1 カテリーナ古楽合奏団
カテリーナ古楽合奏団をご存じですか?
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カテリーナ古楽合奏団は、1996年のベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した、東陽一監督の「絵の中のぼくの村」の音楽を担当していました。あの映画をご覧になった方なら、映画のバックに流れていた、軽くて透明な、そしてどこかひなびたような音楽の数々を、思い出していただけるのではないかと思います。
カテリーナ古楽合奏団は、1973年に松本雅隆氏を中心に結成された、中世・ルネサンス時代の音楽を、古楽器のレプリカを使って演奏している、全員が日本人の古楽合奏団です。ヨーロッパの国々ですら、すでに忘れ去られた数々の古楽器を縦横に駆使して、素晴らしい音を紡ぎあげる錬金術師の集まりだ、と私は密かに思っています。
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「絵の中のぼくの村」では、彼らが1993年に録音したCD「ドゥクチア(Ductia)」の中に収められている曲が使われました。
「ドゥクチア」は、十三世紀から十七世紀にかけての、中世・ルネサンス期の様々な古楽を集めたCDです。
ほとんどは作者不詳の音楽ですが、どことなく東アジア風な、イスラム風な匂いを漂わせた美しい演奏は、「百の音色を奏でる」というコピーが嘘ではないと思わせる、すばらしい曲集に仕上がっています。
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もう一枚、カテリーナ古楽団が、1995年11月〜1996年4月まで、ニッポン放送で流された連続ラジオドラマ、「宮崎駿の雑想ノート」につけた音楽を集めたCDが徳間ジャパンから出ています。
「雑想ノート」のサウンドトラック盤に収められた曲は、古楽も何曲か含まれていますが、大部分は松本雅隆氏が作曲した全くのオリジナル曲です。
それを、古楽器を使って演奏しているのですが、松本氏のオリジナル曲も、どこか中世の匂いを漂わせた素晴らしい曲で、聴いていると、どこか滑稽なような、悲しいような、不思議な雰囲気を醸し出しています。
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二枚のCDを聴いて一番に感じたのは、この団体の特色だと思いますが、古楽器の演奏と思えないほど、軽くて透明な音を出すということでした。
今までに、ヨーロッパのいくつもの団体の古楽器による演奏をレコードやCDで聞きましたが、聞いた瞬間に「美しい」という感想を持てる録音は、実は非常に少ないのです。
古楽器は、現在の楽器と違い、ひとつひとつがとても個性的な音を持っています。合奏よりはむしろ、即興的な演奏をこなす独奏楽器としての性格が強いでしょう。
ですから、古楽器で合奏をすると、個々のの楽器の持つ雑音の部分が増幅されて、どこか潰れたような、耳障りな印象を与えることが多いのです。
ところが、カテリーナ古楽団の演奏は、個々の楽器の音が鮮明に聞こえるにも関わらず、どれもがしっくりとほどよく絡み合って、耳に突き刺さるということがありません。
演奏する人たちが、より響き会うことを目標に、音を作っていることがはっきりわかるような演奏で、どこまでも美しいのです。
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そして、音の美しさ以上にこの合唱団を特徴づけているのは、なんと言っても、音が「生きて」いるということではないかと思います。
多分、この団体は、古楽の正確な復元は目指していません。たとえば、「ドゥクチア」の最後に収められたギョーム・ド・マシューの「美しく優しい乙女」という曲は、一般的にはもっと速いテンポで演奏される曲なのですが、彼らはどちらかというとゆったりしたテンポで、たっぷりと歌わせています。
そしてその通常ではないところで、むしろ、曲の魅力を最大限に強調する結果を導き出しているのです。その曲が持つ、最も美しい響きを探し出して演奏しようとする態度は、単なる古楽の再生を通り越し、生き生きとした音楽を作りあげているのだと思います。
彼らの演奏を繰り返し聴けば聴くほど、これは現代の音楽だと感じます。そして、中世の芸人達も、本当はこんな風に演奏したのではないのだろうか、とその生命感ゆえに思わされます。
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バッハも、ベートーベンも、マーラーも良いですが、たまにはこんな音楽も聴いてみませんか?
(1998/5/1)