7 グスタフ・レオンハルト
   (Gustav Leonhardt)


 グスタフ・レオンハルトの演奏とはじめて遭遇したのは高校時代です。独ハルモニア・ムンディから出ていた、スヴェーリンクの「オルガン名曲集」を購入したのが、おつき合いの初めでした。
 有名な《エコー・ファンタジア》がどうしても聴いてみたくて、レコード屋を何件か梯子して探したら、たまたまそこにあったのがレオンハルトだったわけです。

 なにせ、やっと音楽史関係の本を少しずつ読み始めたばかりの頃のことで、『レコード芸術』の存在は知っていましたが、まだ購入はしていなくて、吉田秀和さんの『LP300選』を片手にレコードを探していました。ですから、彼がどんな評価を得ている演奏家なのか、まったく知らないままで購入して聴いていた事になります。。

 当時、バッハのオルガンやチェンバロの録音は比較的手に入りやすかったのですが(それでも、チェンバロ曲はピアノ演奏の方が幅を利かせていましたが)、それ以外の作曲家の曲を聴きたいとなったら、外国盤の輸入ルートが今ほどしっかりしていなかった分、本当に探すのが大変でした。

 そんな中で、フレスコバルディ、スカルラッティ、スヴェーリンク、フローベルガー、クーナウ等々、ずいぶんレオンハルトのお世話になったものです。
 だいたい、当時バッハ以外の音楽家のオルガンやチェンバロの曲を、オムニバスでも全集でもない一枚物のレコードとし録音していたのは、レオンハルト以外には、ほとんどいなかったのではないかと思います。
 レオンハルト以外で購入したレコードというと、マリー・クレール・アランの演奏したブクステフーデと、ホロヴィッツのスカルラッテくらいしかありませんでしたから。

 レオンハルトの演奏する“バッハ”を聴き出したのは、それから後のことです。そうして、ヴァルヒャやリヒターの演奏と比較してみてはじめて、レオンハルトの特異性というか、凄まじさがわかった次第で、レオンハルトの聴き方としては、かなり特異な方法だったように思います。
 ただ、まったく先入観を持たずに色々な演奏に接することが出来たとも言えるわけで、そういう面では、恵まれた聴き方だったかもしれません。


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 グスタフ・レオンハルトは、オランダ出身のチェンバロ・オルガン奏者であり、指揮者でもあります。

 彼は1928年にオランダのスフラヴェランドで生まれ、基礎的な音楽教育はオランダで受けました。1947年から50年にかけて、スイスのバーゼル・スコラ・カントルムで、エドゥアルト・ミュラーに師事してチェンバロとオルガンを学び、さらに技巧を磨くためにウィーン音楽アカデミーに留学しました。
 1952年から55年まで同学院でチェンバロの教授をしたあと、アムステルダムに移り、現在はアムステルダム音楽院での指導も含めた、そこを拠点に様々な教授・演奏活動を行っています。

 1955年にレオンハルト・コンソートを結成以来、指揮者としての活動もめざましいものがあります。レパートリーはほぼ17〜18世紀の音楽に限定されていますが、どれもすばらしい録音で、ブリュッヘンをして「現在のバッハ」と言わしめた、気品に満ちた演奏を展開しています。


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 レオンハルトは、古楽の演奏史において、当時の楽器や楽譜に戻って演奏すること、つまり、あらゆる後世の影響を排除した「オーセンティックな(歴史的に正しい)演奏」を提唱した演奏家のひとりです。

 レオンハルト以前の古楽の演奏は、長いレガート(音符をつなげる奏法)を使って旋律を浪々と歌い上げるという、ロマン主義的な演奏法からは脱却しつつあったものの、楽器はモダン楽器(チェンバロでさえ、金属製の爪やペダルを持つ《モダン・チェンバロ》でした)を使用するのが一般的で、演奏方法については、「楽譜に忠実」にというスローガンの元、すべての音符を均一に演奏する新即物主義が主流でした。
 そのあたりの演奏方法の実例は、ギーゼキングやヴァルヒャなどのバッハを聴いていただけると、よくわかると思います(注:ギーゼキングやヴァルヒャの演奏が悪いというわけではありません。演奏自体は素晴らしく、感動的ですらあります)。

 そんな中で、レオンハルトは歴史的オルガンやチェンバロを使用した上に、ノン・レガートな楽器であるチェンバロで、タッチの時間を微妙にずらすことによってテンポを微妙にゆらした、アクセントをつけた演奏を行いました。
 博物館に残されていたオリジナル楽器の研究や、それらを使っての本格的な演奏、「現代的」な古楽器を使っての演奏スタイルの確立など、現代の主流となっている古楽演奏のすべてはレオンハルトに始まると言っても、あながち間違いではないと思います。

