Deep Sea/Text






あなたに。




「…輩、手塚先輩」
「…ん…」
「あのー、もう閉館時間なんだけど。そろそろ起きてもらっていい?」
「え?」

 手塚が目をさました場所は、図書室の奥まった位置にある窓際の席だった。ここは静かで手塚のお気に入りの場所で、空いている限りいつもここに座る。この時期三年生はほとんど授業もなく、自由登校となっていたが、手塚はほぼ毎日学校に来て図書室で本を読んでいることが多かった。
 今日は二月十四日…俗に言うバレンタインデーで、毎年プレゼント攻めにあう手塚はよほど来るのをやめようかと思ったのだが、学校にいなかったら家まで来るかもよ、と不二にやんわりと忠告されたこともあって普段通りに登校していた。そして、例年通り…むしろ下級生が増えた分、いつもより多くチョコレートの類いを渡された。
 それもようやく終わって、辟易しながら図書室のいつもの席に座った手塚は、窓からさしこむ陽光の暖かさと、一日の気疲れのためか、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。窓の外はすでに薄暗くなっていた。

「もう、そんな時間か…すまない、すぐに出る」
「ま、いいけどね。アンタの寝顔なんて滅多に見られないし、得したから」
「…?」

 慌てて本を片付けていた手塚は、あらためて自分を起こした生徒の顔を、見た。

「…越前か…」
「ちーっす」

 机の横で手塚を見ていたのは、リョーマだった。

「どうしたんだ、お前、いつもと当番の日が違うな」
「うん、二年の先輩に代わってくれって頼まれてさ」

 よく知らないけどなんか女の子との予定らしいから、とリョーマは言い、そのあと悪戯っぽい笑みを浮かべて手塚を見た。

「でも俺の当番の日なんてよく知ってるじゃん」
「…その日は部活に出られないと、前に聞いていたからな」
「ふーん。まあいいや、さ、鍵閉めるから出て」
「ああ」

 周りを見回すと、もう図書室に残っているのは手塚ただ一人だった。バレンタインデーの日に図書室を利用する生徒などあまりいないのだろう。

「あーあ、今日は結局部活に出られなかったな」
「あ…すまなかった、俺のせいで…」
「別にアンタのせいじゃないよ。あ、ねえ先輩」
「ん?」
「もう、帰る?だったらさ、途中まで一緒に帰らない?」
「ああ…構わない」
「じゃ、鍵返してくるから、下駄箱で待ってて」
「わかった」

 リョーマと別れ、一足先に玄関についた手塚は、自分の下駄箱の中に鮮やかな包みを発見して思わずため息をついた。全部一度に持って帰るのが億劫で、半分程教室のロッカーに置いてきたのだが、またこれでひとつ増えてしまった。

「お待たせ…っと、何それ、チョコレート?」
「らしいな…」
「ふうん、俺もなんか何人かからもらったけど…何でチョコレートなんかあげるんだろ?よくわかんないな」
「アメリカには、そういう習慣はないのか」
「大切な人に、たとえば花とか、プレゼントはするけど、チョコレートって決まってるわけじゃないよ。男から女にもあげるし」
「製菓業界が作ったイベントみたいなものだからな」
「それに乗せられてるってわけ?」
「そうだな。でも、それはそれで別にいいだろう。景気も少しは良くなるだろうし」
「年寄り臭い…それ…」

 そんなどうでもいい話をしながら歩いているうちに、手塚が利用するバス停が近付いて来た。

「越前、そういえばお前の家はこっちじゃないだろう」
「駅の方に用事あるから」
「そうか…」
「うん。あ、ちょっと待って」

 リョーマは自動販売機の前で立ち止まり、ポケットから小銭を出して暖かい缶の紅茶を一本買った。

「いつも飲んでるやつじゃないのか」
「寒いから、ね」

 だがリョーマは缶を手の中で転がしているだけで、開けようとはしなかった。そして二人がバス停についた時、ちょうど手塚の乗るバスがやってきた。

「アレに乗るんでしょ?」
「ああ。それじゃ、あまり遅くならないうちに帰れよ」
「ウン」

 バスが止まり、並んでいた人達が次々と乗車しはじめた。
 そして、最後尾についた手塚がステップに上がった、その時。

「…先輩っ!」
「え?」

 振り返った手塚は、自分に向かって放り投げられた物を、反射的に受け止めた。
 手塚の手に納まったそれは、赤い紅茶の缶だった。

「それ、あげる」
「え?」
「聖バレンタインのプレゼント、アンタに」

 リョーマは白い息を吐きながら、とても嬉しそうに、笑った。

「えちぜ…」

 手塚の目の前で扉は閉まり、バスはゆっくりと動き出した。
 他の乗客にぶつかりながら、手塚は急いでバスの一番後ろの席まで移動した。座席から身を乗り出して窓から外を見ると、リョーマが手塚に向かって何か言い、そして手を振るのが見えた。やがてその姿がだんだんと小さくなっていき、バスが角を曲がって完全に見えなくなっても、しばらく手塚は窓に貼り付いていた。

 紅茶の缶を手で包み込んだまま、手塚は流れていく景色を眺めた。二月の空気で冷えた指と自分の気持ちが、じわりと溶けていくように感じる。

「…温かい」

 リョーマが何と言ったのか、知りたいと思った。すぐにでもあのバス停に駆け戻りたいという強い思いが手塚の心を襲った。きっともう彼はいない。馬鹿な事だ、馬鹿な事だけれど。



 手塚は途中でバスを降りた。



 手の中の小さな温もりと、あの笑顔が呼び起こした衝動。
 それにただ、従うために。 



END


仕事で14日にアップできないので、ちょっと早めにリョ塚でバレンタインもの。
いつも最初は軽くラブラブな感じに!と思って意気込んで書きはじめるんだけど、
結果はいつもこう…なります…。あー…。
まあ、あたしのリョ塚ですからな!(居直り)
リョ塚の場合は、塚がリョにチョコをあげる図式の方が正しいのかなーとか、
そんなどうでもいい事も考えてみましたよ。ホントどうでもいいな。
つーか、男同士でチョコってあたりですでに正しいも何も(遠い目)



モドル
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