明日香の家に向かう芝三郎は自分の家族について考えていた。自分の家族は今となっては悲喜1人だということは悲しいほどに分かっていた。
 家族を1人にしたのは芝三郎自身なのだから。
 幸せに暮らせていたあの頃が懐かしいと思った。いつも優しく芝三郎と接してくれたあの人がもう此処には居ない。
 それは悲喜がこの世界に来た頃だった。
 智騎、唯、俊也の中で一番最初にこの世界に来たのは悲喜なのだ。悲喜は中学一年生で、もうすぐ2年生になるという頃この世界にきた、最初の頃は人見知りが激しくこの世界での家族となったのは芝三郎と親代わりの池村浩介。人にあまり心を開かない悲喜に心を開いてもらうたびに浩介と一生懸命悲喜に接したのを芝三郎は覚えている。
「悲喜、悲喜、遊ぶっす」
「・・・・・・」
 芝三郎は年齢に合わせて成長する。それもやはり20歳までなのだ。膝を抱えて部屋の隅に座り込んだままの悲喜に遊ぼうといってみたのだが悲喜は黙ったままでじっと芝三郎を見ているだけでしばらく悲喜と遊ぼうと奮闘したが失敗に終った。
 あきらめて浩介のところに行くと浩介は笑って助言を芝三郎に言う。
「芝三郎、悲喜を無理に誘ってはいけませんよ?まず、自分のことを話してみるんです。それから徐々に仲良くしていきましょうね。それに悲喜は貴方より年上ですし、これから貴方のお姉さんです。呼び捨てではなくお姉ちゃんと呼びなさい」
 笑顔で優しく言う浩介に芝三郎は何度もうなずいた。そしてもう一度悲喜のところに行くと話しかけてみる。
「ねえちゃん、俺はねえちゃんと仲良くなりたいっす!」
 その直球な言葉に悲喜は目を見開いて芝三郎を見つめた。
「・・・・・・何、言ってんの?」
 少し困ったように笑った悲喜に芝三郎はそれを笑ったと決め付けて喜んだ。
「浩介!悲喜が笑ったっす、ねえちゃんが笑ったっす!」
「あ・・・ちが」
 笑っていないと言おうとした悲喜だったが芝三郎があまりにも喜んだので口をつぐんだ。そしてその芝三郎の声を聞いてエプロンをしたまま台所から来た浩介も嬉しそうに芝三郎と笑う。
 楽しそうだ、と悲喜は感じた。この家族と笑えたらいいなと
「芝三郎君、浩介さん、よろしくおねがいします」
 改めてお辞儀をして言った悲喜に浩介も芝三郎も一瞬とまどったがすぐに2人とも笑顔でそれに答える。
「俺のことは芝三郎って、呼び捨てでいいっす!」
「私のことは、お父さんって呼んでもらえたら嬉しいです。芝三郎は呼びませんけど」
「早速、遊びに行くっすよ」
「うん」
 悲喜の手を引いて芝三郎は玄関を出て行く。引っ張られながらも嬉しそうに悲喜も玄関を出て行った。
 外は晴れていて心地よい風が吹いている。
「特別にねえちゃんには俺の秘密基地を教えるっす」
「ありがと、それってどんなところ?」
「漆黒の森にあって、誰も入らないっす。自然がいっぱいで、気持ちがいいところっす。きっとねえちゃんも気に入るっすよ」
「漆黒の森って死にたい人が行くところじゃなかったかしら?」
「そういう時もあるっすけど、死にいく人じゃなかったら森は快く受け入れてくれるっす。それに俺の遊び場はそこしかないっす」
「なんで、そこしか遊び場が無いの?」
「みんな、遊んでくれないっす。俺のこと気持ち悪がるっす、変だ、人間じゃない、どっかいけ、いろいろ言われてきたっす。俺が普通じゃなくて、作られた物だからっす」
「芝三郎は人間じゃないの?」
 悲喜の目がじっと芝三郎を見つめていた。芝三郎は笑って言う、自分を
「俺は、この世界で作られた成功作っすよ」
「すごいね」