 したがってレオンハルトの演奏方法は、当時の音楽界に強い衝撃を与えました。当時の資料を見る限り、レオンハルトの演奏に対しては、そのテンポ・ルバートが“古めかしい”とか“わざとらしい”など、避難する声の方が強かったようですが、レオンハルトはそれに屈することなく、ブリュッヘンやアーノンクールらとともに演奏活動を続け、現在に至っています。

 レオンハルトについては色々な評価があるとは思いますが、少なくとも、歴史チェンバロの魅力を一般に広め、現在の古楽器による様々な演奏の基を作ったという点だけでも、感謝してもしきれないぐらい、大きな存在であるように思われます。


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 レオンハルトの演奏は、音楽への深い理解に裏付けられた、格調高いものです。あくまでも美しく繊細なタッチで、尚かつ、生き生きとした音楽を作り出しています。
 初期の頃の演奏について言えば、どちらかというと大時代的というか、歌舞伎役者の大見得のようなわざとらしさも感じられ無くはないのですが、80年代後半からの録音は全体に円熟味を増し、表現のニュアンスに柔らかみを帯びて、“ゆとり”の感じられる演奏になって来ました。

 レオンハルトに関しては、単なる“追っかけ”と化している私は、正直なところをいうと『レオンハルトなら何でも大好き』という面があって、録音を絞るのがかなり難しいのですが、とりあえず、何枚か選んでみることにします。


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 初期のチェンバロの独奏曲では、バッハの「平均律クラーヴィア曲集第1巻(BWV.846〜BWV.869)」が聴きやすのではないでしょうか。どちらかというとゆっくりしたテンポで引き進まれ、一種の重みと風格をを感じさせます。レオンハルトの初期の録音の中では、彼の意図する“バッハ”が、最もバランス良く表現された典型的な録音のひとつだと思います。

 フローベルガーの「チェンバロ作品集」も好きな録音のひとつです。62年の85年の二つの録音がありますが、ここでは85年の録音をあげておきます。
 フローベルガーの代表作である『フェルディナント3世の悲しい死に寄せる追悼曲』を初めとして、各種の作品が網羅され、フローベルガーのアンソロジー集としても有用です。演奏は、幻想性と造形生が調和した、繊細で美しいものです。

 レオンハルトは、アーノンクールやブリュッヘン、クイケン兄弟などと共に、様々な合奏曲の録音をしています。これも愛聴盤が数限りなくあって、本当に困るのですが、取りあえず、最近復刻されたラモーの「コンセールによるクラヴサン曲集」はどうでしょうか。
 ブリュッヘンとクイケン兄弟(シギスヴァルトとヴィーラント)と共に演奏したこの曲集は、音のバランスといい、音楽の高雅な趣味といい、ラモーらしい優雅さや憂愁を伝える、デリケートで洗練された演奏を繰り広げています。

 最近の録音では、クイケン3兄弟とのテレマンの「パリ四重奏曲全集」が良かったです。顔ぶれを見たとき、あまりの凄さに昔の録音かと思いましたが、96,97年の新録音でした。
 4人の息がぴったりと合って、ゆとりをもってアンサンブルを楽しんでいることが、はっきり分かる演奏です。それぞれの古楽器の第一人者たちが、合わせどころや引きどころを十分心得た上での、説得力と生命力に満ちあふれたすばらしい録音で、ここまで感動的なテレマンはめったにないと思います。


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 これ以外にも、それこそ山のように名演奏があるのですが、全部あげているといつまでたっても終わりません。もし、レオンハルトの演奏をまだ聴いたことがない、という方がいらっしゃいましたら、ここにあげていない録音でも何でもかまいませんから、とにかく1枚聴いてみて下さい。

 18世紀的な「良い趣味」の音楽、すなわち、諸国の音楽様式に通じ、良識と洗練をもって演奏される音楽の典型を、どの録音からでも聴くことができるはずです。

(1998/8/2)


グスタフ・レオンハルト Gustav Leonhardt
J.S.Bach 平均律クラーヴィア曲集第1巻 Das Wohltemperierter Klavier 1
 1972,73年録音 Deutsche Harmonia Mundi(BMG) [BVCD-1654/6]
Froberger  チェンバロ作品集 Johann J. Froberger/Cembalo,Harpsichord
 1985年録音 Deutsche Harmonia Mundi(BMG) [BVCD-1615]
Rameau コンセールによるクラヴサン曲集 Pieces de Clavecin en Concerts
 1971年録音 TELDEC(ワーナーミュージックジャパン) [WPCS-6291]
Telemann パリ四重奏曲集 Paris Quartets 122
 1996,97年録音 VIVARTE(ソニー) [SRCR-1998/2000]

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