Deep Sea/Text






月が見ている








都会の夜は地上の星が明るすぎて空の星が見えない。
月が出ている。
もうすぐ今日という日が終わってしまうそんな時間。









「寒いね」

いつのまにこんなに寒くなっていたのか、リョーマは気がつかなかった。
たしかに毎日少しずつ、陽が落ちるのが早くなって、コートのライトが点く時間も早くなって来た。

「もう冬だな」

手塚は冬が好きだが、吐く息で眼鏡が曇るのがちょっと困ると思っている。
夏の終わりに引退して、部活で会う事もなくなって、時々リョーマが我侭を言ってこんな風に会う。
手塚は駄目な時は駄目と言うけれど、そうでない時はたいてい我侭をきいてくれる。

「遅くなっちゃってごめんね」
「構わない」

いつもはもっと早く帰るのに、今日は何となく、何をするでもなく、こんな時間になってしまった。

「家の人に、怒られないの」
「こんなに遅くなった事がないから、わからないな」
「大丈夫かな」
「さあ」

フェンスの向こうは小学校だが、こんな時間だから誰もいない。
夜の学校というのは、小学校でも中学校でも、怖くはないが無気味だとリョーマは思う。

「何あれ」
「何だ」

リョーマが指差した先には、青白い灯りがぼんやりと点っている。

「気持ち悪いね」
「怖いのか」
「怖くないよ、気持ち悪いだけ」
「あれは殺菌灯だ」
「サッキントウって何?」
「消毒用の紫外線だ。あそこは給食室なんだろう」
「キュウショクって何?」
「お前、質問ばかりだな」

手塚は柔らかく笑って、全員強制の学食みたいなものだと、教えた。
日本の学校は強制が好きだねとリョーマが言うと、また笑った。

あたりはシンと静まり返っている。
小学校を過ぎると住宅街で、歩いているのは二人だけだ。
二人ともスニーカーだからそんなに大きな音はしないのに、やけに足音が響く気がする。

少し歩くと公園があった。
ブランコと水道とベンチと、あとは砂場があるだけの小さな公園で、一本だけしかない街灯が弱々しい光を放っている。
街灯の側には大きな木があったが、リョーマには何の木かさっぱりわからない。
手塚にきけば教えてくれるかもしれないが、別に知りたくないと思った。

「こんなとこに公園あったんだ」
「知らなかったのか」
「うん。今さら公園でなんか遊ばないしね」

ここはリョーマの家の近くだけれど、こんなところは知らなかった。
二人はなんとなく、公園に入った。
入り口の青い鉄柵には赤茶色の錆が浮いている。
砂場には、昼間誰かが作った山がそのまま残されている。
そっと触ってみると、表面の砂はすっかり乾いていて、ぽろぽろと崩れた。
振り返ると、手塚はブランコに腰掛けている。
長身の手塚に子供用のブランコはいかにも窮屈そうで、可笑しくてリョーマは笑った。

「アンタも子供の頃、そうやって遊んだの」
「まあな」

リョーマは手塚の隣のブランコに立ち乗りして、勢い良くこいだ。
キイキイと鎖が鳴る。
手塚は座っているので、リョーマの事を見上げる形で眺めた。
揺れるリョーマの顔の向こうに、中途半端な形の月が見えかくれする。

「よっ」

一番高いところでリョーマはブランコから飛び下り、砂地に着地した。

「危ないぞ」
「ヘーキだよ」

リョーマは手をぱんぱんとはたいて、手塚の方へ近寄った。

「今何時?」
「もうすぐ12時だ」
「そう」
「いいのか、帰らなくて」
「ヘーキだよ」

両手で手塚の乗ったブランコの鎖を掴むと、ひやりと冷たかった。

「うちはね、連絡しておけば何も言わないから」
「そうか」
「アンタの家の方が、厳しそうだけど」
「まあ、厳しい方かもな」
「いいの?」
「俺も連絡してある」
「もうこんな時間だよ?」
「遅くなったら泊まる、って言ってあるから」
「泊まるって、誰の家に?」
「大石」
「へえー」

あからさまに不機嫌になったリョーマを見上げて、手塚は苦笑した。

「つまり、大石先輩となら、何も言われないんだ?」
「言われないな。両親も大石の事、良く知っているから」
「俺の事は?」
「多分知らないだろう」
「話とかしないの、俺の」
「しない」
「何で」

むくれたまま、掴んだブランコの鎖を揺らすその様子がとても子供っぽくて、手塚は下を向いて笑った。

「何が可笑しいの」
「別に」
「ヤな感じ!」

手塚は、再びリョーマを見上げた。
月の光が眩しくて、目を細める。

「じゃあお前は、俺の事を家で話してるのか」
「それは、話さない…けど」
「なんで」
「なんでって…そうだな…」

リョーマは少し考えたあと、軽く屈んで、手塚の顔に自分の顔を近付けた。
髪が触れて、手塚はくすぐったくて少し身じろぐ。
間近にあるリョーマの顔は、静かに笑っていた。

「アンタの事はね、俺だけの秘密だから」
「……」
「誰にも言わないんだよ」
「……」
「アンタも、そう?」
「…そうだな」
「なら、いいよ」

リョーマは嬉しそうに笑って、さらに屈んで、手塚の耳もとに顔を寄せる。
夜と、ブランコの鉄の匂いがした。
耳朶を噛むと、手塚がまた身じろいで、ブランコが揺れた。
そのまま顔をずらして、軽く、触れるだけのキスをした。

「…越前」
「誰も見てないよ…平気」
「月が」
「え?」

手塚はそっとリョーマの背中に腕を回した。



「月が見てる」





そのまま、目を閉じた。
夜と、鉄と、リョーマの匂いがした。





END


意味もなく、ただ淡々と夜の中のふたりが書きたかったのです。
夜の匂いって、うまく言えないけど、あると思うんですよ。



モドル
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