「え?」
 予想外の悲喜の言葉に芝三郎は目を丸くした。そして今、悲喜が言ったことが嘘じゃないかを確かめるためにもう1度聞く。
「今、なんて言ったっすか?」
「ん、すごいねって言った。普通の人とはちがうのね。そんな弟もって私、ちょっと自慢かも」
「普通、外見は人間で実は作られたって聞くとみんな、気持ち悪がるっすよ。ねえちゃんはちがうっすか?俺のこと、気持ち悪いって思わないっすか?」
「別に。いいわね、普通の人と違うところがあって、羨ましい」
「ねえちゃんも普通じゃないっす。浩介と同じっす」
「普通だったらこの世界に居ないんでしょう?父さんも普通じゃないからここにいる、普通じゃない中に普通じゃないが入ってきても、普通じゃないのはかわらない。ちがう?」
「それはそうっすけど」
「でしょ?ね、秘密基地どこ?」
「そこの茂みの中っすよ」
 それから数日たち、しばらくしたときだった。
「ちょっと、そこの女の子!」
 突然の声に悲喜は振り向いた。そこにいたのはまだ若く見える女の人がいる。その女の人は何故か顔を強張らせていて、少し震えた声で悲喜の隣に居る芝三郎を指差す。
「それから早く離れなさい!そんな気持ちの悪いモノの横に居ちゃだめよ!」
「ほら、これが普通っすよ。」
「さあ、こっちに来なさい。お家に帰った方がいいわ」
 その時悲喜は前に出ると言い切ったのだ。はっきりと。
「あの、私の弟なんです。弟と遊んじゃいけませんか?」
「弟?あなたもしかして、池村さんの家の子?」
「そうですが・・・」
 その時、その女の人の目は哀れみに染められた。
「可愛そうに・・・役所も酷な事したわね・・・」
 そういうと女の人は去って行った。残された悲喜と芝三郎はしばらく立っていた。
「芝三郎、人の言った事なんて気にしちゃダメよ?さ、秘密基地に行きましょう」
「あ、ねえちゃん待つっす!」






 1年がたち、2年がたった。その頃には唯がこの世界に来ており、悲喜は芝三郎だけでなくほかの友達とも遊ぶようになって芝三郎は1人で家の中で浩介と話すことがしばしばあるようになった。
「なあ浩介、俺にも友達が欲しいっす。ねえちゃんの友達みたいに、いつも笑っていてくれる友達が欲しいっす」
「君がいつも話す、奏眞君は友達じゃないんですか?」
「奏は、優しいっすけど、俺が何なのか全然知らないっす。それに住んでるところも遠いから、遊ぶにも家がわからないっす」
「此処の近くの友達が欲しいんですか?」
「でも、無理っす」
「では、市役所に届けを出しますか?」
「それは、嫌っす。他の人たちの記憶を消すなんて・・・・もしかしたら、俺の話はもっと多くの人に知られてるかもしれないっす・・・」
「芝三郎ならそういうと思ってましたよ。つまらないかもしれませんけど、貴方の周りには私と悲喜がいます。それでけでは、ダメでしょうか?」
 浩介の言葉に芝三郎は首を横にふった。
「全然、十分っすよ。此処に浩介とねえちゃんが居てくれるだけで、十分っす!」
「ただいまー」
「お帰りっす。今日は遊べるっすか?」
「うん、大丈夫よ」
「気をつけて行って来て下さいね」
「早く着替えて、遊びにいくっす」
「ちょっとまってよ、そんなに急かさないの」
 楽しく笑う芝三郎と悲喜を見て、浩介も笑った。いつまでも、こんな楽しい時間が続くと悲喜も芝三郎も思っていたのだ。
 ただ、浩介だけは知っていた。そろそろ自分が此処を出て行かなければならないと。
 それを悲喜と芝三郎が知ったのは、悲喜と芝三郎が遊んだあとの帰り道だった。
