。

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アンセム anthem

 英語によるアンセムは、ラテン語によるモテトゥスに相当します。アンセムにはフル・アンセム full anthem と呼ばれる全曲を通して無伴奏の合唱によるものと、ヴァース・アンセム verse anthem と呼ばれるオルガンまたはヴィオラ・ダ・ガンバの伴奏のついた独唱(1声)や重唱(2声以上)の部分を含むものに区別されています。
 16世紀から17世紀にかけて、ウィリアム・バード(1543-1623)やオ−ランド・ギボンズ(1583-1625)らによって音楽的に洗練されました。

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サーヴィス Service

 サーヴィスは、完全な形態としては早祷式 Morning Prayer と 晩祷式 Evening Prayer (それぞれ、ローマ・カトリックの聖務日課の朝課と晩課に相当する)の不変の部分の音楽と、聖餐式 Holy Communion (ローマ・カトリックのミサに相当する)に対する音楽からなっています。
 しばしばキリエ Kyrie とクレド Creed だけが作曲されましたが、これはイギリス国教会の音楽機構の中で、聖餐式がローマ・カトリックほど重要な位置を占めていなかったからだといわれています。

 大聖堂や大学の聖歌隊によって日々用いられる小規模なものをショート・サーヴィス Short Service、主要な祭日用のためのより大規模で複雑なものをグレート・サーヴィス Great Service と呼んでいますが、このふたつの間には内容的な違いはありません。
 バード(1543-1623)の作曲した《グレート・サーヴィス》は、もっとも優れた作例のひとつです。

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オード ode

 頌歌。古代ギリシャにはじまる、韻律、形式ともに自由な讃(ほ)め歌をいいます。ドイツのカンタータと同様に、独唱、合唱、オーケストラのための複合的な作品として作曲されるのが普通です。

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詩編 Psalms

 キリスト教とユダヤ教の礼拝に最も広く用いられる『旧約聖書』中の150編の宗教詩文が「詩編」です。いつ頃に完成したのかはわかっていませんが、その一部はダビデ王(在位紀元前1000-前961)の作とされています。詩編は神と人との関わりを反映し、賛美や信頼、悲しみや嘆きまで、多彩な内容を含んでおり、聖務日課において常に重視されました。

 ユダヤ教の時代から樣々な唱方で歌われてきましたが、プロテスタントにおいても、それぞれの国の国語に翻訳された詩編に様々な作曲が行われて17世紀頃まで歌われました。

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エレミアの哀歌 lamentation

 lamentation(ラメンタシツィオ)はラテン語で「嘆き」の意味で、旧約聖書の「エレミア書」を指すことから、「エレミアの哀歌」キリスト教とユダヤ教の礼拝に最も広く用いられる『旧約聖書』中の150編の宗教詩文が「詩編」です。いつ頃に完成したのかはわかっていませんが、その一部はダビデ王(在位紀元前1000-前961)の作とされています。詩編は神と人との関わりを反映し、賛美や信頼、悲しみや嘆きまで、多彩な内容を含んでおり、聖務日課において常に重視されました。

 ユダヤ教の時代から樣々な唱方で歌われてきましたが、プロテスタントにおいても、それぞれの国の国語に翻訳された詩編に様々な作曲が行われて17世紀頃まで歌われました。

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