15 ブクステフーデ「われらがイエスの四肢」(BuxWV.75)
    (Dietrich(Dideric) Buxtehude "Membra Jesu nostri")


 ディートリッヒ(ディデリック)・ブクステフーデ(1637-1707)の曲を実際に聴いたことが無い人でも、多分、J.S.バッハをめぐるエピソードの一つに出てくる存在として、その名前くらいは知っているのではないでしょうか。

 北ドイツのリューベックにある聖マリア教会のオルガニストだったブクステフーデは、当時、絶大な人気を誇る音楽家でした。1705/6年、ブクステフーデが主催する「夕べの音楽(アーベント・ムジーク)」を聴くために、アルンシュタットの教会オルガニストだった20歳のJ.S.バッハは、370Kmも離れたリューベックまで徒歩で訪れ、ブクステフーデの音楽に心酔したあまり、アルンシュタット教会に申し出た4週間の休暇を、無断で4ヶ月に延長してしまったのです。

 そんな、北ドイツのオルガン楽派最大の音楽家であり、J.S.バッハのオルガン音楽に最大の影響を与えたブクステフーデですが、彼はオルガン曲だけでなく、多くの宗教的なカンタータを残しています。その大部分はドイツ語によるものですが、ここで取り上げる連作カンタータ『われらがイエスの四肢』は、ブクステフーデ唯一のラテン語によるカンタータです。


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 「われらがイエスの四肢」は、7つの部分からなる連作カンタータです。各カンタータの題名は下記の通りで、十字架に磔けられたキリストの身体の各部への語りかけの形で、キリストの受難の痛みを慈しむ内容になっています。

  1. Ad pedes(足について)
  2. Ad genua(膝について)
  3. Ad manus(手について)
  4. Ad latus(脇腹について)
  5. Ad pectus(胸について)
  6. Ad cor(心について)
  7. Ad faciem(顔について)

 各カンタータとも、バッハ以前の北ドイツのカンタータの典型的な構成にならい、器楽による簡潔な導入の「ソナタ」、声楽アンサンブルによる「コンチェルト(合唱)」、独唱による「アリア」が続き、再び合唱の「コンチェルト」を繰り返して閉じられます。全曲を通しても1時間とはかからない、非常にコンパクトにまとめらたカンタータですが、聴く者に強く訴えかけるものを持った、感動的で美しい音楽となっています。

 ブクステフーデのカンタータの中でも、「われらがイエスの四肢」は傑作の部類に入る作品と思うのですが、なぜかLP時代には録音がありませんでした。1987年のトン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラによるものが最初の録音で、それ以降、現在では入手のしやすいかどうかは別にしても、7種類ほどの録音が出ています。


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 「われらがイエスの四肢」の数ある録音の中で、私が最もよく聴くのは、BISから出ているバッハ・コレギウム・ジャパンの演奏です。ソリストも合唱も楽器群も総じてバランスが良く、何よりも優しさと真摯な美しさに満ちています。決して派手さはありませんが、イエスに対する荘厳なまでの祈りを感じさせてくれる、深みとぬくもりを持った素晴らしい録音だと思います。

 ハーモニーの透明感を求めるなら、LINNから出ているザ・シックスティーンの録音が良いでしょうか。私のイメージする「われらがイエスの四肢」には少し強い感じがあるのですが、合唱の部分も1声部につき1人という「重唱」の形で演奏をされており、アンサンブルの精緻さが際だっています。合唱による録音と比べると量感には劣りますが、抑制の利いた表現力では群を抜いた録音だと思います。

 ERATOから出ているトン・コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラによる演奏は、バッハ・コレギウム・ジャパン盤やザ・シックスティーン盤を聴いてしまうと、その合唱の弱さが少し気になってしまうのですが、「われらがイエスの四肢」の最初の録音として、いまだに褪せない瑞々しい美しさを感じさせてくれます。

 上記3枚とはかなり違った演奏ですが、NAXOSから出ているディエゴ・ファソリス指揮ルガノ・スヴィッツェラ放送合唱団の録音は、個人的にかなり面白く聴くことが出来ました。合唱は少しざらついた感じが否めませんし、どことなくカリッシミのオラトリオやモンテヴェルディの宗教曲を彷彿とさせるような所もあるのですが、熱狂的とも言えるような祈りの雰囲気が伝わって来ます。多分、かなりイタリア的な演奏だと思うのですが、7種の録音の中では一番熱い演奏でしょう。

 この他に、「われらがイエスの四肢」にはルネ・ヤーコプス指揮コンチェルト・ボカーレ盤[(仏)harmonia mundi HMC901333]やエリオット・ガーディナー指揮モンテヴェルディ合唱団盤[(独)Archev 427660-2]、エリク・ファン・ネーヴェル指揮クレンディ盤[(白)Eufoda 1294] などがあります。実のところ、この3枚の録音に関しては、それぞれ演奏技術的に申し分ないとは思いますし、美しい演奏なのですが、上記の4種類の録音と比べると、私が理想とする「われらがイエスの四肢」とは、やや異なる雰囲気が感じられてなりません。


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 正直に言って、どんな演奏がドイツ的であり、どの録音が一番ブクステフーデ的なのかを言えるほど、私はドイツ音楽に詳しいわけでもありませんし、聴き込んでいるわけでもありません。ブクステフーデのオルガン曲にしろカンタータにしろ、私が聴いたことのある曲は、残されている作品の半分にも足りません。ただ、最終的には、演奏の善し悪し以上に、その演奏にどれほど祈りの雰囲気に満ちているのか、どれほどの真摯さがその楽曲から感じられるかが、私にとっては宗教曲を聴く場合の一番のポイントになっているように思えます。

 現在の所、そんな私にとってブクステフーデの宗教曲のイメージに一番近いのが、鈴木雅明指揮によるバッハ・コレギウム・ジャパンの演奏なのです。多分、今後「われらがイエスの四肢」にどんな録音が出たとしても、その評価をする時には、彼らの録音が基準になることは間違いありません。

 それにしても彼らの演奏を聴くにつけ、もし可能であるならばバッハ・コレギウム・ジャパンの演奏による、ブクステフーデのドイツ語カンタータ集(出来ればカンタータ全集)が出て欲しいと思うのは、さすがに我がままな願いでしょうか。

(2001/10/28)


ブクステフーデ「われらがイエスの四肢」
Dietrich(Dideric) Buxtehude "Membra Jesu nostri"
 鈴木雅明指揮 バッハ・コレギウム・ジャパン
 Masaaki Suzuki, Bach Collegium Japan

  1997年録音 BIS(キング) KKCC2267
  [※輸入盤:(瑞) BIS CD871]
 ハリー・クリストファーズ指揮 ザ・シックステーン
 Harry Christophers, The Sixteen

  2000年録音 (英) LINN CDK141
 トン・コープマン指揮 アムステルダム・バロック・オーケストラ
 Ton Koopman, The Amsterdom Baroque Orchestra

  1987年録音 ERATO(ワーナーミュージック・ジャパン) WPCS11120
  [※輸入盤:(仏) ERATO 0630.17760]
 ディエゴ・ファソリス指揮 ルガノ・スヴィッツェラ放送合唱団
 Diego Fasolis, Chor of Radio Svizzera, Lugano

  1997年録音 (香) NAXOS 8.553787

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