「あ、そういえば今日だったわね、池村さんが出て行くの」
「ええ、他の所に行くんでしょう?もう2度と此処には帰ってこないらしいわねえ」
「良かったじゃないか、あんな物庇う不気味な奴が居なくなって」
「女の子とアレはどうなるのよ」
「女の子は私のほうが引き取っていいわよ?結構、礼儀正しいし、アレと一緒にしておくのはかわいそうだもの」
「だな、アレは市役所の方が引き取るだろ」
 そんな近所の人たちの会話を悲喜と芝三郎は聞いた。
「嘘っす。そんな話、嘘っす」
「そうよ、芝三郎、急いで帰りましょう」
「うん」
 2人は走った。自分達の家まで、全速力ではしって自分達の家の前に付いた時には行きも切れ切れで急いで家の中に入るがいつもの浩介の「おかえり」の声は聞こえてこない。
 家中の部屋を全て見たが、浩介は何処にも居ない。
 あったのは、浩介が悲喜と芝三郎にあてた手紙だけだった。
「浩介、なんでどっかにいっちゃったんっすかっ。俺たちを置いていくんっすかっ」
 泣くことしか出来ない自分が芝三郎は嫌だった。悲喜も同じで、手紙を見つめて泣いているだけだ。
 その時、2人の後ろに影ができた。
「元倉悲喜、武山芝三郎、新しい住まいへの移動をお願いします」
 振り向くとそこには、雨風が立っていた。真剣な表情で、泣きそうな表情で、2人を見つめている。浩介は雨風にとっても、いい友達だったのだ。  芝三郎は浩介が何故、居なくなったのかを聞いていた。
 自分の存在を知るものが多くなり、市役所に苦情が殺到していたこと。それを知っていた浩介がひどく悲しんでいたこと。それがたえられなくなって、浩介は市役所に届けを出したこと。でも、そうすると自分も芝三郎の記憶が消えてしまうので、今住んでいる区画意外に行けば自分の芝三郎の記憶は消えない事。
 全部、雨風に聞いた。
「ひどいっすよね。この区画に住んでる人の記憶を消すっていう、条件付なんて・・・ひどいっす」
「浩介は、アンタの名前では届けを出さなかったんだからね。あたりまえよ」
「なんでっすかね、俺の名前で出せばよかったっす」
「知らない。で、悲喜の記憶はどうするの?」
「消して欲しいっす。ねえちゃんも相当ショック受けてたっすからね」
「いいの?アンタのこと、知らなくなるよ?」
「いいっす。それのほうが、ねえちゃん幸せになるっすよ」
「アンタも馬鹿なことしちゃうねえ・・・」
「タケちゃん、こんな所にいたんだっ。みんな捜してるよ?」
「あーっ、ごめんっす。あと少ししたら行くっすから、奏は先に行ってていいっすよー」
「わかった、先に行ってるね」
 走り出した奏眞の後姿を見送ると、芝三郎は雨風の方に振り返った。
「それに、今更そんなことあーだ、こーだ言っても、もうねえちゃんの俺の記憶は消されちゃってるんっすから意味無いっす」
「ふーん。奏眞め、今私のことスルーしたわね・・・」
「じゃ、話聞いてないみたいっすから俺は奏たちのところに戻るっすねー」
 奏眞達が居るであろう所に行くとそこには悲喜達も居た。一瞬、立ち止まったが芝三郎は近付いて行った。
「奏、初めて見る人たちっすけど、どうしたんっすかー?」
「あ、さっき知り合ったんだけど、みんな高校生なんだって」
「へー、俺は武山芝三郎っていうっす!」
「俺は北河俊也―っ」
「田村智騎、よろしく」
「木島唯、よろしくね」
「・・・元倉悲喜」
「先輩達、これからどっか行かないっすかー?」
 笑顔で芝三郎は言った。

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