Deep Sea/Text






魔窟




初夏。
関東地方もとうとう梅雨に入り、ここ数日はずっと雨が降っている。
今日も、せっかくの土曜日だというのに朝からひどい雨だった。そのため、聖ルドルフ学院中学テニス部の練習は中止となり、2年生部員不二裕太は食堂で朝食をとった後、寮の自室で朝の惰眠を貪っていた。…のだが、突然の来訪者によって、心地よい夢の中から引きずり戻されてしまった。

「裕太君!いつまで寝てるんですか。もう朝ですよ」
「ふぁ…?」
「正確に言うと、午前10時を少し回ったところです」
「ふぁ、ふぁ…?」
「全く、なんて情けない顔ですか。そんなことじゃ全国は遠いですよ」
「ふぇ?ぜ、ぜんこく…?あ、観月…さん…?」
「おはようございます、裕太君」
「お、おはようござい…ます」

来訪者は、同じく聖ルドルフ学院中学テニス部3年の、観月はじめだった。何がおこったのかわからないまま、とにかく急いでベッドから身をおこした裕太を、いつもの皮肉めいた表情で見下ろしている。さらに、口に出して皮肉も言った。

「やれやれ、せっかくの休日だと言うのに、だらしなく寝ているだけなんて…まったく非生産的ですね。なにかやることはないんですか。部屋の掃除とか。大体こんなに散らかった部屋でよく眠れますね」
「はあ…すいません」

なんで朝っぱらから謝ってるんだオレ…と思わないでもなかったが、裕太はとりあえずそれだけを返した。いたずらに反論すると、話が長くなる。まだ1年たらずの付き合いだったが、すでに観月の性格はいやと言う程知っている。別に、知りたくて知ったわけでは無いが。

「んー…まあいいでしょう。そんな非生産的若者の君のために、僕が素敵な仕事を用意してあげます。ついてきてください」
「え、ええっ?」
「ぐずぐずしないでとりあえずベッドからおりなさい。場所は寮内ですから、着替えはいいですよ」

そういう観月は、カッターシャツにチノクロスのパンツをはいて、御丁寧にベルトまでしている。なんで中学校の寮の中でこんなにきっちりとした服装をしているのか、裕太にしてみれば不可解きわまりないが、それもいつものことなので、もう慣らされてしまった。

「あ、あの、仕事って…?」
「大したことじゃ無いですよ、ちょっと探し物を手伝ってもらいたいだけですから。ホラホラ、行きますよ」
「あ、ま、待って…」

返事も待たずに観月はさっさと部屋を出ていき、『非生産的若者』裕太は何がなんだかわからないまま、後をついていくしかなかった。

着いた先は、観月の自室の前だった。

「あの…探し物って…?」
「実は、僕の大事なデータメモがどうしても見つからないんです」
「はあ…。それで、どうして俺を?ここ、観月さんの部屋ですよね」
「他の部員もあたってみたんですけど、みんな休日になったのを幸いと出かけてしまっているんですよ。雨なのに御苦労なことですね」
「あ、いや、そうじゃなくて…」

裕太が言いたかったのは、何故自分の部屋で無くしたものを人に探させるんだ、ということだったのだが、観月には伝わらなかったようだ。こうなったら、最後まで付き合うしかなさそうである。
理不尽な話ではあったが、『観月の部屋』への好奇心もあり、結局、裕太は促されるまま観月の部屋へ入った。

「うわ…何これ!」

裕太の第一声は、それだった。
観月の部屋である以上、さぞかしキッチリと片付いているだろうと思っていた裕太の予測は大幅にはずれ、寮の狭い室内は物で溢れかえり、足の踏み場も無いとはこのことである。
ベッドの上から壁際の本棚の上、作り付けの机の下、椅子の上、ありとあらゆるところに物が散らばっている。大半は本やノートの類いで、その他テニスのラケットやウェア、何が入ってるのか見当もつかないような缶、箱…とにかく色々ある。

「観月さん…これじゃ人の部屋の事言えないじゃ無いですか!」
「失敬なことを言わないでください。普段はちゃんと片付いてます。だから、探し物をしているって何度も言ってるでしょう。一体人の話のどこを聞いているんですか」
「それにしたって…こんなに沢山、ちゃんとしまえるんですか?」
「んふふ、僕、片づけは得意なんです」

ホントかよ!…とは思ったが保身のため、口には出さず、その代りにこの惨状の中で探し物をするこれからの自分を思って、ため息をついた。
そんな裕太の様子など気にも留めず、観月は続けた。

「探してもらいたいものは、小さめのメモ帳なんです。スパイラルになっていて、表紙は黄色です。見つけても、中は見てはいけませんよ」
「わかりました」
「それじゃ、よろしくお願いしますね」
「あの、箱とかは開けてもいいんですか?」
「ええ、それは構いませんよ。別に見られて困るものは入ってませんから」

