|
11 ジョルディ・サヴァール (Jordi Savall) ヴィオラ・ダ・ガンバという楽器の音を、通奏低音のひとつではなくソロ楽器として聞いたのは、イスパヴォックスから出ていた「スペイン古楽集成」の中の、ジョルディ・サヴァールが弾いたディエゴ・オルティス作曲の『レセルカーダ集』が最初でした。 ヴィオラは“弦楽器”を、ガンバは“脚”を意味するイタリア語です。両脚に挟んで演奏されるヴィオール属の楽器をヴィオラ・ダ・ガンバと呼んでいます。 そして、ヴィオラ・ダ・ガンバはチェロよりも繊細で柔らかい響きを特徴としていて、家庭やサロンなどでの小規模な演奏に適した楽器だったと言えると思います。従って、より大きなホールでの演奏が主流となる18世紀後半になると、ガンバは完全にその姿を消してしまいます。 そのガンバの復活には、1933年にスイスのバーゼルにスコラ・カントルムを創設したアウグスト・ヴェンツィンガーと、演奏面ではヴィーラント・クイケンとジョルディ・サヴァールが果たした役割は非常に大きなものでした。特に、クイケンとサヴァールがいなければ、ガンバという楽器は現在ほどに音楽的表現は持てなかっただろうと評されています。 このようにジョルディ・サヴァールはヴィオラ・ダ・ガンバ奏者としても第一級の存在ですが、指揮者、そしてヴィオールやヴァイオリンの前身である中世のフィドゥルと呼ばれる楽器の奏者としても優れています。 ジョルディ・サヴァールは1941年にスペイン東北部カタルーニャ地方のイグアラーダで生まれました。6歳から同市教会の聖歌隊で児童歌手となり、やがてチェロの勉強をはじめます。バルセロナ音楽院でチェロを専攻し、1965年に優等で卒業、その年サンチャゴ・デ・コンポステラ音楽講座で南米コロンビア出身のチェンバロ奏者ラファエル・プヤーナと邂逅したことが彼を古楽演奏に向かわせたといいます。 当時、すでにスペイン国内で精力的に演奏活動を行っていましたが、1968年から70年に掛けて政府の奨学金を得、その当時随一の古楽専門学校であったスイスのバーゼルにあるスコラ・カントルーム・バジリエンシスに留学し、アウグスト・ヴェンツィンガーに師事してヴィオラ・ダ・ガンバの奏法と古楽の知識を身につけました。1973年からは引退したヴェンツィンガーの後を受けてスコラ・カントルームのガンバ主任講師に就任し、現在も同校で教鞭をとっています。 1974年には夫人のソプラノ歌手モンセラート・フィゲーラスやその他の同郷の人々、バーゼル・スコラ・カントルームの同僚らを集めてエスペリオンXXを結成し、活発な演奏活動に入りました。 エスペリオン Hesperia は元々のギリシャ語では“西方”を、ラテン語ではイタリア及びイベリア半島を意味した言葉に由来しています。XXは20世紀を意味し、最新の研究成果を利用しながら、18世紀以前のヨーロッパ音楽、とりわけスペイン音楽の再吟味、再評価を目的として結成されたのがエスペリオンXXでした。 その後、サヴァールはエスペリオンXXと共にバーゼルを活動の拠点として数多くの録音を行いましたが、1987年には合唱中心のグループであるレ・カペーリャ・レイアル・デ・カタルーニャを、89年には管弦楽団ル・コンセール・デ・ナシオンを結成し、活動の中心をバルセロナに移すと共に、バロック期のスペインないしラテン系諸国の声楽、器楽作品を新鮮な解釈と表現のもとに演奏活動に取り組んでいます。 このように、サヴァールはアンサンブル指揮者として精力的な活動をすると同時に、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者としても円熟した至芸を披露しているのです。 スペインを中心とするイベリア半島の音楽には昔から興味があったので、サヴァールのディスクは結構な枚数になっています。ルネサンス期スペインのエンサラダも、モラーレスやゲレーロやアリアーガの作曲した様々な作品も、サヴァールの演奏によってはじめて知った音楽でした。 そんなサヴァールのデスクの中で一番良く聴くものは何か、と考えるとなかなか選びにくいものがありますが、まず最初にあげられるのはサヴァールが編曲をしてモンセラート・フィゲーラスが歌っている「千年の歴史を持つカタルーニャの歌たち」でしょうか。 なだらかで優美な旋律の中に、ハッとするほどの絶望感や哀しみが感じられるカタルーニャの民謡の中から、カザルスのチェロの演奏によって有名になった「鳥の歌」やリョベートのギター編曲で親しまれている「盗賊の歌」「アメリアの遺言」などを含む、魅力的な旋律をもった9曲の民謡(うち、4曲は器楽演奏)が収められています。フィゲーラスの情感豊かな歌唱とラ・カペーリャ・レイアル・デ・カタルーニャのイマジネーション豊かな演奏が、明るく、優しく、または哀愁に満ちて音楽を紡ぎあげていきます。 「エスペリアのリラ」は、サヴァールがテナー・フィドゥル、ソプラノ・フィドゥル、リラ・デ・アルコ、レベックという4種類の中世のリラ(中世からルネサンス期の弦楽器の総称)を駆使して、中世スペインを中心として広がっていった中世地中海文化(ユダヤ教文化、イスラム教文化、キリスト教文化)に関わる曲を中心に、当時の芸術を再現しようとする試みが成されています。 サヴァールのビオラ・ダ・ガンバ録音では、最初にあげたオルティスの「レセルカーダ集」も良いですし、マラン・マレの「ヴィオール曲集」も好きなのですが、一番良く聴く録音というと、サント・コロンブの「2つのヴィオルのためのコンセール集」です。ヴィーラント・クイケンとサヴァールのふたりの奏でるヴィオラ・ダ・ガンバの音が、美しく絡み合い、感情豊かな演奏を聴かせてくれます。 それでも、サント・コロンブとマラン・マレのふたりが合奏した音楽も、ひょっとしたらこんな雰囲気ではなかったのか、と思うのは、ザヴァールが音楽監督をした、サント・コロンブを主人公とする「めぐり逢う朝」の影響が大きいのかもしれません。 ここのあげた以外にも、エスペリオンXXによる「カンティガ」や「エンサラーダ」、シャインの「音楽の饗宴」、モラーレスの「レクイエム」、ダウランドの「ラクリメ」、モンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」等々、数え切れないほど沢山の素晴らしい録音が目白押しです。 ラテン的な躍動感と神秘的な雰囲気を上手にエッセンスとして取り込んだ演奏の数々は、どんなときも自然で颯爽として、且つ、情感豊かな演奏を聴かせてくれます。 (1998/12/13)
|