グスタフ・レオンハルト チェンバロ・リサイタル
“バッハへの道”

1999年10月16日(土)19:00
札幌コンサートホール《Kitara》小ホール

    グスタフ・レオンハルト Gustav Leonhardt
 

 オーランド・ギボンズ 0.Gibbons (1583-1625)
  ファンタジア第6番
   Fantasia No.6
  グラウンド第26番
   Ground No. 26
  パヴァン第16番
   Pavana No. 16

 ゲオルク・ベーム G.Bohm (1661-1733)
  コラール・パルティータ<ああいかにはかなき、ああいかに虚しき>
   Partite sopra "Ach wie fluchtig, ach wie nichtig"
  組曲 ハ短調
   Suite in C minor
    AIlemande/Courank/Sbrabande/Gigue

 J.S.バッハ J.S. Bach (1685-1750)
  シンフォニア ト短調 BWV797
   Sinfoniae in g minor
  シンフォニア 変ホ長調 BWV800
   Sinfoniae in E tlat major
  コラール・パルティータ<おお神よ、汝まことなる神よ> BWV767
   Partite sopra "O Gott du frommer Gott"

  ―――(休憩 20分)―――

 J.S.バッハ J.S. Bach (1685-1750)
  ファンタジア イ短調 BW922
   Fantasia in a minor
  組曲 ハ短調 BWV995
   Suite in c minor (afar the Suite a g minor for lute)
    Praeeludium/Allemande/Courante/Sarabande/Gavotte/Gigue



待ちに待ったグスタフ・レオンハルトのチェンバロ・コンサートに行って来ました。札幌公演はチケットが1ヶ月前から完売だったようです。Kitara(札幌市芸術文化財団)が主催したのですが、本当にレオンハルトがやってくると知ったときには、正直、よく呼んでこられたものだなあ、と思ってしまいました。

リサイタルが始まる10分前くらいに会場についたのですが、お客さんの期待度も非常に高かったようで、5分前のコールが終わった頃からだんだん話し声が少なくなり、会場が暗くなる2分前くらいからはコソとも話し声が聞こえ無いという、息苦しいような雰囲気のうちにリサイタルは始まりました。

舞台に出てきたレオンハルト氏は、拍手に対して優雅にお辞儀をした後、自分でチェンバロの蓋を開けてつっかい棒をしました。静かに椅子に座って胸ポケットから眼鏡を取りだして掛けたと思うと、何の構えもなくふわっと1曲目のオーランド・ギボンズの「ファンアジア」を弾きはじめました。

今回のプログラムは、バッハに至る道のりをめぐって、かなり凝った構成になっていました。最初はなんでギボンズなのかしらとも思いましたが、講演記念プログラムの矢野孝樹さんの“プログラム・ノート”に以下の説明が載っていました。

一見つながりにくい印象のプログラムに見えるが(ベームとバッハの影響関係は明らかにしろ)、鍵はギボンズの選曲にありそうだ。ファンタジア、グラウンド、パヴァンという3曲は、それぞれ対位法、変奏、舞曲を特徴とする。これらの精巧だがごく短い小品たちの有する3つの要素が、時代を追ってベームの作品、そしてバッハの作品の中で発展して行く過程が、このプログラムを貫くひとつのペクトルを成しているように思われる。

極端なことを言えば、17世紀初頭のイギリスの鍵盤音楽ならどれでも良かったのかもしれませんが、グレン・グールドが愛想したギボンズを選んだと言うことに、何か意味はあるのでしょうか。いずれにしても、独立して進行する複数の旋律を結びつけた、短いながら充実した対位法の曲である「ファンタジア」を第1曲としてプログラムはスタートしました。続いて演奏された当時の舞曲の変奏である「グラウンド」と「パヴァン」共々、サラッと簡単に弾いているようで、なんともおもむきがある演奏だったと思います。

ところで、あまりにもレオンハルト氏が淡々と演奏をすすめるので、どこで拍手をしていいものやら、観客側にもかなりとまどいがありました。ギボンズが終わったところで立ち上がったかと思うとそのまま楽譜を捲りはじめたので、これは拍手をしない方が良いのかと思いましたが、ためらいがちの拍手に対して座ったままでお辞儀をして下さったので、みんな安心して拍手をする、という場面があったほどです。

二人目のベームは、バッハがリューネブルクで学んでいた頃に、その街のオルガニストを勤めていた人物です。そして、当時の北ドイツ・オルガン音楽に関する巨匠のひとりでもありました。今回演奏されたコラール・パルティータはオルガン曲ではなくて、家庭でのクラーヴィアによる演奏を意図されたものだそうです。
どちらかというと、ちょっとゴツゴツとした感じのあるベームの曲を、柔らかく聴かせてしまうところに名人芸を感じました。ひとつひとつの音を入念に吟味して演奏しているはずなのに、聴衆にはその気振も見せないという所でしょうか。

ベームの2曲が終わったところで、今度は立ち上がって下さったので安心して拍手をしました。それでも舞台の袖に戻ったと思ったらまたすぐ出てきて下さって、立て続けにバッハの曲を3曲演奏しました。これも、本当に力まずにあっけないほど簡単に弾きはじめます。バッハというと身構えて演奏する人が多いわけですが、レオンハルト氏の身体の中では、音楽が自然に呼吸しているからこそ出来る技なのだろうと思えました。

バッハの曲では、ピアノ初級者向きの教本ともなっている「インヴェンションとシンフォニア」から3声の曲を2曲、そして本来はオルガン曲に分類されるコラール・パルティータ、そして休憩をはさんで「ファンタジア」そして「リュート組曲ハ短調」のレオンハルトによるチェンバロ編曲版が演奏されましたが、バロック時代は楽器が必ずしもきちんと固定されていなかったことを考えれば、いかにも“バロック的”な曲の選び方だ、と言うことが出来るのではないでしょうか。

4曲の中では、コラール・パルティータ「おお神よ、汝まことなる神よ」BWV767が一番感動的だったと思います。聴いていて、本当に幸せになれるような演奏でした。原曲がオルガン曲とは思えないくらい、チェンバロの演奏に曲がしっくりとあっていたように思います。

アンコールにはバッハのチェロとピッコロのための組曲から「サラバンド」が演奏されました。小品ながら本当に綺麗でした。今回ののコンサートは、毛筋ほども乱れもない、俗塵を超越した仙人か神様の音楽のようでいて、けっして気張らない、しっとりと暖かみと情緒を感じさせる、名人の至芸を堪能できた1時間半でした。

話は変わりますが、レオンハルト氏は自分で楽譜を捲るんですよね。一緒に聴きに行った母が「神経質そうな人だからねえ」と言っておりました。彼はリサイタルでは、いつもそうやっているのでしょうか。


追記:その後、レオンハルト氏の譜めくりについて、藤原一宏さんからメールを頂きました。一部を引用させて頂きます。

    彼は、どのコンサートでも自分で譜めくりをします。彼が演奏会で使う楽譜は、すべて彼の手書きで(コピーが嫌いなためです)、永年使い込んだものばかりです。私の知っているかぎり、彼が譜めくりを失敗したことはありません。譜めくりを自分でするのも、お母様がおっしゃったように神経質だからではなく、自分でできる譜めくりで他の人を煩らわせたくないというのが理由のようです。レオンハルトは、とても知性豊かですが、ユーモアのある穏やかな方です。紳士でダンディですが、俗に言う芸術家っぽいところのない人です。音楽が心から好きで、始終口笛を楽しそうに吹いています。
これを読んで、ますますレオンハルト氏が好きになったのは言うまでもありません。


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