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13 ドミニク・ヴェラール指揮/アンサンブル・ジル・バンショワ (Dominique Vellard/Ensemble Gilles Binchois) 昔と比べて、輸入のマイナー・レーベルを中心に、毎月毎月、何枚もの古楽系の録音が出るようになりましたが、録音評が出る前に何が何でも購入する団体や演奏家というと、実のところそれほど多くはありません。
そんな中で、新録音が出たという記事を見ると同時に、送料その他で多少高上がりになろうとも、フランスやイギリスのオンライン・ショップに注文を出してしまう団体に、ドミニク・ヴェラールが主催するアンサンブル・ジル・バンショワがあります。 アンサンブル・ジル・バンショワは、1978年に結成された声楽アンサンブルで、中世から初期ルネサンスの音楽を中心にというか、それを専門に演奏している団体と言って良いでしょう。 スイスのバーゼル音楽院の古楽専門の研究所「スコラ・カントルム・バジリエンシス」で中世・ルネサンス音楽の教授も務めるドミニク・ヴェラールによって結成され、リーダーのヴェラールやその妻のアンヌ・マリ・ラブロード、ブリジット・レーヌ(カウンター・テナーのジェラルド・レーヌの妹)など、フランス人を中心に結成されています。 どちらかといえば線の細い、柔らかな発声を特徴とする声楽アンサンブルですが、90年代に入ってからの録音にはフランス以外の国籍のアーティスト(日本人のカウンター・テナー太刀川昭など)も参加するようになり、アンサンブルの質が確実に向上しているように思われます。 団体名のジル・バンショワは、ギョーム・デュファイと同じルネサンス初期に活躍したフランドル楽派のジル・バンショワ(1400頃〜1460)の名前から取られています。その名の通り、彼らの演奏する音楽も中世からルネサンス初期のフランスまたはフランドル楽派の音楽を中心にしていて、少なくとも録音では、ルネサンス中期までを上限としているように思われます。 実のところ、中世からバロックまでの音楽をどのように再現するか、というのはなかなか難しい問題です。確かに現在まで多くの楽曲の楽譜が伝わっていますが、それがどの程度、当時の演奏を忠実に写し取っているかと言えば、「わからない」というのが正確なところでしょう。 なぜならば、ヨーロッパにおける音楽演奏の習慣の中で、楽譜が絶対化されるようになり、楽譜を忠実に再現すれば作曲家が意図した音楽になるようになったのは、たかだか200年ばかり前からの事であって、それ以前、特に中世やルネサンス期の音楽は、まず演奏が最初にあって、楽譜は他人に伝えるための、一種の覚え書き、または速記のようなものに過ぎなかったからです。 従って、ひとつの楽曲で様々な解釈が成り立つことが可能であり、同じ楽譜を使っているにもかかわらず、同じ音楽とは思えない、という演奏が出てくることになります。そのひとつの例として、ギョーム・ド・マショーのノートル・ダム・ミサがあげられるでしょうか。実際、アンサンブル・ジル・バンショワとアンサンブル・オルガヌムの演奏を聴き比べると、とても同じ音楽には聴こえません。 2つの演奏のどちらを是とするかは、結局は聴く人間が中世に対してどんなイメージを持つか、という問題と密接にかかわって来るわけですが、私にとっては、アンサンブル・ジル・バンショワの演奏の方が、イメージする中世により近いものを感じさせてくれます。
そして、声楽アンサンブルはアンサンブルを重視するあまり、時としてあまりにも無機的な響きになってしまうことも多いのですが、アンサンブル・ジル・バンショワの演奏は周到で学究的なアプローチのもとで再現されながら、あくまでも柔らかで暖かな、人間の血の通った温もりをも聴く者に感じさせてくれるのです。 アンサンブル・ジル・バンショワの演奏ならば、私はどの録音も大好きと言えるのですが、その中でもよく聴いているものをあげると、上記のノートル・ダム・ミサの他にはデュファイの『ミサ・アヴェ・レジナ・チェロルム』とエスコバールの『レクイエム』という事になるでしょうか。 デュファイの『ミサ・アヴェ・レジナ・チェロールム』は、皆川達夫先生が「ルネサンス・バロック名曲名盤100」(音楽之友社)でデュファイの最高傑作として名前をあげていた曲で、ずうっと聴いてみたいと思っていた曲でした。それでも、なかなかCDを入手することが出来なかったので、友人から借りてやっと聴くことができた時には、本当に嬉しくて天にも昇る気分でした。その後、ある方のご厚意で譲って頂いたのですが、現在も月に一度は必ず聴くほど気に入っている一枚です。 デュファイの録音では、ほかに『ミサ・エッチェ・アンチッラ・ドミニ』という、非常に手の込んだ美しいミサ曲の録音もあります。これもとても素晴らしい録音なので、いつか、マンロウの名盤を超えるような(少なくとも肩を並べるような)『ミサ・ス・ラ・ファス・エ・パル』を、アンサンブル・ジル・バンショワが録音しくれないものかしら、と思わずにはいられません。 ペドロ・デ・エスコバール(1465?-1535?)の『レクイエム』は、今年(2000年)になってから入手しました。アンサンブル・ジル・バンショワには珍しく、スペインのルネサンス期の宗教曲で、清楚で優美なメロディーは、聴き込むほどに引きつけられていくように思われます。男性のみの8人で演奏される宗教曲は、ア・カペラならではのアンサンブルの精緻さと、曲への深い共感を感じさせてくれます。 アンサンブル・ジル・バンショワは古楽畑ではかなり有名な団体だと思います(中世・ルネサンス音楽のアンサンブルとしては第1級という評価もあります)が、日本国内で認知度は案外低いかもしれません。以前はVirginの録音が国内盤で弱冠出ていたのですが、現在は輸入盤でしか手に入りませんし、それも東京ではいざ知らず、地方では(少なくとも札幌では)店頭で見ることはまずありません。米国系のオンライン・ショップでも、入手が難しい場合が多いのです。 それでも、どこかでアンサンブル・ジル・バンショワの録音を見つけられましたなら、どんな曲目でもかまいませんから、是非とも聴いていただきたいと思います。そこには、他の団体が作り出すのとは全く異なる、柔和で繊細で温もりに満ちた、魅力的な音の世界が広がっているはずですから。 (2000/09/03)
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