Deep Sea/Text






釣り堀




「明日は空いているか?」
部活の帰り道、ふいに部長に呼び止められた。
今日は金曜日。
特に予定もないリョーマは「別に空いてるっスよ」と、怪訝顔で答えた。
(まさか、オレだけ練習しろとか?)
のぞき込む様に、顔色を窺ってみる。
相変わらずの無表情で、それだけで判断することはとても無理な話だった。
(不二先輩なら、わかるんだろな)
自分で考えて、少し凹む。バカらしい。オレらしくもない。


「11時頃迎えに行く。特に支度は必要ない。」
用件だけを伝え、「それじゃ」と振り向きもせずにバス停に向かっていった。
「……え?」
すでに後ろ姿も小さくなった頃、やっと頭が動いた。
そ、それって…!?
ゆらゆらと揺れるテニスバッグと詰め襟の後ろ姿に口元が緩んだ。
へへっ。
クイッと帽子を目深に下げても、崩れる口元を隠しきれない。
「さっ、オレも帰ろう!!」
誰もいないのに、殊更大きい声を出してみる。
それこそ、オレらしくもない弾んだ声で。。。


翌日、11時ピッタリにシルバーのアルミフレームの自転車が目の前に止まった。
「時間通りだな」
「余裕っスよ」
待ちきれないで30分も前から、自宅前をウロウロとしていたなんて
とても言えない。
南次郎に「ぁんだ?女でもくんのか?」と散々冷やかされていたとは
もっと言えない。
(女だったら、もっと楽なんだけどな)と軽いため息をつきながら
やっと追い払ったのは8分前だった。


「乗れ」
「うぃースっ!」
「しっかり捕まってろ」
「って、どこに捕まっていいんスか!?」
「好きなトコにすればいいだろ、早くしろ。バランスが崩れる。」
す、好きなトコって、サラリと言われても。。。と躊躇していると
「行くぞ」
「うわぁ!」
ガシ!と捕まった先は、頭だった。

「せめて、肩にしろ!やりにくい!」
「す、すいません」
「ずいぶん今日は素直だな」
「そ、そおっスか?」
少し焦る。自分が自分でないような妙な気分だ。
鼻先に届く髪の毛が、ますます気持を混乱させる。
何かをつい口走ってしまいたくなる。
ゴツゴツした背中を胸に感じながら、鼓動で気持が伝わってしまいそうで。
でも嬉しくて。止められなくて。

「部長?」
「なんだ?」
「あ、あの……いや、今日、不二先輩は?」
「あいつか?いつものところだろ」
なんとなく・・・・ムカついた。

「着いたぞ」
「なんスか、ここ?」
「釣り堀だ」
「つ、釣り堀!?ジジムサっ!」
「なんだと?」
「…なんでもないっス」

******
「ねぇ、部長。これで楽しいんスか?」
「ああ」
二人で肩を並べ、お世辞にもキレイとは言えない水面と
浮き沈みするウキを交互に眺めていた。
「越前、お前忘れたのか?」
「?」
「行ってみたい…って、言ってただろ?」


ほんの2,3日前に先輩達の話に強引に割り込んで
調子に乗って、そんな事を口走った記憶が朧気に浮かんできた。
確か、休日は何をするみたいな話で、オレは
「そうっスねー、やってみたい事なら、勉強に散歩に買い物に映画に・・・」と
ずらずらと思いつくままに、適当な事を言っていた。
その中のひとつに、「釣り」もあったかもしれない。
あの時は、誰も聞いちゃいないって雰囲気だったのに。。。


「部長・・・憶えてたんスか?」
「まあな。でも、越前には合わないみたいだな」
つま先から全身に、熱い固まりが昇ってくる。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。
あんな小さい事を、オレですら忘れていた事を、キチンと憶えていてくれて
しかも連れてきてくれたりして・・・・。
ギュッ!と力を込めて、帽子の鍔を握る。
何かを吹っ切るために。決心するために。

「ぶ、部長!オレっ、話がっ!!」
「えっ?」
ガッ!

ボチャン。

部長の顔は、いつもの部長とは違っていた。。。

「えーちーぜーんー!!」
「うわぁ!嘘だろっ!?嘘っスよね?ね?ね?」

きつめにかぶった帽子の鍔は、見事に部長の眼鏡をはじき飛ばし、
見事に水中へとダイブさせていた。


「あれ?どうしたの手塚?いつもと雰囲気が違うじゃない」
「見てわかるだろ」
「しかも、お手手繋いで仲良しだね」
「不二!!何回目だ、そのセリフはっ!」
くすくすと楽しげに笑いながら、偶然(じゃないかも)出合った不二も合流して
不二は自転車を、越前は手塚の手を引いて、夕暮れの中手塚の家に向かっていた。

「気にしなくていいからな」と越前に告げ、手塚は玄関の扉を閉めた。
「不二先輩、やっぱり弁償した方がいいっスよね?」
「んー、いいって言ってるからいいんじゃない?気にしてないよ、あの人は。」
なんとなく、……またムカついた。

「不二先輩っ!!オレ、部長の事、譲る気ないっスから!!」
「譲るとか譲らないとか、どういう意味?」
「先輩が思っている通りの事っスよ!」
「ふーん。越前君って、そおなんだ。まあ、知ってたけどね」
ピリッと空気に亀裂を感じた。言ってしまった。。。もお、後には引けない。

「なら、僕も全力でいかせてもらう。手加減…しないよ?」
不二先輩は、真っ直ぐにオレの視線に返してきた。
いつもの笑顔とは、別の顔で。

……少し(いや、かなり)ビビった。。。
でも、この試合絶対に負けられない。絶対に。

END



モドル
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