聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団
 2000年日本公演−J.S.バッハ マタイ受難曲 BWV244b

2000年3月5日(日)16:00開演
札幌コンサートホール《Kitara》大ホール

    合唱:聖トーマス教会合唱団
    Thomanerchor Leipzig
    管弦楽:ゲヴァントハウス管弦楽団
    Gewandhausorchester zu Leipzig
    指揮:ゲオルク・クリストフ・ビラー
    Georg Christoph Biller, thomaskantor
    ソプラノ:キルステン・ドローペ
    Kirsten Drope, soprano
    アルト:ズザンネ・クルムビーゲル
    Susanne Krumbiegle, alt
    テノール(福音史家・アリア):マルティン・ペッツォルト
    Martin Petzold, tenor
    バス(イエス):マティアス・ヴァイヒェルト
    Matthias Weichert, bass
    バス(アリア):ゴットホルト・シュヴァルツ
    Gotthold Schwarz, bass
    リュート(賛助出演):櫻田 亨
    Tore Sakurada, laute
 
 
J.S.バッハ マタイ受難曲 BWV244b
J.S.BACH: Matthauspassion BWV244b
 
[第1部]
第1曲「導入合唱」
第2曲〜第4b曲「イエスを殺す計画」
第4c曲〜第6曲「ベタニアで香油を注がれる」
第7曲〜第8曲「ユダ、裏切りを企てる」
第9曲〜第13曲「過ぎ越の食事をする。主の晩餐」
第14曲〜第25曲「ペトロの離反を予告する。ゲッセマネで祈る」
第26曲〜第29曲「裏切られ、逮捕される」
 
―――(休憩 15分)―――
 
[第2部]
第30曲「導入合唱」
第31曲〜第37曲「最高法院で裁判を受ける」
第38曲〜第40曲「ペトロ、イエスを知らないと言う」
第41曲〜第42曲「ピラトに引き渡される。ユダ、自殺する」
第43曲〜第52曲「ピラトから尋問される。死刑の判決を受ける」
第53曲〜第57曲「兵士から笑いものにされる」
第58曲〜第60曲「十字架につけられる」
第61曲〜第65曲「イエスの死」
第66曲〜第68曲「墓に葬られる」


初めて、生のバッハのマタイ受難曲を聴きに行きました。聖トーマス教会合唱団&ゲバントハウス管弦楽団の演奏です。
聖トーマス教会合唱団は、1212年の協会設立当初から成立した歴史ある合唱団で、ライプツィヒ.トーマス学校で学ぶ6歳から18歳の少年たちによる合唱団です。そのカントル(音楽監督)には多くの有名な音楽家が当たっていて、バッハも1723年から1750年にかけてカントルを務めました。『マタイ受難曲』もこの合唱団によって聖トーマス教会で初演されています。

ゲバントハウス管弦楽団も、バッハの死7年前に設立された世界最古のオーケストラのひとつで、150年にわたって、聖トーマス教会で祝祭日に行われる礼拝には、聖トーマス教会合唱団とともにこの楽団の団員たちが参加をして共演をしています。ある意味、これ以上バッハにふさわしい組み合わせは無い、と思えるような「本家本元」の公演でした。

今回の演奏会ではアルトに米良美一さんが参加する予定だったのですが、のどを痛めてキャンセルになったのが少し残念でした(会場の入り口に診断書のコピーが掲げてありました)が、とても良い演奏会だったと思います。

現カントル(バッハから数えて16人目)のピラーの指揮によるゲバントハウス管弦楽団は、チェンバロとオルガンとリュート(賛助出演)のみがオリジナル楽器で、あとはモダン楽器での演奏でしたが、速いテンポと作品の劇的な性格をことさらに強調する事のない、古楽演奏の研究成果と思われる影響がが随所に感じられる演奏でした。弦楽パートは軽やかで済んだ音色を基調としていて、強奏でも全体の響きは明るく透明な印象がありました。

独唱陣も統一がとれたバランスの良さで、少しソプラノが弱いような気がしないでもありませんでしたが、アルトのクルムビーゲルの丁寧な歌い口と、バスのヴァイヒェルトの悩める青年のような若々しいイエスが特に印象的でした。
合唱団の方は、さすがに精緻なアンサンブルとは言えなかったかもしれませんが、少年たちの清らかとしか表現しようのない透明感のある歌声がとても魅力的で、最初のコラール(合唱)から引きつけられてしまいました。

今回はバッハ没後250年記念ということもあり、日本で初めての初期縞(BWV244b)による演奏会になりました。一般的な後期縞(BWV244)とはいろいろ違いがあって、聴いていてとても面白かったです。気づいた範囲内での違いでは以下のようなものがありました。

  1. 過ぎ越の祭りとゲッセマネの丘の間にコラールが無い。
  2. 第1部の最後(29曲)のコラールの歌詞も旋律が違う。
  3. 第2部の導入がアルトではなくてバスのアリアである。
  4. 第2部のゴルゴダの丘の前のアリア「来たれ、甘き十字架」の伴奏がヴィオラ・ダ・ガンバではなくてリュートである。

第1部の最後のコラールは、クリステアン・カイマン作のコラール「わたしはイエスを離さない」の第6節との事でした。あの壮麗なコラールが 聴けなかったのは少し残念でしたし、短かすぎて第1部の締めくくりとしては少しあっけないような感じもありましたが、清楚な印象で面白いと思いました。

第2部では、やはり「ペテロの否認」の所が感動的でした。キリスト教とではありませんが、思わず涙ぐみそうになったくらいです。そらから、バスによる56曲のレチタティーヴォと57曲のアリア「来たれ、甘き十字架」が、リュートとコントラバスの伴奏だったのもとても印象的でした。ヴィオラ・ダ・ガンバよりも軽くて繊細なリュートの音が、敬虔な祈りの雰囲気をよりいっそう高めていたと思います。

終演後、満席(少なくともチケットは売り切れ)の会場からは、出演者が舞台から退出するまで、切れ間のない拍手が続いていました。本当にバッハ・イヤーにふさわしい、充実した演奏会でした。

(2000.03.19)


[Concert Report index] [home]

2style.net