こうなった以上、早く終わらせるに限る。
それじゃあ、と裕太はまず目の前にある棚を探しはじめた。一番上の段に、大きめの鏡が2枚置いてあるのが目についた。

「観月さん。なんでこんな大きな鏡が2枚もあるんですか?」
「鏡?ああそれは、もちろん合わせ鏡をするためですよ」
「合わせ鏡…ああ、ヘアスタイルのセットとか…」
「夜中の12時きっかりに合わせ鏡をすると、中から悪魔があらわれるって、君も知ってるでしょう?それを試してみようと思って買ったんですよ」
「へ!?」
「尤も、何かと忙しくてまだ試してみたことはないんですが…」
「あ、あの…それって…」
「おや、そんなことも知らないんですか、裕太君。それくらい常識でしょう。なんなら君のお兄さんに聞いて御覧なさい」
「……はあ」

確かに兄・周助に聞いたら、さぞかし微に入り細に入り詳しく教えてくれるだろう。内容が本当かどうかは別にして。
兄は少々変わっているが決して悪人では無いし、裕太を目に入れても痛くないくらい可愛がっている。が、その愛情表現にはいささか問題があり、なにより、裕太をからかうのが三度の食事より好きだったから、いつも大変な目にあってきたのだ。
…もしかして、兄と観月は、似てるのかもしれない、という考えが裕太の頭に浮かんだ。もちろん、ふたりともみとめはしないだろうが。ついでに、どちらがより変かと言えば…やはり、兄に違い無いだろうが…。
軽く頭を振って、次に中段に置いてあったクラフトボックスに手をかけて中を覗いた裕太は、なかに鎮座してる暗緑色の物体を見て、思わずぎゃっと叫んでしまった。

「か…カエルっ!!」
「裕太君、男の子がカエルくらいで驚いてはいけませんよ」
「そういう問題じゃないでしょう!?」
「じゃあどういう問題なんですか。大体、それはオモチャですよ。よく御覧なさい」
「あ…」
「ふふふ、リアルに出来てるでしょう?しかも、後ろのボールを握ると、跳ぶんですよ」
「は、はは…」

慌ててボックスを戻した拍子に、裕太は床にあったウェアに足をとられてよろめき、棚にぶつかった。すると、今度は最上段に置いてあった怪しい色の缶が倒れ、中に入っていた蛍光ピンクの物体がどろりと流れ出て裕太の首筋にこぼれおちた。

「うわあーっ!冷てーっ!」
「今度はなんですか。あまり大声を出さないでください、近所迷惑でしょう」
「と、取って下さい、観月さん!何ですかこれっ!?」
「おや、そんなところにあったんですね、それも探してたんですよ」
「だから、と、取ってくだ…わあ、背中に入ったー!」
「んん、質問の答えがまだでしたね、それはスライムと言ってですね…」
「キ、キモチワルイー!!」

観月は延々とスライムの説明をはじめたが、涙目でわたわたと慌てながらスライムをとろうともがいている裕太は、もちろん聞いていなかった。



…その後もやれ指をはさむガム(のおもちゃ)だの、飛び出す人体解剖図鑑(しかもリアル)だの、散々あやしいものばかり引き当て、裕太がすっかり疲れ果てた頃にはすでに昼の12時を回っていたが、メモは見つからないままであった。

「おかしいですねえ、これだけ探しても無いなんて…」
「…部室に、忘れたとかはないんですか」
「いえ、絶対持ってきてるはずなんです。大事なものですから」

そんな大事なものなのに、なんで無くすんだ…。
…ふと、ベッド脇の壁にかかっているテニス部のジャージを見た裕太は、あることに気がついて、ベッドに乗ってハンガーをはずし、ジャージを手にした。

「もしかして…」

上着のポケットを探ると、果たしてなにやら四角いものが、指に触れた。引っ張り出してみると、それは黄色の表紙にスパイラルの…

「あ、裕太君、それです!そんなところに!」
「はは…」

脱力する裕太の手からメモ帳を受け取った観月は、まるで悪びれる様子も無くにっこりと笑った。

「いやあ流石ですね裕太君。本当にたすかりましたよ」
「はあ…どういたしまして…」
「んふふ、何かあった時は、ぜひまたお願いしますね」
「……」
「ああそうだ、せめてものお礼に、ぼくの部屋にあるものでなにか欲しいものがあったら、差し上げましょう。何がいいですか?」
「えっ!?け、結構ですっ!」
「んふふふふ、遠慮なんてしなくていいんですよ?そうですね、じゃあこの…」
「い、いえ、本当にいいですから!そ、それじゃ俺、部屋に戻りますね!」

大きく一礼すると、裕太は一目散に自分の部屋に逃げ帰った。ドアをしっかりと閉めてベッドに倒れこむ。
そして天井を見上げながら…なぜ、自分の周りにはこういう変人ばかりが集まるんだろう…と、自らの運命を嘆かずにはいられなかった。

外は、まだ雨が降り続いている。

明日は、晴れてほしい…そう願いながら、裕太はさきほど中断された眠りの中に、再び落ちていった。

END


キオからのリク、『観月の日常』ってことで。
観月を主人公にするのが難しかったので、裕太との絡みにしてしまいまひた。
またもや馬鹿馬鹿しい内容です、ご免なさいご免なさい(土下座)。
ちなみに、合わせ鏡の元ネタは星新一氏の小説から。
それと、飛び出す人体解剖図鑑と言うのは実在します。持って無いけど、欲しいなあ。

裕太は書きやすくてイイ子です。テニプリの数少ない常識人って感じです。



モドル
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